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僕たちの十九日間戦争/Novel by イデポップ

僕たちの十九日間戦争

17,357 character(s)34 mins

C106にて無料配布した深層組非公式同人誌のテキストデータです。
文責は全て私イデポップにあることを改めて明記します。
何か問題あれば下記Xアカウントまでお知らせください。
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こんな文章を読む奇特な人間がこの世にいるのかどうか、本当にわからない。
だけど、誰かが読んでくれる事を祈って、この文章を書き始めてみる。
いきなり言い訳から始めよう。そもそも、こう言ったテキストを生成するのであれば、リアルタイムの記述であるほうが望ましい。僕自身も、BANが始まった当日、「今書かないと意味がない」と思ったにも関わらず行動には移せなかった。
このテキストは七月の七日の正午近くから書き始められている。
 現時点で、深層組の関係者でチャンネルが戻っていないのは、彼女なぉたさんだけだ。(七月二十八日に復活を確認)とめるちゃんのチャンネルは戻ってくるはずがない。
 先般SKD氏となまほしちゃんによる公式スペースがあり、一応の終戦が宣言された、と言っても良いだろう。
 深層組は、負けてはいなかった。グループ最大の危機に直面したが、からくも生き残ったはずだ。
 終戦、と書くと大げさに聞こえるかも知れない。だけど、相応しい言葉があるだろうか? 
 僕にはそれ以外の言葉は何も思い浮かばない。だから、この日々を、僕は戦争と呼ぶ。

 あなたは、この日々をどう生きただろうか?
   
   六月十三日

朝九時。
夜勤を終えた僕は山手線に乗り、職場のある秋葉原方面から乗換駅である池袋へ向かっていた。
 その日はですち(絶望です)の朝活配信に間に合わず、帰りの電車でジャス子ちゃん(正義なぐる)の配信に待機をしていた。
 異変に気がついたのは、ですちのこんなツイートがきっかけだった。
「え? なんかYOUTUBEBANされてね?」
 反射的に自らのチャンネル登録状況を確認する。
 正義なぐるの、絶望ですのチャンネルが消えていた。
 慌ててタイムラインを漁る。インターネットは朝から阿鼻叫喚の様相を呈していた。
え? まさか…他メンバーも?
 
朝九時半を少し過ぎていたはずだ。
 このときに、僕はいくつかのメンバーのチャンネルBANを確認していた。絶望です、正義なぐる、刺杉あいす、小城夜みるく、甘神すう、飛出ぴょこら、DWU、深層組公式チャンネル。卒業をしたばかりのわからせちょろ。

一体何が起こってるんだ? 
タイムラインに目を走らせ、必死に情報を集める。このところの深層組の活動はかなりクリーンに映っていたし、BANされるような動画がすぐに思い浮かばない。
僕は混乱する頭を落ち着かせるために、地元駅に到着した後松屋に飛び込みビールを注文し、つまみにうまトマを頼んで掻き込んだ。
商品の画像を添付して、僕はXにこう呟いた。
「酒を飲んで祈ることしかできない。そして笑うことしかできない。なんなんだよこれは」
続いて、老齢の母にパックの寿司を買って、画像と共にこう呟いてもいた。
「深層組にスパチャ投げられないからお母さんにスパチャする」
 このツイートをしたのが六月十三日の午前十時五一分。深層組の大量BANを確認してからまだ二時間も経っていない。この日から、僕達の戦争が始まった。それが十九日間にも及ぶとは、誰も予測できなかったはずだ。
 家に帰りウダウダしながらXの更新を続ける。その夜も夜勤があったが、眠気など一切訪れるはずがない。僕の家は西東京市にあって、職場のある秋葉原まではかなり距離があるから出退勤にはかなり時間がかかる。労働は二十三時から始まるけど、二十時には起きていないといけない。僕は長年夜勤でしか働いたことがなくて、慢性的に睡眠不足なのだけど、四十歳をすぎてから一気に夜勤をこなすのに一定の睡眠が必要になってしまった。せめて、三時間は完全に目を瞑らないといけないのに、全く眠ることが出来ない。
 事態はどんどん悪くなっていく。
なまほしちゃんとあたるんのチャンネルがBANされてしまっていた。
 元深層組のメンバーのるるるちゃんのチャンネルも消えている。この時点でチャンネルがBANされずに生き残っていたメンバーは三人。従井ノラ、社不寶アスティ、今宵まいる。(四女と第一養子も無事だが、本稿では言及を避ける)
 なぜ、この時点で三人のチャンネルが無事だったかは今をもって謎だ。
 だけど、僕は妙な安心感を覚えていた。
 ノラ君のチャンネルが無事だったからだ。あまり良い書き方ではないのは分かっている。だけど、ノラ君が箱で一番登録者数が多いのは事実だし、ソロのリアルイベントだって決まっている。彼女さえいれば、深層組は潰れない。そんな風に勝手に思っていた。今思い返しても何の根拠もないし、オタクの勝手な妄執に過ぎないのだけど、ノラ君の存在に縋らざるを得なかった。
 ツイッターを開く。今宵まいるちゃんがスペースをやっている。リスナーのスピーカーリクエストを受け付けていて、既知のオタクも突入している。
 リクエストをしようかな、と悩みながらタイムラインをスワイプする。
 リスナー仲間の四ツ角さんのこんなツイートが目に飛び込んで来た。
「今Dちゃんのチャンネルが無いことを真剣に考えてたら脳が破壊されるから仕事のことを考えている」
 Dちゃんのファンには僕の知る限りコミュニティというものが存在しないので、彼は僕の数少ない同志だ。何度も酒を飲んだし、色んな話しをしている。僕たちは勝手にDちゃんのことを好きでいて、気持ちが痛いほどにわかってつらかった。
 まいるちゃんのスペースは進行していく。
 気がついたらスピーカーリクエストを押していた。
 明るい声が響く。
 僕はまいるちゃんに自分がお気持ち勢と呼ばれていることを告げて、長文お気持ちスパチャをすることなどを彼女に約束した。
 気をつけてね、と僕はまいるちゃんに言った。
 お前が気をつけろよ、と彼女は笑った。
 僕は世界で最も価値の低いオッサンのメンヘラだから、確かに、と苦笑してすまった。
浅い眠りに落ち、目が覚めてから、全員のチャンネルをチエックする。
 みんな、BANをされたままだった。
 風呂に入り、労働に向かいながらタイムラインを眺める。
阿鼻叫喚の地獄絵図は変わらない。
 おぎゃり隊の有名リスナー、テラニコフ氏がこんなツイートをしていた。俺からインターネットを奪わないでくれ、と、
 僕も、同じことを思っていたと思う。
 コンテンツは永遠ではない。Vがビジネス化してから、まだ十年も経っていない。深層組なんて底辺事務所は吹けば飛ぶ。そんな風にずっと思っていた。
 世界が終わる日の風景を想像するように、僕と深層組の関わりが終わるその日の事を考えることはよくあった、
 DWUちゃんの結婚や引退、もしくはSKDによる解散宣言。BANが起こる一週間前のニコニコ動画のドライブ配信(助田氏、なまほしちゃんによる楽屋話的な側面が強い古参向けファンサ)で、助田氏が箱の解散に触れていたこともあり、殊更深層組の終焉について考える時期でもあった。永遠は、何処にもないのだ。
僕は今年四十二歳になる。父は八年前に死に、犬も去年死んだ。生きている以上絶対に死ぬように、愛したコンテンツには必ず終わりがくる。
だけど、こんな風になんの前触れもなく、いきなりチャンネルがBANされるだなんて、本当に想像したことすらなかった。
 戦争って、こんな感じなのか? そんなことを考えながら朝まで働いた。


