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中学生の頃からFGOやってたので、Fate/Grand Orderという10年間の青春について書いてみた

 自分にとって、『Fate/Grand Order』は、一体何だったのか。

 ひと言で表すなら、「青春」だったと思う。
 間違いなく、これは10年続いた「青春」だった。

 ……ということで、『FGO』の第二部終章にあわせて、自分にとっての「10年分の青春」を残しておこうと思い、この記事を書き始めてみました。

 まぁ、タイトルにも書いてますけど、自分、中学生のころからFGOやってたんですよ! 中学、高校、そして社会人になるまで、自分が人生を歩んでいる間、ずっとFGOが隣で動き続けてたんですよ! 俺の学生時代に始まった青春が、なんか未だ終わらず10年も続きやがったんです!!

 だから、この記事も無駄に壮大な自分語りになります。
 
中学生で出会ったFGO、高校時代にハマってたFGO、社会人になっても続いてるFGO……もっとわかりやすく言えば、「私の人生と、FGO」みたいな記事です。ひたすら自分語りの記事なのですが、よろしくお願いします。

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※第二部終章のクリティカルなネタバレはないのですが、
記事の最後らへんで、ちょっと言及してます。未クリアの方はご注意を。

中学時代:2016~2017

FGOとの出会い

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 とりあえず、「私とFGOの出会い」から書いてみようと思う。

 さすがに10年くらい前のことになると、自分でも記憶があやふやになっていたので、直接サーヴァント入手順から「いつFGOを始めたのか」を確認してみたら……どうやら「2016年4月23日」だったらしい。当時、私は14歳。中学2年生のころに、FGOを遊び始めたっぽい。時間の流れ怖ッ!!

 当時の私は、TYPE-MOONどころか、そもそも「Fateシリーズ」の存在すら知らなかった。アイコンのセイバーに「なんとなく見たことあるキャラだな……」と思っていたくらいの状態である。では、なぜFGOを始めたのかというと……ストアのセールスランキングで1位だったからなんです。

 そう、「Twitterの口コミ」とか「友だちに勧められたから」とかでもない。単純に、FGOがセルラン1位に君臨していたから。ミーハーの極みである。なんのドラマ性もない! ただ、これもちょっと説明させてほしい!

 もしかしたら、私と同年代の人間は理解してくれるかもしれないけど、ちょうど学生時代とソシャゲ黎明期が重なっていた人間は、「セルランからゲームをインストールする」のが当たり前だったのではないだろうか? 

 そもそも、中学生にとって、Twitterを含めたインターネットの口コミなんて、よくわからない。周囲のオタクコミュニティもそんなに発達していたわけじゃない。でも、面白いソシャゲは遊んでみたい。こうなると、ひたすらセルランに貼りついて、知らないソシャゲを遊んでみるようになる。

 その一環で、『パズドラ』や『モンスト』に直撃したり、私のようにFateシリーズなんて微塵も知らないのにFGOを始めてしまったりする……そういう経験をした学生は、きっと私以外にもいるんじゃないだろうか!?

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 そんな状態でプレイし始めてしまったから、登場するサーヴァントも全然わからなかった。フレンド欄を見ては「カルナって誰……?」と思っていたし、アルトリアを見ても「アーサーじゃないのか……?」と思っていた。

 たぶん、ストーリーもあまり理解していなかったと思う。
 なんとなく雰囲気で「世界がヤバいから、英雄を召喚して戦うことになった」という大筋は把握できているものの、TYPE-MOON的な設定であったり、そもそも最初のステージが冬木な理由もわからないまま遊んでいた。

 では、なぜその状態でFGOにハマったのかというと……これもシンプルな理由で、「織田信長が超カッコよかったから」なのである。右を見ても、左を見ても、全然知らないヤツばっかりいる。アルジュナって何者? クーフーリンって誰? いや……俺も、織田信長なら知っているぞ!!

 中学生のペラッペラな歴史知識で、フレンド欄から使ってみた織田信長が、当時の私にはもう超カッコよく見えた。軍服っぽいビジュに、あの「火縄銃を投げ捨てながら戦う」というバトルスタイル。「萌え」とかではなく、もう超絶シンプルに「ノッブが中二心に刺さってしまった」のだ。

 我ながら、「ノッブが中学生にウケてた」って信じられない話だなと思うのですが……当時の私は、本当にノッブのかっこよさに「これは、ひょっとしてとんでもないゲームなのではないか!?」と心を掴まれてしまった。

 あの時、フレンド欄から織田信長を選んでいなかったら、私の人生は全然違うルートに進んでいたのかもしれない。未だにそう思います。

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 それこそ、私のような2000年くらいに生まれた人間は、みんな学生時代に「ソシャゲが流行り始めた時期」を体験していると思うのだけど……やっぱり、当時の学生にとっても「FGOを筆頭にした、ストーリーとキャラを軸に据えたソシャゲの登場」って、結構な衝撃だったんですよ。

 私の周囲に限って言えば、ちょうど小6~中1くらいに、パズドラとモンストのような「スマホで遊べるゲーム」がガッツリ流行り始め、もうオタクも陽キャも不良も関係なく、みんなでそれを遊んでいた。これを、「パズドラ・モンスト時代」と呼称する。

