第229話 宇垣の決意

 思わず笑ってしまう。まさか、その程度のヒントでこちらの一番隠しておきたい秘密に迫ってしまうとは。この男は危険だ。だが、使いようによっては切り札になる。おもしろいことになった。


「あなたは面白い人ですね。古田さん。警察官というよりも小説家や脚本家になったほうがいいのではないかね。君なら最高の刑事ドラマのシリーズを書けるよ。でも、残念ながらここは現実なんだ。それは、あくまで君の妄想に過ぎない」

 この場では、こう答えるしかなかった。


「そうでしたか。では、転職も検討しなくてはいけませんね」

 彼はひょうひょうとして、こちらの攻撃をかわしていく。

 そして、私たち二人の会話は唐突に打ち切られた。


「宇垣さん、準備が整いました」

 古田さんの上司がノックをして、部屋に入ってくる。

 

「ありがとう、すぐに向かいます」

 これで目の前の警官との知的なゲームも終わりだな。少しだけ名残惜しいところもあるが……


「それでは、古田さん。また、いつか」

 

「はい、宇垣さん。お時間をいただきありがとうございます」

 まるで、取り調べを受けた後のように、含みを持たせたまま、この会話は中断された。


 ※


 妻と娘の事故を聞いたとき、血の気が引いた。すぐに現地に駆け付けたが、すでに妻は息を引き取った後だった。無慈悲な宣告に一瞬身体をこわばらわせた後、記憶は断片的にしか覚えていない。


すぐに事故現場に向かうとしたが、警官たちに止められる。普段ならどうして止められたかすぐにわかるのに、その時は錯乱していたのか、どうして止められるのかもわからなかった。


「妻が中にいるんだ。娘の無事を確認させてくれ」

 あとから秘書に聞いたとき、私はそう叫んで崩れ落ちたそうだ。


秘書が代わりに動いてくれて、愛は病院に運ばれていたのがわかった。そちらに向かう。妻の亡骸は、救助隊に任せることしかできなかった。


 愛は、奇跡的に怪我は軽傷だった。胸をなでおろした後に、外傷よりも心の傷が深いことに気づいてしまう。


「お父さん、ごめんなさい。ごめんなさい。私のせいで、お母さんが、お母さんが……」

 そう泣き崩れる娘の身体を抱きしめることしかできなかった。自分が一番怖くて痛い思いをしたはずなのに、私の顔を見るたびに、娘は謝罪の言葉を口にする。痛々しいその光景に、自分は直視することもできなかった。


 私の顔を見ると、トラウマを思い出してしまうのではないかと怖くなった。

 妻の葬儀には、私一人で出ることにしたのはそう言う理由もある。大事な娘を奇跡の生還者として、マスコミのおもちゃにされることも許せなかった。


 そして、葬儀の後、私は衝撃の事実を知ってしまった。

 葬儀に参列した関係者が噂話をしているところを目撃してしまったのだ。


「今回の事故、手抜き補修が原因らしいよ」

「じゃあ、大変なことになるな」

「いや、その会社がどうも政界の大物とつながっているらしくて……手抜き工事で作った裏金もそっちに流れているらしいから、かなり強い圧力を加えているらしい。責任の所在もあいまいにされて、迷宮入りだろうな」

「うわ、やばぇな」


 その後の行動は、自分でも驚くほど迅速に行われた。トンネルの工事履歴を集め、崩落個所の修繕履歴と施工会社を確認する。近藤市議の会社だとすぐにわかった。そして、近藤市議の周辺関係や銀行口座の動きを、公安関係者にも協力してもらって徹底的に洗った。そして、たどり着いたのだ。今回の事件の真相に。


 心労と妻を失い、娘がボロボロになってしまったストレス、そして、ただでさえ忙しいうえに今回の近藤市議の疑惑も追及した疲労。すべてが重なって、私は心臓に発作を起こし倒れた。娘や周囲には絶対に気づかれないように、緊急入院し、下された診断はかなり深刻な心臓病だった。


「このまま、仕事をするのはやめてください。過度なストレスで症状が悪化する恐れがあります。薬で症状を緩和させますが、その薬も何度も発作を起こせば、少しずつ効きにくくなり、やがては……死に至ります」


「仮に仕事を辞めても、治るのですか?」


「それは……」

 言い淀むことですべてを察してしまう。

 今後はいつ死ぬかもわからない爆弾を抱え続けながら生きなくてはいけなくなったことを。

 

 それは冷酷に死へと進むことを告げられたことを意味した。自分の死が近づいていることに不思議とショックはなかった。それ以上に、愛が私の死を知って耐えられるのか、どうしようもないほど不安になる。


 ただでさえ、愛は限界なのに、自分が彼女の心の崩壊の最後の一押しになってしまうなんて、なんて残酷な運命なのだと、神を呪う。


 このままでは死ねない。その瞬間、私は復讐を決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る