人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

天使の階級Ⅰ編。白狐などで見えざる霊界の階級を知る。

とある精神世界や霊界を語る掲示板で、その掲示板の主宰の方が自分は大天使で次期天使長だと言っておられました。すると、その板で一人の行者さんがその方に噛みついておられました。
自分が大天使だと言うのであれば、【天使としての階級】を言えと言われます。そう突っ込まれた自称大天使の方は、天使としての階級の意味がよく理解出来なかったようです。自分は大天使で次期天使長であれば、自分が天使界のトップとなるのですから階級って何?なのです。
すると、その行者の方が天使は軍隊と同じ様なもので、軍隊と同様に階級があって階級章があるのだ。そんなことも知らないで自分が大天使と言うのはおかしいと言われたのです。

この行者さんが言われる様に天使には軍隊のような「階級」があります。しかし、軍人のように目に見える「階級章」を身につけているのではないので、階級を示せと言われてもまごつくのも別におかしくはないのです。
大本教の出口王仁三郎聖師さんは、創造神を別にすると神は正神界も邪神界も「百八十」階級あると説いておられます。しかし、百八十階級ともなれば解りにくいからなのでしょうが、行者さん等では山の高さを表す「合目」で十段階で表現されたりします。もっと大雑把に次元格で言われる方もあります。いずれにしても天使でも神々でも階級があるということです。

スピ系では、第一天国界、第二天国界、第三天国界が言われている意味をまったく理解していない方が多々見られます。皆さん、死ねば天国です。地獄界など存在していません。何故ならば神は愛で何をしても赦されるからですの一本槍です。確かにその論理なら、神界も全て平等の横社会であり、神々にも天使にも階級があるはおかしくなります。

霊界の各層ごとに天使も存在しています。西洋で有名なスエーデン・ボルグの霊界日記には、自分が滞在した第二天国界の天使は第一天国界を知らない。第一天国界を見に行けないの記述がありますが、天使だからと言っても霊界における階層を越えられるわけではないのです。階級章が低いと上界を見にも行けないのです。
逆に上級界の天使は下の界を見に行けますが、下の世界とは波長が合わないのであまり降りてはいないようです。地獄界にも天使は居ますが、地獄界まで降りられる天使とは低い階級の天使ではなく、天使としての幅が広い天使で、地獄界に居る者でも上界に上げるだけの権限を有している上級天使になります。

ある著名なブロガーさんが、日蓮さんは地獄界に墜ちておられると記述されていますが、確かに地獄界で日蓮さんを見ることは出来るでしょう。しかし、それは地獄に墜ちておられるのではないのです。自分の教えを信じて来た日蓮宗門徒を救済する為に地獄界まで行っておられるのです。南無妙法蓮華経と唱えていれば天国界に行けるわけではないからです。
そうしたことが何故私に言えるかと言いますと、ある時、日蓮さんと閻魔大王さんが並んでおられたからです。それは墜ちておられるではないわけです。日蓮さんは「妙見様(天之御中主とも国常立尊様とも言う)」を信仰されていたことからも解る様に、国常立尊(閻魔大王)につながっておられる方です。天使も国常立尊麾下であれば、地獄界に降りられます。
さらに、日蓮宗さんは大きな寺院では必ず稲荷大神をお祭りされていますので、国常立尊(閻魔大王)に稲荷大神のラインが結ばれていますので、地獄での救済が可能となっているわけです。

私の最初の師匠は豊受様の御代を勤めていましたが、ある時、私に「地獄界から救済する為には稲荷大神とつながっていなければならない。大きなお寺には稲荷大神様が祭られているのはその為です」と摩訶不思議なことを言いました。その時には意味が解りませんし気にもしていませんでした。
稲荷大神秘文祝詞には、それ神は唯一にして御形なし。虚にして霊有り。天地開闢して国常立尊と拝し奉れば、豊受の神の流れとありまして、国常立尊様と豊受様はラインであることは解りますが、祝詞に国常立尊=閻魔大王は書かれていません。これは大本教と呼ぶ宗教が起きて、国常立尊=閻魔大王(牛虎)ではっきりと解ることなのです。
いくら南無妙法蓮華経と唱えていても、天之御中主=国常立尊=閻魔大王の図式が解っていないと、地獄に墜ちた者が救済されるはないのです。
私が2番目の師匠の元に居た時、寝ようとすると私の側で多くの霊が言い訳ばかりしています。あまりにも言い訳をして来る霊の多さで眠れませんでした。そこでその師匠に相談すると、それは「お前の魂は地獄閻魔庁に勤務しているからだ」と言います。それを地獄の天使と言うと言います。自分は眠るので夜は聞く耳無しと言えば、聞こえなくなると言います。そこでそう言うと、ピタリとその現象は終わりました。その当時は、自分は地獄の天使と言われた意味が理解出来ていませんでした。後にたいへんな権限を持っているのだと解りました。

大本教の出口王仁三郎聖師は、その第一天国界の上に更なる上級天国界が存在すると述べておられます。これを軍隊の階級で表現しますと、第三天国天使は「下士官クラス」。第二天国天使は「尉官クラス」。第一天国天使は「佐官クラス」。最上級天国界は「将官クラス」となります。