 が、まさに中2~中3くらいのタイミングで、FGOやグラブルを筆頭にした、もうちょっとオタクっぽいソシャゲがどんどん出てきた。こうなると、これまで陽キャや不良と仲良くパズドラ・モンストを遊んでいたはずのオタクが、一気にFGOやグラブルに流れ込む。つまり、FGOの登場は、当時の学生にとって「陽キャとオタクを分かつ、分断の一撃」だったのである。

 実際、私自身がそのオタク側の人間だった。
 みんなとパズドラの話題を共有したり、モンストでマルチプレイをしていたけど、FGOにハマってからはひとりで不気味に笑いながらストーリーを読み続ける暗黒オタク道に堕ちてしまったのだ。もう、陽の当たるパズドラ・モンスト領には戻れない。お前らにはノッブの魅力なんてわからないんだ!

 さながら、室町時代から安土桃山時代にかけて戦乱が相次いだように、「パズドラ・モンスト時代」から「FGO・グラブル時代」にかけて、勢力の分断が発生し、「オタク」に目覚めた人間が多く現れた……と、私は思っている。少なくとも、私の中学に関してはそんな感じでした。これがたったの1~2年で起きているから、激動の時代だと思う。

 ちなみに、この「パズドラ・モンスト時代」と「FGO・グラブル時代」の間に、白猫プロジェクト王朝が築き上げた、幻の「白猫時代」が存在するんだけど……ちょっと話が逸れすぎるので、この話はまた今度!


オタクに目覚めた瞬間

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 そんなこんなで、ひとり暗黒オタク道に堕ちながら、FGOを遊び続ける中学時代を送っていたのですが……私にとって、FGOは「初めて、ゲームのテキストで感動した作品」でもあったんです。

 おそらくこれも中学時代だったと思うんですが、「絶対魔獣戦線バビロニア」を遊んだときに、それまで味わったことのない感動があったんです。ギルガメッシュが演説をするシーンで、文章だけなのに、泣けてきた。たぶん、アレが人生で初めての「文章で泣いた瞬間」だったはず。

 うまく説明できない感覚なんですが……中学生までの私は、ゲームを「なんとなく楽しいもの」だとしか思っていませんでした。それこそ、パズドラやモンストを含め、シンプルな快楽を味わうもので、ストーリーで感動することは少ない。しかも、文章で感動することなんて、全くなかった。

 ただ、FGOは「知らない感動」を与えてきた。
 ゲームのストーリーで、こんなに感動するものなのか? 文章だけで、こんなにも心が震えるものなのか? あの瞬間、中学生の私は、「ゲームのストーリーの素晴らしさ」と「心が震えるほど美しい文章」という、未知の存在に出会った。そして同時に、間違いなく人生が壊れた瞬間だった。

 この「バビロニアの衝撃」に直撃して以来、なんとなく自分の好みが「ストーリーで感動するゲーム」にシフトしていきました。よりオタクっぽく、より濃厚な作品が好きになっていった。なんならゲーム関係なく、深夜アニメにもハマるようになったし、なんかラノベとかも読むようになった。

 つまりこれ……「オタクの目覚め」なんですよ! 
 きっと、私、FGOのせいでオタクに目覚めてるんですよ!!

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 で、当時の私がそこからどうなっていったのかというと……最終的にFGOを飛び越えて、Fateシリーズ及び型月にハマり始めてしまい、『空の境界』やら『Fate/Zero』に手を出すようになりました。

 あぁ、俺の人生、終わっちゃった……。
 もう、そのまま型月オタクの道へと直行。(中学じゃないけど)リアタイで放送していた『Apocrypha』や『ロード・エルメロイII世の事件簿』もチェックするし、TwitterやpixivでFGOの二次創作や界隈の盛り上がりを見る。「でもにっしょん」もメチャクチャ見てた。全部オレの実家なんすよ!!

 だから、ちゃんと中学時代にも周囲にFGOを遊んでいる人はいたんだけど、自分は「フッ……空の境界も知らない素人どもが……」と、いっちょ前に型月オタク面してイキっていたわけですね。こういう地獄みたいな中学型月オタクエピソードが無限にあります。でもオレの青春なんすよ!!

 しかし、冷静に考えてみてほしい。
 「中学でFGO」である。
 「中学で、型月」なのである。
 普通に、毒沼なのだ。

 世界観、設定、キャラクター、直視の魔眼、死徒、グランドサーヴァント……あんなの中学生が食べちゃいけないんですよ! ピュアな中学生には毒物すぎたんですよ!! イキっちゃうのも仕方ない毒物だったんだよ!!

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 ただ、実際それまでTYPE-MOON的な「たくさんの作品が入り混じって展開されている一大プロジェクト」的なものを味わっていなかったこともあり、あのゲームやアニメの展開含めて「リアルタイムで巻き込まれてるワクワク感」を、学生ながらダイレクトに喰らったんだと思います。

 そもそも、自分にとっては、「2010年代」そのものが青春なんです。3DS、ニコニコ動画、Twitter、pixiv、ボカロ、カゲプロ、艦これ、ラブライブ、SAO、ソシャゲ……そういう2010年代の最後に、人生を破壊する隕石のごとく降り注いできたのがFGOであり、TYPE-MOON作品でした。

 だから、FGOだけでなく、あの時代、あの瞬間の「TYPE-MOONすべて」に、私の人生は狂わされたのだと思います。すごい中学時代だった。ホントに、いま振り返ってみても、最高の中学時代だった!


