「買春は性暴力」 法制化に踏み切ったフランスの現状と見えてきた課題
買春を性暴力ととらえ、処罰する法がフランスで施行されて9年。外国人や若者などといった、より弱い状況の人たちが取り残されていないか、新たな課題も見えてきた。
買春を性暴力ととらえ、処罰する法がフランスで施行されて9年。外国人や若者などといった、より弱い状況の人たちが取り残されていないか、新たな課題も見えてきた。
パリ中心部にあるストラスブール・サンドニ駅周辺。カフェや雑貨店などが立ち並び、大勢が行き交うこのエリアは、第2次大戦後、労働力不足に悩んでいたフランス政府が大量の移民を受け入れて住居を提供した経緯から、いまも外国にルーツを持つ人々が多く暮らしている。
「かつては路上のあちこちに、売春の状況にある女性たちが立っていました」。そう話すのは、1993年から女性たちの支援に取り組んでいる「セル財団」の職員、フレデリック・ボワザールさん(54)だ。女性が自発的に売春に至ったと受け取られないよう「売春する」や「売春に従事する」などの表現を使わず、記者の会ったすべての支援者が「売春の状況にある人」という言葉で表現していた。
フランスも日本と同じく買春者の多くは男性であり、売る側は女性に偏る。
一帯の景色が大きく変わるきっかけとなったのは2016年。買春を性暴力と位置づけ、買春者を処罰する「買春処罰法」が制定されたのだ。
有罪判決を受けると、1500ユーロ(約26万円)の罰金が科され、累犯の場合は3750ユーロ(約64万円)に上がるほか、再犯防止のための研修受講などが命じられる。未成年や障害のある人、妊娠中など弱い立場にある人に買春行為をすればさらに厳しい罰が科され、罰金は売春の状況にあった人を支援する団体の活動資金にあてられる。
現在の日本と同じように、かつてはフランスも、売春の目的で路上に立つ女性たちが処罰の対象だったが、法制定後、「売る側」を被害者として保護することになった。売春の状況から抜け出すための住居の提供や就労支援なども法律で定められた。
そうやって救い出された一人が、パリ市内で暮らすカタリナさん(仮名・24歳)だ。
19歳から21歳まで、売春をして生活費を稼いでいた。その暮らしから抜け出して3年が過ぎた今も、抗うつ剤や抗不安薬が手放せない。
カタリナさんは大学時代、「自然派マッサージ」をうたう店のアルバイトに応募した。そこが性売買の店だった。
店はパリ市内の建物の地下にあり、「まるで秘密の洞窟のような場所だった」という。接客を命じられ、オーナーからは「あなたは全然うまくできていない」「サービスを改善する必要がある」と叱責された。
21歳だった3年前、食べられない、寝られないという状態に。大学のソーシャルワーカーに相談したことが契機となって医療や支援につながった。「親にも友だちにも売春のことを話したことがなかったし、被害とは思っていなかった」。被害届を出すよう言われた時は混乱したという。
支援団体「巣のムーブメント」のスタッフや弁護士、医師と話すなかで、「(店は)売春あっせん業者だったということに気づいた」。振り返れば、店には5、6人の女性たちがいた。南米から来た人やフランス語が話せない人、子どもがいる人もいた。女性同士で売り上げを競わされ、店から監視されていたため、互いに言葉を交わすことはなかったという。
やがて店には警察の捜査が入り、2023年4月、経営者と現場にいた客4人は逮捕された。
カタリナさんのように売春の状況にあった人たちを専門に受け入れるシェルターもパリにはある。そのうちの一つの成人専用のシェルターは定員は14人で、利用者はおおむね18歳から50代まで。かつてはナイジェリア出身者が多かったが、現在は南米や東欧からの人が多い。
シェルターの施設長を務めるソーシャルワーカーのアンヌソレーヌ・タイヤルダさん(40)は「どの女性たちも健康状態が非常が悪い」と話す。生理中も客の相手をするよう強いられるなど無理をさせられるため、婦人科系の問題を抱えているほか、精神的な問題や、定期的に医療機関に通えないために歯の状態が悪い人、不眠や不安、うつの症状を訴える人が多い。