六月十四日
 
労働を終えた僕は、ツイッターを開けて、数秒でノラくんのアカウントがBANをされていたことを知った。
「つらいな、みんな」と。
予測をしていなかったわけではない。正直に言えば、BANをされる可能性はかなり高いと考えていた。とあるリスナーがドアをノックし、次の矛先がノラくんであることを示唆する画像をツイートをしていて、かなりのインプレッションがついていたけれど、ノラくんも危ないかも、ということは誰しも考えていたはずだ。
 ただ、前述した通り、僕は何処かでノラ君が無事であれば、深層組はなんとかなるのでは、という根拠も何もない見積もりをしていたので、ショックは相当大きかった。僕は露悪的だし、リスナーウォッチャー的な側面も強い人間だけど、ノラ組のショックを受けている様子を検索する気にはなれなかった。
 深層組は、終わったかもしれない。
 そう呟くことだけはこらえたけども、そう思わなかったと言えば嘘になる。
 ただ、この時はまだ界隈を包む空気もそこまでは重くなかったはずだ。
 何処かでみんなが誤BANであることを信じている感じがしたし、週があければチャンネルは復活するだろう、みたいなことを思っている人もいたはずで、YOUTUBEのことなんか何も分からないくせに、僕自身もそんな願望をに縋っている側面があった。
 この頃、僕が1番追っていたメンバーはですちだった。
 メンバーの多くがツイッチでの配信を開始したが、YOUTUBEとは全く異なるプラットフォームのため、リスナーからは「慣れない」や「見づらい」と言った意見が散見された。
 その度にですちはツイッチの事を教えるよ、とリスナーにリプを飛ばしたりしていた。何よりもつらかったのは、一四日の昼にあったこんなツイートだ。
 
 お願いだから。
 私のせいかも? みたいなこと言うの本当にやめて欲しい…
 だったら他のパチYOUTUBERBANされてるはずだし、
 全部責任を私にしてくるの本当にやめて欲しい。
 ほんとうにそれが見てるところ(で)呟かれてるのしんどいよ。。。
括弧部分は僕の補足なのだが、このツイートは本当に精神が削られるものがあった。
 BANの前、ですちのスロ配信が界隈でかなり話題になってはいた。許諾に関してのあれこれで、リスナー側からも危ないのでは? という空気が漂ってはいいたはずだ。
 チャンネルBANの原因になった可能性がある権利の侵害が、どの動画を指しているかは今もわからない。だけど、もしかしたらですちのスロ配信が原因かもしれない、そんな風に考えていた人は、正直言っていたはずだ。
何より、僕自身が、その可能性を否定しきれないでいた。
そんなことありえないよ、というリプを飛ばしているオタクもいた。へなぴさんという方で、僕は彼とこの後何度かリアルでも彼と会うことになるのだが、それはともかくとして、その時の僕はそういう言葉を彼女にかけてあげることは出来ないでいた。