だが、軍隊と大きく違うことは、軍隊では司令官や部隊長の側には部下の将校や下士官や兵卒が従属していますが、霊界の各界は自分と同格の者ばかりなので、下級の者にかしずかれているわけではないのです。例え自分が将官クラスであっても、周囲の全ての存在が将官クラスなので、自分のことは自分でするになります。【俺は偉いのだ】と、他人に命令することも威張ることも出来ないのです。どうしても威張りたいのであれば、この世の霊界に降りる必要が出て来ます。
霊能者が日常的に見るこの世の神界には、神社であろうと寺院であろうと、そこに鎮座される主宰神に脇神や眷属。また下働きで仕えている霊の存在が見られます。その間には主従関係的なものが見られますが、そこに階級章的なものは見えているわけではないのです。

大本教神諭に「この世に出ておられる神々の心の持ち方が悪かった」とありますが、それはこの世に出られた神々だからです。この世に出ておられる神々と、この世には出ておられない神々があります。
この世に出るとは、平安時代に国司(こくし)制度がありましたが、中央から地方に赴任するようなものです。その赴任した場所(地方)では厳密的な階級章が動いているのではないのです。
この世の各霊場では霊界のように霊壁で絶対的な区分けがなされてはいません。そうでなければ、高次元の主宰神が低次元の白狐に直接御使いをさせるはありません。この世の霊界は霊界本体とはシステムが違っていることになります。

どうしてこの世の神社に居られる御神霊は「国司(こくし)」の様な存在と言えるのかと言いますと、伏見稲荷山ではその事象がよく解ります。栄えているお塚や社には御神霊が居られます。しかし、誰も寄りつかない荒れ果てたお塚や社には御神霊は居られません。だが、白狐などは居たりします。
それは眷属として仕えていた御神霊が霊界本体に帰還された時、それに従って自分がお仕えした御神霊が居られる界に一緒に行けないからです。白狐界には派閥があるようで、自分が仕える主を失ったからと言って、他の派閥に簡単には入れないのです。そうした事例は幾つも見てきましたので間違ってはいないかと思います。

以前、私が伏見稲荷山に上がって帰って来ましたら、私の家の庭でかなり大きな白狐が遊んでいます。アッー、伏見稲荷山から連れて帰って来てしまった。その様子を見ていて、どうも伏見稲荷山では仲間外れに遭っていたようです。さりとて私の家に置くことも出来ず、大本教出口なお開祖が篤く信仰されていた本興稲荷に預かって貰いました。
この話をある霊能者の方に話したところ、その白狐はヒマラヤ神界に所属していた白狐で、修業に来ていた伏見稲荷山では他の白狐となごめずに、許しを得て既にヒマラヤ神界に戻りましたよと言われます。

稲荷大神首座神は豊受神として知られていますが、全ての稲荷神が豊受様の命令に従っているわけではないのです。当然に白狐にしても豊受神の系列に属さない白狐達もたくさん居るのです。邪神界に飲み込まれている白狐も居ます。
白狐は正神界と言う方もあれば邪神界と言って嫌う方もあるのは、その白狐が誰に仕えているのかで別れて来ます。稲荷だからと言って全ての稲荷大神が正神界ではないのです。と言って、伏見稲荷山の中で正神たる稲荷大神と邪神である稲荷大神が戦闘状態にあるのではありません。現在は呉越同舟状態なのです。
最終的判断は「国常立尊」側にはせ参じるか、それとも反「国常立尊」で行くかなのです。私が豊受様の御代をしていた師匠から聞いたのは、稲荷神界はその時には半々に別れるとのことでした。

私が最後に伏見稲荷山に上がった時、初めて裏側から上がったのですが、その多くのお塚は荒れ果てて今は参る人もない有様。荒れているなと思っていると、私の前や後ろや横に無数の大小の白狐がやって来て、私と一緒に歩きます。それらは仕える主を失っていた白狐達でした。
私の側にやって来たのは、私に仕えるとの意思表示のようです。しかし、私は霊能者として活動している者でもありません。以前、そうした白狐達は高い霊能力がある女性の配下に配属させたのですが、今はその女性とは疎遠なので、一応私が引き取って連れて帰りました。
大本教神典に、国常立尊様の立替に白狐は下郎の役で奉仕するがあります。いずれその時には「白狐隊」の活動も要求されます。霊能者の方からは私の背後の霊団は桁違いの大きさと言われており、その背後神霊団の中に入れば奉公する場所はいくらでもあるのです。

霊的にいろんな出来事が遭ったとしても、それを表面的に見ているのであれば深いことが解りません。どうしてなのだろうと疑問を持つと、神々にも格の違いがあることが解ります。また天使に階級があることも見えて来ます。

各神界の主宰神や主立った神々は軍隊の司令官(殿様)の様な位置にありますので、必ずその御神霊には実働部隊が存在しますので、その兵力(配下勢力)である程度強さが解ります。しかし、単独の天使だと解りにくくなります。

霊感者は自分に霊界の天使が臨んで来たからと、鵜呑みにしないことが大切です。本当の天使でもないのに天使を装う霊もいれば、邪神界所属の天使も存在します。またその階級が御神霊と違って読みにくいがあります。また、必ずしも神々より天使の方が格が高いということもありません。要はどちらが霊界における階級が高いかなのです。

そこにはそれなりの【洞察力】が要求されるのです。


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