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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
魔術学院編
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どんでん返し

 ウェイターがやってきて、VIP魔方陣の中の面々に告げたのは、その時だった。


「アルトエレガン様がご到着なされました」

「ん、通してくれ」


 咀嚼した肉塊を飲み下し、闘がウェイターに告げた。綾は、ソースの一つをステーキにかけ、味わいを楽しみながら、その到着を待った。

 酒場としては広いとは言っても、組合の支部としては狭い店内の事である。アルトエレガンのいるカウンターはこちらからも見えていた。アルトエレガンは、そのまま鷹揚に手を振って歩み寄ってくる。人ごみが割れて道を開けるのを見て、先ほどの自分達もこんな感じだったのだろうか、と綾はぼんやりと思った。


「さて……これで、俺達の目的は果たせたわけだが……どうする?」

「いや、せめて、最後まで食べていきましょう!」


 乙女らしくない事を、鼻息荒く宣言する綾。その目は完全に食欲に支配された人間のそれだ。


「次は、いつ食べられるかわからない、ドラゴンステーキですから!」

「ドラゴンステーキなら、魔術学院でも出てこないか?」


 あまりに真に迫った食欲に、ギャランが疑問を投げかけるが、綾の返答は簡潔でわかりやすいものだった。


「催眠毒塗れの代物なら出てきました」

「ああー……」


 それだけですべてを察し、ギャランは頭を片手で抑えた。


「あからさま過ぎだろ……いくらなんでも」

「ど、どうします? 程々にするように、神託でも下しときます?」

「いやいや姐さん。神託ってそう易々と下していいもんじゃないから。

 借りに下したとして、『彼女を魔術師にするのは神々の思し召しだ!』なんて言って、さらに暴走しだしたらどうすんの!?」


 小声で神様たちがやり取りする横で、アルトエレガンがテーブルに到着した。アハトベルンでも殊更有名な超人の登場に、周囲はどよめいた。隣のVIP席の人間達など、膝を浮かせて立ち上がりかけたほどだ。


「おう。ドラゴンテールとは、又豪快なもん食ってんじゃないの。

 俺の分は?」

「骨際でも齧っとけ」

「硬くて食用に向いてないじゃないですか、ヤダー」


 文句を言いつつ、手渡された骨付き肉を齧るアルトエレガン。こちらも、超人の力押しで無理やり肉をかみ砕いて飲み込んでいく。

 口の中が空になったのを確認して、アルトエレガンは綾に話しかけた。


「それで、どうだった? 綾ちゃん。初めての魔術学院は」

「……そうですねー。囲い込みの為のごり押しとか、超人アンチ思想とか、催眠毒とか、王太子が心までイケメンとか、タオロー老師とか色々とありましたけど……結論は」


 綾の返事はやはり、簡潔かつ分かりやすい結論に収着する。


「早く、ディンブルゲンに帰りたいです……!」

「そりゃまた、大変だったなあ……しかし、王太子がイケメン……?」


 そんな綾の並べた言葉の一つに、引っかかるものを感じたらしいアルトエレガンは、視線で自らの相棒に問うた。


「学院にいる方だ」

「成程」

「これは勘だが、綾なら大丈夫だろう」


(……?)


 ほんの短いやり取りに、綾は違和感を抱き、思わず二人を交互に見やった。あいにく、口の中にドラゴンステーキがあったので問いかける事は出来なかったが、それだけで伝わったのだろう。

