2-4 妖怪は素晴らしい統治者です
館の二階の奥。虎人の体格に見合ったサイズの椅子が一つだけある部屋が目的地だった。
どっしりと座った大柄なトラに、マフィアのボス的な雰囲気を感じる。俺とクゥには椅子が用意されていないため、立ったままだ。早朝から押しかけた迷惑な客に対するもてなしがなっていない。
「そういえば、その女は仲間と言っていたな。どういう仲間なんだ?」
「彼女は魔法使い職の皐月。俺と一緒にこの世界にやってきたパーティーメンバーになる」
「村娘にしか見えんが」
「変装させているんだ。俺はこの仮面で目立つからな」
「なるほどな、完璧な偽装だ。妖怪だって舌を巻くぐらいだ。『魔』の気配も完全に村娘程度に抑えられている」
クゥに目線を合わせて真偽を確かめようとする妖怪、虎人。
村娘なりに必死なクゥは体を震わせないように頑張っていた。
「も、燃やすわよ」
声帯の震えた声に威圧感を覚えなくもない。
「しかし、救世主職以外の徒人がいたという話は聞いた事がなかったがな」
「燃やすわよ」
「私をそんじょそこらの魔法使い職と一緒にするな、と翻訳ください」
「怖え女を連れているな」
若干以上にクゥに引いた虎人は、俺の方を向いた。真正面から堂々と妖怪に歯向かう徒人はいない。クゥが村娘だとバレなかった様子である。
地方官、虎人は質問を促すように睨んでいるので、疑問をぶつけてみる。
「まずは前提条件の確認を。妖怪と救世主職は敵対関係にあるはずだと思って、この館にやって来た。違うのか?」
「誤解……とまではいかねえな。昔はそういう時代もあった」
昔か。俺のようにブラック職たる救世主職に就いていた人間が他にもいたとは、同情を禁じ得ない。
「今は違うのか?」
「昔の風習に従っている奴等もいるが、オレは違う。そんな無駄に熱中できる程にこの世は優しくねえ。年々、環境は悪くなる一方だ。日々の生活を安定させて領地の民の暮らしを守るぐらいがオレの限界だ」
「まるで真っ当な地方領主のような事を言う」
「真っ当な地方官だからな」
クゥの村にいた妖怪は普通に俺を敵視していたが、それについて弁明はあるだろうか。
「奴は責任をもって処罰した。徒人に対する接し方にも問題があったらしいな」
末端構成員が暴走しただけであり地方官は異なると。
秘書ばかりが事件を起こす政界を連想する対応である。ただの尻尾切りの可能性があるので半信半疑だ。
「下っ端妖怪が世話をかけたと思っているから、こうしてオレ自ら説明してやっている。……お前、異世界から来たばかりの救世主職だろ?」
「その通りだが……。この世界の妖怪が、異世界を知っているのかっ」
「昔に現れた救世主職は、全員、異世界からやって来ていた。お前も救世主職ならばそうなのだろう」
異世界という単語を初めて現地民から聞いた俺は興奮気味だ。やや食い気味に質問してしまうのは仕方がない。
「救世主職は今どうしている。異世界に帰ったのか?」
「さあな。こう言うのは癪だがオレは地方官だ。この狭い領地以外の出来事には疎い」
まあ、虎人に訊ねる前から結果は分かっている。あくまで確認だ。
世界滅亡までの残り時間を知りたくもないのに知ってしまう救世主職の『カウントダウン』スキルのカウントが停止していない。過去の救世主職が世界を救済できなかったのは確定だろう。
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“『カウントダウン』、世界を救うにも時間制限があるというスキル。
世界滅亡までの残り時間が見えるようになる。
所詮は現時点での展望でしかない。救世主としての行動や、それ以上に外的要因によりコロコロ変わるので目安程度に留めるべし”
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“●カウントダウン:残り百年……、十年……、一時間……、三千年……”
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相変わらず『カウントダウン』は狂っていて安定していないのだが。
先人達に短い黙祷を捧げた。
俺は彼等のようにならないために、早くこの世界から脱出しよう。
「妖怪は、世界を渡る方法を知っているのか?」
「何度も言わせるな。俺は地方官だ。そういう奇跡は都の上品な妖怪にでも訊くんだな」
つい、異世界と聞いて話題が逸れた。今は虎人が真実を語る妖怪であるかを審議したい。
