第12回コスパ社会が招く生成AIの歴史修正 学者が危ぶむ「知の産業革命」

御船紗子 後藤遼太

 急速に発達する生成AI(人工知能)は、過去を書き換える力すら持ち始めるかもしれません。中国史の研究家でありながら、デジタル技術を駆使して人文学を研究する「デジタル・ヒューマニティーズ」も活用する名城大の大知(おおち)聖子准教授に、生成AIが歴史に与える脅威について聞きました。

 ――歴史学者として、生成AIの急速な進化をどう見ていますか。

 「百害あって一利なし」とまでは言いませんが、わずかな「利」のために「百害」を生みだしている、というのが私の感覚です。

 研究者が評価・検証することが前提ですが、情報処理や単純作業など、活用すると歴史学にとって便利な場面も確かにあります。一方で、生成AIがつくる「歴史」によって、現実社会の歴史認識がゆがめられる可能性があるのです。

「公正・中立」に見える生成AIの危うさ

 ――どのようにゆがむのでしょうか。

 多くの人が、生成AIは「公正・中立」で「客観的」だと感じています。そこに危険性があります。例えば「偽の等価性」の問題です。AIが出してくる答えが、公正・中立を装った、ゆがんだものの場合があるのです。

 本来、「専門家の研究成果」と「歴史修正主義者の意見」は、比べようがないもののはずです。しかし生成AIは、両者を多様な意見の一つとして、同じレベルで取り上げてしまいます。

 たとえば、特定の史実についてチャットGPTに聞くと、「議論があります」と答えてくることがあります。一見すると歴史学の議論のように読めてしまいます。しかし、中身をよく読むと、専門家の研究と歴史修正主義者の意見を、同列に並べてしまっているんです。

 生成AIを「賢い」と信じている人たちは、これが「客観的な答えだ」と信じてしまうでしょう。

ゆがむ歴史観 生まれる憎しみ

 ――生成AIによる画像や動画のクオリティーも、驚くべきスピードで進化しています。

 グーグルなどの検索エンジンで調べ物をしようとして検索すると、生成AIの「答え」が上位に出てくるようになりました。

 歴史的な写真や映像などのフェイクも既に生成されているようです。じきに、専門家すら見抜くのに苦労するレベルのものだらけになるでしょう。

 例えば、過去の日本の軍事侵略を美化する画像が大量に流布したら、多くの人の考えに影響を与えてしまうのではないかと危惧します。

 このような根拠のない「歴史」によって歴史観がゆがめられれば、やがて国民同士が憎しみ合うような状況に陥り、対話すらできなくなってしまうのではないでしょうか。

生成AIをうのみ もはや前近代の「占い」

 ――歴史の捏造(ねつぞう)や改ざんは有史以来あります。生成AIの何が特別なのでしょうか。

 リスクが三つあります。①偽情報を誰でも簡単に低コストで大量生成できる②AIで生成されたコンテンツは「公平・中立で正確」と誤解されやすい③近い将来、権力者を含め、誰も制御できなくなる恐れがある、です。

 生成AIは、人間の過去の創作物を集め、バラバラにして確率のサイコロで並べ替え、吐き出すにすぎない。ブラックボックスから出てくる、生成過程の分からない「答え」を多くの人がうのみにするのは、「占い」で意思決定をしていた前近代に近い状態と言えます。

 ――「ブラックボックス」というのは。

 生成AIには、詳細な技術情報や、学習させた大規模言語モデル(LLM)が開示されていないものがあります。プロセスが不明なので、私たちからはどうやってその答えにたどり着いたのか検証できず、偏った意見に調整されていても検証できません。

 歴史学は、科学的手法を用いて史料の信頼性を見分け、それに基づき歴史を叙述してきました。「経験的証拠」「再現性」「反証可能性」の三つの観点から、ある仮説が本当にあり得るものかを検証していきます。

 経験的証拠とは、いつどこで誰が書いたかが分かる「史料」のこと。複数の研究者から見ても、同じ史料から同じ仮説が得られるのが再現性です。反証可能性とは、ある仮説が経験的証拠によって否定される可能性があるということ。何度も検証や反証される過程で、有力視されたり覆ったりします。生成AIがつくる「歴史の語り」はそもそも経験的証拠、再現性、反証可能性の手続きを経ていないので「史実」とはみなされません。

「ほぼ正確ならいい」は本当か?

