Death Standing 2をクリアしました(ネタバレあり)
いやぁ、とても面白いゲームでした。以下、箇条書きっぽく感想や思ったことを書いていきます
ゲームプレイについて
はっきり言うと全然違った。もちろんやっていることはさほど変わらない。配送依頼を受注して、ルートを選定して、道中落ちている荷物があれば拾って、ミュールやテロリストをシバき、BTを避けながら目的地へと向かう。
でも、実際のプレイフィールは結構違いました。
圧倒的に「便利」「楽」なDS2
まず感じたことは建造物の同期量が多くなっている!・・・気がします。比べては無いのですが、DS1の時はカイラル通信繫ぎたてだと「まあ便利かな・・・」くらいの量の建物しかなかったような記憶があります。
一方でDS2はつないだ瞬間に川には橋が架かり、テロリストの拠点近くには観測塔があり、通信範囲ギリギリのラインには時雨シェルターと発電機が並びます。便利で良かったのですが、自分で建造装置を使う必要がまるでなかったなという印象。実際2回くらいしか使わなかった。
車両類、臍帯切りが使えるタイミングも早く、この辺りも便利になったなと。
ボヤきのへったサム
タッチパッドを触るとサムがコミュニケーションをとる機能はDS1にもありました。が、せいぜい通常時で3パターンくらいで「なにつぶやくのかな」と期待して押していたDS1と比べると減った気がします。
これは物語で重要なシーンを抜けた後でも変わらなかったと思います。
DS1でアメリを助けることが出来ずに帰るしかなかったサムが「俺は無力だ」とつぶやいた瞬間に「お前は俺と一緒にアメリカ大陸をここまで繋いで来たんだぞ。どこが無力なんだ」と泣きそうになった身としては素直に残念。
ルーの真実が分かった後も変わらず「俺はサムだ!」「ヤッホー!」と叫ぶのは何かな・・・と。
DS1のラストはひたすら「ルー、悪かった」「悪かった」と謝り続けるサムとかありましたね
車両類を長く使えるようになった
DS1では車両にもレベルが設定されており、より高ランクの車両ほどバッテリーが長持ちするので頻繁に作り変えてました。そして、愛着もわかないので結構乗り捨ててました。
一方、DS2だとレベルは無くなりカスタム要素として武装追加やバッテリー増加が出来るようになったので1度作った車両は壊さない限りずっと使えるようになりました。これは素直にうれしかったです。
面白くない戦闘
基本的にデスストランディングのボス戦は楽しくない。前作のヒッグス戦で荷物投げて戦うのは楽しかったが、それ以外は狙いにくいTPSでヒーコラ言いながらタールを這って銃を撃つしかない。
カプセル怪獣使えるようになってちょっと楽しくなったけど。
バンディット、ブリガンド、武装サバイバー、ゴーストメック、どれも直接の戦闘になると面白くなかったなぁ。ステルスやるよりかはバイクで轢いたほうが早かった。(なぜなら結局荷物が邪魔で肩越し照準がうまくできないから。荷物置くと盗まれるし。ADSさせてくれ)
座礁地帯を臍帯切りながら進むのは楽しかったがウォッチャーは何なんだ。臍帯ないならBTじゃないだろ。
ストーリーについて
サム、チャーリーだ
まずここで笑っちゃいました。謎の金持ちパトロンがチャーリーって、わしゃエンジェルかい!みたいな。
600万ドルの男、リンゼイワグナーと来てついにチャーリーズエンジェルか・・・
過去作の小ネタ、小ネタ、小ネタ
DHVマゼランの本棚に「白鯨」が置かれて、その粗筋をドールマン(杉田智和)が語り始めた時にはずっこけた。まだ忘れられていなかったんだね・・・。
以前から監督はコジプロの事を「スタートレックのエンタープライズ号」と称していましたが、ここに来て「コジプロはピークォド号みたいだ」とドールマンに言わせたのは驚きました。
深宇宙探査に向かった宇宙船と、復讐に燃える船長が因縁の相手を討たんと走り回る船だと結構違う様な・・・
さらに小ネタは続きます。ニールの見た目がもうスネークなのは良いとして「待たせたな」「まだだ、まだ終わってない」と言った名台詞も飛び出ましたね。
しかし、タールマンに「遅かったじゃないか」と言われたダイハードマンが何も言わなかったのは驚きました。まさかヴェノム・・・?
