96.星(メテオ)降る夜 ~命がけのキャッチボール~
広げた両の腕で、星を得ようと空に上向けて。
その姿には星をも受け止める大きな意志が垣間見えます。
さあ何処からでもいざ来いと、強く輝く職人の瞳。
筋肉という名の屈強な鎧が、人肌の柔軟さでどんな化け物をも包み込もうと包容力満点に誇示される。
鍛冶師ハンクスさんの、此処が正念場。
これが魔境の名物風物詩、『ドワーフ鍛冶師と星のガチンコ対決』です!
「う、お、おおぉおおおおおおおおおお……っ!!」
恐らく勇者様の想像を絶した光景に、全身から一瞬でぶわっと汗を噴き出させて勇者様は叫んだ!
「ちょ……っと待てぇぇえええええええええええええっ!?」
「んなこと言われても、なあ?」
「そんなことを言われましても……ねえ?」
「仲良く首を傾げるな、そこの二人!」
気を付けよう!
星は急には止まれない。
なので勇者様の制止も虚しく、『お星様』はハンクスさんに直撃しました。
ちゅどーん!
空から飛来し、迫りくる赤熱の岩塊。
待ち受けるハンクスさんとの衝突の瞬間……どこからともなく耳の奥に、何かの『断末魔の叫び』が木霊した気がした。
瞬きすらも追いつけない、僅か一刹那。
衝撃によってか、ハンクスさんの姿が真っ白に塗り潰された視界から掻き消え……
遅れて響いた轟音は、ハンクスさんが挽肉になるかと懸念するくらい凄まじいモノでした。
だけどハンクスさん、頑丈!
丈夫丈夫、大丈夫。慣れてるっぽいし、挽肉にはならない!
とんだショッキング映像が再生されるかと、勇者様は怖れ慄いていたようですけど、杞憂でしたね!
飛来した『星』は、魔境の防衛機能的役割を果たす濃密な魔力にがりがりがりがりがりがりと削られ……最終的にインパクトの瞬間は全長六十cm程に縮んでいたようです。
まるで獲物に襲いかかる蛸の様に、もしくは餡を包み込む餃子の皮みたいに、赤熱する『星』を懐へと迎え入れたハンクスさん。
『星』の勢いのまま、迎え入れたそのまま。
凄まじい速度で後方に吹っ飛びました。
まさに解き放たれた矢の如き雄姿でありました。
「た~まやー、ですのー」
「んじゃ、か~ぎやー」
「ゆ、悠長に何言っているんだ、そこの兄妹ぃぃ!?」
勇者様の声も置き去りにする勢いで、ハンクスさんは地面と僅かにサヨナラしながら超低空・空の旅。
でもそんな、吹っ飛んだハンクスさんを待ち構えていたように。
ゴーレム職人ミュゼ特製のクレイゴーレムが反応しました。
先程のハンクスさん、そっくりそのまま同じように。
両腕を大きく開き、ハンクスさんを受けとめようと……
……して、クレイゴーレムの分厚いどてっ腹をハンクスさんが突っ込み、突き抜け、貫いた。
簡潔に言うと、貫通しました。
少し勢いを殺しながらも止まらず、後方へと飛ぶハンクスさん!
「お、おおお、おぃ! あれ、あれ大丈夫なのか!?」
「勇者、五月蝿ぇよ」
「勇者様、冷静に!」
「なれるか馬鹿! 無理言わないでくれ!」
「大丈夫です! クレイゴーレムの腹をぶち抜いていくのは既定路線ですからー!」
「は……はああ!?」
元々、あのゴーレムはその為に用意されたようなモノです。
緩衝材役とでもいうのでしょうか?
クレイゴーレムの素材は、粘土。
程々に固く、適度に柔らかい。
あのゴーレムを『間に挟む』ことで、あのチームはハンクスさんの勢いを相殺……と迄はいきませんが、大きく削ることを狙っている。
真打ちは、専業主婦歴八十余年の巨人族……ミルクさんです!