表には出さなかったけど、可能性はゼロではない、そんな風に考えてしまう自分の厄介さは確かにあった。
申し受けないな、と思った。
正確な時系列は覚えていないけど、この前後でですちのツイッターの通知をオンにしたはずだ。Dちゃん以外だと、初めて通知をオンにしたメンバーはですちで、かなりの頻度で彼女を追うことになっていく。
この日、僕は労働が終わったあとに同僚と酒を飲んで、新大久保にケバブを食べに行った。とめるちゃんのファンの聖地化している店で、いつの間にか二十四時間営業になっていたので通いやすい。サックリとケバブを食し、帰宅して、ノラくんのスペースを聴く。ノラくんの追い詰められ方に、心が痛みつつも面白くて笑ってしまう。スペースに上がったSKDは、長期戦になることを示唆した。
SKDのこんな言葉が印象的だった
「もう色んなものを、壊せなくなっちゃった」
 それが歳を取るってことなのかな、と彼の二歳年上の人間として素直に共感を覚えた。


六月十五日

夜中にですちのツイッチ配信を眺める。セカオワの『虹色の戦争』を初めて知る。良い曲だな、と思う。
 界隈一のスペース狂なので、スペースを始める。麻雀でもやろう、ということになり、四人麻雀を打つ。
 Tに国士無双を放銃。その他はまずまず。
 戦場にも休息はある。たわいも無い話しでもしていないと心が持たない。
 酒を啜り、ボクシングを眺めたりする。
 まいるちゃんをドス子とリスナーが呼ぶ流れが出来つつある。
 女の子の体型を弄るのが性に合わず、愚痴ったりする。
 朝からサイゼリアに酒を飲みに行く。ダイエットなど歯牙にもかけず、ピザをビールで流し込む。
店を出ると喫煙欲求に襲われる。
煙草を吸わなくなって一年くらい経つが、メンタルが安定せずにアメスピの紫を買い、チェーンスモークをして気持ち悪くなる。
夜にまいるちゃんの収益化があり、五千円のお気持ちスパチャを投げる。

 明日には、何かが変わっているはずだと信じて働きに行った。


   六月十六日

 母の七十六歳の誕生日。労働が終わりマンゴー&オレンジの悪い酒を飲む。
 鶯谷の信濃路に向かう。西村賢太が通い詰めたことで知られるせんべろ系の飲み屋なのだが、秋葉原で働くようになってから夜勤終わりに行くことがよくある。
湯豆腐とビールを頼み、素早く飲み干してさっくりと店を出る。
 帰り道にかなえ先生の事を嫌う旨のツイートをするとインプがかなりついた。
 タイムラインを眺めると、Dちゃんの有名な台湾人オタクがやっているBOTがこんなツイートをしていた。

 月曜日が始マンデイ、深層ノ興廃コノ一戦ニアリ各員一層奮励努力セヨ

胸が熱くなる。テラニコフさんが旧日本軍風の画像を上げてこう呟く。
 
お気持ちしません! 勝つまでは!

何と戦っているかは分からないが、とにかくみんな戦っている。
連帯を呼びかけるなんてガラではないし、実際僕たちは何も出来ないのだけども、この状態を「戦争」だと認識しているリスナーは僕だけじゃない。

池袋で母に花を買い、帰宅して爆睡。


   六月十七日

 あいす先生のメン限を見る。内容には触れないが心が締め付けられる。
 彼女のこんなツイートが流れて思わず涙ぐんでしまう。

 色んなものが壊れていく音

 僕は先生のコアなリスナーではない。デビュー直後に少し配信を眺め、グッズをいくつか持っている程度だ。
 ただ、BANの少し前から、熱心に動画を見るようにはなっていた。
 理由はいくつかある。大きな理由は、正直に言えば認知だ。
 六月二日の朝方、僕は刺し隊の人とスペースで深層組の話をしていた。内容はやくたいもないガチ恋の話で言わないほうが良い内容であることは間違いない。
 そんな下賤な会話をしている中、新しいリスナーが現れた。
 刺杉あいす。変な声をあげながらとにかく謝罪を繰り返し、すみませんカネ払うんで勘弁してください! と絶叫してファンボックスに加入をする。
 スペースを確認すると、先生はいなくなっていた。ほっとしたような、ちょっと残念なような気持ちになると、スペースのリプ欄に先生からのリプがつく。
「ぷ」
 たった一言だけども、勝手に嬉しくなってしまう。後方腕組フェイク古参面の冷笑厄介オタクのつもりが、とんでもない構ってちゃんである。その後、僕が秋葉原のミルクスタンドで朝食を取ったりしている画像ツイートなどにいいねをしてくれるようになり、動画を見る機会が増えていった。
 あいす先生のことを一番熱心に追い出したタイミングでのBANだったため、勝手に僕も傷ついていく。一度も大きなバズもなく、誰よりも沢山の配信を続けていった結果積み上げた四万登録が失われた辛さをただのリスナーが共感するなどおこがましいのだけれど、一刻も早くチャンネルが復活すること強く祈る。


