第228話 宇垣の心裏
―宇垣視点―
応接間に座ると、古田という警官と二人きりになる。護衛のSPもそとで待機させた。
「それで、話とはなんだい、古田さん?」
できる限り落ち着いた口調で語ると、古田は不敵に笑みを浮かべる。
「ええ、宇垣さん。あなたは、なぜこの問題に深入れしているのでしょうか」
まるで、警察に尋問されるみたいだなと苦笑いしながら答える。仮に、これでくだらないことだったら、古田の首が飛びかねない。それほどの覚悟を持っているのだろうが、それでもなぜか余裕をもってこちらに語り掛けるように目の前の男は続ける。豪胆なのか、それとも愚かなのか。
「あなたほどの大物が、なぜ一市議の汚職問題にこれほど深入りするのか、わかりません。たとえ、総理からもみ消すように依頼されているのだとしても、あなたが直接出てくるのはおかしい。秘書など裏方の仕事でしょう。にもかかわらず、あなたはそうはしない。なぜです?」
「自分で動いた方が安心だから。それでは答えにならないかな?」
「なるほど、確かに一理ある。でも、あなたはこの問題をもみ消すのではなく、拡散する方向に動いているのではありませんか」
ふん、やはり勘の良い男に近づくのは危険だな。この通り、少しの違和感から真相に近づきつつある。
「ノーコメント。無理やり言わせたいのであれば、令状でも持ってくるといいさ」
もちろん、できるわけがないがね。嫌味を含んだこちらの言葉にも、向こうは動じない。
「では、勝手に語らせていただきます」
「私に聞く義務があるのかな?」
そう言って、席を立とうとすると、彼はそんなことを気にせずに語りだした。
「あなたの目的は、復讐なのではありませんか? 奥さんを奪い、娘さんに大きな傷を背負わせ、亡き親友の忘れ形見を自殺寸前に追い込んだ人間たちに対しての」
「……英治君については、まったくの偶然だろうね。でも、彼の事件のおかげで、こちらの計画の時計の針を進めることができた。その分、恨みは倍増したが」
無言でにらみつけて、そして、事実上の肯定をして、席に着いた。
「近藤議員の裏金は、総理の派閥に流れ込んでいた。そうですね」
「ノーコメント」
そうぶっきらぼうに続けつつ、早く続きを話せとばかりににらみつける。
矛盾の塊のようなことをしているな。
「そして、その裏金は、近藤議員が経営している地方ゼネコンから生まれていた。おかしいのですよ、あの会社は。会社規模には似合わない道路やトンネルの工事や保守点検業務を請け負っていた。これは、その工事費用から裏金を作り、総理の派閥に還元する一種のルートを持っていたからではありませんか。そして……」
古田は無慈悲にこちらを見て続けた。私は動揺を悟られぬように背広のポケットに入った万年筆を強く握りしめる。
「近藤議員の会社が請け負った公共工事では、その後に問題が続出しています。あげくに、トンネルの崩落事故まで起きた。死者も出た最悪の事故です。おそらく、事業費を節約するために手抜き工事などしていたのではないでしょうか。ですが、なぜか責任の有無はうやむやにされた。なぜなら、すべては権力者につながる資金ルートや大スキャンダルをもみ消すために。そして、その事故の被害者の中にあなたの奥様とお嬢さんがいた。すべて繋がってしまうんですよ。あなたは、総理を支えるように見せつつ、政権の中枢に入り込み、復讐のチャンスを狙っていた」
まさか、ここまで優秀な人間がここにいるとはついていなかったな。
苦笑いを通り越して、絶句してしまう。
あの男たちは、被害者の中に、俺の家族がいたことを知っていても顔にも出さずにこちらを重用した。いや、そもそもばれていないと高をくくっていただけかもしれないが。総裁選に勝利するためには、こちらの支持が必要だったのだろう。だからこそ、私を持ち上げて、政権に取り込んだ形を作りたかったはずだ。爆弾になる存在だったとしても。
そんな、俺にこの事件の後始末を任せたということは屈辱的だったが、最高のシチュエーションを得ることができた。
「ただ、ひとつ……よくわからないことがあるんですよ」
「君の妄想は実に面白いが、的外れだよ」
これで話を打ち切ろうと仕向けるが無視される。
「ええ、そうでしょう。今はそうで構いません」
「ふん」
なぜか、不思議な魅力によって動けなくなり、コーヒーに手を付ける。出されたコーヒーは冷めきっていた。
「よくわからないことは、ただひとつ。なぜ、娘さんを遠ざけたのですか。復讐に向かう自分の近くに置いておくのは危険だから。たしかに、そうでしょう。ですが、娘さんが一番精神的にも危険な状態で、放置しておく方が危険なのではないでしょうか。あなたは奥さんの生前は、娘さんのことを目に入れても痛くないほど溺愛していたという証言は得ております。心配じゃないわけがない。それでも、娘さんをあえて遠ざけた」
「……」
「そして、事件の後、奥様の葬儀を終えて、2週間、慶王病院に検査入院している。メディアにも極秘でね。あの病院は、心臓病の名医がいることでも有名です。さらにあなたはよく、胸のペンを押さえるような仕草をしている。その癖はテレビを見ていてもよくわかる。でも、それはペンを握って心を落ち着かせようとしていたのではなく、その奥の物を心配していたのではありませんか。おそらく、あなたは……」
まさか、ここまで土足でこちらの領域まで入ってくるとはな。指摘されたペンを思わず握ってしまった。
「心臓に爆弾を抱え続けている」
――――
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