 ――しかし、生成AIによる偽歴史が巧妙になっていき、ついに研究者もだまされる日がくるのでは。

 歴史学では先述の科学的な手続きを経ていない歴史の語りは、史実として扱いません。その意味で生成AIの偽歴史を史実としてしまうことはありませんが、偽史料にはだまされてしまうかもしれません。史料の信頼性を検証することがより重要になってくるでしょう。また、センセーショナルな偽画像は、専門家の声よりも拡散力があります。世間一般で偽歴史が広がれば、収拾がつかなくなることは、あり得ると思います。

 生成AIは一見、「8~9割正しいこと」を言うので、一般の人からすれば、「ほぼ正確ならいいじゃないか」となるかもしれません。

 コスパ重視の社会で、1~2割の誤りを検証するコストを、どこまでかけるでしょうか。私はこの状況を、「知の産業革命」が起きているとみています。悪い意味で、です。

「革命」で駆逐される歴史学やジャーナリズム

 ――歴史の教科書に出てくる「産業革命」ですか?

 産業革命では、伝統的な職人が、工場で機械が作る大量生産品に駆逐されました。その結果、日常品は素人が工場で大量生産する製品に置き換わっていきました。服も靴も刃物も、「本物の職人」がつくるものより質は落ちますが、コスパはいい。

 歴史学などの学問やジャーナリズムでも、同じことが起きているのではないでしょうか。8~9割正確でコスパがいいなら、それでいい。1、2割の間違いを、わざわざ職人が重箱の隅をつつくように指摘しなくてもいいじゃないか、と。工業製品ならそれでも使えたかもしれません。しかし、不正確な知識の氾濫(はんらん)は人類にとって比較にならないほど危険です。

 歴史の問いに対する回答が、歴史家の研究ではなく、生成AIによる「一見そこそこ正確な」、しかし生成過程の分からない回答に置き換わっていく、その端境期に私たちはいます。

 ――そんな中で、歴史研究者が担う役割とは。

 拡散した偽歴史に根拠が無いことを指摘していくべきです。その社会的責任は大きくなっていくでしょう。ただ、多くの研究者は大学など研究機関にいます。最近の日本では特に事務作業が増え、さらに研究費獲得のために論文の量産も求められています。研究成果より社会的責任を優先できる学者は、多くはないのが現状です。

 ジャーナリズムも歴史学も、自律的、理性的に判断できる人間を前提として成り立つ現代社会を支える「インフラ」です。そこを生成AIに譲ってしまってはいけません。その社会的責任について、私たちみんなが考えるべき課題だと思います。

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この記事を書いた人
御船紗子
東京社会部|サイバー担当
専門・関心分野
サイバー、居場所、文化の継承
後藤遼太
東京社会部|メディア・平和担当
専門・関心分野
日本近現代史、平和、戦争、憲法
  • commentatorHeader
    藤田直哉
    (批評家・日本映画大学准教授)
    2025年6月11日7時30分 投稿
    【提案】

    学者の「社会的責任」として、AIの「間違い」を監視し修正する役割を期待する声が増えてきました。妥当な提案だと思います。最後の「研究成果より社会的責任を優先できる学者は、多くはないのが現状です」という問題提起は、重く受け取るべきでしょう。学術的な実績を上げることと、社会的責任と、どちらを優先するのかは、制度的な評価などの設計でインセンティヴを変えられるだろうと思います。学者たちの役割が、AIによって大きく変わるのであれば、その辺りの制度も大きく変えなければいけないでしょうね。学問も、それが拠って立つ社会や世界の健全性ありきであり、それが揺らいだときには基盤を失いかねないので、社会的責任を果たすことは、自分たちのためにもなるはずです。

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    鳥海不二夫
    (東京大学大学院教授=計算社会科学)
    2025年6月11日7時30分 投稿
    【視点】

    LLM(大規模言語モデル)が誤った歴史を出力してしまうことは大きな問題ですが、そもそも一般向けの歴史書やWikipediaにも、歴史修正主義者による記述が多く存在しているのが現状です。すでに歴史研究者は、そうした問題への対応を行ってきていると思われますので、LLMに対しても同様の対応が求められるのでしょう。 一方で、現在では歴史研究にも多くのAI技術が導入されています。画像認識やデータ分析などのAI技術を活用することで、歴史研究は大きく発展しているはずです。その意味では、「わずかな『利』のために『百害』を生み出している」という批判は、さすがに言い過ぎではないかと、AI側の人間としては感じます。

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