他にも敵か味方か謎のサムライや形がモロのマゼラン号とか・・・
それでいいのか兎田ぺこら
多分、コラボした結果ゲームにまで出ることになって一番ビビったのはペこら側なんじゃないだろうか・・・。監督肝いりとの事での出演だけども、ぺこら帽子をかぶったサムには「あっどーもどーも!」「そんなのってないぺこじゃん!!」とか言ってほしかった。
ピザ屋に化けたテロリストから銃を貰って「これなら身を守れる!サンキュー!」「こんなやべー時代だからこっちも武装せにゃ!」みたいなノリで銃や兵器をくれるぺこらの次に会うのが武装妊婦集団なので落差が凄い。
「銃を持った悪人を止められるのは銃を持った善人だけだ」とはよく言うけれど、銃があるから銃を持たねばならない人もいる。「お~~~アメリカだぜ~~~」みたいな雑な感想が出た。
とりあえず無邪気な2A信者みたいな扱いされたホロライブはちょっと怒っても良いのでは・・・?
わかりやすい伏線とわかりやすかった意味
サムの子供であるルーは序盤で殺される。まあ、生きているんだけども。
子供を喪ったサムの精神は落ち込みに落ち込み、何度も自殺を行っては「帰還者」の能力で帰ってきてしまう地獄を味わう日々。(フラジャイルがマゼランと来るまでに最低6回はやってる)
BBポッドの中にルーの幻を見出していることはおそらく誰もが気づく伏線だったなと。プレートゲートとかわかりやすかったし。
プレイヤーとしてはいつかこのルーの謎が分かるんだろうな、と思いつつも多分どこかで「でもこれはサムが幻を見ているだけでしょ」と言った心もありました。もっとひどいこと言えばコケてBBが泣いた時も「でもいないんでしょ、そこには・・・」と思いながらあやしてあげたり。
「前と変わらない旅路」だからこそ、プレイヤーはルーの存在に慣れて行ってしまう。「ルーは死んでいる」と「でもルーはここにいるよね」で納得しちゃうのがミソ。
でも「前と変わらない旅路」こそに意味があったと明かされます。
ドールマンたち跳ね橋部隊はサムの幻を否定することなく、しかし肯定するわけでもなく、サムが本当のことを受け入れられるようになるまで待ってあげていた。その時気づきました。「プレイヤーはサムじゃなくて跳ね橋部隊側だった」と。
前作ではサムとプレイヤーである自分はつながっているように思えていました。サムを通してBBと一緒に野を越え山を越え川を渡り、アメリカを繋いだと思えました。(だからこそ、サムがその旅を否定しかけた時に泣いた)
しかし、DS2で真にあやされるべきなのはサムだった。
ルーをあやすことで、ルーと一緒に旅をさせてあげることでサムの心を癒してあげていたんだなと。
そんなこともあり、小島作品にしては珍しくプレイヤーとプレイヤーキャラ
がゲーム中に乖離してるんだな、みたいなことを想いました。
わかりやすすぎた伏線
トゥモロウがルーなのは割と初登場で気づけてしまった。
前作では不明だった髪の色をわざわざ金髪で合わせているし、今作から追加されたと思しきジョースター家の証みたいなあざを隠す位置に包帯巻いているし。隠す気はなかったのかも。
一番ストーリーで驚いた場所
チャーリーがダイハードマン、ザ・プレジデントがAPAS4000のAIだった、みたいなのはさほど驚かなかった。
が、エルダーが出てきた瞬間度肝を抜かれた。というかそれアリ!?
お前、前作で死んだじゃん・・・というか前作から出すにしてももうちょい他の人選あるだろ・・・とか。事実実況とかでは覚えてない人がちらほら。
まったくの予想外からぶん殴られた要素がエルダーかよ・・・みたいなのはある。
おバカと真面目の交互浴
小島秀夫監督作品はジョークに富んでいる。例を挙げるときりがないほどにゲーム中にクスりと笑えるものを差し込んできます。
MGSの時はカットシーンのシリアスな雰囲気とプレイアブルパートのそういったジョークでいいバランスを保っていたな、と今となっては思う。
一方でデスストランディング1は・・・まだそんなでもなかったなと。
アメリの「あなたはマリオで私はピーチ姫」とかビーチをキャッキャウフフと走る姿やつらい配達をボヤきながらヒッグスをぶん殴るサムみたいなのはありましたが、DS2をクリアした今思うとだいぶ真面目だったんだなと。
子守歌を歌いながらギター火炎放射をしてくるヒッグスとかいましたが、特に終盤からはおバカ度合いが指数関数的に増加していきます。
APAS4000の真相を語るザ・プレジデントに対抗するべく暗躍していたダイハードマンがついに姿を現す。
ダンスをしながら
もはやクレヨンしんちゃんの劇場版みたいな雰囲気すらあります。ほら、熱海の旅館のアイツとか(熱海!?)
