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なぜVTuberが流行るのか?日本のコンテンツビジネスの特徴と現状を解説【前編】(文字起こし)

この記事は、「なぜVTuberが流行るのか?日本のコンテンツビジネスの特徴と現状を解説【前編】」というYouTube動画の文字起こしになります。


◆──(※先に、本文とは関係のないお知らせになります。)──◆

このnoteでは、基本的にYouTube(べーシックインカムちゃんねる)で投稿してきた内容と同様のものをテキスト版に手直しして投稿してきました。

ただ、最初に当noteとYouTubeを始めたとき、noteでは常体(である調)、YouTubeでは敬体(ですます調)で始めてしまったことで、YouTubeで喋ったことをわざわざ常体に書き直すといった手間をかけなければならなくなりました。

前回までの投稿ではそれを続けていたのですが、さすがに不合理な手間だと判断したので、今回からはYouTubeの字幕をそのまま載せることにします。

つまり、これから当noteは、「実質的にYouTubeの文字起こし版」を投稿することが多くなります。

ただ、「章ごとの見出し」「要点を太字にして強調」「最後のまとめ」は変わらず載せていくので、よろしければ今後も当noteをよろしくお願いします。

◆──(※以下、本文です。)──◆


今回は、なぜVTuber(バーチャルユーチューバー)が流行っているのかを解説します。

どうしてこのチャンネルでVTuberについて語るのかというと、現代の日本における「ビジネス」というもののありようをVTuberビジネスがある種象徴していると考えるからです。

長い内容になるので前編と後編に分けて、前編では、いわゆる「オタク産業」や「二次元」と言われるような日本のコンテンツビジネスがどのような特徴を持っているのかを説明します。

後編では、「なぜ女性のVTuberが人気になるのか?」という問いに答える形で、ガチ恋弱者男性を対象にするVTuberビジネスについて論じます。

この動画は「前編」であり、日本のコンテンツビジネス全体をマクロで捉えた上で、なぜ今はVTuberが流行っているのかを説明しようとします。

そのため、VTuberが出てくる以前の「オタク産業」や「インターネット産業」についても論じることになり、やや回りくどいかもしれませんが、最後まで見れば意図は理解してもらえると思います。

参考書籍の紹介・「メディアミックス」について

まずはマンガやアニメやゲームなどの日本のコンテンツ産業全般について話そうと思います。

この話をするにあたっていくつかの参考書籍があり、概要欄に説明とリンクを貼っています。

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参考書籍のひとつである『なぜ日本は<メディアミックスする国>なのか』という本では、カナダのメディア研究者が日本のコンテンツ産業を分析しているのですが、「日本はむやみやたらにメディアミックスするよね」ということを言っています。

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メディアミックスというのは和製英語なのですが、例えば、マンガ作品がアニメ化されたり、その作品のキャラクターがグッズ化されたり、何らかの企業の商品とタイアップしたりするなど、作品やキャラがメディアを横断する現象に対して「メディアミックス」という言葉がよく使われます。

日本以外の国でも、作品やキャラのメディアを超えた移動(メディアミックス)は行われているのですが、日本のコンテンツ産業の特徴として、メディアミックスの数や量が非常に多いことと、無秩序にメディアミックスをすることが挙げられると、『なぜ日本は<メディアミックスする国>なのか』の著者は主張しています。

日本のメディアミックスにおいては例えば、シリアスな作品のキャラとコミカルな作品のキャラが、同じ場所で同じように扱われていたりなど、元作品の本質を深く考えることなく気軽にコラボやタイアップが行われているということです。

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一方で、アメリカのハリウッドなどの場合、メディアミックス自体は行われるのですが、元作品の「ブランド」が意識されやすく、他のメディアへの展開は「元の映画作品」のマーケティングやプロモーションといった位置づけになりやすいです。

『なぜ日本は<メディアミックスする国>なのか』では、「収束」と「拡散」という言葉が使われていて、ハリウッドのような産業が「収束」するものであるとするなら、日本のマンガやアニメなどは「拡散」するものであるとしています。

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「収束」というのは、ハリウッドにおいては、映画館という収益回収システムをベースに「制作・配給・興行」が統合されていて、最高の才能を集めて莫大な予算をかけて作った「映画作品」が上下関係において「上」になりやすく、広告やグッズなどのメディア展開は、「上」に位置する元の映画作品のブランドを補強するように「収束」していきやすい、ということです。

計画性のあるビッグプロジェクトで、始めからそこに「収束」していくことが決まっているイメージです。

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一方で、日本のコンテンツにおけるメディアミックスは、「映画」が「上」といったような上下関係が生じにくく、人気の出たマンガがアニメ化され、さらに人気になればグッズが出るなど、あるメディアで人気になった作品が他のメディアに横展開されていく形で広がっていき、「拡散」していく性質のものになりやすい、という見方がされています。

