以下wikiより抜粋引用
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山崎 方代(やまざき ほうだい、1914年(大正3年)11月1日‐1985年(昭和60年)8月19日)は、日本の歌人。
故郷の中道町。右左口峠付近から北西望 正面奥は八ヶ岳山梨県東八代郡右左口村(旧中道町、現甲府市)に生まれる。次男。右左口村の青年団に加わり、「一輪」の名前で文芸部雑誌「ふたば」や「あしかび」「一路」「水甕」などの結社誌に詩や短歌を発表し、地方紙の峡中日報や山梨日日新聞の文芸欄へも投稿。1929年(昭和4年)には右左口尋常小学校(現中道南小学校)を卒業。1937年(昭和12年)には横浜へ移り、職を転々とし1941年(昭和16年)7月には陸軍東部第77部隊へ入隊。
翌年には野戦高射砲第33大隊一等兵として出征し南方方面で戦い、ティモール島クーパンの闘いで戦傷で右目を失明。
1946年(昭和21年)には復員し、傷痍軍人の職業訓練で習った靴の修理をしつつ各地を放浪する。
特定の結社に属さず、身近な題材を口語短歌で詠んだ。鎌倉に住む歌人吉野秀雄や唐木順三とも交友があり、しばしば土産物を携えて訪ねたという。関係資料は山梨県甲府市の山梨県立文学館に所蔵されており、常設展でも展示されている。また、生家跡地には中道往還の右左口宿や円楽寺など周辺の歴史的景観と合わせた観光拠点とするため、歌碑の移設や東屋を設置する計画が出されている。
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以下、甲府市の観光情報から引用した作品です。好きな歌だけ抜いたので途中で数字が飛んでいます。
2・寂しくてひとり笑えば卓袱台の
上の茶碗が笑い出したり
3・野良馬の靴の片方みつけ来て
出口の釘に掛けておく
6・うつし世の闇にむかっておおけなく
山崎方代と呼んでみにけり
7・死ぬ程のかなしいこともほがらかに
二日一夜で忘れてしまう
8・笛吹の土手の枯生に火をつけて
三十六計にげて柿食う
13・遠方より友来たりけり目隠しをして
鶏小屋の鶏を選べり
14・ふるさとの右左口邨は骨壷の
底にゆられてわがかえる村
15・ひっそりと座っていると月が出て
畳のへりを照らして去った
16・まっ黒く澄みたる馬の目の中に
釜無川が流れている
19・こんなにも湯呑茶碗はあたたかく
しどろもどろに吾はおるなり
22・私が死んでしまえばわたくしの
心の父はどうなるのだろう
23・茶碗の底に梅干の種二つ竝をる
あゝこれが愛というものなのだ
24・これやこの吾とて水呑百姓の
父の子にしてほこらざらめや
25・なりゆきにまかせているとかたわらの
涙の土瓶が笑い出したり
26・ほんとうの酒がこの世にありし時に
父もよいにきわれもよいたり
この他に私が偏愛する下の歌がある。
こんなところに釘が一本打たれていじればほとりとおちてしもうた
私が30歳の頃に、この歌と共に山崎方代の死亡記事が組まれ、凄い歌人がいたんだなあ、と感動した記憶がある。死亡の直後にその偉大さを知ったのは尾崎豊と共通している。
言うまでもなく自由律の前衛短歌で、その真骨頂は身辺に転がる「詩のモチーフにならないものを詩にする能力」と言えるだろう。映画で言えば実に淡々としたセルフドキュメンタリーに相当するかもしれない。このブログの何処かに「子規の次はコッフ」と言われた中井コッフを紹介しているが、コッフにもそういう一面がある。
私が死んでしまえばわたくしの
心の父はどうなるのだろう
これも凄いですね。タヴィアーニ兄弟の映画「カオス・シチリア物語」の最後あたりに似た様な台詞が出てきます。さらりと無神論者の考え方を歌っています。
茶碗の底に梅干の種二つ竝をる
あゝこれが愛というものなのだ
これも感動の視点が素晴らしい。山崎方代は生涯独身の筈で、彼のファンの若い女性に恋をして失恋している。自分で食べた梅干の種が二つ茶碗に残っていて、そこに愛の形を想像するとは哀れなことこの上ない、と思ってしまうが、
死ぬ程のかなしいこともほがらかに
二日一夜で忘れてしまう
寂しくてひとり笑えば卓袱台の
上の茶碗が笑い出したり
と歌うように、悲しみの果てにクルリと一回転してユーモアに変わるところが彼の特徴でもある。山頭火と比較されるときもあるが、山頭火は結局煩悩を超越しようとして結局悟りきれなかった気がしてならない。
山頭火は私の故郷愛媛で死に、最初に山頭火の評伝を出したのは隣にある大洲市の教師・村上護で1972年出版された直後に買ったので高校1年ごろに読んだことになる。非常に感覚的にしかいえないが、少し酢の臭いが残った酒みたいな気がする。簡単に言えば山頭火は人間臭く、そういうのが好きな人には支持される歌人でしょう。
山崎方代に関しては下手な解説をするより、ゆっくり読んで味わってください。私にはとてもマネできないとこに到達した人です。
なお多分左下のブックマークから入れるはずですが、私は「八王子五行歌会」のお世話をしています。私は推敲している時間がないのと自分の作風をどんどん変えているのでスタイルに迷っていて下手ですが、常連の方々に凄腕が揃っているのでぜひ投稿してみてください。新年にネット歌会をやりましょう。