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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
とあるエルフの話をしよう
66/89

池田屋事件


 元治元年六月。

 きっかけは、新選組の監察方――情報部が、怪しい商家の情報を掴んだことだった。

 屋号は枡屋。古道具屋である。

 裏から多数の浪士が出入りし、もうじき夏場だというのに多量の薪炭を仕入れたりと、怪しい点が多すぎるという事で、六月四日、店主である升屋喜右衛門を逮捕究明した。

 家宅捜索してみると、出るわ出るわ怪しい証拠。

 武器弾薬はもちろんの事、機密書類らしきものや、何に使うつもりだったのか会津藩の提灯らしきものまで出てきた。

 さらに踏み込んで調べると、升屋喜右衛門とは仮の名で、本名は古高俊太郎。近江出身の尊攘派志士であった。

 押収した武器弾薬の量が尋常でなかった事から、新選組は本格的な調査を開始。

 古高を苛烈な拷問にかけ、情報を絞り出した。

 ……ここまでは、マルコにとっては別部署の話で、蚊帳の外だったのだが、古高が吐いた情報が、とんでもないものだったことから、無関係を装ってはいられなくなった。

 烈風の夜を選んで、京都の市中に火を放ち、混乱に乗じて幕府側要人を暗殺。帝を拉致して長州に連れ去り、勅命を出させて攘夷の大号令をかけ、長州を京都守護職に任命させる――


「……は?」


 その話を聞いた時、マルコはいつものように会計書類とにらめっこをしていたのだが、思わず話を持ってきた沖田の顔をまじまじと眺め返した。


「総司……それぁ、ガセじゃないのか?」

「なんでそう思うんです?」

「いやあ、どう考えても、現実味がなさすぎるだろう……なんだ、その、子供が考えたような、理想論にまみれた作戦は……」

「この場合、重要なのは出来るか否かより、やる側が、やれると考えるか否かだ。円子」


 総司と連れ立ってきた土方が、苦虫を嚙み潰したような顔をして、


「機密書類を解読させたところ、自白した内容と一致する……これから対策会議をするから、お前も参加してもらうぞ」

「……仕方がないか」


 新選組の幹部一同が集められ、会議が開かれた。内容は、古高の自白で得られた計画についてだ。


「断じて、このような狂気の計画を実行させてはならん!」


 近藤が、顔を赤くして怒鳴り散らすのに、マルコはおうと答えた。

 火を放ち、それを利用するなどという行為は、森の民であるエルフのマルコにとっては、生理的に受け入れられるものではない。

 それがなくとも、多くの無辜の民が死ぬ。見過ごせる計画ではなかった。


「武士の怯懦は罪だが、民草の怯懦は罪ではない! そのような者達の生活を脅かすとは、とうとう長州も堕ちるところまで堕ちたか!」

「近藤さん、落ち着いてください。それがどうも、おかしな事になっているらしいのです」


 感情の赴くままに吐き捨てる近藤を諫め山南が、個人的に収集したという情報を提示した。


「聴衆の過激派志士の中でも、今回の計画には懐疑的な声が多数あるようで……知っての通り、私は千葉門下、北辰一刀流の出身です」


 江戸を中心に広まった剣術道場で、門下三千と呼ばれる大流派であり、自然とその思想も入り乱れており……多くの過激派志士を輩出している。


「その伝を辿って、私の元にこんな文が」


 文の内容は、過激派一党が古高の捕縛を、既に把握しているという事。救出、計画の中止実施……様々な議案を解決するための会合が、近く開かれる、という事だった。


「なんでえ、その手紙の送り主は、同士を売ったのかよ! 性根が腐ってやがるぜ!」


 原田左之助が吐き捨てるのを聞き、マルコは眉をひそめて、


「いや待て、左之。ひょっとしたら、面と向かって何か言う事さえできないのかもしれん」

「はあ?」

「過激派が勢いづきすぎて、正論で諭そうとすれば殺されかねない状況だという事だよ」


 マルコの言葉を引き継いで、山南が嘆息した。


「手紙に、送り主の名は書かれていなかったが、筆跡には覚えがある。

 桂小五郎の物に相違ない」

「桂」


 新選組が血眼になって行方を追っている、大物攘夷志士である。


「私も知っているが、思想の是非はともかく、左之助が言うような性根が腐った男ではなかった。おそらく、苦渋の決断なのだろうな」

「というか、桂ほどの大物が、反論さえできない状況とは……」


 マルコの脳裏に、かつての記憶がよみがえる。テラフォーミング魔術を開発する前、人間との融和など口にする事さえも出来なかった、かつての故郷を。人間の話題を出す事さえ嫌がった我が身の婚約者の姿を。