とりあえず出してみて、人気になったらさらに波及していくような、「拡散」していくやり方であるということです。

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この動画ではここから、コンテンツ産業論・エンターテインメント産業論的な視点において、「オタク」や「二次元」と言われるような日本のコンテンツビジネスがどのような特徴を持つのかを説明していくつもりですが、参考にした書籍の用語などをそのまま使うわけではなく、自分なりの解釈も含めてざっくり説明しているので、正確な内容に関しては、概要欄で紹介している参考書籍を読んでください。


「コンテンツ産業」の特徴と「ハリウッド」

ここで主張している「オタク」や「二次元」と呼ばれるような日本のコンテンツの特徴は、メディア間・ジャンル間の上下関係があまりないことです。日本人の多くは、マンガやアニメやゲームなどがあるなかで、「どれが上か?」みたいな意識を持つこと自体がほとんどないと思います。

もっともここでは、「日本のコンテンツは上下関係がないからこそ素晴らしい」みたいなことを言いたいわけではなく、というより日本のコンテンツ産業のあり方はむしろ主流からはやや外れています。

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コンテンツ産業の特徴として、複製コストが低いことが挙げられます。一度作った作品を複製するコストが、まったくのゼロとまでは言わずとも、工業製品などと比べれば著しく低いです。

それはつまり、一度優れたコンテンツを作ってしまえば、それを複製して全員に届けることが容易であるということです。

であるならば、低品質な作品をたくさん作る粗製乱造よりも、「最高の才能を集めて最大の予算を使って最強の作品を作ろうぜ」となりやすく、また制作の段階からグローバル展開を視野に入れて、なるべく多くの人に見せることでかかった費用を回収しようとします。

もちろんハリウッドのような産業においてもひとりひとりのクリエイターは個人なのですが、審査や交渉などを介して、突出した才能と磨き上げた専門性をひとつの巨大な映画作品に集約していくような仕組みが構築されています。

そうやってリソースを集中させてビッグタイトルを作り、それによってライバルである他のコンテンツ産業に対して優位性を確保しているのが、ハリウッドやディズニーのようなアメリカの巨大なコンテンツ産業の仕組みです。

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そしてこのようなやり方は、特殊なものというよりは、コンテンツ産業においてはむしろスタンダードです。

もし仮に、自動車や家電などの製品を、もとの設計図さえあれば材料費や製造費なしに複製できるとしたなら、基本的には「最高級品」ばかりが世の中に出回るようになると思います。

そして実際に、複製コストがかからないコンテンツ産業において、「最高級品」を作ろうとするのがハリウッドやディズニーのやり方です。

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このように考えれば、多くの人が創作に参加しようとする日本のコンテンツ産業がやや特異なものであることが何となくわかると思います。

最高級品をいくらでも複製できるコンテンツ産業において、ハンドメイドのようなことをやろうとするのが日本のコンテンツ産業によく見られるあり方だからです。

もっともこれは、人によって求めるコンテンツの量が違うといった論点もあります。

一般人のコンテンツの消費の仕方は、たまにテレビドラマを見たり映画館に行く……みたいな感じかもしれませんが、一方で、「オタク」と呼ばれるような人たちは必要としているコンテンツの量がそもそも多く、ゆえに二次創作などにまで手を伸ばしやすくなります。

もちろん日本人だって全員が「オタク」なわけではなく、人によってコンテンツの消費量は異なるのですが、この動画では、そういう各々の消費傾向というよりは、コンテンツビジネスの仕組みに着目して、日本のコンテンツ産業がその性質上、ひとつひとつの作品が大規模なものになりにくいことをこれから説明しようと思います。

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日本のコンテンツ産業の特徴(横展開していくコンテンツビジネス)

ここから、日本におけるマンガやアニメやゲーム、コスプレや二次創作などのような、「オタク産業」や「二次元」と呼ばれるようなものの総称として、便宜的に「日本型コンテンツ」という言葉を使おうと思います。

そして「日本型コンテンツ」の特徴を、ひとつひとつが巨大なものにはなりにくいが、作品がジャンルを横断して波及すること(メディアミックスされること)によって厚みを増していく、「ジャンル横断的な小規模連合」であると考えます。

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先に、ハリウッドやディズニーのようなやり方がコンテンツ産業においてはむしろスタンダードであると言いました。

グローバル市場を狙うアメリカの巨大コンテンツビジネスは、他国の文化を侵略していく性質があり、ヨーロッパの国々などの多くは、ハリウッドのような文化侵略に対していかに対抗するかといった問題意識を持つことが多いです。

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しかし多くの国のコンテンツ産業は、ハリウッド的なものに抵抗感を感じながらも、国内で規模が縮小した劣化版ハリウッドみたいなやり方をする、といったようなものになってしまいやすいです。

もっとも、ここでは説明はしませんが、ヨーロッパはヨーロッパで、コンテンツビジネスではなくアートを重視しているという側面もあります。

一方で日本においては、ハリウッドやディズニーのようなアメリカの消費文化はわりとすんなり受容されて、例えば手塚治虫のようなクリエイターは、ディズニーを参考にしてキャラクタービジネスをやろうとしました