前作ラストで男泣きの懺悔をしたキャラにこんなことをさせていいの!?
おバカ度合が頂点に達したと思ったらバンジージャンプの様にトゥモロウがヒッグスに拉致され、助けに行くぞ!と真面目に引き戻されます。
しかしすごいのが、ここから重力に従ってゆるやかにおバカの方に行くのではなく、ジェットパックで加速しながらおバカに向かうのがデスストランディング2。
今まで登場した巨大BTが合体して、クトゥルフ巨大BTに!翼もドッキング!
それならこっちはマゼランマンだ!合体!!!
デルトロ監督の魂と共鳴した小島監督はパシフィックリムの様にマゼランとBTを合体させるし、パシフィックリムみたいな操縦方法でレフン監督が巨大BTをぶん殴る!巴投げ!
おバカすぎて大爆笑してました。
さらにおバカは加速します。
ラストバトルはギターを持ったヒッグスとギターを持ったサム(なんで?)!
お互いにギターから銃弾を撃ちあい(??)、ギターで殴り合い(???)、ギターでセッションする!合間には「待たせたな」「まだだ、まだ終わってない!」とファンサービスも欠かせない。
ヒッグスの歯を折ったと思ったら空に開いた穴(ついにチンコでもウンコでもない〇ンコのネタが来たか)から赤ちゃんが生れ落ちると一気に真面目に揺り戻しが始まります。
この後にフラジャイルの真相とか聞かされてもあんま入ってきませんでした。
おバカと真面目の交互浴したのでちょっと風が通るベンチで休ませてください・・・
それでいいのかサム、ニール
まず、ルーの出自が「えー」でしたね。
サムの実子とかそういう話はいらなかったです。実子だろうがそうじゃなかろうが、ルーはウチの子です。なのであえて実子というのは面白くなかった。(産まれることなく子供と同じ名前を付けるサムってちょっとやばいだろとか思ったけどさ)
さらにそこに挟まるニール、ルーシー、サムの三角関係というかカイラルNTRビデオレター。
あまりにもルーシーの株が下がりまくる。というかいくらなんでも設定に無茶がない?「サムとの子だってバレたらブリッジズに狙われるし…」とか言ってるけど笑顔でおっきくなったお腹抱えてブリッジズのリーダーであるブリジットと写真を撮るのは何を考えているんだ?妊娠初期ならまだしも、あんな状態でブリジットにあってそれは無いだろ。
あと、BBの設定もブレすぎでは?ルーシーは脳死してないんだからブリッジベイビーにならないじゃん。帰還者の子供として実験対象にしたかったというのはわかりますが。
BBでもないのにどうしてアメリカ繋げるときにはBBとして使えたんですか?トゥモロウが高レベルのDOOMSだったからとか?じゃあわざわざ人工子宮の調節の為にプライベートルーム行かされたのは何だったんだよ・・・
やりたいことの為にとにかくこの辺りは雑に繋げたなぁ・・・という印象。
でも、フラジャイルからルーを預かったニールと骸骨兵士たちは本当にかっこよかった。
まさに「死者の国のお姫様」とそれを守る忠実な兵士。
それでも、だからこそのエンディング
エンディングで挿入される、DS2後のオーストラリアの姿は希望と、ちょっとの残念が漂う。
おそらくは時雨がおとなしくなったのだろう。緑は戻り、車は植物に覆われ、国道はひび割れている。時雨が酷かったらこうはならない。
役目を終えたマゼランは海で朽ち、鳥は空を飛びウマは野をかけ、そして無人配達ロボットが地面を走る。
やっぱり、便利なものがあったら外に出ない人間が多数なのかもしれない。
ダイハードマンが拒否した未来はやんわりと訪れつつある。
しかし、それでも、だからこそ歩き続ける人がいる。僕らの愛娘のルーである。出会った縁を身にまとい彼女はプレートゲートを越えて未知の大陸へと踏み出す。人と人が出会う事で訪れる未来もある。
うん?となることもあったけどもこのエンディングは素直に好きだ。
「人間はいつか滅びる。でも滅びるその時まで人間が生きた証を残さなければならない」のDS1と
「だからこそ我々は歩き、移動し、他人と触れ合い続ける」DS2。
続編と言うよりかは1を補完するファンディスクって感じはちょっとある。
小島監督にとってコロナ禍がいかにつらく、厳しいものであったかが窺い知れる。本当に辛かったんだろうな・・・。


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