5-3 僧の説明
現代的な器具が一切ないというのにテキパキと応急処置を済ませていくお坊さん。黄昏世界特有の怪しげなまじないを用いず、地球の常識から言っても適切な治療をこなしていく。
「徒人ですから体を癒すような妖術はとても。薬もなかなか手に入るものではありません。さあ、縫いますよ」
「ま、待ってくれッ。『陽』を今使……ヒィぎッ」
針と糸で傷口を縫い合わせていく技量もなかなかだ。麻酔もないのに少し暴れただけで精神的な落ち着きを見せる村人達の方が異常なのかもしれないが。
助けた男性を含めた全員の治療には夜までかかった。感染症などの不安は別にして、今の段階では多くの負傷者が一命を取り留めたと言っていいだろう。
「……とりあえず、落ち着いたところで自己紹介を。私は僧職のギョクスというものです。治療のお手伝い、ありがとうございました」
治療を終えた僧は疲れた表情を隠しながら、そのように自己紹介してきた。
中性的な顔立ちであり、人気アイドルグループの所属していそうな顔立ちをしている。頭は綺麗に剃っているものの、むしろ、似合っている。
「僧職? そのような職があるのですか」
「ほとんど廃れており太陽も月も無関係に寺院は失われておりますが、細々と。さすがに救世主職ほどに珍しい職ではありません」
ギョクスなる僧は世間話みたいな感じに俺の元職業を言い当ててきたぞ。妖怪かな?
「妖怪の方々の間では、妖怪を打倒する徒人、救世主職が登場していると既に噂が広がっております。徒人の間でも徐々に広がり始める頃です」
「残念ですが、自分はその救世主職ではありません」
「御謙遜を。では、そういう事にしておきましょうか」
謙遜もなにも、事実として離職しているのだがギョクスに細かく説明する必要はないだろう。
携帯電話もネットもない世界の癖して、俺の存在は妖怪共の間では普通に広がっているらしい。いや、もしかすると黒曜の方かもしれない。
妖怪とは向かう先で毎回トラブルになっている。
救世主職と戦うのは危険だと学んでもらえるのであれば嬉しい話だ。
「……肉の味を確かめたいと噂になっているのですが」
「ん、何か?」
「いえ、どうしようもない話です。それよりも、この壁村の状況を説明いたしましょう」
壁村は妖怪に襲われるものである。今回、壁村を襲っていたのは住所不定の在野妖怪ではなく、街から派遣されてきた兵士だったらしい。
村人達は数日前、徒人税の徴収にやってきた官吏を斬ったのだ。税の支払いを拒絶すれば村ごと連帯責任で皆殺しになる。それでも、我慢ならず妖怪に歯向かった。
生き残るために壁を強化したり、農具を転用した武器を作ったりした村人達はできる限りを尽くしたようだ。が、結果的にはあっけなく蹴散らされてしまった。
「我慢ならなかったのだ。徒人に生まれたというだけで、どうして搾取され続けなければならない。俺達はただ許せなかった。それだけ……クッ」
「お父さんっ、しっかり」
助けた男性と村娘は親子らしく、娘が必死に看病している。
「……仮面の人に、金目のお嬢さん。あなた方の力量を見込んでお頼みしたい。この壁村を妖怪から守ってもらいたい。どうか、どうか!」
「お願いします。父や私を救っていただいた貴方様を、頼らせてください。私も妻として貴方様を支えます」
戦いによって片腕を失った男性であるが、それでも村を守る事を諦めてはいない。残った腕を俺へと伸ばしてありったけの気持ちで懇願している。娘の方も深く頭を下げている――後半の部分は聞き流した。
「私からもお願いを。救世主職様にお渡しできるようなものはありませんが、僧職として私が知っている限りをお伝えいたします」
ギョクスも垂直に伸ばした背を綺麗に曲げて、壁村の危機を救ってくれと願ってきた。
周囲を見れば、怪我をした者やその家族全員が俺とクゥに注目していた。
プレッシャーが強い。ここまで頼られて断る勇気はないものの、この壁村を永遠に守護できるものでもない。言われるがままに承諾する前に、どうすれば村を守った事になるのかを考える。
「妖怪はどこからやってきているのです?」
「実は、近くに妖怪の街がございます。妖怪は街から派遣されています」
目指していた街が近くにあるというのは良い情報だ。黄昏世界について知りたいだけだったので街を攻略するつもりはなかったものの、強襲作戦もオプションに含めるべきか。ある程度、旅の目的と壁村の安全を守るという依頼は迎合できるかもしれない。
「街に住む妖怪の数は?」