六月十八日

 夜勤が終わり、酒を飲んでいると、おぎゃちゃんのツイートがタイムラインに表示される。『スカイライン』の歌ってみたの動画。みんなバイバイ、と告げてからもう何日も経っていた。ツイートではなく、作品で実在証明してくれるのがおぎゃちゃんらしく、涙が零れてしまう。おぎゃちゃんのコアなリスナーが喜んでいる姿を見て嬉しくなった。酒を飲み、眠り、夜勤に向かう。
 出勤早々、管理職(バイト)(笑)の権限を使用し休憩を取り、深層組運営スペースを視聴。SKD、なまほしちゃん、ノラ君の三名。SKDからの現状報告があった。現時点で弁護士やパートナーとこの問題についての対策チームを立てて有償無償を問わず毎日話し合っている。現時点でプラットフォーム側から深層組の
求めている回答がない、とのこと。
 直接的な応援としての課金を推奨しているのかな? と思える発言もあり、興亡の危機にあることを改めて実感する。
 SKDのこんな言葉が印象的だった。嫌いを表明するインターネットの自由を信じるけど、今コラボをしてくれる相手は貴重なので、それは理解してほしい。
 明らかに僕を含めたかなえ先生を蛇蝎のごとく嫌う層へのメッセージだった。
 ノラ君が小さく相槌を打つ不安なそうな声を聴き、申し訳ないな、と思う。
 せめて表に見える範囲では、傷つかない言葉を紡ごうと心に決めた。


六月十九日

 プラットフォームは思い出せないが、限定キャスではない配信でなまほしちゃんから「深層組の考察厨」というパワーワードが飛び出す。
 即座にその言葉をツイートすると、なまほしちゃんからいいねがつく。
 僕は元々は旧運営のウォッチャーだったし、SKDの来歴ウォッチャーの側面を持っている。理由はいくつかある。僕が日本大学芸術学部出身でそれなりに表現の世界に馴染みがあって、深層組と縁が深い浅草橋という場所に長い時間身を置いていたこと、などだ。ゼロアカ、という批評運動を僕はリアルタイムで体験していたし、若きSKDが所属していたカオスラウンジも観測の範囲内だった。
 浅草橋は大学の同級生が祖母から譲り受けた美容室を改良した一軒家を所有しており、劇団を主宰している彼とは懇意にしていたため(現在絶縁)浅草橋の某ギャラリーの存在を知った時は色々なことに勝手に納得をしていた。
 もちろん僕の推測は完全にまとはずれで正しくないし、いつまでも真実にたどり着くことなどない。というよりも、最早真実になど興味がない。
 それでも深層組のことを「考察」することを辞められない。愚かな考察厨だと笑われても、考えることを辞めることはできないな、と思った。
チャンネルは、今日も復活してはいなかった。


   六月二十日

自分のツイートを見返しても何があったかよく思い出せない。無為な一日。
姪ちゃんが来日。夜勤へ。


   六月二十一日
 
 夜勤明けにオフ会に二本参加。数日前に相互フォロワーからカオマンガイを食べに行かないか? と連絡があり、夜に別のオタクとの飲みが入っていたためどうせなら、と快諾。九時半にお茶の水で待ち合わせる。ОさんとBさんと合流し、神田明神に向かう。Bさんがノラくんの絵馬を持っていた。奉納を見届ける。
 全員で手を合わせチャンネル復活を祈る。
 野良組総会の行われる神田明神ホールを眺め、ノラ君が下見で入った喫茶店でビールと甘味を食す。その後、木場に流れカオマンガイに舌鼓を打つ。カオマンガイを食べた理由が全く分からずに意味を問いただすと、ジークアクスで言及されていたからだ、とのこと。タイ式の氷が入ったビールが夏場にはとても心地よく思えた。喫茶店に移動して、深層界隈の話をする。僕はそもそもリスナーウォッチが趣味の一つなのだが、そういったことには全く興味のないBさんの視座がとても好ましく思える。夕方に解散し、神保町方面に移動。
 ベローチェで時間を潰しながらですちのツイッチ配信を見る。彼女がクラシック音楽を好きであることを初めて知った。
 十八時に神保町の羊肉の店に向かう。オタク二人と合流。一人はふじずさん、というフラスタを主宰したりするオタクだ。羊肉の店なのだが、メバルのトマトソース焼きが美味で、山羊のチーズの食感を楽しむ。
人生の様々な話をするが、話題の中心になるのはあいす先生だった。僕はあまり「推し」という表現が好きじゃないけれども、あいす先生ほど「推し」でなくても応援しやすい人はいないよね、という話で盛り上がる。ぴょこらが帰ってこないかな、等深層周りの様々な話をして、締めにサブカル喫茶店で紅茶とヨーグルトのアイスを食べる。
帰りにあいす先生がキャス配信をやっているのを眺める。落ち込んでいる、なんて生易しい表現では言い表せないほど先生は取り乱していた。
先生のV活動にかけてきた二年間の想いを、その時僕は初めて知った。配信直後の先生のツイートが、あまりにも悲壮だった。

配信きてくれてありがとう
酷すぎてごめん

 酔いが回った頭でツイートを眺める。
 僕はこの人が好きだな。そう思った。
   

六月二十二日
 
 休日。朝からジークアクスをアマプラで視聴。おぢさんなのでアニメを見るのがしんどい。昨日のあいす先生の配信がショックで、深層組のことを考えるのがつらい。画面をただひたすら眺め、寝落ちし、スペースでガンダムのことをしゃべり散らかす。
 日付が変わる前、某オタクにVに構ってちゃんムーブを繰り返していることをツイで「福祉」と形容されて自分でもそうだな、と思い笑ってしまう。