 自分がいなくなって、今はどうなっているのか……


「桂の性根云々は、今は置いておくべきだ。

 桂の言う事さえ聞かない連中ならば、この狂気の塊のような計画……本気で、実行するつもりの可能性が高い」


 思考を切り替え、目の前の凶事に対応するマルコ。

 マルコというエルフにとって、京都はもはや第二の故郷……とまでは、言いすぎだが、それなりに愛着のある都市である。

 そこが火の海にされるなど、冗談ではなかった。


「兎に角、今は監察方に情報収集を任せる事だ。

 新選組の監察方は優秀だ。そうだろう? 土方さん」

「ああ、その通りだ。三日も立たずに突き止めてやるさ」


 新選組という組織を作り上げた男である鬼の副長は、自信をもって断言した。

 はたして、三日もたたないうちに情報が集まった。

 時は、祇園祭――京都でも古くから続く夏の風物詩の祭りの当日の六月五日。場所は、池田屋、四国屋のどちらかであるとまで絞り込んだ。

 が、そこから先がわからない。念のため、会津藩にも応援の要請をして、マルコ達は祇園祭の宵闇に乗り出していった。

 行き交う人々は祭りを楽しみに出ているのだろうが、マルコ達は他人事のように彼らを眺めていた。彼らはこれから、人を斬りに行くのである。

 その日は出だしから不吉だった。山南をはじめとして病欠者が多く出てしまい、出動できたのはマルコも含めて30余名。


(山南さん、しっかりしてくれよ……)


 どうも、井戸水に当たったらしい。幸先が悪いにもほどがある。

 屯所を出る際にも、一工夫凝らした。大勢で完全武装の男達が練り歩こうものなら、今から貴方達を取り締まりますよ、と宣言する様なものである。相手方の志士を刺激しないように少人数で別れて屯所を出て、祇園会所に集合した。が。

 悪い事というものは続くもので、応援を要請した会津藩の人間が、一向に来ない。

 じりじりと、時間ばかりが過ぎ去っていく。

 今のマルコ達は、鎖帷子にだんだら羽織の完全武装だ。加えて、京の夏は蒸し暑く、肉体は熱され汗がしたたり落ちる。


「…………」

「近藤さん」


 このままでは、敵の会合が終わってしまう……そんな危機感に、隊員の全員が焦れていた。

 そして、土方はついに決断を下す。


「切り込むぞ。俺達だけで」

「……トシ!?」

「このままじゃあ、みすみす相手をとり逃しちまう。

 それに――今宵の狂人共を、俺達だけで鎮圧できたなら」


 獰猛な笑みを浮かべて、土方は言い切った


「新選組の名は、天下に轟くぜ?」

「……! そう、だな。土方君の言う通りだ! やろう!」

『応!!』


 その場に集った新選組隊士全員が、血管が泡立つような感覚に包まれた。小勢でもって、多勢に切り込む。武士としてこれ程の誉れはない……!

 マルコも例外ではなく、肌が泡立つような感覚に身を任せ、刀の目釘を確かめる。

 マルコの之定の初陣であった。


「二手に分かれるぞ。

 四国屋の方が面積が広いから、俺が20名ほど引き連れて向かう。

 近藤さん、あんたは残りを引き連れて池田屋だ」

「わかった……トシ」

「あん?」

「まかせたぞ」


 下手をすれば、今生の別れになるかもしれないのに、二人は笑顔だった。獰猛な、という但し書きはつくが……

 義兄弟、という感覚をマルコは理解できないが、二人の間には言葉にできない絆がある事は、確かだと感じた。


「じゃあ、僕は近藤さんの方につきますね」

「お前は自由だねえ」


 返事も待たずに近藤の隣に居座る沖田に、マルコははあと嘆息した。

 他に、近藤につくのは……


「平八、ぱっつぁん、周平君、谷さん、武田さん……」

「それに、円子さんも」

「俺もか」


 勝手に人数に入れられて、文句の一つでも付けようかと思ったが、異論はないのでやめておいた。






 祇園祭りの夜を、新選組が駆ける。

 たどり着いた池田屋は、往来にひしめく旅籠屋の一件で、外目でわかる程面積が狭い。


「こりゃあ、大勢は中に入れんな」


 そして、近づいて見るとわかる、室内にひしめく気配の数といったら……


(こっちの数倍はいるぞ)


