【映画】『ハウス・オブ・ダイナマイト』 「トロッコ問題」に最適解など無いということ
爆弾が詰まった家を建て続け、そこに住む。
大切な人からもらったプレゼントも。お金を貯めてやっと買った腕時計も。将来を考えて貯めている結婚資金も。何もかもが一瞬でこの世から消滅する。
Netflix『ハウス・オブ・ダイナマイト』がものすごい映画だったので居ても立ってもいられず感想をつづっています。
数分後に核爆弾を搭載した大陸間弾道ミサイル(ICBM)が日本に到達するかも知れない。そんなことを考えながら書いてます。
この映画のあらすじはこうです。
ロシア近くの海上あるいは陸上からICBMが発射される。
十数分後にアメリカのシカゴに到達すると予測される。
その時アメリカはどのような判断を下すのか。
つまり本作はシカゴに核爆弾が落とされたらアメリカはどう動くのか、というシミュレーション映画なのです。
軍備の知識がまったくない僕ですが、かなり精度が高い内容だと感じました。リアリティがある。緊迫した数分間を3つの視点から追う構成となっています。
以下の感想は本作の内容に大きく触れますが、本稿は社会批評や「トロッコ問題」の不可能性について言及するような内容です。そもそもネタバレというものなど無い作品であり、ストーリーは「シカゴに核爆弾が落とされるまで」というだけの作品です。
『シン・ゴジラ』を引き合いに出すならば、ゴジラが出現して政府の緊急会議が描かれたあの感じと言いましょうか。
残り数分間で国家存亡を懸けた決断を下すためのプロセスがどうなってるのか、というシミュレーションを体験できる大変エキサイティングな映画です。
僕の感想を一言で表すならば「いともたやすく地球って終わるんだな」です。
では本稿の構成をざっくり説明してから本題に移りましょう。
まずは映画の感想。
次に「そもそも任せられる政府なんていない」という社会批評。
最後に映画のオチに対する考察を提示して終わります。
⬜︎映画の感想
冒頭。このような文章から始まる。
冷戦の終結後
列強のリーダーはある見解に達した
核軍縮の重要性だ
その時代は終わりを告げる
ロシアの近くの海上あるいは陸上からICBMが発射。数分後にシカゴに着弾。迎撃は失敗。追加で迎撃ミサイルを発射することは他国にミスを晒すことになる。しかも「迎撃ミサイルが減る=アメリカは迎撃力が落ちた」と見なされる。つまりそれは「アメリカに攻め時だ」と悟られるということ。
コミュニケーション(交渉)か、報復(反撃)か。
ただその交渉相手(つまり反撃相手)がわからない。
ロシアなのか。北朝鮮なのか。それとも全然別の何者か。
その後ロシアの外相と通話するが「ロシアは発射してない」と発言。
では北朝鮮が「死なば諸共」とヤケになって火種を発射したのか。
結局何もわからない。
このままシカゴが消滅するのを黙って見てれば更なるICBMが襲い掛かるかも知れない。かと言って標的が定まらないまま仮定で反撃すると、現在緊張状態にあるアメリカに敵対する北朝鮮、ロシア、中国、パキスタン、イランを刺激してしまう。アメリカからの反撃を恐れ警戒態勢に移りやがて世界大戦が勃発する。
あるいは迎撃出来なかったのを受けて今まさにアメリカを一気に攻め落とそうとしているのかも知れない。
つまり、何もわからない。
たった一発の出所不明な核爆弾が地球全体を大混乱に陥れる。
これはつまり、そのような日常を我々は生きているということです。
本稿の冒頭に書いた「爆弾が詰まった家を建て続け、そこに住む」という表現は作中に登場した比喩です。
核議論の時に「核の傘」や「バランス」などが挙がります。
ですが現実は、爆弾が詰まった家に住み続けている状態、ということです。
ふとしたことで爆発してしまう社会を我々は生きています。
首脳陣がいくら頭が良くて、まともで、善人だったとしても、知識と金を持つ何者かがミサイルを発射するだけで地球全体が住めない場所になる。
それは何故か。
「トロッコ問題」の複雑さによります。
⬜︎トロッコ問題を背負える人などいない
「トロッコ問題」はみなさんご存知でしょうが、軽くご説明いたします。
【トロッコ問題とは】
線路で作業をしている人たちがいる。そこに止まらないトロッコが猛スピードで迫っている。
このまま行くと作業者5人が死んでしまう。線路の切り替えをすると、その先にいる作業者1人が死んでしまう。
切り替え点にいるあなたは線路を切り替えるべきだろうか。
これがベースとなってます。
この問題の本質は「誰が切り替えるかによって決断が鈍る」ということ。
自分ではない誰かが切り替え点にいるなら「切り替えろ」って思う。自分だったらなかなか決断できない。
他にも「切り替え点にいる人物を遠くから射殺することで死体の重みで切り替えさせられるとしたら、あなたは射殺するか」などバリエーションがいくらでもあります。
では映画に話を戻しましょう。
本作のアメリカ大統領は「トロッコ問題」に陥ります。
シカゴを失ったまま静観し対話の意思を示すか。それとも報復しアメリカをボロボロにしてでも敵対国に向けて核爆弾を発射しまくるか。
こんな「トロッコ問題」に最適解などありません。
つまり核兵器は人間の判断力を超えているのです。人類の未来を潰したり地球環境の破壊をしてでも国を守るなんて普通は出来ません。
そして、「トロッコ問題」がさらに複雑なのは「善人だから大虐殺をするというパラドクスを抱えている」という点です。
首脳陣がいくら頭が良くて、まともで、善人だったとしても核兵器を撃ち込まれたら大量虐殺をすることが最適解だと判断する。
つまり極端な話、あなたの投票行動が核兵器のボタンへとつながっている、ということでもあります。
アメリカを守るために反撃し、その結果アメリカに大量に核兵器が撃ち込まれても良いと決断するのか。それとも静観して「弱い国アメリカ」を世界各国に提示してしまうのか。
しかもこれをあと2分で決断しなければならないとしたら。
人間にこれが出来ますか?