源頼光事件

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 どうしても、中学時代のFGOで、ひとつ語りたいことがある。

 それが、「源頼光事件」
 これも、私の価値観に衝撃を与えた出来事なんですが……当時、FGOを始めたばかりの私は、あまり星5サーヴァントを持っていなかった。いまほど聖晶石も配られないし、星5ひとりの価値がすごく高い時代だったと思う。

 そんな中で、たまたま「源頼光」を引き当てた。
 当時としては、破格の全体星5バーサーカーであり、スキルも強かった。「これはアツすぎる!!」とテンションが上がり、急いで再臨を進めていったのですが……その頼光の「第二再臨」がすごい衝撃だったのです。

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 いや、エロすぎじゃない?

 再臨させた途端、突如胸の前掛け(?)が消滅し、おっぱいがドドンと飛び出してくる頼光さん。中学生当時の私は、あまりこういう「どストレートなエロ」に触れたことがなく、源頼光を第二再臨させた瞬間、脳天に雷が落ちたような衝撃があったことを未だに覚えている。

 ついさっき、「(中二病的な意味で)FGOは毒沼だった」と言ったけど、本当の意味での中学生にとっての毒沼は「本庄雷太のデザインする女性サーヴァント」だったと思う。こんなの中学生で見ちゃいけない。

 さらに、当時の私はスマホではなく、「タブレット」でFGOをプレイしていた。で、いつも家のリビングにあるソファに座って、ずっとタブレットを触っていたのだけど……源頼光を第二再臨させたあとに、私は悟った。

 このゲーム、もう親の前でプレイできねえ!!!!!

 だって、FGOにログインすると、毎回ホーム画面でおっぱいをさらけ出している頼光さんが待ち構えているのである。こんな画面、親に見せられるわけがない。たしかに頼光さんはオレの第二の母親かもしれないが、それよりオレの第一の母親が黙っちゃくれないだろう。その日以来、私は二度とFGOをリビングでプレイしなくなった……これが、「源頼光事件」です。

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親に見せられるわけがないホーム画面

 だが、同時に「FGOで最も思い入れのあるサーヴァント」も、源頼光なのだ。たしかにエロすぎることも思い入れの一部だけど、それより彼女の「性能」もすごく心強かった。いやだからエロ性能とかじゃなくてね。

 源頼光を引き当てた2016年当時は、とにかく今よりサーヴァントが少ない。ジュナオもいなければ、モルガンもいない。スカディも光コヤンもキャストリアもいない。そんな環境下だと、「カレイドスコープを積めば、初ターンに全体バスター宝具をぶっ放せる星5バーサーカー」は、もう尋常じゃない強さだった。親に見せられないけど、最強サーヴァントだったのだ。

 実際、私も頼光さんを引き当ててから、普通に2~3年はお世話になり続けていたと思う。エロい意味じゃなくてね。いやエロい意味でもお世話にはなったけども。2019年にスカディが登場するまで、私のカルデアでは最前線を張り続けていたし、初めて絆レベル10に到達したのも頼光さんなのだ。

 だから、頼光さんには、ものすごく入り組んだ複雑な思いがある。
 私のなかでは、ただ「エロすぎて印象に残っているキャラ」なだけじゃない。ポケモンにおける「一緒に殿堂入りした御三家の相棒」みたいなエモい思い入れと、「中学生の脳を沸騰させてきたキャラ」というエロい思い入れの両軸が存在するのだ。本当に、実の母親並に複雑な感情がある。

 何度でも言えるけど、私は「ただエロいから、源頼光が好き」なわけじゃない。いや実際めちゃくちゃエロいとは思う。でも、私のFGOにとっては、本当に何年も背中を預けたトップサーヴァントなのだ。だからエロい目で見てるわけじゃない。いや実際エロい目で見てはいるけど。

 私と源頼光の関係は、ちょっとひと言では説明しきれない。
 それこそ、リアルに「10年分の重み」がある。他人なんぞに理解されてたまるか。俺は頼光さんをエロい目で見れないけど、エロい目で見てはいるのだ。そして、ここから数年後にRAITA先生の「絶対純白魔法少女」の存在を知って、第二の雷が脳天に落ちるのだけど……これはまた別の話ですね。

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初めて頼光さんの絆礼装ゲットした時、
普通にちょっと感動したんですよ……


高校時代:2017~2019

生活に密着するFGO

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 高校生になっても、未だにFGOにはハマり続けていた。
 というか、むしろどんどん生活に密着していった。

 それこそ、FGO経由で友人ができたりした。
 正確に言うと、「周囲のオタク友だちにFGOを勧める」という布教活動をして、共通の話題で盛り上がれる友人が増えていったり……たしか、メガテンとかペルソナのアトラス好きの友人に「絶対FGO好きだからやってみてよ!」と勧めて、かなり強引にプレイさせていたような記憶がある。