ただ、これから説明していきますが、結果的には全然違うものになって、アメリカのように大規模な作品を制作するコンテンツ産業ではなく、小規模な作品を横展開していくような日本独特のコンテンツ産業が展開されるようになりました。

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なお、コンテンツ産業というもの自体、少なくとも2000年代までは、世界のトップ1、2がアメリカと日本であり、日本はハリウッド的なものとは異なるコンテンツ産業の発展のさせ方をしたからこそ、今もコンテンツ大国であり続けていると見ることもできます。

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そしてそのような日本のコンテンツ産業の特徴が、メディアミックスです。

『なぜ日本は<メディアミックスする国>なのか』という書籍では、日本の「テレビアニメ」というジャンルそれ自体が、メディアミックス的なジャンルとして成立してきたと主張されていて、手塚治虫の『鉄腕アトム』を例にそれが論じられています。

ディズニーのような従来の「フルアニメーション」が、絵を繋げることによって滑らかな動きを表現しようとするものとするなら、日本の「アニメ」は、必ずしも「従来の意味におけるアニメーション」であろうとしたわけではなく、「アニメーション」に加えて、「マンガ」「紙芝居」「テレビ番組」などがミックスされて作られたような特徴を持ち、つまり「日本のアニメ」というメディア自体が、メディアをかけ合わせて作られた、まさに「メディアミックス」的なものであるということです。

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ディズニーのような「フルアニメーション」と比較して、「リミテッドアニメーション」などと呼ばれることもある「日本のアニメ」は、「止め絵(静止画)」を強調する演出などの様々な手法によって、例えば『鉄腕アトム』のような作品においては、フルアニメーションの10分の1ほどの枚数で同じ時間のアニメを成立させました。

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ではどういう事情で「リミテッドアニメーション(日本のテレビアニメ)」のような省力化が行われたのかというと、限られた人数で30分ほどのアニメを毎週用意しなければならない状況だったからです。

そしてそれは、クリエイターたちにとってあまりポジティブなものではなく、本格的なアニメーションに憧れてアニメ業界に入った人にとっては不本意で屈辱的な仕事になりやすかったし、当時は「紙芝居+アルファ」とか「電気紙芝居」みたいな揶揄をされていました。

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そのような歪んだやり方でアニメ制作が行われた理由については、そのけっこうな部分が「手塚治虫の頭がおかしい」という話になるのですが、手塚治虫の狂人エピソードは色んなところで語られていることではあるし、アニメ成立の経緯まで詳しく語ると長くなりすぎるので割愛します。

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ただ、これはいまだに「手塚の呪い」と呼ばれることもあるらしいのですが、手塚治虫は、アニメをめちゃくちゃ省力化して作った上で、さらに、他のアニメスタジオなどに対して競争で優位に立つために、アニメの製作費よりも安い値段でその放映権をテレビ局に売りました。

つまり、ものすごく省力化してアニメを作って、そうやってコストを抑えた値段よりもさらに安く売る、みたいなヤバいことが行われたわけです。

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なぜそこまで安くアニメを売ったのかというと、手塚治虫はディズニーのビジネスモデルを意識していたらしく、アニメ自体を安く売るかわりにキャラクターを商品化したときのロイヤリティ(使用料)を得られる権利をもらって、グッズの売上によってアニメの制作にかかった費用を回収しようとしました。

ようするに、安く作って無料でテレビで流して、そこで得た人気をグッズで回収しよう、みたいな考え方です。

今で言う「基本無料」に近いやり方が、当時からされていたということでもあります。

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ただ、手塚治虫はディズニーを意識したと言われていますが、結果的にはディズニーとは対照的なコンテンツビジネスのやり方になりました。

ディズニーは、大規模な投資によって世界最高の作品を作り、それによって国際的な競争力を得ようとするやり方です。

メインになるのは「映画館」や「ビデオ」など、クオリティの高い映像作品そのものの収入です。

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一方で、手塚治虫式のテレビアニメは、なるべく省力化して作ったアニメを、さらにその制作費を下回る価格で売ることで国内の競争力を得て、グッズ化やマーチャンダイジングによって制作費用を回収する、というやり方です。

アニメの放映料だけでは収益を回収できないので、関連商品などを売る必要があります。

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このように、参考にしたディズニーとは全然違うやり方になったのですが、ただ、そういう形で日本のテレビアニメやマーチャンダイジングが起こり、さらにそれが大成功してしまったことが、日本独自のコンテンツ産業のやり方を強める結果になりました。

「鉄腕アトム」みたいなやり方は、商業的にはものすごく成功して、アトムは当時の大ブームになりました。

ちなみにアトムのアニメは明治製菓がスポンサーで、スポンサーの商品である「マーブルチョコレート」がアニメ内に登場したりしています。

今でこそより当たり前になっているコラボ・タイアップ広告的なものを、その当時からやっていたわけです。

そして、マーブルチョコレートの中にはアトムのおまけシールが同封されていて、そのような「オマケ付きお菓子」の広告が「少年マガジン」という雑誌に掲載されたりと、「日本のテレビアニメ」は、その始まりから非常にメディアミックス的なやり方をしていたということです。

