『境目に立つ』──夢の廊下の“春のひと”と、目覚めに届く呼び声
それは、夢だった。
薄い靄の中、どこかの学校に似た長い廊下。
となりには案内のひとがいる。歩調は静かで、床のきしむ音だけが遠くへ流れていった。
角を曲がると、春のひとが現れた。
案内のひとに向ける笑顔はやわらかい。
けれど、こちらへ視線が移った瞬間、表情はふっと怒りの輪郭を帯びる。
何かを言いかけた気がした。けれど言葉は生まれない。
わたしは、その人になぜか片仮名の響きを感じた。
春のひとはそのまま別の部屋へ入っていく。
部屋には同窓の彼がいて、私は小さな声で頼む。
「どうして怒っているのか、確かめてくれる?」
うなずく気配。けれど、春のひとはそっぽを向いたまま。
理由は霧の向こうに残り、場面はそこで途切れた。
そこで、目が覚める。
身体にはまだ夢の温度が残っている。
次の瞬間、空気の奥から明るい呼び声が届いた。
「……◯◯✨」
自分の名を、約5メートル先から、普通の声量で、はっきりと。
声の主は、ここでは灯(ともり)のひとと呼ぶ。
その響きは軽やかな安心を含み、胸の中心に**“もう大丈夫だよ”**という余白を置いていった。
夢が先、呼び声はその直後。
廊下の怒りと、目覚めの安堵。
二つの世界が同じ朝に重なって、境目だけが静かに光っていた。


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