 そんな感じで、ちょっとした「FGOコミュニティ」みたいなものができあがり、より生活に食い込んできたのが高校時代だったと記憶している。

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 具体的には、「お正月のピックアップ」なんかが思い出深い。
 それこそ、友人とLINEで「正月サーヴァントを引けたかどうか」を送り合ったりしていた。「宮本武蔵引けた!?」とか「福袋でギルガメッシュ出たんだけど!!」みたいなことを、1月1日に切り替わって10分後にはLINEで送り合ったりしていた。ヤバい、懐かしすぎて泣けてきた。

 FGOの凶悪なところは、やっぱりあの「予告なしの正月サーヴァント」だと思う。あの、1月1日に切り替わるまで、一体なにが飛び出てくるのかわからない緊張感。日付が変わった瞬間、即座にログイン戦争に飛び込み、右下で走り続けるフォウ君を見ながら、友人とLINEを送り合う。

 さらに、「ガチャ」というのは本当におそろしいもので……周囲の友人はみんな宮本武蔵を引けたのに自分だけ持っていないと、それこそ「みんなDS持ってるのに、ウチにはない」みたいな劣等感と孤独感に襲われるのである。だから、お年玉を宮本武蔵に全部突っ込んだことさえある。

 もはや怨嗟なのか思い出話なのかはわからないが、とにかくFGOは純朴な高校生のお年玉を吸い上げていく凶悪コンテンツだった。少なくとも、私の中学~高校時代のお年玉は、宮本武蔵・葛飾北斎・紅閻魔に3年連続で吸われていったことを覚えている。あらゆる意味でファム・ファタールだ。

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武蔵ちゃんも北斎もその年の1/1にゲットしてるのを確認できるあたり、
「サーヴァント入手順」ってめちゃくちゃいい機能だと思う。
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 あと、これも未だに覚えてるんですが……2017年開催の水着イベント「デッドヒート・サマーレース! ~夢と希望のイシュタルカップ2017~」は、夏休みに友人宅に集まって1日中イベクエを周回してたんですよ。

 きっと、「友だちの家に集まってソシャゲのイベクエを周回する」という行為の荒唐無稽さに、「それって楽しいの……?」と思われる方もいるはず。楽しかったかどうかはともかく、当時の俺たちは真剣だったんだ。

 冷静に考えると、貴重な夏休みを、だいぶ浪費していたと思う。
 でも、そのくらいFGOに真剣だった。これ、「なにかしながら」じゃないんですよ。「みんなでスマブラやりながら、片手間でFGO」とかじゃない。わざわざ友人の家に集まって、何時間も各々で水着イベントを周回してるんですよ。全員FGO一点集中なんですよ。なんて不気味な夏休みなんだ。

 しかも、周回しながら「水着アルトリアオルタは本当に引くべきなのか」「流石にエロ性能は水着ネロではないか」みたいな議論をガチでしていたような記憶がある。なんて熱い夏だ。2017年の夏、本気でオタクしてました。

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 こんな感じで、高校時代はFGOの存在が、より「生活」に密着していた。いま振り返ってみると、四季折々の行事をリアルタイムにねじ込んでくるソシャゲ特有の体験を、一番いい時期に堪能できたんじゃないかと思う。

 ちなみに、個人的には「高校受験当日、受験を終えて家に帰ってきて、受かっているかどうか不安に思いながらも自室でFGOを起動したら、突然プーサーがピックアップされていて受験のことが全部どうでもよくなった」という出来事が未だに忘れられないです。ありがとう、あの時のプーサー。

 しかも、この時期に仲の良かった友人との関係は、未だに続いている。みんなとっくに就職してるけど、まだFGOを遊んでいるやつも多くて……ちょうどこの前、そのうちのひとりと久しぶりに会ったら、彼は飯を食いながらグランドキャスター戦を周回していた。高校時代から変わってなさすぎる。


1.5部と2部の衝撃

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 FGOは、なんだかんだ「約1年間で走りきった第1部」と「終局特異点のレイドバトル」が、ソシャゲ界の伝説的に語られがちである。ただ、私はどちらかというと「第1.5部と第2部の開幕」あたりが伝説なんじゃないかと思えて仕方がない。そう、あの2017~2018年あたりのFGOである。

  ほぼ半年で新宿・アガルタ・英霊剣豪・セイレムの第1.5部を走りきってからの、2017年ラストに第2部が開幕。あの「まだ続くのか!?」「これ以上広がっていくのか!?」という衝撃をリアタイで味わえたのは、本当に人生の宝物なんじゃないかと思う。ものすごい展開を見ていた気がする。

 実際、ソーシャルゲーム全体を見ても、「FGOの第1部っぽい展開」とか「終局特異点みたいなイベント」はちょいちょい目にするけど、「そこから先の1.5部と2部の展開」はそこまで類似ケースを見たことがない。

 あの2017年くらいのFGOは、本当にオンリーワンな存在だった。そこからのアナスタシア、ゲッテルデメルング、シン……という第2部の滑り出しを含めて、正直「人生で一番FGOにハマっていた時期」だったなと思う。

 高校生の熱量とか、リアタイ時の盛り上がりとか、全部含めてFGOの一挙手一投足に一喜一憂していた。あんなに現在進行形でゲームに真剣になることは、もうないんじゃないか。そう思うほどの熱量でプレイしていました。

