「限界ニュータウン」を発信するということ【前編】
「家」への思い入れ
限界ニュータウンとは一切関係なく、僕はもともと家を見て回るのが好きなタイプで、かつて一人旅に熱中したころに撮影した旅行写真を見返しても、何の変哲もない民家や商店の写真ばかりである 。観光地として名高い歴史的な寺社や、著名な建築家が手がけた美麗で斬新な建造物よりも、何の変哲もない、豪邸とも言えないような平凡な民家が立ち並ぶ住宅街の風景のほうが好きだった。そういえばブログを立ち上げた当初、姉から、あんたは本当に家が好きだね、と言われた記憶がある。
【写真: 高校の夏休みを利用して訪問したタイの首都・バンコクの市街地の写真。今ではなぜ撮影したのかも思い出せない、何の変哲もない町中の写真が多く残っている。(1998年7月撮影)】
家というものに対して思い入れが強い理由は、僕の家族は昔から、住まいに関して一貫して苦労してきたからだ。
僕は静岡市内の市営住宅で生まれたのだが、兄弟3人を育てるにはあまりに狭すぎたために、今となっては限界集落と化しているであろう、静岡市のはずれにある山間部の古びた民家を購入して引っ越すことになった。「古民家」などと呼べるような風情ある造りでもなく、ただ古いだけの家で、1983年当時で500万円だったと聞いている。当時の我が家の経済状況では、そんな家を買うのが精いっぱいだったのだ。
だが結局はその家も、不便さと陽当りの悪さなど様々な要因で数年後に手放すことになった。
その後、幾度かの引っ越しを経て、ようやく猫の額のような狭小地に家を建てることになった時は、僕はすでに高校に進学していて、その家で生活する期間は2年にも満たなかった。両親は今もその家に暮らしているが、幼少期に暮らした地域からも離れたその家に、僕自身はさしたる思い出もないし、近所の風景に懐かしさを覚えることもない。