六月二十三日

 朝方ですちがツイッチでヴァロントの大会を応援しているのを眺める。ですちが贅沢絞りのオレンジ味を持っていたので、普段絶対にそんな甘ったるい酒を飲まない癖に遠くのコンビニまで買い求めに行く。
 甘ったるい酒を何本か飲んで、悪酔いをした。
 ヴァロラントがどういうゲームかは一ミリもわからないままだった。
 贔屓のチームが優勝して喜んでいるですちがとても可愛らしかった。
 
そのままアスティちゃんの朝活配信を眺める。彼女がDちゃんのことをBBAと呼び突っかかっていく姿をとても喜んで見ていた僕は、「お嬢とエロエロ音声で絡みたい」といった旨の発言をしていたことに舞い上がり、「Dアス支援します」と言ってスパチャを投げてしまった。
 アスティちゃんに「おぢさん」と呼ばれることがとても気持ちよく、翻って四十二歳になる自分の気持ち悪さに閉口した。


六月二十四日

 労働中に休みの交渉をし、ですちの来店イベントに行けることが確定し胸を撫でおろす。こんなツイートをしてしまった。
人間というものはどんな痛みや悲しみも忘れてしまうようにできていて、自分の登録チャンネルに深層組のメンバーが出てこない風景に慣れつつある。
 偽らざる本音だったと思う。この頃の僕はもう、戻ってこないのではないか、というあきらめの気持ちを抱えていたはずだ。
 悲しみにもひとしきり慣れてしまい、趣味の終わりってこんな感じなのかな、ということだけを考えていた。


   六月二十五日

 夜勤明け。タイムラインがジークアクス一色に染まる。
 帰りの山手線で最終回を視聴し、ひとしきり騒いで帰宅。

 数打あたるの二周年。あたるんの二周年を祝うツイートが散見される。相互フォロワーが二周年を祝うケーキの画像をあげている。甘神すうちゃんが彼女を祝福するツイートをした直後に実にあたるんらしいツイートがあった。

YTチャンネルがないので証拠は出せないですが、今日は活動二周年記念です。

 活動がほぼ休止状態と言っても差支えのないあたるんを健気に待ち続けるあたる屋たちが喜んでいるのが見られて嬉しかったし、色々あったあいす先生が祝福をしているのを見て、バチャ豚としての喜びに打ち震えた。
 チャンネルがなくても、活動がなくても、引退しない限りは続いている。
   

六月二十六日

 夜勤明けに秋葉原の二十四時間居酒屋新時代で飲酒。
 血圧の上昇を感じ体調が悪くなる。前日にアスティちゃんからのリプを貰ったことに浮かれ、メロついたツイートを連発してしまう。僕の痴態を見た相互フォロワーがこんなツイートをしているのが目についた。
「厚生労働省はちょっといい感じの距離感で接してくれるネットの女を派遣するサービスを新たな財源にしろ」
 然り、と膝を打ち爆笑をする。
 この日僕は初めて、Vが作ったツイッターのコミュニティに参加した。
 ですちの絶望ホール。常軌を逸して自意識過剰な僕はファンネームや推しマというものに抵抗を覚えていたのだけど、少しでもですちに対して誠実に向き合うために、ファンであることを示していこう、という想いがあった。
 何故そんなことをしたのだろう? 今になり振り返ると、前日に起きたですちによるリスナーブロックが(狭すぎる)界隈で話題になったからだ。
 僕は最初、「名前も出してないのにブロックはやりすぎでは」と思ったが、ビンゴさんというほごしゃさんのツイートに、自分の本質的な間違いを突き付けられた。空リプなのに、エゴサワード入ってないのにブロックがやりすぎというのはおかしい。特定できるものなら名前を出さなければいいってものじゃないだろ。
 その通りだ、と思った。
 鍵アカウントじゃない以上嫌われたくないのであれば、それなりの振る舞いをするのは当たり前で、本当に恥ずかしいことなのだが指摘されるまで全くそういった発想を持てないでいたのだ。僕自身の子どもおじさんっぷりや異常な厄介さを改めて認識したし、変わりたいな、と思ったのだ。
出勤前、ツイッチでですちが広島弁で喋っている姿を観測。あまりもの可愛さに燃え狂う。この子の心の重荷が下りればよいなと願わずにはいられなかった。

六月二十七日

 夜勤明け。金曜に休みなのは極めて珍しい。
西武池袋線が人身事故のため大幅に遅れが出ていてプチ帰宅難民になる。東口ドンキ横の二十四時間営業の博多とんこつラーメンの店に入る。
 替え玉が十円だったため、二回も替え玉をしてしまい、スープまで飲み干した。
 十九時からは深層組のニコニコチャンネルで地下牢寶組の花火配信を眺める。
 ニコニコ配信はBGMのチョイスが非常に僕好みのため、ゆったりとした気持ちで眺めることが出来る。
 アスティちゃんがセバスチャンを手を叩いて呼ぶシーンに勝手に深層の令嬢感を見出し(彼女はキラキラコンカフェ嬢なのだが)喜び、ペストマスクで視界が悪そうなまいるちゃんの手を引くですちの優しさに燃え狂い、なぐるママの言うことは絶対、というコールアンドレスポンスにブチ上がる。
 配信をつけながらリスナー仲間と雀魂を打つ。
 心が明るくなる良い夜。
 BANをされてから、丸二週間が経過していた。
 