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人生の暗い時期

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 そんな感じでFGOにはハマり倒していた一方、リアルの人生はだいぶ落ち込んでいた。あまり高校に通う気力がなくなり、夢や目標も見つからなくなってしまった。いじめを受けていたとかじゃないんですが……とにかく、「人生に向き合うこと」に疲れてしまった時期でした。

 それをこじらせて、どんどん学校でも浮くようになっていった。
 学校行事は真面目に参加しない。授業もちゃんと聞かない。クラスのLINEグループも脱退。学園祭や体育祭の打ち上げ、高校卒業時のパーティーなんかも全部不参加でぶっちぎってやった。なんて恥ずかしい高校時代なんだ。

 この時期で、未だに脳裏に焼き付いていることがあって……たしか、ちょうど学園祭の日に、当然のごとく真っ当に参加する気がなかった私は、ひとりで学校のトイレの個室にこもって、FGOを遊んでいました。

 で、ちょうどゲッテルデメルングのオフェリアが大令呪を使用するシーンを、学校のトイレで見届けて、「オフェリアはこんなに頑張って生きてるのに、私は一体なにをやっているんだろう?」と精神が崩壊して、ひとりトイレで号泣するという、いろんな意味でイタい地獄エピソードがあります。

 自分でサボって、自分で泣いてるクセに、割とこの出来事がトラウマになっています。ただ、結果として第2部のなかでもゲッテルデメルングがかなり好きなストーリーになっているし、クリプターもオフェリアが一番好きです。人生のどん底だったけど、FGOは変わらずに走り続けていました。

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ライターになろうと思った時

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 そんな状態をこじらせにこじらせた私は、最終的に学校に行かなくなるのですが……不登校のまま、家でネットを見たり、ゲームをしているうちに、いつの間にか「ライターになろう」と思っていました。

 どこで明確にそう決めたのは思い出せないけど、あの時期に「ゲームに関わるライターになろう」と決断したのは間違いないです。もともとネットの文章が好きだったのもあるけど、生きていて「作文」だけはやたらと褒められた。というか、私の人生、「作文」以外に褒められることがなかった。

 そして、あの時の判断基準……「ライターになろう」と思えた根拠のひとつに、FGOの影響があったと思う。ハッキリと「FGOを意識してライター目指し始めました!」とは断言できないのが微妙にカッコ悪いけど、「こんなに文章で人を感動させられるのなら、自分だって文章でお金を稼ぐことができるんじゃないか?」と、自信と勇気をもらえていたのは間違いないです。

 その形はシナリオじゃないにせよ、自分の文才は通用するはずだ。
 私のテキストを楽しんでくれる人が、この世のどこかにいるはず。バビロニアのギルガメッシュの演説で感動したように、オフェリアの最期に泣いたように、文章で人の心を動かし、それを仕事にすることはできるはずだ。

 あの「自分はきっとライターでお金を稼げる」と進路を決めた時は、正直なんの根拠もなかった。実績もない。確たるロジックがあるわけでもない。でも、そう信じることだけはできた。文章で、人は心が動く。だから、文章を仕事にすることは可能だ。そう思えたのは、きっとFGOのおかげです。

 学生時代にFGOにハマっていたから、自分の進路を信じることができたのだと思います。FGOに出会えていなかったら、もうちょっとズレた人生だったかもしれない。自分にとってのFGOは、人生への自信をくれた啓発本みたいなものであり、進路を指し示したコンパスみたいなものでもあります。

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バイト時代:2020~2021

コロナ禍とアヴァロン・ル・フェと月姫リメイク

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 ただ……みなさん、「どうやってライターになればいいのか」って、わかります? 

 いま考えてみると、直接どこかの編集部に原稿を送ってみるとか、なんらかの採用に応募してみるとか、いろいろ選択肢は浮かぶのですが……当時の私にはわからなかった。そして、ライターという職に就くための手段として、「ライターの専門学校」に入ってみることにしました。

 とはいえ、いきなり都心の専門学校に行くのは、家庭の金銭面の事情で難しく、そのための学費を2年くらいバイトしながら貯めていました。ずっと近所のドラッグストアでバイトしてました。

 ただ、同時に「でも、高校から専門学校までの2年間なにもしないのって……ちょっと時間がもったいなくない?」と思った私は、半分趣味+半分仕事の練習のような形で、noteを開設して記事を書き始めました。それが、このアカウントです。これが「ジスロマック」の始まりです。

 もしかしたら、私のことを「Twitterでゲームの話をしている変なヤツ」「noteで昔のゲームの感想を書いてる謎のアカウント」「ファイナルファンタジーの実況をやってた人」などで認知してくださっている方もいるかもしれないのですが、そのへんは大体このバイト時代に始めました。

 必死にバイトでお金を貯めてたのに、当時はネットで「更新ペースが早すぎる。無職の中年が書いているに違いない」とか言われてツラかった……のは、話が逸れすぎるので置いておくとして! そもそも、ゲームの感想を書くのが好きだったので、バイトしながら、noteも趣味でやってました。