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先に説明してきたようにコンテンツ産業は、「最高級品」としての競争的優位を目指すようになりやすく、ハリウッドやディズニーのようなやり方においては、莫大な投資をかけて作られた映像作品が力関係において「上」になります。

それに対して、日本のようなメディアミックスで横に展開していくようなコンテンツ産業は、どれかひとつのジャンルが突出して影響力を持つという形にはなりにくいです。

基本的にコンテンツ産業では、大予算・大人数で作った作品ほど「上」になりやすく、なぜなら、それくらいの優位性が発生しなければ大勢の給料を支払える産業として継続性のあるものにならないからです。

であるならば、関わる人数の多い「アニメ」が本来であれば「上」になるのですが、日本のテレビアニメの場合は、原作の人気を保証に企画が始まることが多く、省力化してコストを抑えて作り、映画館のような独自で収益を得られる仕組みがなくテレビで無料で流して、グッズの収益やスポンサーに多くを頼っています。

そういうやり方だからこそ日本のアニメは、大人数が関わっているものでありながらも、力関係において「上」にはなりにくいということです。

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まず、原作になることの多い「マンガ」は、個人か少人数制作であり、原作者である漫画家の先生は、多くの人から尊敬され憧れられるものでもあります。

そして、雑誌で人気になったマンガは、アニメ化される(他のメディアに横展開される)という形で、より大きな認知を獲得しやすくなります。

アニメは、マンガよりもずっと大規模な制作体制でありながら、先に述べてきた理由などにより、力関係において「上」にはなりにくいです。

アニメ化されたキャラクターはグッズ化もされることが多いですが、グッズは、独自の収益システムを持たないアニメ制作を成り立たせる重要な収益源として、決して蔑ろにできないものになります。

また、コラボ先・タイアップ先の企業も、コンテンツ産業にとって非常に重要なスポンサーですが、ただ、相手はコンテンツの人気にあやかろうとしている側であり、その意味では対等な関係になりやすいです。

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あるいは、日本における「映画館(アニメ映画や実写化)」というのも、すでに十分な人気の作品であることを保証にして企画が始まり、実質的には人気を収益化する手段のひとつのようなものになっています。

このような形で、どれが「上」とも言えない、「ジャンル横断的な小規模連合」である日本のコンテンツ産業が形成されています。

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このようなメディアミックス的なコンテンツ産業群において、必ずしもマンガから始まる必要はなく、小説などが原作でもいいし、アニメがコミカライズ・ノベライズされる場合もあるし、グッズが最初にあって出版物に派生していくこともあります。

つまり、ジャンル横断的であるということは、どこが起点でもいいし、どのメディアからでも他の様々なメディアに波及させていきやすい特徴があるということです。

ひとつひとつの作品は小さくなりやすいけれど、全体として緩やかに繋がっている「ジャンル横断的な小規模連合」であり、そのやり方が大規模なコンテンツに対して競争的優位を持っているというのが、「オタク産業」や「二次元」が盛り上がっている日本のコンテンツ産業の特徴です。

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例えば、各国の映画の興行ランキングみたいなものが出たとき、どこの国もハリウッドの大作映画が上位に来て似たようなランキングになるのに、日本のランキングだけは日本国内でしかやっていないような作品が並んでいる……みたいなことがよくあります。

これはこれで望ましい側面があり、グローバルなコンテンツに対して自国のコンテンツ産業が優位性を確保できているということです。

普通であれば、複製コストの低いコンテンツ産業において、リソースを集中させる大規模なコンテンツが競争的優位を獲得します。

一方で、ここまで述べてきた経緯により、日本においては、小規模なものをどんどん横展開していくようなやり方が競争的優位を持つようになったということです。

なお、小規模連合である日本型コンテンツは、大規模なハリウッドやディズニーと競合せずに共存することができて、それゆえに独自の立ち位置を築きやすかった面もあります。

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ちなみに、ここまで説明してきた理屈で言えば、日本のコンテンツ産業のなかでも「ジブリ」というのは、メディアミックス的ではなく(つまり日本型コンテンツ的ではなく)、ハリウッドやディズニーに近いことになります。

映画館という収益システムが前提で、他のメディアへの展開も、「ジブリ」というブランドに収束していくものになりやすいということです。あるいは近年の任天堂のゲームも似たようなところがあるかもしれません。

もちろんジブリも任天堂も、日本のコンテンツ文化圏から出てきたものでありメディアミックス的な特徴がないわけではないのですが、大規模制作かつ最高級品を志向するという点において、グローバルスタンダードにおいては王道であり、日本型コンテンツとしては異質なものであるということです。