「永倉、藤堂、谷は一階で待機。総司、円子は、俺と一緒に来い。後は表口、裏口を固めろ。」


 すぐさま指示を下し、近藤が扉を開いた。


「店主。おるか? 御用改めである」

「あっ――」


 店主らしき男は、近藤の顔を見るや否や、二階に向かって叫んだ。


「お二階の皆様!! 御用改めに――」


 その横面を、近藤の拳が殴り飛ばした。派手な音を立てて吹っ飛ばされ、気絶する店主だったが、マルコは咎めたりはしない。

 今の一撃に、近藤の絶妙な加減が施されていることに、気付いていたからである。


(近藤さんが本気なら、上半身が粉々だ)


 二階へ駆け上がる近藤にマルコと沖田が続く。


「亭主! 何か言ったか――?」


 何を勘違いしたのか、のんきに顔を出してきた志士を、近藤が出合い頭に切り伏せる。

 今度は、加減など一切ない一撃だった。

 顔面を割られ、粉みじんに吹き飛ぶ志士――


(さすが近藤さんだ! ……乙種超人試験、受けたら一発で合格するんじゃないか?)


 血煙と化した志士の亡骸を踏み越えて、近藤、沖田、マルコは奥の間に身を踊らせて、叫んだ。


「御用改めである! 神妙にいたせ!!」


 部屋を見回せば、ずらりと居並んだ志士の数、40人余――中には、ちらほらと強力な生体エネルギーを感じる者もいた。


(これは――!)


 一山いくらの連中はいざ知らず、使い手と思しき奴らは、生半可な事では打ち取れない。

 ようやく、事態を飲み込んだ志士たちが抜刀するのと、マルコが気合の雄たけびと共に踏み込んだのは、同時だった。


「エイヤァ!!」

「ぐっ!!」


 近藤と同じく、相手を粉々にするつもりで踏み込んだ一太刀であった。だが、あいにくと相手は気組み――生体エネルギーの使い手だった。

 生体エネルギーを漲らせた小太刀で受け止めようとしてきた。受け止められる、と考えて、マルコは次の動きを想定していたのだが――

 すっと、手ごたえもなく、マルコの一太刀は、小太刀ごと相手の肉体を両断した。


「――!」


 どちゃりと、内臓をこぼしながら、真っ二つになった志士の死体が横たわる。

 振るっていて、ぞっとするような切れ味である。


(斬れる……! この之定は、斬れるぞ!)


「うおうっ!」


 雄たけびと共に踏み込んできた志士を、返す刀で一閃し、切り伏せる。これまた、手ごたえもなく真っ二つにされた志士の死体が、モツをまき散らしながら畳に倒れた。誰かが気を利かせたのか、灯っていた明かりが消え、二階全体が暗闇に包まれたのは、その時だった。


「おのれ壬生狼!」


 壬生に住む浪人、という意味の別称を用いて、マルコの前に立ったのは、又も生体エネルギーの使い手であった。それも、かなりやる方である。


「名を名乗れ!」


 無論、答える馬鹿はいない。

 この暗闇の中、声を出せば最後、殺到されてなます切りの憂き目にあうだろう。


(暗闇のせいで、こちらの場所を見失ったな。これは迂闊に――)


「新選組局長! 近藤勇である!!」


(うおおおおおおおおおおいっ!? 近藤さぁぁぁぁぁんっ!)


 と思っていたら、何と身内の方が名乗りを上げた。

 そういうの大好きなのは知っていたが、時と場所は選んでほしい。

 いや、あるいは……


「円子君! 総司! 声を出せぇっ!」


(そうか、近藤さん……誘蛾灯になるつもりか!)


 相手から切り込ませ、その気配を辿って切り込む。近藤、沖田の実力ならば、十分に可能な事だった。そして、それは、日々彼らに鍛えられているマルコにも同じ事――!


「一山いくらの連中の太刀なんぞ、気組みで受けろ! かすり傷にさえならん!」

「無茶言わんでください……!」


 愚痴りつつも、相手の意見の正しさを認めざるを得ないマルコであった。確かに、近藤と沖田の気組みなら、並の侍の太刀など、直撃したところであざにさえならないだろう。

 そして、互いに声を出し合っていれば、この暗闇の中でも位置が分かり、同士討ちの心配もなくなる。

 注意すべきは、この暗闇の中でも、十分に気配のわかる、生体エネルギーの使い手のみ……!