土日に事態が動くことはない、という予測がほとんどで、また、長い週末を過ごすことになることを覚悟する。


六月二十八日

 果報は寝て待て、という諺がリアルなことを寝起きから思い知らされる。
 浅い眠りから目覚めた朝八時前、タイムラインが歓喜に沸いた。
 Dちゃんとちょろちゃん、そして深層組公式のチャンネルが復活している!
 目に涙が滲む。
 僕が一番好きなVは、どうしたってDちゃんだ。僕がファンコミュニティに入ったのも、一言彼女に感謝を伝えたかったからで、彼女がいなければ僕はこんな文章を書いていない。配信がない時期もアーカイブを定期的に見返して、心に水を与えることをたやさないでいた。何か月Dちゃんの配信がなくても、彼女のことを忘れた日は一日たりとも存在しない。
 卒業をしたばかりのちょろちゃんのチャンネルが戻ってきたことの喜びをどう書けば良いのだろう?
 深層祭2で、僕は彼女と面会している。名乗るとすぐに知ってる、と答えられて、嬉しくなったのを覚えている。
 僕の記憶の中のちょろちゃんは、「ろぎゅっ」という言葉を使い、リスナーとの交流をよく求めていた。
 今も後悔をしているのは、僕は彼女に何もしなかった、ということだ。
 ツイッターを辞めていたころも、ちょろちゃんの配信を眺めていることは実はよくあった。僕はブルースカイというSNSだけは動かしていたのだけど、深層組のメンバーで最もブルースカイにポストをしていたのはちょろちゃんだったから、彼女にいいねをつけることだけが僕に残された深層組との繋がりだった。
 いいねをつけるだけではなく、おはようを言ったり、好きと言ったり、メンシに入ったりをするべきだったのだ。いくら僕が貧乏な高齢フリーターだからと言っても、それくらいのお金は払うことができる。
 ちょろちゃんが超美麗の切り抜きガイドラインを禁止した配信もすぐにチェックをしていたし、「私はバーチャルの世界にいたい」という言葉を聴いたときに、彼女のことをより好きになっていることに気が付いた。
 それでも、僕は彼女に何もしなかった。
 そんな僕にも彼女は最後までいいねをつけてくれていたのだ。
 卒業配信で、ちょろちゃんは誰のことも悪く言わなかった。
 母親の事でさえも。
 魂の気高さは、年齢なんかでは測定できない。
 彼女が残した最後の作品を、また見ることが出来る。
 思い出を反芻できるということが、こんなに嬉しいことだなんて!
 喜びに浸ってチャンネルをチェックすると、違和感を覚えた。動画が、明らかに少ない。公式の動画が恐らくは誤ってアップされているのも見た。
 とはいえ、チャンネルは三つ戻ってきたのだ。良いことなのは間違いない。
 ノラ君がツイッチで配信をしている。
 朝の七時十五分頃にDちゃんのチャンネル復活を確認したこと。
 すぐにSKDとなまほしちゃんに電話を入れたこと。
 明るい声だったとはとても言えないけど、ファンに誠実に向き合おうとしてくれる姿がそこにあった。
 
 ですちのツイートを眺める。

 これで私のまどマギのせいではないかな……
 まじで良かった。ほんとに。

 心の底から、安堵をする。気にしていないはずがなかったからだ。安心して貰えることがこんなに嬉しいとは思わなかったし、来店イベントを翌日に控えていて、少しでも心の重荷が軽くなればと祈らずにはいられない。 

 界隈を包む空気が変わっていくことを感じる。
 緊急でスペースを回し、訳も分からずに喋りまくってしまう。
 意味もなく外出し、ニューバランスのスニーカーを購入。
 近所のネパールカレー屋でキングフィッシャーを二本飲み干すと、興奮のせいかあっという間に出来上がってしまった。
 遅くまで興奮で眠ることができず、寝不足のまま夜勤へ向かう。
 休憩に入りツイッターを確認する。
 おぎゃちゃんのチャンネルが復活している!
 おぎゃり隊の歓喜の歌が、脳内に響く。労働の合間を縫いYOUTUBEを起動する。
登録をしているはずなのに配信が表示されずにもどかしい想いをしながら、小城夜みるくの名前を入力する。
 深層家令嬢のラストオーダーの姿がそこにあった。
 深層組は負けておりません。
 報国の文字が刻まれた鉢巻を巻いたおぎゃちゃんが、脳内に浮かんだ。