「ふ……っ」
ミルクさんが、鋭く短く呼気を響かせ。
隆々とした肩から前腕部にかけての筋肉を活き活きと躍動させ。
粘土質なゴーレム片を撒き散らしつつ突っ込んできたハンクスさんに、獣の様な目を向ける。
「駄目だ! あれじゃ、下手したらゴーレムの二の舞に……っ」
「ならないに百ペソな」
「それじゃあ私は百三十マルク」
「リャン姉、俺の財布から百ルピー使ってくれて良い」
「な……っじゃあ、俺はリアンカに百五十シェケル投資する!」
「なんで全員通貨バラバラなんだよ!? どこの貨幣単位だソレ!」
勇者様の喚いた瞬間。
予想の結果は出ました。
このままじゃミルクさんまで貫くか。
そう思った人は勇者様だけじゃなかったようで、悲鳴が唱和する。
今夜は随分と『星祭り』初心者が多いなぁと見当違いの感心をした瞬間。
激突してこようとしたハンクスさんに、ミルクさんが腕を伸ばし……
受け止めるか、と思った人も多いでしょう。
ですが。
ミルクさんの剛腕が、ハンクスさんを弾き返しました。
それはもう、叩き落す勢いで。
凄まじい炸裂音と共に、ハンクスさんの体が跳ね返されて……ドワーフ鍛冶師の体は、再びクレイゴーレムに突っ込みました。
いえ、この言い方じゃ誤解を招くかもしれませんね。
これは決して偶然じゃないのだから、もっと適切に表現すべきでした。
訂正しましょう。
ミルクさんが、残骸のように地に延びるクレイゴーレムの残骸に、ハンクスさんを叩き落しました。
人間の動体視力を超えた速度で、ハンクスさんは頭から突っ込んだ!
クレイゴーレム(元)の、泥溜まりに……!
自己修復機能に従って再生しようと、勝手に集積しつつあった蠢く粘土。
そこに、こう、顔面から埋まる勢いです。
ハンクスさんの空の旅は、そこで止まりました。
突き刺さるかと思える程の激しさで。
今はもう何というか……地面と熱い抱擁を交わしておいでです。
生きてますかー?
「あ、あ、あわわわわ……っ」
「勇者様、そんなにあわあわ言ってどうしたんですか?」
「ああ、それな。泡食ってるって奴だろ」
「なんと、これが!」
「……って、そんな悠長なことを言ってる場合かーっ!」
勇者様が目を白黒させて。
あわあわと指差す先には、先程までの頑強な佇まいが嘘のように崩壊したハンクスさん。
吹っ飛ばされた体勢のまま、全身粘土塗れでぴくりとも動きません。
だけど、やがて……
固唾を呑む勇者様の悪い予感を嘲笑うように、割と平然とした態度でむっくりとハンクスさんが身を起こしました!
その手には、全長六十cmの『星』が……?
「――『一番星』、確かに討ち取ったりぃぃいいいいいいっ」
あ、あった。持ってた。
ちゃんとハンクスさんが全身で受け止めていました……!
高々と空に掲げて、戦士達を鼓舞するように叫びます。そして呼応するように、戦士達もまた返礼のような叫びを上げる。
ああ、この熱気も半分名物みたいなものですね。
「あれで良いのか。アレで良いのか、彼らは!?」
「勇者様、あれがハンクスさん達の戦法なんだよ」
「タフなのは確かだろうが、捨て身戦法過ぎやしないか!」
そしてハンクスさんの武功に煽られ、勇気付けられたのか。
『一番星』を皮切りに、どんどん降って来始めた星目当てに……
星見の丘から、次々に屈強な男達が飛び出しました。
星と戦う為に、草原の各所に散っていく。
各々、星の狩り方は様々ですが……ぶっちゃけハンクスさんと似たり寄ったりの体の張り方しちゃってます。
ドワーフさん達ですからね!
肉体が資本の種族ですからね!