「新選組、助勤! 沖田総司!」

「新選組――勘定方! 円子太郎!」

「なんで勘定方がこんなとこにいるんだ!?」


 名乗りを上げると、至極ごもっともな突っ込みが志士側から入ったが、近藤はそれを鼻で笑って、


「他の組織はどうだか知らんが、我が新選組は勘定方に至るまでいつでも戦えるように備えておる! 弱腰な奴等と一緒にしてもらっては困るぞ!」

「抜かせ幕府の犬が!!」


 荒々しい声と共に、生体エネルギーの使い手が動いた。首筋に感じた殺気に、とっさに刀をはね上げる。果たして、硬質な金属音と共に、衝撃が之定に走った。


「っつぇぇぇぇぇいっ!!」


 受けた太刀に沿うように刀を滑らせ、持ち手を切り裂かんと刀を振りぬいた。手ごたえはなく、代わりに濃厚な血の匂いがあたりを満たす。


(斬った、という感触もないのは、少し問題だな)


 あるいは、自分がこの刀を使いこなせていないだけなのか。


「おおおおおうっ!!」

「ぎゃっ!?」

「いやぁぁッ!」

「ぐあ……!」


 近藤、沖田の気合と敵の悲鳴が、暗闇に響き渡る。

 傍らから殺気が沸き立つのを感じ、マルコは刀をひらめかせた。

 手ごたえは、相変わらずない。


「ぎっ……!?」


 ただし、相手の悲鳴と、濃くなった血の匂いから察するに、手傷は負わせたようである。

 闇の中の、手探りの闘争が続くことしばし……

 階下からも撃剣の音と、永倉達の気合の雄たけびが聞こえてきた。闇にまぎれて、何人かが階下に逃れたらしい……気配を伺うと、二階の浪士達はだいぶ数を減らしている。

 切り伏せたからか、はたまた取り逃がした数が多かったのか。


「総司! 円子君! 俺は一階の援軍に行く!

 お前達は二階を頼む!」

「了解……っ!」


 近藤が大声と共に階下へ降りるのを、気配で確認し、斬りかかってきた志士を切り捨てる。

 刀を平晴眼に構え、敵の気配を伺って……


「ごふっ――!」


 沖田総司の気配が、大きく揺らいだのはその時だった。


「……! 総司……!?」


 視線を投げれば、沖田らしき影が、床にうずくまっているのが、薄い月明かりの中で見えた。闇が深いため、詳しくは、見えない。


「こふっ、かふっ、くほっ……!!」

「総司っ!?」


 血の匂いが、より濃くなった。

 すわ、斬られたかと、慌てて周囲を警戒するも、そのような気配は、ない。

 目をつけて、警戒していた生体エネルギーの持ち主は動いた様子はない。


「だ、大丈夫で――ごふぉっ!?」

「総司ぃっ!」


 薄く漏れた月明かりの中で、マルコは確かに見た。

 沖田総司が、尋常ではない量の喀血をするのを。

 明らかに様子がおかしい沖田をフォローしようと、その傍に駆け寄るマルコ。だが、これほどの隙を見逃してくれるほど、敵も甘くはなかった。

 生体エネルギーの持ち主たちが、大きく動いた。沖田とマルコ、二人の命を刈り取らんと、殺気を漲らせて殺到する。


「どけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 対するマルコは、がむしゃらに動いた。それどころではなかった。

 この時になってようやく、マルコは自覚したのだ。自分の中で、総司達が、試衛館のメンバーがかけがえのないものになっていることを。

 会ってたかが一年そこそこの連中だと、切って捨てるのは簡単だ。だが、友情とは、理屈ではないのだ。

 親友を前にして、何もできないなど、エルフ以前に知的生命体の尊厳の問題だ。

 動いて、斬って、斬られた。

 ――後年、悪鬼羅刹の現身かといわれるほどの働きをすることになるマルコだが、この当時はまだ、乙種超人テストにさえ合格できるか危うい、未熟な人間に過ぎなかった。

 腹を斬られた。

 すぐに魔術で塞ぐ。

 腕を斬られた。

 すぐに魔術で接合する。

 斬られ、斬られ、斬られ……

 切り捨て、切り捨て、切り捨て……

 斬られるたびに魔術で治療し、魔力を消費していく。

 それを幾度も繰り返すうちに、誰かが叫んだ。


「こいつ、異人だ……!」


 気が付けば。

 マルコの髪は、元の色合いを完全に取り戻してしまっていた。即ち、金髪、碧眼。憎むべき夷敵を前にして、浪士達の殺意が漲っていくのがわかる。

 魔力の消費が限界を超えて、髪の変色を保つことが出来なかったのである。

 やってしまった――絶望が、マルコの心を覆いかけるも、


(知った事か!)


