「病院がないほうが死亡率が下がる」は本当か。
2014年。TED鹿児島で森田洋之先生は、そんなセンセーショナルな報告をした。
夕張市は、財政破綻で2007年に財政再建団体に指定された。
市民の安心と安全を守ってきた171床の市立総合病院は財政的に存続が困難となった。地域にとって本当に必要な医療サービスとは何なのか。火中の栗を拾ったのは村上智彦先生だった。当時、住民一人あたりの医療費の高かった北海道せたな町で、保健師などのコミュニティ機能を生かしながら、疾病治療に留まらないプライマリヘルスケアに取り組み、住民の医療依存度を低下させ、医療費を大幅に削減することに成功していた。
彼は混乱の最中の夕張市に赴き、高齢化の進む地域において、限られた人材と予算をどう配分するのか、大きな決断をした。急性期医療よりも在宅医療の充実を。入院よりもケアの充実を。結果として病院は老健と19床の診療所になった。一方で、血液透析など人手と予算を要する医療サービスからは撤退を余儀なくされた。
その診療所の運営を引き継いだのが森田洋之先生だ。
そしてそこで生まれたのが「病院がないほうが死亡率が下がる」という事実だ。
森田先生によれば、「生活を支える医療の充実」「きずな貯金」「市民の意識改革」により、男女ともに主要疾患の死亡率(ガン、心疾患、肺炎)による死亡率が低下したという。確かに厚労省の統計(SMR(標準化死亡比))をみると、女性のがんを除き、主要疾患による死亡率は低下しているように見える。
下がったのは死亡率だけではない。救急車の出動回数が減った。また高齢者一人あたりの医療費も病院が廃止となった2007年度から減少に転じ、2010年度はピーク時(2006年度)から実に13%減、全国平均より10万円、北海道平均より30万円も低い医療費となった。
病院がなくなって、救急搬送や医療費が減り、主要疾患の死亡率まで下がる。
この報告は複数の著作となり、多くの専門家・行政関係者の注目を集めた。病院がなくなることで、住民の予防への意識が高まった。つながりの中でフレイルを防ぎ、健康寿命が延伸した。すぐに救急搬送・入院していたのが、在宅医療とケアで対応するようになった。人生の最終段階に患者が望んでいない余計な治療が行われなくなった。
確かに話の筋としてはよくわかる。在宅医療で私たちが目指している理想の世界そのものだ。
しかし、これは真実なのか。
がん、心疾患、肺炎(死因となる肺炎の多くは誤嚥性肺炎)。これらはいずれも高齢者の病気だ。わずか数年の予防やつながりで、これらの「慢性疾患や機能低下のなれの果て」のような病気の死亡率がすぐに下がるとは考えにくい。
心不全や肺炎による死亡が減ったのは、積極的治療をやめたことにより、これらの疾患が「老衰」という概念に包含され、病名としての記載頻度が減った、というナラティブな成果なのではないか。
医療費や救急搬送が減ったのは、医療依存度(死亡リスク)の高い高齢者が、病院がなくなったことを契機に、夕張市内での暮らしに不安を感じ、市外に転出したと考えるのが普通ではないか。あるいは死亡率の減少の一部もそこに起因するのではないか。
医療依存度の高い高齢者の市外転出があったのではないか。
この仮説に対し、森田先生は「人口動態を見ると、実は高齢者人口はまったく減っていない」としているが、これは事実ではない。高齢者人口は、財政破綻を契機に大きく減少し、その後も着実に減少が続いている。
夕張市の資料を見てみる。
財政破綻した2007年からその翌年にかけて、人口減少幅は明らかにそれ以前よりも大きい。
年齢別人口の推移をみると、財政破綻をはさむ2005年~2010年にかけて、老年人口(65歳以上)に明らかな減少がある。
社会増減だけを取り出してみると、財政再建団体に移行後、やはり明らかに転出が増加している。つまり、これは高齢者の自然減ではなく、高齢者の市外への転居を示している。