   六月二十九日

 夜勤があけてから、埼玉の東岩槻に向かう。ですちのパチンコ屋来店イベントに行くことを決めていたからだ。
 若いころにパチンコで人生を詰まらせた僕だけど、約二年ぶりに打ちにいくのは楽しみでもあった。秋葉原から北千住へ。北千住から特急で春日部へ。春日部から東岩槻へ。小旅行のような感覚を味わいながら初めて降りた東岩槻は率直に言って田舎だった。タクシーアプリを生れて始めて使い、スーパー夢らんどへ。
 店についたのは、開店十分後だった。だだっ広い土地のアホほど大きなパチ屋。 
 店内に入ると、ですちの来店情報がアナウンスされていたり、ポスターが飾られていたりと思っていた以上にゲストとしてしっかり扱われている印象が残る。
 店内を散策すると、ですちがまどマギのパチンコを打っている姿が見えた。
 オフ会などで会ったこともあるリスナーも何人かいるはずなのだけど、とりあえずパチを打つことにする。
 甘デジのかぐや様に座り、二回初当たりを取るも、投資がそれなり嵩みSTに入らない完全負けパターン。甘なら二万までと決めていたが、一時間弱で上限に到達。三千円未練打ちをして撤退。
 店内を徘徊し、顔見知りを探す。オフ会で遭遇したことのあるオタクを何人か見かけ、声をかけたりかけられなかったりする。
 十二時半になり、ですちの来店対応がスタート。
 景品カウンターの前に深層のオタクが集結し、列をなしている。人数は二十名から三十名ほど、と言ったところだろうか。
 待機列に並んでいるうちに、緊張で体が震える。マスク姿にサングラスをした着ぐるみ姿のですちは意外と背が高くて、もう、全てが可愛かった。
事前にツイッターを教えてね、というお願いをファンがされていたため、一人一人がアカウントを開示しているのが見える。
 ややあって、僕の番になった。
 こんにちは、と声をかけてツイッターのアイコンが表示されたスマホをかざすと、「イデポップさん、地下牢寶組をめっちゃ見てくれてる!」と声をかけてくれた。余計なことは言わないようにしよう、とだけは決めていたし、過剰な接触を避けたいと考えていたため、リアム・ギャラガーの歌唱スタイルの如く後ろ手を組みながら僕はですちに頭をさげて、こう言った。
「いつも楽しい時間をありがとうございます。これからも応援していきます」
 
 それだけ伝えられれば十分だった。
 
 正直に言えば、僕は配信者にとって「欲しい」リスナーではない。
 絵も描けなければ切り抜きも作れない。プロレス的なコメントを打てるわけでもないし、配信に寄与出来ることは殆どない。
 ユーモアの不足は何よりも深刻な問題なのかもしれない。
 黙っている方がよい。
 そんなことは分かりきっているけど、僕は僕であることを辞めることができない。じゃなかったらこんな文章なんて書くはずがないのだ。
 不必要で、迷惑で、消えたほうが良い厄介オタク。
 それでも、僕が深層組のことを好きな気持ちだけは嘘じゃない。
 いや、本当は深層組なんて好きじゃないのかもしれない。僕はあまりにも社会の底辺に長いこと生きすぎていて、人生なんてもう終わっている。
 これから人生はもっともっと悪い方向に転がっていくことが確定的で、人生のヨスガが何処にもないから深層組をダシにして悪目立ちを繰り返して孤独を埋めているだけなのかもしれない。というか、ほとんどそれが真実なのだろう。
 でも、嘘でもなんでも構わなかった。自分が深層組のことを好きだという嘘だって、行動を積み重ねればホンモノになりえる。そう思いたかった。

 ですちのファン対応の終了すると、一同が拍手をして彼女を讃える。 

 顔見知りのオタク何人かと挨拶をする。皆結構勝っていて、換金が終わったタイミングで車で駅まで送ってもらうことになった。
 某オタクと東京方面まで電車で移動する。
「イデポップさんってツイートほどナイーブじゃないんですね」
 そう言われて、苦笑してしまった。そのまま深層の話をしていると、ツイッターの通知がスマホに表示された。
 Dちゃんがツイートをしている!
 
YOUTUBE戻った

 たったそれだけ。本当にDちゃんらしい。最高に気分が良くなり地元駅でパックの寿司とビールを買い求めて帰宅。
 ですちのパチ実践を眺める。
 投資がかなり嵩んでいたのは見ていたけど、どうやら薄いところを引き当てたらしく、大連荘をかましていた。
 ガッツリ突っ込んで、窮地に陥り、逆転をするという最高に撮れ高のある配信になっている。
 脳汁がびゅんびゅん出ながら、僕はこんなツイートをしていた。
 
 ですちのパチ実践、深層組そのものです。最後は捲るんだよな。

 ブチ上がったままスペースを開く。永遠なんてどこにもないけど、終わるのは今じゃないと、ただひたすらに吠え続ける。
BANされたままのメンバーのチャンネルが帰ってくることを、ただ、ひたすらに祈り続けた。
   

六月三十日

 夜中に目が覚めると、がおう先生が未成年淫行で大炎上をしていた。
 僕はDちゃんと同じくらいがおう先生の忌み子こと餅月ひまりちゃんが大好きなので、彼女ががおう先生の性癖をイジり倒した動画は何度も繰り返して見ている。ひまりちゃんという心の中で大切にしている存在を汚されたように感じて、大いに憤ってしまう。
 週明けなので勝手に期待をしていたのだけど、深層組のチャンネルはまだ戻っていない。
 希望が見えてきただけに、界隈の空気がまた重くなりつつあるのを実感する、
 先生のおはよー、とだけ書かれたツイートに勝手に元気のなさを見出してしまい、暗い気持ちになっていく。
先生の力になることなど僕には出来ないけど、何かをしてあげたい、そんなことを思った。
 でも、何を?
 