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メディア・ジャンル横断的だからこその「二次元」

ここから、参考書籍の内容からも離れて、よりざっくりと自分の考えという形で日本型コンテンツについて説明していこうと思います。

なおこの動画では、文化的なものというよりは、ビジネスの形態(産業構造)に着目する形で論を展開しようとしています。

当然ながらコンテンツにおいて文化的なものは大きく影響しているわけですが、ここでは意図的に、「文化」ではなく「ビジネス(産業)」の部分を見ようとしているということです。

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例えば、「多様性を重視しているハリウッドやディズニーよりも、日本のマンガやアニメのほうが多様性があるのではないか」みたいなことはよく言われていて、実際にそうなのですが、それは単に日本のコンテンツが小規模なものの集まりであるからと考えます。

グローバル展開が前提のハリウッドは、より多くの人(世界中の人)が見るものを作ろうとするビジネスだから、文句を言われないように「多様性」を意識するわけです。

一方で日本型コンテンツは、一部のファンから支持を得られればそれでビジネスが成立するので、結果的に多様なニーズを汲み取る作品が生まれやすくなります。

ただそれは理念の違いというよりビジネスの形態の違いであり、ここではそのビジネスの部分に着目しています。

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また、日本型コンテンツは、「二次創作」が盛んだったり、「コスプレ」のような作品との関わり方が盛り上がっていて、「参加可能性(参加しやすいこと)」も特徴として指摘されます。

ただこれも、ひとつひとつが小さいゆえに権利関係などの細かいことが言われにくい(実質的に二次創作なども許容されやすい)、という事情が大きいです。

逆に、大規模なコンテンツは権利関係をしっかりやります。

例えば日本のネットでは、ミッキーマウスが権利関係に厳しいものの象徴としてネットミーム的に扱われてきましたが、ディズニーやハリウッドは、大勢が関わっている大規模なプロジェクトだからこそ、そのぶん権利関係も厳しくなりやすいです。

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ようするにここでは、日本型コンテンツにおける「多様性」や「参加可能性」を、「そういう文化があるから」と説明するのではなく、「ビジネスの形態が小規模連合だから」と説明します。

小規模な作品群だからこそ、ニッチ(多様性)を開発するような作品も出てくるし、二次創作やパロディやコスプレのような関わり方も許容されやすい、ということです。

もちろんそういった産業形態も含めて文化と言えば文化なのですが、説明の仕方としては、「ビジネス(コンテンツ産業論)」の部分に着目して論じようとしています。

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また、日本型コンテンツの特徴になりやすいものとして「二次元」が挙げられると思いますが、そのような「止め絵・静止画」は、「ジャンル横断的に作品のイメージを受け渡ししやすい形式」であると考えることができます。

「二次元」と言われるような「省力化」されたビジュアルイメージは、マンガ、アニメ、イラスト、小説の挿絵、ゲーム、グッズ、コスプレなど、ジャンル横断的に流用しやすい形式だからこそ、日本のコンテンツ産業において重視されてきた(多用されてきた)と考えられます。

「二次元のキャラクター」が強調されていれば、それがマンガになってもアニメになってもフィギュアになってもコスプレになっても、「同じもの」として認識されやすいということです。

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もちろん繰り返し言うように、コンテンツ産業の性質上そうなりやすいという見方であり、文化的なものに関してはまた別の論点があると思います。

ただここでは、「なぜ日本のコンテンツは二次元なのか?」や「なぜ日本ではキャラクターが重視されるのか?」という問いがあったとして、コンテンツ産業の形態に着目した視点から、「それがメディアや作品を超えて受け渡ししやすい形式だから」と答えます。

ジャンル横断的に波及させていく(メディアミックスしていく)というのが日本型コンテンツにおいて競争的優位を獲得したやり方であり、「二次元のキャラクター」は、ジャンルやメディアを跨いでも同一のイメージを保持しやすい形式ゆえに、日本のコンテンツにおいてはそれが重視されやすかった、ということです。

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日本型コンテンツの「強み」

話をわかりやすくするために、「日本型コンテンツの強みと弱みは何か?」という形で、ここまでの内容をまとめようと思います。

まず、「ジャンル横断的な小規模連合」というのが日本型コンテンツの特徴であり、それは、「多様性がある(ニッチを狙いやすい)」という強みを持っています。

ハリウッドやディズニーのような多くの費用をかけて多くの人に見せようとする大規模コンテンツは、大勢に受け入れられる必要があるゆえに、「家族の絆」のような普遍性(共通項)のあるテーマが扱われやすく、その一方で近年では色んな人種をキャストにいれるといった「多様性」にも配慮しなければならなくなっています。

一方で日本型コンテンツは、例えば「マンガ」のような小規模制作であれば、一部の熱心なファンに支持されればそれで採算が成り立つ場合があるので、ニッチな需要にも応えやすく、結果的に作品の「多様性」が生まれます。

文句を言われないための「多様性」ではなく、多様なニーズに応えられるという形の「多様性」が強みになっているということです。

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また、人気になれば横展開して大きくなっていくので、「実は意外と色んな人に受け入れられる余地がある」ようなニッチな需要や独自性のある発想をマスに広げていけるような開発力があります。