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 そんな感じで「人生の目標」を見つけられたこともあり、なんとか高校時代の危ないメンタルから、多少立ち直ってはいたのですが……結局、精神的には荒れている時期だったと思います。

 だって、同級生はみんな大学に行ったり、ちゃんと就職して働いたりしている。それが、私はどうだろうか。専門学校に行く? ドラッグストアでバイト? ライターになる? noteでゲームの感想を書いてる? 一体何をしてるんだコイツは? 自分だけ、ずっと子どものままな気がしていました。

 そういう、周りに置いていかれる寂しさとか悔しさが相まって、そこそこ心は荒れていたと思います。あと、ドラッグストアのバイトも結構ツラいし。品出しとかレジ打ちとか大変だったし。マジでツラかったし。

 さらに、ちょうど世間は「コロナ禍」でした。
 外出なんかも禁止され、遠くの大学に行った友人も、結局通えなくて地元にとんぼ返りしてきたり……自分の心もモヤモヤしているし、社会もなんだか曇り空なムードだった。世界がうっすら息苦しかった記憶があります。

 そんな時期に現れたのが、第2部6章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」でした。もう、あの衝撃は尋常じゃなかった。ちょっと忙しくてFGOから離れかけていたのに、アヴァロンルフェで一気にまた引き戻された。

 私の心と社会の暗いムードを打ち砕くかのような、希望と絶望に溢れたストーリー……あそこまで1本のお話で心をかき乱されるとは思わなかったし、あんなにゲームで心が動くとは思わなかった。学生時代からFGOに感じていた「人の心が動く文章」の、究極を見てしまった気がする。

 未だに、自分にとってアヴァロンルフェは「生涯見てきたなかで、最高のゲームシナリオ」として君臨してます。間違いなく、最強の1本です。

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 そして、同時期くらいに『月姫 -A piece of blue glass moon-』が発売され、そっちでも心をメチャクチャにされた。そう、TYPE-MOONが好きだったにも関わらず、中学~高校の私が唯一手を出せなかった存在……それが月姫! なぜなら、月姫はエロゲーだし、めっちゃ高騰していたから!!

 私は「好きなコンテンツの全部を知りたくなってしまう」タイプで、当然のごとく中学生のころから月姫の存在も認知していたし、機会があれば遊びたいとは思っていました。でも、エロゲーだし、地元の中古屋なんかに転がっているわけがないし、中古の月箱は平然と数万単位で売買されている。

 その意味で、当時の学生にとっての月姫は、「気にはなるけど、あらゆる意味で手を出せるわけがない存在」みたいな作品でした。それが、ついに自分たちの世代にも現れた。とうとう、現世に降臨してくれた!

 そして、ちょうど私のプレイ時期的に、アヴァロンルフェと月姫リメイクの二大隕石が同時に降り注いできて、すごいダメージを受けたのを未だに覚えています。ちょっと収まってたはずの型月熱が、再燃した時期でした。

▲バイト時代に書いた月姫リメイクの感想です。
 あんまり上手くないころなので読み返すと恥ずかしい!

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 ……で、この二大インパクトを味わった結果として、裏側にいる「奈須きのこ」の存在を意識し始めました。「ちょっと待ってくれ、あんなに型月が好きだったのに、オマエは奈須きのこの存在を認知していなかったのか?」と思われているみなさん、わかります。言いたいことはよくわかります。

 さすがに、存在は知っていました。
 でも、なぜか「クリエイターそのものを意識」してはいなかったんです。FGOと型月は好きだけど、あまりシナリオライターの存在を考えたことはなかった……そもそも、「裏にいるクリエイターのことを考える」という視点すらなかったんです。中学~高校の私は、相当バカだったんだと思います。

 それこそ中学時代の私は、「ザビ子は好きだけど、ワダアルコ先生は認知してない」「ノッブは好きだけど、pako先生は認知してない」みたいな……いや今はワダ先生もpako先生も大好きだよ! でも、当時は「これを作った人」にまで意識が向いてなかった! バカだから!! 視座が低かった!!

 ただ、高校を出て、成人に近づいて、多少なりとも理性が働くようになったのか……アヴァロンルフェと月姫リメイクの尋常じゃないテキストに触れて、「これは間違いなく同じ人が書いている」という、作った人からにじみ出る情念とか思想を強烈に受け取ってしまったのだと思います。

 ぼんやりと輪郭でしか捉えていなかった感覚が、アヴァロンルフェと月姫リメイクで「奈須きのこってすごいんだ……」と、急激に解像度が鮮明になった。それは人間讃歌的なテーマであったり、もっと根源的な文章の美しさであったり……自分にとって、「世界がより鮮明に見えた」瞬間でした。


現在:~2025

仕事になっちゃった

 それからいろいろあって、実際にライターとして商業デビューしました。いや……自分で言うのもなんだけど……バイトしながら書いてたnoteが好評をいただいて、まさかの入学前に仕事を始めてしまったという……。

 だから、結局、専門学校には行きませんでした。
 正確には、1日だけ行ったけど、あまり好きになれなかったのと、そもそもライターで仕事できるようになってしまったのと、ちょうど入学日付近にジャンプラで掲載された『さよなら絵梨』を読んで、「よし、社会のルールなんてどうでもいいか!」と思って、入学初日で行かなくなりました。

 本当に、当時の私はどうかしていると思います。
 2年も学費を貯めたのはなんだったんだ? 「バイトがツラかった……」とだけ言っておけば同情を誘えるのに、いまメチャクチャ好感度下がってそうじゃないか? 上京したばかりで、精神がおかしくなってたのかな?

