会話

新型コロナワクチンは間違いなくゲームチェンジャーだった。 新型コロナはただの風邪などではない。「毒性」は株により多少の差はあるのかもしれない。しかし少なくとも「無毒化」などはしていない。 超過死亡はワクチンによるものではなく、新型コロナによるもの。 そしてがんはワクチン接種で急増したりしないし、ターボ癌など見たことも(陰謀論関係者以外からは)聞いたこともない。 武漢の起源株は高齢者の8人に一人を殺し、日本に渡来したアルファ株も高齢者の2.4%を死に至らしめる殺傷能力を持っていた。子供のころ大好きだった志村けんさんもこいつにやられたのだ。 2021年5月の第4波、アルファ株の感染拡大で関西地方は医療崩壊した。救急車は搬送先を見つけられず、重症コロナ肺炎なのに入院できず、まだ在宅ケア体制も整っていなかったので酸素も投与されずに亡くなる方もいた。 2021年8月、東京を医療崩壊させたのはデルタ株だった。同年4月から高齢者への新型コロナワクチンの優先接種がスタートされ、その後ハイペースで接種が進んだが、8月の時点では若い世代にその順番は回ってきておらず、重症化したのは、主に若年~中年層の基礎疾患のある人たちだった。 あの夏、僕らはPPEを装着し、酸素濃縮器とデキサメタゾン(ステロイド)を携行し、入院できないコロナ肺炎の患者さんの家を一軒ずつ回った。抗ウイルス薬が使えない(病院でのみ中和抗体薬が使えた)時期だった。電話は鳴りやまず、発熱外来を設置した稲毛のクリニックには、遠方からも多数の患者さんが訪れた。搬送先を見つけられない救急車が、患者を車内収容し、酸素投与をしながら私たちの到着を待っていた。こんな異常事態を尻目に新橋ではガード下の居酒屋に人が集まっていた。パラレルワールドに頭が混乱した。僕自身もワクチン接種の順番はまだ回ってきていなかったので、感染の不安と常に隣り合わせだった。過度な興奮状態が続き、攻撃的な言動が増えた。精神科医からPTSDの疑いありと診断され、そして僕は前線を離れた。 ただ、これだけの感染拡大・重症化の波の中でも、要介護高齢者は感染しなかったし、しても亡くなる方もほとんどおられなかった。みんなワクチン接種が完了していたからだ。 その後、感染拡大の主力はオミクロン株に。確かに毒性も薄まったのかもしれない。しかしワクチン未接種者の重症化、入院、時に死亡はそれでも生じていた。ワクチン接種していても感染する。だけど、重症化はしない。ウイルスの変異に伴い、ワクチンの効果は変化した。当初のように強い感染予防効果はない。しかし、感染しても重症化しない。コロナに対する対応体制も、感染防御にフォーカスしたものから、ワクチン接種により感染時の重症化リスクを下げることで、日常生活へのシフトを目指すものへと変化していったはずだ。 こんな修羅場をしらない鹿児島のある医師が、自ら創作したミステリ小説をノンフィクションとして売り出したらしい。 彼の作風は、医師・医療経済ジャーナリストという肩書で信頼感を与えつつ、データを都合よく切り貼りして、そこにものがたり性を持たせること。政府・霞が関・医療界などの巨大仮想敵を設定し、あくまで一般大衆を守るために立ち上がった非力な奮闘者という立場で「真実」を創造する。ほとんどの読者は一次データを確認しないし因果関係と相関関係の違いにも関心はない。彼の陰謀論に煽動され、拡散される。 ただのファンタジーとして出版するなら別に構わない。しかし、これが「真実」として拡散され、「洗脳」される統計弱者は少なくない。いや、むしろある程度の科学的思考のできる人ほど騙されてしまう。 彼の主要作品である北海道のある炭鉱の町を舞台としたストーリーには、僕も当初はころりと騙された。でもデータの全体像を紐解けば、それが真実ではなく創作であることはわかる。 x.com/junsasakimdt/s 彼は頭のいい人なので、彼自身の主張を裏付ける統計解釈の問題についてはおそらく承知しているはずだ。炭鉱町のストーリーは話としては面白かった。僕もそうあってほしいという思いもあった。しかし、それを真に受ける政策決定者はいなかった(日本の行政官は優秀)。 しかし彼のコロナにまつわるミステリ小説は、結果として健康被害を生み出すかもしれないし、プライマリケアに関わる医師の多くは、洗脳された患者とのコミュニケーションで膨大なエネルギーと時間を奪われることになる。 僕は別にコロナを過度に恐れろ、とか、ワクチンは絶対に接種しろ、とかいうつもりは全くない。僕自身も三密はなるべく避けるが、診療の時以外はマスクはしない。個々が判断すればいい。 ただ、その判断に影響を与えうる不適切な情報が恣意的に提供されることは、ヘルスケアに関わる一人の専門職としては看過できない。 正直、この手のやりとりはこれ以上したくない。 しかし、一方的に誤った情報が大規模に発信されることの負のインパクトを見過ごすこともできない。 医療専門家として現在の主流の科学的見解を否定するなら、書籍の出版する前にまずは論文を書いてはどうか。そのデータの質と統計学的解釈は査読に耐えうるか。それともジャーナリストを自称する小説家にとっては、科学的真実よりも印税のほうが大切なのか。
11.5万
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