「訪れた事がないので正確なところは分かりません。ただし、付近の壁村の数で支えられる人口になりますので、多くても千体ではないかと」
千体。日本では街ではなく村レベルの人口であり、想像していたよりもかなり少ない。
街は州に一つだけと聞いている。州の数はアメリカ基準でも五十だ。
となれば、もしかすると黄昏世界の総人口、総妖怪数は東京都を下回る可能性が出てくる。
「妖怪は確かに多いです。二の足を踏むのは分かります」
「えっ? ええ、まぁ……蟲星と比較すると桁がねぇ」
「ですが、最近、妖怪の方々に混乱があるようで。詳細は不明ですが、街の官吏はうまく機能していないのです」
ギョクスが言うには、近傍一帯を治める州官は妖怪としてはまともであり、徒人税の徴収も等間隔に行われてたらしい。
ただし、ここ一、二か月の間、完全に徴税が止まっていたかと思えば、突然、同じ壁村に対して徴税官が続けて派遣されたりしている。また、在野妖怪の横暴が放置されており、行政機能の混乱が窺える状態が続いている。
「妖怪に反抗するならば、今しかないでしょう」
「僧職にしては過激な事を言いますね」
「そう珍しい事ではありません。五十年前にも一度、徒人は妖怪に対して大反乱を起こしていますから」
問題発言をした僧職は、俺に期待の目を向けてくる。
「世界を憂いた神が徒人のために救世主職を遣わしたのが五十年前です。当時は失敗してしまいましたが、再び今、救世主職が現れました。……吉兆なのでしょう。今回こそはと期待しております」
……いや、俺はもう救世主職ではないので期待しないでください。
勝手な期待をギョクスにされてしまっている。妖怪と戦える人間を発見した者の反応としてはありえるだろう。
「で、どうするの。御影君?」
「別に何も。人間を先導して妖怪と戦うつもりも、村を見捨てるつもりもない。落としどころとしては移住。ここの壁村の人達には遠い村に逃げてもらう事になるだろうな」
「ええー、薄情。御影君が助けた娘さん、嫁ぐ覚悟を決めていたのに」
問い詰めるような感じだったので、クゥは俺が壁村をどうするつもりなのかを気にしているものと思っていた。が、どうも違う。
ギョクスに期待された後、俺は助けた男性から娘をどうかと言われたのだ。壁村を助ける代償に娘を差し出す、という言い方は悪意があるだろうが、そんな感じの事を提案されたのは事実である。
「いや、断っただろ?」
「酷い!」
「いやいや。断るって。娘を人質として差し出さなくたって、当面はこの村に留まるぞ」
記憶喪失していた凶鳥時代に出逢ったアイサはまだ言い訳ができる。が、記憶もレベルもしっかりした状況で現地妻を作れば、地球に無事帰還できたとしても命がない。具体的には焼死、凍死、感電死、地中埋葬のコンビネーションだ。
「人質だなんて、あの娘さん。御影君にちょっと気があると思うけど」
「それは危険だ! 近づかないようにしないと」
「酷い、薄情、甲斐性なし! 父親が重傷を負って、不安になった村娘が誰かを頼りたいと思うのは当然でしょう」
「そんな事を言われても、俺は壁村で一生を過ごすつもりがない。生まれ故郷に帰る男だぞ。天竺を目指しているのもそのためだ。縁がなかったと諦めてもらうしかない」
俺の主張に一部理解を示しながらも、それでもクゥは不満気だ。
クゥにどう思われても考えを変えるつもりはない。黄昏世界の気候で頭が冷えるかは分からないが、冷静になるまで少し離れておこう。
「まったく、御影君は! 村娘にとって求婚は一大事なのに、もう。……でも、そっか、御影君にも故郷があるんだ。帰るための旅だったんだ。……ふーん、当たり前、だよね」
一人になったクゥはふと気づく。御影との旅にも終わりはあるのだと。
無事、旅の間、死ななければクゥも御影と同じように故郷の壁村へと戻るのだろう。それ以外に何があろうか。こうクゥは未来を想像して……ちょっと残念な気持ちになった。何故だろう。
「……あれ、誰か壁村の外に出ようとしている? ギョクスさん!」
「おや、救世主様のお連れの」
「どこに行くんですか。そろそろ御母様が昇り始めるのに、危ないですよ」
クゥがたまたま目撃した人物は僧職のギョクスだった。袈裟をきちんと着込んでおり僧らしい格好だ。
「近くの壁村までなので大丈夫ですよ。数か所を巡る予定なので、帰りは遅くなります」
「はぁ、ご無事に」
ギョクスは壁村から出て行ってしまった。
クゥは僧職を村人よりも偉い人物と理解している。何か用事があるのだろうと深く考えない。
御影への報告は……ちょっとしたケンカ中なので当然行わない。