64.観客席にて ~その頃、勇者様は~
お話にメリハリを!
勇者様がいないと、どうにもお話がぐだぐだになっちゃいますね。
観客席から湧き上がる、怒号。
狂奔する怒りの波の中、揉まれるようにして俺は呟いた。
「なんぞこれ……」
ちょっと周囲の展開についていけないんだが……冷静になるんだ、俺。
…………。
………………。
……いや、冷静にならなくとも明らかにおかしい。
おかしい、よな?
周囲の観客達が皆々戸惑うこともなく受け入れている事実が空恐ろしい。
見下ろす試合の舞台上では、リアンカの号令の下に巨大な怪鳥と大型魔獣の袋叩きに遭っている騎士b……じゃない、ベルガ・モード卿。
確かに女性への不用意な、一方的な接触は咎めるべき事項だが。
それでも敢えて、俺は言いたい。
……いくらなんでも、やり過ぎじゃないか?
やり過ぎだろう、リアンカ。
俺の目はきっと虚ろになっていることだろう。
見つめる、先。
試合場では、巨鳥に咥えられて宙吊りとなるモード殿。
彼の姿は磔にされた罪人の如く。
そして猫パンチを繰り返すカリカ。
死ぬ死ぬ死んでしまう。
それ以上やったら死んじゃうから。
「な、なあ、まぁ殿!」
思わずまぁ殿に詰め寄り、衝動のままに彼の両肩を掴んだ。
そのまま前後にがくがくと揺する。
一般人であれば、震動でまともに喋ることも出来なかったかもしれない。
だがまぁ殿は、全く意に介することもなく。
それどころか平然と、振動などないかの様に言葉を返してきた。
「あ? どしたよ、勇者」
「あれ、止めなくても良いのか!?」
「え、なんで?」
どうしよう、素で返された。
本当に微塵とも疑問に思っていないのか、まぁ殿。
「どう見ても明らかにやり過ぎだろう! モード殿が死んでしまうぞ」
「あ? あんくらいで人が死ぬかよ」
「まぁ殿、正直に言おう。魔境基準で考えるのは止めよう? 人間の肉体強度はそんなに強くない!」
「それをお前が言うのかよ。あと別に俺、魔境基準で考えてる訳じゃねーぜ?」
「えっ」
「勇者を基準に考えただけだ」
一瞬、言葉に詰まった。
詰まってしまった、何故だろう。
何かを言わなくては、と思うんだが……妙に口が重くなる。
「…………まぁ殿、俺は、その……他の人間とは、鍛え方が違うから」
「おいおいおーい、素直に認めちまえよー? 認めたら楽になれるぜぇ?」
「まぁ殿、まぁ殿、俺には貴方が何を言っているのかさっぱりだ……」
「目ぇ逸らしてる辺り、本当は自覚してるんだろ? すっきり楽になっちまえば良いのに」
「俺には貴方が何を言っているのかわからない! ……が、まぁ殿の言葉を受け入れてしまったら何かが終わる気がする!」
「もう終了判定秒読み段階じゃね?」
「まだだ! まだ、終わってはいない……!」
俺はまぁ殿の言葉を入れぬよう、耳を塞いで蹲る。
こうしてただ時が過ぎるのを待……って、待ったら駄目だ!?