 そして、ライターとしていろいろ頑張っているうちに、FGOと型月周りに、ちょっとだけ仕事で関わるようになった。いろいろな記事とか、インタビューとか……全然、端っこではありますが。

 なんか自慢っぽくなっちゃうけど、「中学生のころから遊んでいたコンテンツが現在まで続き、大人になって仕事で関わるところまで来た」という客観的な事実が、不思議で仕方がない。仕事としてはすごく誇りに思っているけど……本当に、人生ってなんでも起こりうるんだなと思います。

 FGOが10年続いたから、私はライターを目指して、大人になって、仕事で関わることができた。もしFGOが1年で終わっていたら、もし2部が始まる前に終わっていたら、もし10年続かなかったら……そんなifを考えるたびに、人生は不思議な出会いと運命で形作られているんだなと、実感する。

 陳腐だけど、私は、奇跡みたいな人生を引き当てたんじゃないかと思う。おそらく、並行世界に数千人は失敗したルートを歩んでいるifの自分がいて、私はたまたま星5の最高レアリティの運命を引き当てたのではないだろうか。そうとしか思えないくらい、奇妙な人生を歩んでいると思う。

 いつか、突然車に轢かれたり、難病で死んでしまう日が来たとしても、心の半分は「まだ死にたくない」と生に執着しながら、もう半分では「まぁ、オレの人生ってSSRすぎたよな」と、これまでの幸運のツケを払うのだと納得してしまいそうな気がする。そのくらい、恵まれた人生だなと思う。

 ちょっと真面目な話になってしまうけど……当然、仕事には「モチベーション」というものがある。私だって人間だし、そこには自分の損得とか、実績的な意味での価値とか、感情だけではない判断基準が絡んでくる。

 でも、FGOというか、型月に関わる仕事をしている時のモチベーションは、もうただただシンプルな「恩返し」なのだ。もちろん私自身が好きなのもあるけど、別にお金とか損得とかどうでもいい。ただ、学生時代の恩を、オタクとしての恩を返したい。そのためなら、私はいくらでも頑張れる。

 私がライターを続けているのは、単純に「これが自分の一番得意なことだから」という面もあるけど、2割くらいは「型月と仕事ができるから(恩を返せるから)」だと思う。もしも型月が消滅する日が来たら、本気で「オレ、ライターやめようかな?」と考え始めてしまう可能性がある。マジで。

 「型月はお前の親かなにか?」と思われる方もいるかもしれない。
 親か親じゃないかで言えば…………親だよ!!
 親孝行なんだよ! オタクとしての親孝行なんですよ!!

 単純に、育ててくれたお礼と恩で動いてるんですよ! リアル親以上に積極的に親孝行してるかもしれないよ!! あと、仕事でお会いした奈須さんにも、感謝してもしきれないことがたくさんあるし……もう、あらゆる意味で返しきれない恩があるし、これからもずっと返していこうと思ってます。

※一応この記事自体は仕事じゃなく、趣味で書いたものです。非公式です。


FGOという、青春

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 ハッキリ言うと、私は、FGOがゲームとして面白いから続けているわけではない。もちろん、ゲームとしては面白いと思う。第二部の終章だって、ちゃんと面白かった。でも、私のFGOを遊び続けているモチベーションは、もはや「面白いから」ではなくなっている。

 正直、FGOより優れたソシャゲはとっくに現れていると思う。いま一番強い最新のエンターテインメントを遊びたいなら、『原神』や『崩壊:スターレイル』の方が優れているのかもしれない。でも、そうじゃない。

 FGOに関しては、もう面白いとか面白くないとか、そういう次元じゃない。別に面白さを追求して遊んでいるわけでもないし、つまらなさに文句を言いたくて触っているわけでもない。作品としての優劣とかの話じゃない。

 こいつは、「日常にあるもの」として、当然あるのだ。

 私にとってFGOは、そういう存在だ。
 家にいる親とか、飼っているペットとか、庭に生えている植物に対して、「こいつが面白いかどうか」と、頻繁に考えたりするだろうか? いや、私はない。当たり前にいる存在だから、そんなの考えたって仕方がない。FGOも、なんかそういう感じだ。

 こいつは10年間ずっと私のスマホに同居している家族であり、やたら長生きしている実家のペットであり、全然枯れる気配のない庭の大木みたいなヤツなのだ。でも、明らかに老いてきてはいる。実家に帰るたびに、ちょっとずつ元気がなくなっていくペットを見ているような気持ちになる時がある。

 だから、「ここまで連れ添ったのだから、絶対に最後まで見届けてやるからな」と思っている。私は、10年間もこいつを見てきたのだ。もしも家族が死ぬ時、そばにいてやれないことは、きっと最大の親不孝だ。FGOにも、同じことを思う。