【ちなみに】
AIなら決断できるか、という大変面白い問題提起もあるでしょう。
僕個人の考えとしては「AIの決断を人間が決断できるか」というトートロジーに陥ると考えています。つまり無理ってこと。
みんなに大切な人がいる。
みんなに大切な場所がある。
「信用できるのか?」という言葉の信用度は測れない。
大切な人や場所を守るために取り返しの付かない決断を下さなければならない時、その判断材料はこの世に存在しません。
我々は何もわからないからです。
そしてそれは各国の首脳陣も同じ。
「核兵器を各国に向けているのだから核兵器がこちらに撃ち込まれることはないだろう」という根拠の無い謎の譲り合い精神を信用しています。お互い信用していないくせに。
そんな人たちが核兵器のボタンを握っています。
この映画は「人間が手に負えないものを扱っている恐怖」を描いた反核兵器映画なのです。
⬜︎最悪の結末へ
本編ではアメリカ合衆国大統領がどのような決断を下したかまでは描かれていません。ですが全編を観ている我々にはわかるようになっています。
スタッフロール中に爆撃音のようなものが何度も鳴り響きます。
それに冒頭のメッセージ。
冷戦の終結後
列強のリーダーはある見解に達した
核軍縮の重要性だ
その時代は終わりを告げる
とあるように、最初から核兵器による反撃と、それによる報復合戦が示されていたんですね。
終盤でもアメリカ合衆国大統領は報復攻撃を示すファイルの中から「大規模攻撃」の一番レベルが高いページを開いていました。
つまり、反撃不能なまでに報復攻撃をする、という決断をするのでしょう。
日本には米軍基地があります。
もちろんそこはアメリカですからどこかの国が反撃した際は標的になります。
前項でも書いたように、いともたやすく世界は壊れます。
爆弾で作られた家に住み続けている、ということを改めて痛感した作品でした。
⬜︎最後に
僕はこの映画を観ながらずっと「おもしれー!」とつぶやいていました。
もちろん全然おもしろい状況じゃありません。すぐにでも世界が滅ぶかも知れないんですから。
とてもリアルに感じられましたし、「人ってこういうことするだろうな」とも思いました。
それらあきらめや失望、リアルなど混ぜこぜになった溜め息のような「おもしれー!」です。どうしようもない、だから笑うしかない。
核兵器による抑止。それはつまり「すぐにでも発射できる」ということでもあるんですよね。当たり前ですが。
本作で描かれたように、シカゴに核爆弾が投下される寸前に地球の滅亡が決められてしまう。
そしてきっかけとなったICBMを発射した人物は最後まで分かりません。
もっと言えば、ICBMに核弾頭が搭載されていたかも分かりませんし、そもそもレーダーや観測機の不具合かどうかも分かりません。我々はICBMの実物を見ていないからです。
(もちろん視認できた次の瞬間に僕らは蒸発しちゃうんでしょうけど)
ただ映画としてものすごくおもしろかったです。
こんなすぐにでも滅亡するかも知れない日常をみんな頑張って生きてるんだなぁ、って。
僕はこれを観てふとある作品を思い出しました。
それはレオナルド・ディカプリオ主演の『ドント・ルック・アップ』です。
こちらはクズで無能な大統領のせいで人類が死滅するお話。
一方『ハウス・オブ・ダイナマイト』は善良で人間味にあふれる大統領が大規模報復核攻撃の決断を下すお話。
どちらもあり得そうです。
結局アメリカに人類の命運が委ねられているんですね。
続きの考察も。
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これからも社会平和に貢献する記事を書き続けます!



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