 アルトエレガンが、無遠慮に隣の席――もう一つのVIPテーブルに向かって大股で歩いて、


「ちょうどいい、紹介するよ綾ちゃん」


 そこにいた一人の少年の肩を叩いた。

 そして、言った。とてもではないが、看過できない一言を。






「こいつ、フリッツ・イザーク・フラグレア。

 この国の王太子ご本人だ」






 一瞬。

 綾とアイは、自分達が何を言われたのか、わからなかった。


「お、おじさん!? いきなり何なの!?」

「ま、ま。そう言わんとこっちに来い。悪いようにはしないから」


 王太子として紹介された少年は、唐突なアルトエレガンの行動に戸惑いつつも、言われたとおりに綾の前に立った。

 ……一目見て、印象に残りにくい相貌の持ち主だった。なんというか、悪い意味で目鼻立ちに特徴がなく、服装がなければ群衆に紛れて見落とされそうなほどに印象がない。


「お、王子……!?」

「いけません! そのような……!」


 席を同じにしていた少女と、スキンヘッドが声を荒げるも、フリッツと呼ばれた少年は何かを諦めたように手を振って、


「いいのいいの。そういう事気にしてくれないんだ、このおじさんは」

「お、王太子……?」


 ようやく、アルトエレガンの言葉の意味を理解して、綾は口の中でその言葉を反芻する。

 王太子。王位継承順位第一位の王子の事を指す単語である。

 当然、一つの国につき、一人しか存在しえない筈であり……綾にとっての王太子とは、魔術学院にいるターゴ・サックの事であり……!

 アルトエレガンがこう言う、という事は、こちらが王子本人で間違いないのだろう。だが、そうなると……


 魔術学院で、王太子扱いを受け、不敬罪に問われないあのターゴ・サックという青年は何者なのだ!?


「フリッツ。この子は、寺門 綾。

 今、アハトベルンで大騒ぎになってる、無限動力娘だ」

「……!? 彼女が、あの……!」

「そして、今お前が直面してる問題の、解決の糸口になるであろう人物でもある」

「ちょ……ええ!? アルトさん!?」


 状況を飲み込み切れず、パニック状態の綾を置き去りにして、何やらとんでもない事を確約しているアルトエレガンに、綾は抗議の声を上げた。


「そんなこと急に言われても、理解が追い付かない、っていうか……!」

「まあまあ、大丈夫大丈夫。

 闘の勘がそう言うんだから」

「それは、卑怯ですよう……」


 闘が勘と言ったら、それはもう絶対である。

 こう言われてしまうと、何度もその勘に助けられた身としては、黙るほかはない。


「王太子って……冗談じゃ、ないんですよね? この国、王太子が二人いる、とかじゃなくて……」

「まあ、冗談と思いたくなる気持ちはわかるけど、冗談じゃないんだなこれが。

 正真正銘、たった一人の王太子ご本人だよ」


 フリッツは綾達のいるテーブルの椅子を引き着席すると、フリッツ側にいた他のメンバーにも手招きをした。

 王太子本人に促され、そちら側にいた人物たちが続々と綾達のVIP席に押し寄せる。椅子が足りなくなったので、一部は椅子持参である。

 改めてみると、奇妙な面子であった。人数は、三人。

 一人目は、フリッツと同じく、高級品と思われる服に身を包んだ少女で、ウェーブのかかった黒髪を腰まで伸ばしている。綾が率直に抱いた印象は、日本人形であった。整った顔幼い立ちに、小さい体は大人の庇護欲を刺激してやまない。年齢は十歳前後だろうか。

 二人目は、酒場内部ではありふれた姿――スキンヘッドで痩せぎすの男性であった。年のころは……瘦せこけた相貌には妙な迫力が宿っており、一目では判断できない。ただの超人予備軍にはない何かを伺わせる。

 三人目は、マッチョだった。本当に、そうとしか言えないほどのマッチョだった。パンパンに膨らんだ筋肉を、Tシャツとジーパンでどうにか包み込んでいた。それでさえ、少し力を籠めれば張り裂けそうなほどの、筋肉の厚さを誇っていた。顔は、全体に平たい印象を受けるが、妙な愛嬌があって、決して不細工とは言えない。


「さて、何処から話したものかな……そもそも、何処まで話していいんです? おじさん」


 仲間たちの着席を待ってから、フリッツは一国の王子とは思えないほど、気安い口調でアルトエレガンに話しかける。

 アルトエレガンは、ふむと言葉を探すようなしぐさをして……


「全部だ。色々と巻き込んじまってるが、せめてかかわるかどうか位は、彼女自身の意志で決めてもらいたいからな。

 まあ、闘の勘によりゃあ――」

「王子!」


 店の入り口から声が上がったのは、言葉の半ばの事である。

 声に惹かれて視線を向けて、綾は凍り付いたように動けなくなった。

 綾の視線の先にいたのは、綾がこんな場所で、混乱の極致にいる原因ともいえる人間達だったからだ……!


「ターゴ……さん!?」


 ターゴ・サックに、カミーユ・アルター。

 綾達をこの場に呼びだした二人が、綾と鑑写しのように愕然とした表情で、綾達を見ていた。



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