私は大本教発祥の綾部の大本教神苑の中にある金龍海は型であって、その原形となる池があったとされる場所の淵に住んでいます。と言っても、そこに行っても池などはありません。為に、今は地元の人でも金龍海と言っても、何を言っているのと怪訝な顔をされてしまいます。
その地の池の伝説では、大本教で元の金龍海とされた場所は底なし沼と言われていたのですが、九鬼神道で知られる最後の綾部藩主であった方が、その底なし沼と由良川の間に水路を造られてその池の水を抜かれたことで干し上がったと記録されています。すると、そこは底なし沼ではなかったことになります。ただ、そこに池があったということから「上と下の池田」の地名を残すのみです。
その底なし沼と言われた池に関しては、その池の底からの水脈は若狭湾沖の冠島までつながっていると言われる方もあるようです。大本教や世界救世教で言われる国祖国常立尊様が引退されたとされる冠島です。しかし、それを反面に返すと冠島から元の金龍海までは地下水脈でつながっていて、本当の国常立尊様が出て来られる場所とも言えなくはないのです。
私の最初の師匠は、私が住む場所はやがては創造神が出座される場所と言っていましたが、そうした意味合いを言ったのかも知れません。
その池の淵は幾人かの霊能者の方達から今の次元を変える【神界の機密ゲート】が存在するとの指摘があります。次元を変えるとは三千世界の大立替が起きることを意味して来ます。
私の最初の師匠はその土地は何れ創造神が降臨される場所。二番目の師匠は、そこは龍宮城の呼吸口だと言っていました。それは出口王仁三郎聖師が言われた陸(あげ)の龍宮城です。
4人中3人が霊能者というグループが私の元を訪れられた時、綾部に入った途端に、空に巨大な金龍さんが飛んでいるのを見たと言われます。だが、大本教の神苑の中にはその金龍さんが見られないと言われます。
それで、もしかしたら大本教神苑ではなくてここの土地かも知れませんと、私が住むその底なし沼とされた淵で見て貰ったところ、大金龍さんと大銀龍さんを3人とも同時に見たと言われます。存在するということです。
私自身、この土地で金龍さんがとぐろを巻いているとか、その底なし沼とされる場所から霊的ですが数えられない数の金龍や銀龍や白龍が舞上がって行く光景を見ていますので、その元の底なし沼が陸(あげ)の龍宮城だと言われた大本教の出口王仁三郎聖師の説は正しいと見ています。
これらの龍神は、最後の審判と呼ばれる時に国常立尊様の総動員命令に従って、冠島からも集まって活動するのではないかと推察しています。
私はその池の淵ある神界ゲートの門番にしか過ぎませんが、2日に一度は地元のスーパーに買い物に行くにあたって、大本教の前を通ります。6月5日に郵便局に行く時にふと見ると、上の写真の旗竿を見ました。その前日にスーパーに買い物に行った時は気がつきませんでした。それ以前にも気がついていないので、6月5日以降か、その付近の日時から立てられた旗かも知れません。
その旗を見ますと【三千世界一度に開く梅の花】となっています。有名な大本教の宣伝歌です。見出しは「新抄 大本神諭」となっています。「抄」の意味は難しい文字を抜き書きしたとか注釈を入れたの意味です。発売元は「天声社」となっていますが、これは大本教の書籍などを売っている教団の出版社名です。
この旗竿はその天声社の横にある通りの駐車場の門のところと、通りの反対側にある出口家が関係する場所、天声社以外には見当たりませんでした。で、天声社があるところだけに立っているようなので、亀岡にもこの旗はあるかも知れません。しかし、こんな旗竿をこれまで見たことがないので、新たに造られたのでしょう。
これは大本教が大々的に「三千世界の大立替」の宣伝に入ったと言うよりも、大本神諭に新版が出たというところでしょう。しかし、神諭の中味が変わったではないでしょう。
今の大本教には神が解る者などもう誰も居られないようなので、立替の宣伝ではないのです。大本教では基本的に梅で説いても、梅の種の中には天神様と呼ぶ種があるが理解が出来ていません。九つ花に咲く一輪の意味です。
ただ、神界には「型」と呼ばれることが生じます。この世にそうした型を出さないと、実現化しないことが多々あるからです。
そうした「型」を考えた時、【三千世界一度に開く梅の花】の旗が立った意味は大きいと言えます。
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