達人と素人
「私のために、幼馴染が争っているんです」
という少女の悩みに対し、夢河蕾花はこう答えた。
「ワハハハ! 存分に戦ぇい! わしのために争えぃ! ──という本心であるということを認めて楽になれ。生き残った強い方と一緒になれ」
これには少女も閉口。
蕾花はこのあと「ちょっとこっち来い」と鬼の形相をした義弟・稲尾竜胆に銀狐特有の黒銀色の尻尾を鷲掴みにされて、神社の裏手に連れて行かれた。
──
和深大陸の北東──北国・
普通、一般的には命眠季と幻冬季の一二一日間が冬だが、この地域では秋月季の下半節季三一日間と萌芽季の六一日間も冬である。
落ち葉が舞っている。
刻は申の刻。夕暮れ時である。
「達人になってから文筆家になるの?」
落ち葉を燃やして熾火にしたそれを棒切れで突きながら、梟福殿なつめは、悩み相談にやってきた若い化け狸にそう問うた。
質問内容はこうだ──「文章を仕事にするために、腕を磨きたい。達人になったら本を出したい」である。
言っていることは一見正しいが、なつめからするとなんとも──
「達人になるのが先か、あなたが不幸にも命を落とすのかが先か、ってことになってくるけれどね」
「えっ、十年も修行したら、達人くらい……」
「十年でなれる程度の達人なんか、一年実戦を積んだ素人に追い抜かれておしまいよ。十年かけて自己満足の達人になるより、まずは三年素人でいなさい。そのほうがずっと伸びる」
落ち葉から芋をかき出した。
和深大陸に広く分布し、大勢に食べられている美味いツル性多年草──オニガライモである。
若者は手袋越しにそれを受け取って、「……素人でも、書いていいんですか」と聞いた。
「なんで素人は書いちゃいけないんでしょうね? 風潮? 他人の物差し?」
「それは……恥ずかしいから。失敗したら」
若者は銀紙と新聞を捲りながら、襟巻きに顔を埋め、答えた。
「じゃあ馬鹿になって」
「気狂いだと思われます」
「気も狂えない程度の筆に、自分の世界は表現できないわ。己に酔って狂いなさい、存分に」
とてもじゃないが神使がひとに向ける言葉ではないと思う。
けれど、なつめの「悩み相談」は往々にしてこれだ。
快刀乱麻を断つという言葉を体現したような、悩みこんがらがった糸をざっくりと断ち切るように、彼女は思った解答を口にする。
若者は意を決したように焼き芋にかぶりついた。
北国で育った芋はふわふわホクホクで、実がみっちり詰まっている。甘い芋は、蜜のように柔らかかった。
その優しい味に、若い妖怪は「神社で紙を買っていきます。新聞に寄稿してもらいます」と言って、笑顔を浮かべた。
「頑張りなさい」
なつめはそう言って、熾火の中からごろごろと芋を取り出すと、半分に折って列に並んでいた子供達に配った。
おぼろづき 夢河蕾花 @YYRaikaYY
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