第220話 お風呂
―一条愛視点―
センパイの家に入ってからは、それはもうごたごたしていた。
お母さんが泣きそうになりながら「愛ちゃん、大丈夫。寒かったでしょ。着替え用意するからお風呂に入ってきて。すぐに沸かすから」と10枚近いタオルと一緒に温かい紅茶を出してくれた。
その紅茶を飲むだけで安心して涙がまた出そうになった。悲しい顔をしていると、お母さんが余計に心配してあたふたしていたから無理やり笑顔を作る。その笑顔にやっとお母さんは安心してくれた。
沸かしてくれたお風呂に入る。
来ていた服は、お母さんがすぐにクリーニング店に持って行ってくれた。
「本当に何しているんだろうな、自分」
お湯につかりながら、一息つくと、とたんに恥ずかしくなる。
みんなに心配かけて、あたふたさせて、自分は感情のおもむくままに暴れただけ。
あわてて、ネガティブな気持ちをかき消した。
だめだ。自分は、センパイやお母さんの好意を向けてもらっているのだから。自分で自分を貶めるのは違う。だって、それは好意を向けてくれた人たちまで否定することになるから。
お湯で顔を洗った。体温が上がったことで、どこか安心感が増していく。
ほっと息をついた。
「そっか、いつもここでお風呂に入っているんだ」
安心したからか、思わずそんなことを考えてしまった。体温のせいだけでなく、心音が大きくなっていく。
さっき使わせてもらったボディソープとシャンプー。もしかしたら、彼も使っているのかもしれない。少しだけ自分の匂いを探し求めた。
「同じ香りだ」
そう言って思わず赤面する。
何を考えているんだ自分は。そう思って足をバタバタと動かして、悶絶したくなるがお風呂を借りているという立場を思い出して、慌てて自粛する。でも、そうすると恥ずかしさの熱を逃がす方法がなくなり、さらに体温が上がってしまう。
あわてて、冷水でもう一度顔を洗った。
「愛ちゃん?」
「はっ、はい‼」
お母さんが脱衣所から急に話しかけてきて、タイミングが悪かったからか、驚きすぎてしまった。
「着替えここに置いておくから、自由に着て」
「何から何まで、ありがとうございます」
「気にしないで。愛ちゃんはもう家族みたいなものじゃない。困っている時は助け合わないと」
「でも、クリーニング代はしっかり払うので」
「子どもが気にしなくてもいいのよ。たまには、甘えて」
「いつも甘えてばかりですよ」
私が申し訳なさそうに言うと、少しだけ嬉しそうに彼女は言葉を発する。
「なら、今度一緒に買い物に行きましょう。たまには、女同士でね」
お母さんは楽しそうに去っていった。
のぼせないように、早めにお風呂を出る。
タオルでよく身体を拭くと、優しい柔軟剤の香りがした。また、同じ香りでドキドキする。
そして、用意してくれた着替えを見ると……
「えっ」
思わず言葉を失う。そこに用意されたのは、明らかに男性用とわかる大きなシャツだった。それも、センパイが着ていた記憶がある服で……
言葉にならない悲鳴を上げながら、急に身体が熱くなっているのが分かった。
そして、扉が急に開く音がした。
――――――――――――――
(作者)
いつもお世話になっております。Dです。
本日、『人生逆転』が角川スニーカー文庫様より発売されました!
よかったら、手に取ってもらえると嬉しいです。
さらに、コミカライズも正式決定‼
漫画家は、いかぐちえい先生となります。詳しくは、角川スニーカー文庫や本の帯裏をご確認ください。
今後ともよろしくお願いいたします!
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