 いともたやすくそれを踏み越えて、敵に向かって切り込む。

 今ここで自分が倒れれば、総司はどうなるのか。


(俺は決めたぞ! 親友の為に、ここを死地と決めたぞ!!

 来いよ奸賊腹! こっちにこい!)


「異人じゃ! 新選組に異人がおるぞぉっ!」

「斬れ! 斬れぇっ!!」


 もはや立っている事すら出来なくなった沖田から離れて、マルコは大立ち回りを演じた。

 やけくそであった。あえて自身を月明かりの中に照らさせて、浪士達のヘイトを、沖田ではなく自分自身に向ける。こうすれば、倒れた沖田の事など無視して、殺到してくるだろう。

 何せ、国難の象徴であり、彼らが最も憎んできた異人――というか、エルフなのだが――が目の前にいるのだ。過激派尊攘派問わず、殺意が沸かないはずがない。

 口の中が、からからに乾いていく。体の血の一滴、汗の一粒でさえも、魔力に変換して自身を突き動かした。向かってくる敵を、無我夢中で切り払い、あるいは突きとおして殺した。

 気が付けば、池田屋二階に動く者はおらず、死体が山となって築きあげられていた。


「援軍が来たぞ!」


 階下から、近藤の叫び声を聞いて、マルコは膝から崩れ落ちそうになった。

 だが、耐える。まだだ。まだ、倒れてはならない。

 自分はもうどうしようもない。これ程の大勢に目撃されては、ごまかすことも不可能だろう。


(この場を、せめて、切り抜けてからだ……! 倒れるのは――)


「円子君! 総司! 無――!?」


 そして、絶望がやってきた。

 その絶望は、階段から、彼がもっとも尊敬する男の形をしてやってきた。


(嗚呼、近藤さん……)


 近藤の双眸が、驚愕に見開かれ、自分の顔に集中しているのがわかる。

 見られた。よりにもよって、彼に。


「近藤さん」


 もはや、抵抗する気すら起こらず、マルコはその場に膝をついた。


「総司が、倒れました。血を、吐いて……」

「…………」


 近藤は、無言。

 それはそうだろう、とマルコは思う。散々烈士と呼んで気に入っていた男の正体が、最も憎むべき異人であったなど……我ながら、酷い裏切りだと苦笑する。


「俺の事は、どうでもいいんで、総司を……」

「何を、言っている……!?」


 近藤は、あるいは目の前の異人と円子太郎が一致しないのかもしれない、とマルコは気が付いた。近藤の中で、円子太郎とは黒髪黒目の日本人である筈だ。

 一致しないのも、無理はない。


「いいから……! 総司を、早く……!」

「……!」


 語気を強めたのが聞いたのか、奥で倒れている沖田に気が付いたのか……おそらく、後者であろう。近藤は、素早く沖田を抱きかかえて――


「?」


 自らのだんだら羽織を脱ぎ、マルコに被せた。


(嗚呼、身内の恥をさらしたくないのだな)


 無理もないと、マルコは納得した。

 攘夷の先駆けとして発足した新選組に、夷敵が潜り込んでいるなど質の悪いジョークだ。醜聞は、なるべく広めないに限るだろう。

 マルコは、抵抗せずに近藤にされるがまま……


「歳! 円子君が負傷した! 総司もだ!」

「何ぃ!? 円子と総司が……!? それで、様子は!?」

「総司もそうだが、円子君もひどい……!」


 されるがまま……


「化粧がはがれている!」

「はあ?」


(……は?)


「化粧がって……あいつ、化粧なんてしてたのか?」

「いや、化粧というかなんというか、見た方が早いか……ちょっとこっちへ」


 しばらくすると、被せられただんだら羽織がめくり上げられ、土方と対面する。何やら、人目をはばかるように、こそこそと行燈をこちらに向けてくる。


「…………」

「…………」


 しばし、見つめ合うマルコと土方。双方、状況がよく呑み込めないといった体であった。


「おい、円子」

「……は、はい、なんでしょう土方さん」

「……お前、髪はともかく、目はどうやって染めてたんだ?」

「は!?」


 まるで、自分が異人で当たり前だと言わんばかりの扱いに、マルコは硬直するも……横合いから放たれた、笑い声に救われた。

 沖田であった。いつの間に立ち直ったのか、いつものにこにこ笑顔でこう言ったのだ。


「ははは……円子さんが異人だって事なら、僕たち、最初から気付いていましたよ」

「!?!?!?!?」


 驚愕の新事実に、比喩揶揄抜きでマルコは凍り付いた。




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