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次に、日本型コンテンツには、「複合的なジャンルが発展する」という強みがあります。

「マンガ」や「テレビアニメ」のような日本型コンテンツは、それ自体にメディアミックス的な(つまりいくつかのメディアを混合したような)性質があり、また、これからこの動画で説明していく「RPG」や「VTuber」も、そのジャンル自体がメディアミックス的になっています。

マンガ、アニメ、RPG、VTuberなどは、ジャンル自体がメディアミックス的なものとして発展しているので、それが他国のコンテンツ産業に対して参入障壁になっていたり、独自性ゆえの競争的優位を獲得している側面があります。

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最後に、「参加可能性(参加へのハードルが低い)」「消費者と創作物との距離が近い」というのも、日本型コンテンツの特徴です。

『なぜ日本は<メディアミックスする国>なのか』の著者は、日本の風景は、まるでキャラクターが至るところに溶け込んでいるかのような、日常がメディアミックスされているかのようであり、日本人にはそれが当たり前になっているのでその特異性に気がつきにくいことを指摘しています。

例えば、広告やポスターや出版物などにキャラクターが描かれ、コンビニやスーパーなどに行けばキャラクターグッズや「食玩」と呼ばれるようなお菓子とキャラがセットの商品が売られていて、また、街を歩く人のカバンにキャラクターのキーホルダーなどがぶら下がっていたり、店頭や店内のポップに手書きのイラストが描かれていたり、イベント会場に行けばコスプレをしている人がいたりなど、「二次元」の創作物が日常に溶け込んでいて、消費者と創作物の距離が非常に近くなっているというのが、日本のコンテンツ産業が作り出している風景です。

このようなあり方、創作物との関わり方が、日本型コンテンツの独特の強みになっていることは、日本で生活していて実際にそれに慣れ親しんでいる人であれば、なんとなく理解できると思います。

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消費者と創作物との距離が近いことは、「クリエイターの再生産」という点においても非常に強力な強みになっています。

好きになったキャラクターのイラストをノートに描き写すなどすれば、それが創作への参加の一歩目であり、参加の間口が広い日本のコンテンツ文化圏においては、「プロとして専門教育を受けなければ業界に入るべきではない」とか「才能があり訓練を積んだ者だけが作品制作に携わるべき」といった考えにはなりにくいです。

また、これはすでに述べたことですが、「ひとつひとつの作品が大規模になりにくい、漠然と横の繋がりを維持した小規模な作品の群れ」というあり方だからこそ、あまり権利関係などがうるさくなりにくく、二次創作やコスプレのような「単なる消費ではない参加型の関わり方」が盛り上がりました。

これも、「クリエイター候補者の厚み」などといった形で、日本型コンテンツを支えるものになっています。

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以上のように、「多様性(ニッチの開発)」「複合ジャンルの開発」「参加可能性(クリエイターの再生産)」が、メディア横断的な小規模連合である日本型コンテンツの「強み」になります。

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しかしこのようなやり方は良い面だけではなく、「弱み」になる部分もあります。


日本型コンテンツの「弱み」

日本型コンテンツの弱みは、「専門性」が軽視されやすいことです。

ジャンル横断的であるがゆえにジャンルごとの「専門性」が意識されにくく、これは「強み」の反面として出てくる「弱み」であると言えます。

そして、詳しくは後々説明していきますが、「専門性」が軽視されると「大規模開発」が苦手になります。

ここで言う「専門性が軽視される」というのは、各々の専門的な役割分担を定めて、分業しながらプロジェクトを進めていくタイプのプロフェッショナルが育ちにくいのが、日本型コンテンツの土壌であるということです。

日本型コンテンツにおいては、ジャンル横断的かつ小規模制作が多いゆえに、属人的・場当たり的なやり方が主流になりやすく、その特徴が大規模制作にも引き継がれやすいです。

つまり、小規模制作の延長で大規模制作に手を出すことになってしまいやすく、それが上手くいかない原因になることがあります。

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次に、日本型コンテンツの欠点として、「クリエイターの待遇が悪くなりやすい」ことが挙げられます。

これも「強み」の反面として出てくる「弱み」であり、参加のハードルが低いからこそ、プロとアマの境界線が曖昧になりやすく、クリエイターの待遇が平均的には悪くなりやすいです。

もっとも、一握りの成功者以外のクリエイター志望者の待遇が保障されにくいのはどの国も同じであり、日本は比較的クリエイターになりやすいからこそ低待遇の人が多くなるとも言えます。

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なお、例えばアニメ業界はブラックなことで有名ですが、これも難しい問題で、日本以外では日本のようなアニメ産業が成り立っていないように、普通だったら成り立たないようなものを無理してやっているのが日本のアニメであり、待遇をまともにすることで業界そのものが消滅してしまう可能性もあります。

これについてはここでは説明しないので当チャンネルの他の動画を見てほしいですが、ビジネスのルール上、良いものを作るほど商業的に成功するというわけでもなく、日本のクリエイター産業は、経済的に不合理なレベルで、熱意や憧れに多くを頼ってコンテンツを制作している側面が強いです。