 私は、ずっと連れ添った存在として、恩のある相手として、一緒に学生時代を過ごした友人として、FGOを看取ってやりたいのだ。「死ぬ瞬間を見たい」とか、そんなハッキリとした欲求でもない。ぼんやりと、なんとなく、「FGOを最後まで見られない」ことに、不義理を感じてしまう。

 ただ、見ていたい。そこに悲しみとか、喜びとかもない。
 どうやって老いて、どう終わっていくのかを、じっと見続けたい。そうやって報いたい。私にとって、FGOはそういう存在でした。

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 そして、第二部終章を見届けた。
 もうなんと言っていいのかわからないくらい、ずっと泣いていた。

 私が上京した時、地元から引っ越しの手伝いに来てくれたお母さんが、別れ際に抱きしめてくれたことがあった。終章をクリアした時、そのことを思い出した。あれは、ずっと見守ってくれた存在とのお別れであり、旅立ちの瞬間だった。離れたくないけど、それでも時間は先へと進んでいく。

 FGOも、私を見送ってくれた。
 別れ際に、抱きしめてくれたような気がする。FGOからの「いってらっしゃい」と「頑張ってね」を、私は受け取ったような気がする。これで、なにもかも終わるわけじゃない。でも、私にとっての青春は、これでおしまい。

 自分はFGOのおかげで、ずっと頑張ってこれた。だから、これからも……頑張っていくよ。10年間ずっと一緒にいてくれて、ありがとう。そしてさようなら、ずっと過ごしてきた、親友みたいなゲーム。ずっと隣にいてくれた、お母さんみたいなゲーム。人生を変えてくれた、僕の最高のゲーム。

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 ここからは、「あとがき」みたいな感じになります。

 この記事、本当に4年くらい前から、「FGOの第二部が終わったら書こう」と思っていました。脳内構想だけで言えば、数年はかかってる記事なんです。だって、私がFGOについて書こうとすると、「23年生きてきた、自分の人生」を書くことになってしまう。FGOは、「半生」だったから。

 もう、これを書いて、世に出したら……なんとなく自分の人生にもひと区切りがついてしまう気する! そのくらい、学生時代から続いた「青春」だったんです。FGOに決着がつくということは、青春が終わるということ。

 きっと、これからも「学生時代に、FGOに人生を狂わされた人間」が、どんどん表舞台に上がってくると思います。まだ「中学からFGOを遊んでたやつ」は物珍しいかもしれないけど、それが当たり前の常識として浸透していくはず。FGOは、そのくらい後世にバトンを渡していると思う。

 なぁ、同世代のオタクよ! 
 みんな、最高の学生時代だったよなー!! 
 めっちゃよかったよなーー!!

 そんな青春を含めて、残したかった。
 FGOと学生時代を生きた人間は、こんな10年間を過ごした。あの時代を生きた人間は、こんなにも楽しかったのだと、後世に残しておきたかった。

 いずれ、消え去るものかもしれない。
 いつか、忘れ去られるのかもしれない。
 「2017年にFGOをどう楽しんでいたのか」なんて、誰も思い出せなくなる日が来てしまうのかもしれない。でも、私はたしかに生きていたし、楽しかった。FGOと過ごした日々は、とても輝かしいものだった。

 その事実を、どこかに残しておきたい。
 インターネットに、記録として残しておきたい。
 文化や神話が、当時の人々に「受容」されることで語り継がれていったように、FGOも「どう受容されていたのか」を残しておくべきだ。

 10年後か、100年後か、1000年後か……FGOが文化的に・歴史的に価値のある存在だと認められた時や、それこそ江戸時代の文化を掘り起こすかのように、いつかこの文章が「中学生からFGOやってた人間って、こんな感じだったんだ……」と研究者に発見されたい。それを、私の生きた証としたい。

 ……なんて、無駄に壮大なことを考えていたのですが、単純に「FGOがくれた日々は、こんなにも楽しかった」と書いておきたかったんです。この10年間は、すごく豊かな年月だった。文化や歴史にとっても価値のある10年だったかもしれないけど、なによりプレイヤーとして、楽しい10年でした。

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 そして最後に、FGOを作ってくれた人たちに、感謝を伝えたいです。

 自分に、夢をくれた作品でした。
 自分に、道を示してくれた作品でした。

 FGOのおかげで、いまの自分がいると思います。
 FGOがあったから、ここまで来れました。

 FGOを作ってくれたすべての人たちに、お礼を言いたいです。
 FGOを作ってくれて、ありがとうございました。最高のゲームを遊ばせてくれて、知らない感動を教えてくれて、青春をくれて、友だちを増やしてくれて、夢をくれて、楽しい未来をくれて、本当にありがとうございました。

 私の人生は、FGOのおかげで幸せです。


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コメント

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ゆうゆう

ジスロマックさん、はじめまして。2部終章を終えた後にこの記事が読めて本当に良かったです。こんな熱い思いの込められた記事を書いてくださってありがとうごさいます。

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小野マサキ

はじめまして。記事を読ませて頂きました。 私がFGOを始めたのは社会人になりたての頃でした。 中学からFGOを始められたことが羨ましいです。 そして高校からの目標にFGOが関わり、達成できていることが素晴らしいです。

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中学生の頃からFGOやってたので、Fate/Grand Orderという10年間の青春について書いてみた|ジスロマック
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