それ以外に方法がないとも言います。
「とっ止めないと……!」
「止めるな、ばぁか」
「ぶふっ」
慌てて飛び出そうとした勇者様の足を、まぁちゃんが引っ掛けて転ばせました。
顔面から地面に突っ込む勇者様。
「……まぁ殿! 止めないと、あのドワーフ達が死んでしまう!」
「いや、死なねぇんじゃね? 二年前もえらい星稼いでたし」
「あの時の記録は、確か……ハンクスさんが近年異例の三十六個だったかな? 他の人達もそれ相応に稼いでましたよ」
「おお、健闘してんじゃん。十分充分」
「三十六回もアレを繰り返したのか!?」
「繰り返したみたいですよ?」
「繰り返したんだとさ」
「前々から思ってはいたが、激しすぎやしないか魔境の風物詩!」
「あっはっはっはっは。マジで今更だな、その言葉。現実見ろや、勇者……ほら、魔郷は誰もが常に全力で生きてんだぜ?」
「全力過ぎだろ! 駄目な方向に全力過ぎだろ! 常にトップスピードで駆け抜ける必要は何処にもないと思うんだが!? あの鍛冶師の人達だって、三十六回もアレを繰り返すとか無茶し過ぎだろう! 馬鹿じゃないか!?」
「だが、それでも例年参加している根性に俺は拍手を贈りたい」
「だけど二年前は、最後に腰が~腰が~って唸って、私達の薬師房に担ぎ込まれて終わったんですよね」
「……ぎっくりか?」
「ぎっくりです」
「あー……んじゃ、危ねぇかもな」
「ですねー……ハンクスさんったらそれでも懲りずに参加するあたりは根性でしょうか」
「よし、奴には哀☆戦士の称号を贈ろう」
「っ二人とも、なに呑気に会話してるんだ!」
勇者様が焦燥感たっぷりに、そう言いますけど。
現実をよく見ましょう、勇者様?
「ほら、みなさんあんなにイキイキと……吹っ飛ばされてるー」
「どうしてあれで死なないんだ……というか、どうしてこれで滅ばないんだ、魔境」
吹っ飛ばされたり、吹っ飛ばされたり、踏み留まって抑え込んだり。
満身創痍になっちゃったり、それでも顔面いっぱいの笑顔でがはははは!と戦利品を高々掲げて大笑いしていたり。
そんな有様なのに、一人一人が着実に星の数を稼いでいく。
とても愉快で楽しそうな光景が繰り広げられていく。
我が身も顧みず、どんな被害も笑い飛ばして。
それでもへこたれないで挑戦する彼らの姿は喜劇のようです。
勇者様は彼らの姿をしっかりと目に焼き付け……
虚ろな眼差しで、頭を抱えていらっしゃいました。
「絶対……絶対に魔境の住民って……頭がおかしいだろ!?」
「それ、物凄く今更ですよね」
「勇者さんもとうに理解していたろうに……」
沁々とお茶をすすりながら、勇者様の肩をぽんぽんと叩きます。
勇者様は恐れと焦りと、困惑とを混ぜ混ぜした疑いの眼差しで私を見下ろしてきます。
「リアンカ……リアンカ、アレを、もしや俺にもやれ……と?」
「あれ? 誰かそんなこと言いました?」
「え?」
ほけきょっと。
勇者様が、なんだか呆気にとられたような顔をしました。
「少なくとも私はそんなことを言った覚えなんてありませんけど……やりたいんですか、勇者様?」
「それこそそんなこと、俺は一言も言っていないからな!?」
「ですよね!」
「ん……?」
「今日は勇者様の慰労の為に会を開かせてもらったんですから! 今日は頑張らなくって良いんですよ?」
「えっ?」
「今日は見ているだけで大丈夫です。私と一緒に見物していましょう? 勇者様の分の隕鉄は、ちゃあんと私達(主に魔王)で確保しますから!」
「え゛!?」
あれ……?
なんででしょう。
勇者様、なんか驚愕しちゃってます?
驚きと、それと共になんというか……肩透かしを食らったような御面相とでも言えば良いんでしょーか。
何やら予想外といわんばかりの反応を見せるのは何故ですか?
当然の如く、自分も挑戦させられるものと思っていた勇者様。
疑う余地もなくそう思っているあたりが何とも言えない。