それこそ俺ではなく、モード殿が終わってしまう。
「と、とにかく! モード殿は退院したばかりの身だ。普通に考えて今は体調も万全とは言えないはず。あんな嬲るような目に遭っては、今度こそ再起不能になってしまう。止めるべきだ、まぁ殿」
もしもラヴェラーラ殿への贖いが必要だというのであれば、それこそ当事者であるラヴェラーラ殿を交え、話し合いの場を設けるべきだと思う。
彼女の意見を入れて、改めてモード殿に償ってもらえば良い。
……個人的にはこんな酷い目に遭って、この上何を……と思わないでもないが。
だが婦女子を相手にモード殿が与えた恥辱の数々を思えば……同情の余地はないかもしれない。いや、ないな。うん。
利己的な振る舞いで女性を泣かせる男は、再起不能に陥る位では……いや、俺の考えを押し付けるまい。
やはり、モード殿の進退に関してはラヴェラーラ殿の意見を優先するべきだ。彼女が被害者なのだから。
「リアンカはやり過ぎだ。止めよう、まぁ殿」
「つっても俺、リアンカに関しちゃ自主性を優先するって決めちまってんだよなー」
「その教育方針は危険すぎるから!!」
「はは、見てみろよ勇者。リアンカの奴、可愛いだろ」
「彼女が愛らしいことを認めるのに否やはないが、あの試合を見て、何故そういう感想が出てくるんだ……?」
「ばぁか、よく見な。普段っから戦いつけねぇっつうか戦闘経験乏しいもんだから……ほら、単独であいつが戦うことなんて、まずねぇだろ? 『戦うってどうしたらいいんだろう?』……ってな。戦い方ってヤツがわかんねーもんだから、大いに戸惑って行き当たりばったりな要領の悪さを発揮してんじゃん。本人気付いてねぇけど、あれ結構おろおろしてるぜ?」
「まぁ殿……確かにリアンカは戸惑っているんだろう。確かに手際が悪い。だが……だが、まぁ殿。
それがより一層の惨劇を生み出しているのは、気のせいか……? 」
リアンカは相変わらず、無自覚に思っていることが表情に出る。
その癖のお陰で、本人もどことなく困惑している様子が窺えた。
確かに言われてみれば、まぁ殿の言う通り。
戦闘という分野においては、リアンカは圧倒的に経験が足りない。
だから何をしたらいいのか戸惑うし、言ってしまえば『戦闘の手順』みたいなものがわからないという様子で。
……そのお陰で、『取り敢えずノリと勢いで押してみよう』という後先を考えない行動に走っているような気がする。
魔獣やら怪鳥やらに攻撃を肩代わりさせるのは、まだ良いとして。
要領が掴めないらしく、魔獣や怪鳥の行動が暴走気味なんだが。
制御していないというより、制御できなくなっていないか。なあ。
「あの戸惑った顔、見ろよ。内心で焦ってるの、隠し切れてねぇじゃん。おろおろしちゃって、本当にうちの妹分可愛いぜ」
「笑っている場合か、まぁ殿!」
放っておいたら、本当に大惨事が引き起こされる。
それはもはや確信に近い。
これでは駄目だ、このままでは……っ
この大会は、暗黙の了解として『乱入』が認められている。
…………ここは、俺が介入すべき、か?
戦闘の流れを読めないせいだろう。
なんとなくだが、リアンカは試合の決着への持っていき方を見失って困っているように見える。
俺が乱入してリアンカを軽く咎め、回収すれば……
第三者が試合を終わらせる方向で検討する。
その合間に……気配すら感じさせず、するりと近付いて来る者がいた。
朱金色の、長い髪を揺らして。
余裕ありげな表情に、どことなく困った色を交えて。
青年は突如、俺とまぁ殿の間に現れた。
「やっほう、陛下」
…………外見は、賢そうなのにな。
知的な大人、といった外見をしている青年なのにな。
しかし彼は、何とも気安く軽い言葉を添えて片手をひらと振る。
「あ? んだよ、アルビレオ」
「ご機嫌伺いに……って訳でもなく。ちょっと伺いに?」
「うかがいだ?」
「そう。ちょっとね、ちょっと……個人的な都合なんだけどな。
あの試合、止めてきて良いか? 」
俺は、一瞬。
本当に、一瞬。
目の前に魔界で初めて、魔族の常識人というモノを見出したのかと錯覚した。
本当に錯覚だったんだけどな……!