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最後に、実は日本型コンテンツは、「グローバル展開が苦手」という特徴があります。

近年は日本のマンガやアニメが海外に受け入れられていると言われるし、実際にそれはそうなのですが、基本的に日本型コンテンツは国内の消費者向けに作られていて、「海外に売り出していく」ことが苦手というか、する必要がないゆえに、グローバル展開にあまり関心を持たれにくい傾向があります。これについても詳しくは後々説明していきます。

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まとめると、日本型コンテンツには、「専門性が軽視されやすい」「大規模な制作が苦手」「クリエイターの待遇が低くなりやすい」「グローバル展開が苦手」という弱みがあり、ただこれは、強い部分の反面として生じるものでもあるということです。

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低層でぐるぐるして厚みを増していく

日本型コンテンツについて非常にざっくりとした説明の仕方をするなら、「メディア横断的な小規模連合」である日本のコンテンツ産業のあり方は、「低層でぐるぐるして厚みを増していく」といったようなイメージです。

このようなやり方の強みは、ジャンル横断的な開発力を持ち、消費者と創作物との距離が近いので参加しやすいことです。

しかしその反面として、特定のジャンルにおける専門性が積み上がりにくいという弱みもあります。

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先に説明したように、このような日本型コンテンツにおいては、「止め絵・静止画」による省力化されたイメージである「二次元」が主役になりやすいです。

「二次元」を重視するからこそジャンル横断的になりやすく、一方で、本格的なものにもなりにくい(簡易的な形態に留まりやすい制約がある)、ということです。

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このような日本型コンテンツにおいて、例えば、何らかの新しいジャンルが興ったとき、その特徴が顕著に表れることがあります。

日本型コンテンツにおける新興ジャンルは、「初動が強いけれど、大規模になると弱い」という動きをすることが多いです。

黎明期に勢いよく盛り上がるけれど、ジャンルが成熟してくると失速しやすいという、マリオカートに喩えるならヨッシーみたいな特徴を持つのが日本型コンテンツです。

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イメージとしては、新しいジャンルが生まれると、他のジャンルからアセットが流れ込んでくるような形で、一気にそのジャンルが盛り上がります。

ジャンル横断的だからこそ、既存の周辺ジャンルの蓄積をそのまま利用できることが多い、ということです。

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一方で、ジャンルが成熟して専門性や大規模な協力が求められるフェイズになると、「特定のジャンルにおける専門性が積み上がりにくい」という日本型コンテンツの「弱み」の部分が目立つようになり、失速しやすくなります。

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このような作用について、以降では、「ゲーム産業」を例に出して説明していきます。


日本のゲーム産業の盛衰

日本型コンテンツは、「初動が強いけれど大規模になると弱い」といったマリオカートのヨッシーみたいな特徴を持ち、そしてそれは、「コンピューターゲーム・デジタルゲーム」という産業において特に顕著に現れていると考えます。

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「ゲーム」というコンテンツの産業としての特徴は、コンピューターの性能の向上によって、制作に必要な予算がだんだん大きくなっていくことです。

つまり、初期のゲーム産業は一作品あたりが比較的低予算だったのに対して、産業の成熟に伴って開発に必要な予算が増えていきます。

もちろん現代もインディーズなどはありますが、業界をマクロで見ると、一作品あたりにかかる平均的な時間や労力や金額は大きくなり続けていると思います。

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そして、日本のゲーム産業が海外と比べて圧倒的に強かったのは、ゲームがまだ低予算の産業だった80年代・90年代です。

一方で、ゲーム制作に大予算が必要な現代になるほど、日本の国際的な影響力は落ちています。

もちろん今も日本はゲーム大国であり、優れたゲームはたくさん開発されていますが、相対的には、他国のゲーム産業が盛り上がっていることもあり、世界に対する日本のプレゼンスは落ちていると言わざるをえません。

詳しいデータなどは割愛しますが、マクロで見た国産ゲームの影響力が、80年代・90年代が全盛期で、現代になるほど相対的に落ち目になっていることは、基本的には同意されると思います。

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では、なぜ日本のゲーム産業が、ゲーム産業の黎明期に強かったのかというと、先に説明したように、ジャンル横断的な日本のコンテンツ文化圏において、他のジャンルからアセットが流れ込んでくるような形で「ゲーム」というジャンルが盛り上がったからです。

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例えば、「RPG(ロールプレイングゲーム)」というのは、日本国内において特に人気のジャンルであり、日本のゲームメーカーが好んで制作しやすいものと言えますが、「日本のRPG」というジャンルは、顕著にメディアミックス的な特徴を備えています。

先に、日本の「テレビアニメ」が、「(従来の意味における)アニメーション」「マンガ」「紙芝居」「テレビ番組」などがミックスされて作られたようなものだと述べましたが、「日本のロールプレイングゲーム」も、「(従来の意味における)RPG」や、小説やマンガや雑誌やアニメなどがミックスされたジャンルであると考えることができます。