 答えは、最初から決まっていた。


七月一日

 夜勤明け。マンゴー&オレンジの悪い缶チューハイを飲み干し、秋葉原で一人決意を固める、
 僕があいす先生にできることは、正直これくらいしかない。
 朝九時過ぎ、僕はあいす先生のファンボックスの最高額プランに加入した。
 直後にファンボックスの画像をつけて、こんなツイートをした。

 この厄介リスナー、義によって助太刀をさせていただきます。先生のチャンネルが戻ってきますように。なあ、YOUTUBE。
 頼むって。なあ。
本当は誕生日だけ入ろうと思ってたのにお前がチャンネル奪うから酔った勢いで入っちゃったじゃねえか!
 実際、誕生月にだけあいす先生の最高額プランに入ろうと思っていたのだ。BAN以前の配信で誕生月だけ入っても構わないと発言されていたし、正直に言ってLINEをやりたいとは考えていない。
 お誕生日にボイスリクエストを送ってみたい。それだけが僕の望みだったのだけど、新しい月になってもあいす先生のチャンネルは戻ってこなかった。
 できることは、これくらいしか思い浮かばない。
 昼過ぎに、ついでにDちゃんのファンボックスにも加入。
 その日の夜も夜勤だったけど、アルコールを浴びるように飲んで理性を飛ばしてしまう。なぐるちゃんのツイッチ配信を眺めながら、眠りに落ちようとしていた十五時少し前。
 チャンネルが帰ってきてる、というコメントが投げ込まれた。
なぐるちゃんだけじゃない、メンバーのチャンネルがどんどん復活している。
 タイムラインにスクリーンショットが投下され続けた。
 これは、現実なのか?
 僕は一人一人のメンバーのチャンネルを確認していく。
 夢でも幻でもない。記憶の中にあるみんなのチャンネル登録者数もそのままだった。ぴょこらが返る場所がある。るるるちゃんもまた活動ができる。
 涙が溢れて止まらなくなってしまう。
 絶対にスペースなんてやらないリスナーが祝おう、と枠を立てている。飛び込んでよかったよな、と声を掛け合う。
「薄汚いお気持ちが通じたのかもな」なんていう冗談を飛ばしあえることが嬉しい。なぐるちゃんのリアクションを聴きなおす。
 詳しくはここには書かない。どうせみんな見ているはずだ。
 僕がそれなりに長く深層を見ていた中で、五指に入る名シーンだった。
 天上に上りそうな喜びに浸りながらも、まだノラ君が戻っていないことが気がかりだった。ノラ君、戻ってこい! そう心の中で叫びながらも、寝不足がたたったのか浅い眠りに落ちてしまう。
 十九時すぎに目が覚める。反射的にツイッターを見る。
ノラ君のチャンネルが、復活していた。
ぽろぽろと涙が零れる。
深層組は、本当に、負けていなかったんだ。
労働に行かなければいけない時間が近づいていた。
風呂に入り、歯を磨き、労働へ。
立っている枠すべてにスパチャを投げていく。
居場所はまだ残ったのだ。
僕たちの十九日間戦争が、終わった。


後書きと、友人たちへの感謝。

 なぜこんなテキストを書くことになったのか? それはとめマンの作者であるオッターさんから六月十五日にコミケに何か文章を書かないか? と誘って頂いたことに端を発する。
 この日々のことを、誰かの目線で書き留めておきたかった。情報だけ追うのであれば非公式ウィキのほうが良いし、こんな文章は生まれる必要なんてない。
 意味があるとか、意味がないとかそんなものはどうでもよい。書きたかったから書いた。既出の通り四女と第一養子についての言及は本稿ではあえて避けた。一種のフィクションとしても読んでもらいたいが、文責は負う。
 リスナーで名前を出した方については、一応の了承を頂いたつもりだ。
 何人かのリスナーの友人と、深層組への個人的な感謝をつづりたい。
 僕をツイッターに呼び戻してくれたのは、四ツ角さんとターネイさんだ。僕は界隈から消えていたけど、二人がたまに僕の名前を出していてくれたことは実は知っていて、彼らがいてくれなかったら、戻ってこようとは思わなかったはずだ。
 正直に書くけど、人生は煩雑だし、Vのことばかり追ってられない。
 配信なんて見られなくなっても、深層祭に行ったっていいはずだ。
 人はそれを馴れ合いと呼ぶのかもしれないが、僕は人生を分かち合うことだと思っているし、友人として付き合いを続けていけたら嬉しい。
 実際のところ、僕たちは本質的には地下アイドルのファンと変わらないのだと思う。洗練された配信、ポップカルチャーにおける輝きをチェックしたいのであれば大手を見るべきなのだ。この国はもう、Vというものを無視できなくなっているのだから。それでも、異常な速度、絶望と興奮。生きていることを実感できるような、奇跡を味わうことが出来るのは、深層組だけだと僕は勝手に思っている。これからも、トラブルは続くだろう。
 交わした約束は露と消えていき、夢は叶えられずに終わっていく。
 永遠に続くコンテンツなどなにもない。大手の卒業ラッシュは証左だ。
 そんな時代の変わり目に、地下牢寶組の二人が僕の心を救ってくれた。
 常に肌を晒し続け、何時間も配信を毎日続けた今宵まいる。
 ピーキーに病み上がりの肉体で暴れまわった社不寶アスティ。
 この二人が活動を丸くせずに、配信を続けてくれたことを忘れないでいたい。
 本稿で最も言及が少なかったメンバーである甘神すうちゃんに関しても、最近出会い直しを初めて、魅力にのめりこんでいるところだ。
 なぉたちゃんのチャンネルが復活して本当に良かった。ぴょこらの復帰も待ち望んでいる。息根とめるが箱と絡むことだって、絶対にないとは言えないはずだ。
 最後に、ちょろちゃんの事を記す。 
 君は神さまが地上に遣わしてくれた、本物の天使だったんだ。
 現実の世界で素敵な人生を過ごしてくれることを、心で祈っている。


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