虎人は随分と横柄な態度を取っているが、人を馬鹿にしているというよりも自分が偉いから当然の権利を行使している。そういった印象を受ける。
態度だけなら悪い妖怪には思えない。少なくとも理由なく人間を害する事はしなさそうである。
妖怪の癖に、とは言うまい。ここに来る一つ前の異世界――異世界が何個もあって区別し辛い。一つ前の世界は“ウィズ・アニッシュ・ワールド”とでも呼んでおこう。名前の由来にしたアニッシュはきっと泣いて喜ぶ――にいた魔族共の中にも、稀ではあるが人間に敵対しない者達がいた。妖怪の中にも良い存在がいるのだろう。
「妖怪が徒人を喰うという話も誤解か?」
「村人の誤解だ。徒人の人口管理のために強制移住させている。そうでもしないと食料生産能力を考えず徒人は数ばかり増えるからな」
強制移住とはかなりの強権だ。少なくとも日本ではありえない。
異世界には異世界の統治があるだろうから非難はしない。異世界人が指図するなど治外法権もいいところだ。
だが、お節介を承知で口を挟めば、村人を誤解させたまま不安がらせるのは違うのではなかろうか。
「誤解を解いたところで、三十年と経たず徒人共は顔ぶれを変えてまた妖怪を恐れ、誤解する。恐れさせていた方が統治し易くもある」
「いや、そうは言うが……」
「どう繕ったところで、力ある妖怪を徒人は恐れる。この灼熱の世界を生き延びるためには妖怪が徒人を管理、運営する以外に方法はない。外を見てみろ。ここはお前が生まれた世界とは、違うのだ」
陽光が照り付き始めた館の外を、虎人は指差した。
朝を迎えたばかりだというのに、もう外界は摂氏五十度に近づきつつある。生物が生きるには過酷な環境である。
虎人の言い分は大体聞けた。
信じても良さそうな証言であった。ただ、すべては証拠次第でもある。本当に人間を喰っていないというのならば、連れ去った人間と合わせて欲しい。
「ふん、疑い深い奴め。これが名簿だ」
そう言って、虎人が無造作に放ってきたのは木でできた巻物、木簡だった。木も生えない世界では貴重品だろうに、投げ渡すとは扱いがなっていない。
巻物を開いて内容を確認する。
うん、さっぱり読めない。言語については何故か苦労していないものの、文字は特に翻訳されていない。というか、この世界の文字を見たのは今日が初めてだ。
異世界文字は漢字に似ていて角ばっている。画数が多過ぎて習得は困難だろう。
「読めない。移住させた人間に直接合わせてもらえないだろうか?」
「入植地までここから三日はかかるぞ」
「……そういえばこの館にも人間がいたはず」
「俺が気に入った徒人なら数人雇い入れている。アイツ等でいいなら呼んでやるよ」
虎人は手元の銀のベルを取って鳴らす。
すると、背後の扉が開いて現れたのはやはり人間だ。妖怪ではない。
「虎人様、お呼びですか」
「この館の徒人を全員ここに呼べ。この救世主職にお前達の待遇を説明してやれ」
「はっ」
紳士風の白髪の人間は、袖の長い服で手を隠しながら一礼し去っていく。
しばらくの後、再び扉が開かれると十人ぐらいの人間の男女が現れた。
「我々は虎人様のご厚意により、この館に置いていただいております」
「虎人様は素晴らしい地方官様です」
「徒人は安泰でございます。常に御母様に見守られ、妖怪様に統治をいただけて、徒人は安心でございます」
一同、練習していたかのように揃った美辞麗句ばかり言う。
荒野に建つ壁村ではなく、住み易い館で仕事に従事できるのだから、礼ぐらい言うだろう。トラの大男を目の前にして批判的な言葉を口にするはずもない。
ただし、人間達の表情はごくごく普通。言わされている雰囲気は感じられない。
いちおう彼等にも『読心魔眼』スキルを使用してみたが――、
『――虎人は素晴らしい妖怪です――』
――としか読めなかった。
疑念は残るが、生きた証拠を見せられては反論のしようがない。生きた人間がいる、イコール、妖怪は人間を喰わないの関係は完璧に成立しないものの、確たる証拠もなく疑い続ける事はできない。
「虎人様は素晴らしい」
「妖怪は素晴らしい」
「徒人はとっても幸せ」
肩透かしであるが、それならそれで安心だ。虎人が地方官として問題なければ、村にも人にも危険は訪れない。
俺も、やりたくもない救世主職として働かずに済む。
「――――お、お母さん?」
……けれども、ふと、傍で呟かれる言葉。
一人の女性を見て、クゥが金色の目を大きく開いている。
「――あ、違った。燃やすわよ」
「いやいやいやっ!」