「止める? そりゃお前の勝手だが……なんで俺にそれを?」
「そんなもの、決まってる。アレの試合相手が陛下の従妹だから、邪魔立てすることに一言断っておこうかな、と」
「ほーう……。俺の従妹だってわかっていて、その邪魔しようってんだな? 意味のない行動じゃねーだろう。何か理由があるんじゃねーの?」
「理由? ラヴェラーラに無体を働いた相手で、おまけにラヴェラーラに惚れてる。……となれば、アイツに報いを受けさせるのは俺だ。制裁は俺が加えるべきだ。そうだろ?」
「あ゛ー……お前らの人間関係的都合とか、面倒。超面倒臭い」
「俺がやる前にこれ以上ボコボコニされるのは困る。だから回収してきて良いか。アレが医療棟送りになったら、試合で決着をつけようと思ってたのに雌雄が決せられない」
「本当にお前の個人的感情じゃねーか。魔王に自分の都合押し付けんなよ」
「じゃあ勝手にやろう」
「リアンカに怪我はさせるなよ」
「ガッテンショーチー」
いま、凄い棒読みだった。
凄い棒読みだった……!
「ま、まぁ殿!?」
そうこうしている間にも『取り敢えず許可は取った』とばかりに試合場へと身を躍らせるアルビレオ殿。
その潔過ぎる背中に、一抹の不安。
俺の顔は、きっと引き攣っている。
引き攣ったまま、まぁ殿に咎める視線を送った。
「あんな騒乱の気配しかしない相手を、あんな混沌の場に送り込むなんて、正気か!?」
「不満だったらお前も行け」
「 え゛っ 」
どがっ
身構える暇すらなかった。
きっと俺は、油断していたんだ。
だから容易くまぁ殿に、背中から蹴り落とされていた。
「行ってこーい」
そんな軽い言葉を背に受けて。
観客席の最前列から真っ逆さまに……試合の舞台へ向けて、落下していく。
咄嗟のことに、カンを呼ぶ猶予すらない。
「えええぇえぇえぇえええええええええええええっ!!?」
そうして。
俺は頭から試合場の地面に突っ込んだ。
響き渡る騒音。
舞上がる粉塵。
この試合に際した全ての者が、動きを止めた。
――俺も含めて。
「………………本家がきた」
静まり返った場に、誰かの呟きがぽつりと落ちる。
誰が本家だ。
というか本家ってなんだ。
流れ的に、そう呼ばれたのが自分だということはわかる。
だけど何故、『本家』と呼ばれるのか……何の本家なのか。
意味がわからなかった。
「ゆ、ゆーしゃ、さまー……」
驚きに満ちた、リアンカの呟き。
案じるような、狼狽えるような声。
「こんな……見事に突き刺さっちゃって。逆さトーテムポールに職替えですか?」
「そんな訳あるかぁ!!」
「あ。復活した」
思わず俺は飛び起きていた。
試合場の石畳を砕いて地面に突き刺さっていた頭を、腰の力で一気に引き抜く。
髪が少し乱れたが、今は気にする時でもない。
それより重要なのは、目の前の――……
「あれ?」
目の前……お辞儀をしたら頭突きが出来てしまいそうな近距離に。
何故か、俺よりも早く乱入したはずのアルビレオ殿がいた。
それもとても晴れやかな笑顔で。
何故笑うのか?
疑問に思うと同時、ソレはきた。
彼の腕が、ぐるんとしなって俺の首に巻きつく。
「なっ!?」
驚くほどの早業。
猫科の獣を思わせるしなやかな身のこなし。
アルビレオ殿の腕は、完璧に俺の頭を極める形で固定された。
今は息苦しいくらいだが、このまま腕に力を込められたら完全に首が絞まる。込められた力の強さによっては、首が折れるかもしれない。
更にはいつの間にか、そっと俺の首元には堅い何かが添えられていた。だが何が添えられているのか、首を極められた俺には見えない。
「!!?」
何故いま、この瞬間に。
試合を止めるべく乱入したアルビレオ殿に攻撃されているのか。
俺は場の状況についていけず、事の推移を見守った。
果たして、アルビレオ殿が宣言した言は……
「人質だ! この兄ちゃんを開放してほしければ、そっちの潰れトマt……もとい、ベルガ・モード(笑)と交換しろ?」
なにこれ。
なにこの状況。
なんで俺が人質になってるんですか。おい。
俺の混乱は、ますます混迷を極めようとしていた。
次回、あの人が乱入……☆
彼の首はどうなってしまうの!?
……みたいな?