2016年の法制定で、売春の状況にある人は被害者であることが明確に位置づけられたため、警察の対応が大きく変わった、とタイヤルダさんは話す。警察は被害届の受理だけでなく、シェルターや支援機関の情報提供、権利について被害者に説明をするようになった。
セル財団はまた、有罪判決を受けた人に向けて再犯防止の研修も担う。
被害者の9割超が女性であるのに対し、買春をする客は99%が男性という。1千人以上の買春者に接してきたボワザールさんは「多くは妻や子がおり、裁判所からの呼び出し状や研修通知を家族に見られることを恐れている。それが一定の抑止効果になっている」と話す。
法施行後、買春の場は路上などから人目につきにくい場所に移った。そのひとつがパリ郊外にある森林公園「ブーローニュの森」だ。かつては王族の狩り場だった広大な敷地で、現在は市民の憩いの場だった。
平日の昼間に記者が通りかかると、バンやトラックなどが止まっている場所はあったが、ランニングや散歩をしている人が通る程度だった。
この森で女性たちの支援を行う支援団体「女性スペース」によると、売春の状況にある人たちの多くが、南米やルーマニア、ブルガリア、中国などから来ている。年齢も20代から70代と幅広く、トランスジェンダーも多い。
フランス政府が2024年に発行した「売春に関する暴力と人身取引に対する取り組みに関する報告書」も売春被害者の多くが外国人だと指摘する。
「女性スペース」代表のベネディクト・ベルタンさん(56)は、毎週火曜日、ソーシャルワーカーや看護師とともに森をまわり、コンドームを配ったり、性感染症の検査や健康診断をしたりしている。希望があれば住居取得や住民票の申請、健康保険の手続きも手伝う。
「法律ができ、路上での買春は減ったのに、彼女たちは人気のない暗い森で客を待たなければならない。どういうことかわかりますか?」。記者は問いかけられた。
「彼女たちはアパート代が払えない。だから、森で客を見つけて何とか今日のホテル代を払うような暮らしをしているのです」
数時間待って1人もお客さんがつかなかったら・・・・・・。そんな焦りから、避妊しない性交を受け入れてしまう。レイプや監禁など身体的暴力の危険とも、常に隣り合わせの状態にある。
ベルタンさんらは、希望者に在留許可取得や就労支援などもおこなうが、性自認や身体的な性別が書類上の性別と異なるなどの事情を抱えている人が多く、順調にはいかない。
孤立した状況で、あっせん業者から「ここを抜けると危険だ」と言われ信じている人も少なくない。そのため性売買から抜け出すには時間がかかるというが、それでも支援の場に立ち続ける。
長い間暴力に耐え続けるなかで、水がコップからあふれるように「『この1回は余分な暴力だった』と感じた時に、女性たちはやめる決意をする」という。「その時に選択肢があることを知っておいてもらうこと。やめたいと思ったときに声をかけてもらえるよう、信頼関係をつくっておくことが大切なのです」
支援団体「巣のムーブメント」にも、外国人を専門に支援する部署がある。団体が新しく支援する年間約300人のうち約80%が外国人だ。出生地はナイジェリアやコンゴ共和国など。母国で暴力にさらされていたり、学校に行ったことがなかったり。フランスに来る前から売春で生計を立てていた人も少なくないという。
担当のブノワ・ケルモルガンさん(36)は、「未成年で売春を始めたという人が多い。多くが過去に性暴力を経験している。これはフランス人も外国人も同じ」と語る。そして、その傾向は今も変わっていない、とも。
長く搾取の構造の中にいた女性たちの考え方の基本は「今を生き延びる」だ。在留許可だけでは十分ではないという。
「長期的な視点を持つことの大切さを知ってもらうこと。そもそも売春しなくても生活していける選択肢を増やしていくことが重要です」