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もとの「RPG」は、源流がテーブルゲームであり、「コンピューターRPG」も、アメリカで発売されたパソコンのゲームでした。

ただもともとの「コンピューターRPG」は、当時はパソコンの普及率も低く、一部のマニアックな人たちが好む性質のものでした。

そのような「RPG」を、出版文化などとメディアミックスすることによって大衆的なものにしたのが「日本のRPG」ということになります。

「ドラゴンクエスト」のような人気タイトルにおいては、鳥山明がキャラクターデザインを担当し、「週刊少年ジャンプ」のような漫画雑誌によく取り上げられて、ノベライズ、コミカライズ、アニメ化、グッズ化、ゲームブックの出版など、非常にメディアミックスが盛んでした。

またその内容自体も、もともとの「ロールプレイング」という語義から離れて、コンピューターゲームと、小説やマンガなどの出版文化がミックスされたようなものになっています。

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先に、ジャンル横断的な日本型コンテンツにおいて「二次元」という省力化された形式が主役になりやすいことを述べてきましたが、静止画とテキストを中心に構成されている「RPG」も、「二次元」という「省力化」と非常に相性が良かったと言えます。

そのような他ジャンルとのシナジーによる優位性は、計算機の性能などの制約によってゲームにできることが限られていた時代には、特に日本のゲーム産業に有利に働きました。

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「RPG」のみならず、初期の日本のゲーム産業においては非常に多様な作品が生まれたのですが、例えば任天堂の横井軍平の「枯れた技術の水平思考」という言葉が今も有名であるように、他のジャンルと横断的だったからこそ、ゲームという業界全体の初動が確保されて、産業として盛り上がっていった側面が強いです。

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海外のゲームメーカーは、コンピューターゲームというジャンルにできることが限られていたゆえに、産業自体がそこまでは盛り上がらなかった一方で、日本の場合はむしろ、他のジャンルで育まれてきた「省力化」などの技法やアセットと、コンピューターの容量上の制約がうまく噛み合い、非常に多様なゲームが生まれました。

一作品あたりがまだ比較的低予算だった80年代・90年代は、日本のゲームの独壇場という感じで、日本が世界のゲーム産業をリードしていたと言っていいと思います。

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しかし、ゲーム産業が大予算化(リッチ化)してくほど、「専門性」を重視する海外メーカーの強みが出始め、逆に日本のメーカーは、もちろん個別の作品を見れば非常に優れたものも多いのですが、相対的には弱くなっていき、影響力を落としていきます。

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時代が進むにしたがって、コンピューターの性能は良くなっていき、ゲームの容量も増えていきます。

そして、先に述べたように、そもそもコンテンツ産業自体がその性質上「最高級品」を志向しやすいので、日本のゲームメーカーも、より予算と人手と時間をかけたビッグタイトルを作ろうとするようになっていきます。

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しかし日本のコンテンツ産業は、もともと小規模制作が多い形態ゆえに、大規模な開発になっても、属人的だったり場当たり的だったりする小規模なやり方を脱せないことが多く、産業が大予算化するほど「弱い」部分が目立つようになっていきます。

属人性や職人的なこだわりが良い方向に作用しているビッグタイトルもあるのですが、全体として見れば、欧米などの会社に遅れを取ることが多くなっていきます。

具体的な作品名などを挙げるのは憚られますが、制作延期を何年も重ねた期待の超大作RPGが、映像などはものすごく豪華で進化しているのだけど、「どうしてこうなった」と思うようなグダグダな部分が目立ったりなど、大規模な作品になるほど日本型コンテンツの弱い部分が出てしまいやすいです。

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一方で海外のメーカーは、産業が成熟するに従って、分業や専門性の洗練、情報収集や分析、グローバル展開やローカライズを視野に入れた販売戦略、などをしっかりやるようになっていき、その優位性が強くなっていきます。

欧米のゲームメーカーは、計算機の性能の向上を活かして、「リアルな戦場を再現する」みたいな、ある種コンピューターとしての王道を志向するようなところがあり、産業が大規模化して扱える容量が増えるほどそれが有利に働きやすくなります。

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あえて極端に対比すると、日本のゲーム産業においては、玩具や出版文化とのシナジーを活かしたゲームが強みを持ちやすく、欧米のゲーム産業においては、コンピューターゲームとしての専門性の蓄積を活かしたゲームが強みを持ちやすい傾向があります。

そして、まだコンピューターの性能が低かった時期は日本のゲーム産業に優位性があったのですが、技術が蓄積していくほど欧米のメーカーの強みが優るようになっていきます。

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現在の日本のゲームメーカーも、「専門性」や「分業」をそれほど重視しないやり方だからこその独特の強みを持っていて、実際に独自の優れたゲームを生み出し続けてもいるのですが、国際的な影響力という点においては、ゲーム産業が大規模化していくほど、全盛期だった80年代・90年代と比べて相対的には落ち目になっています。


内需が強い日本と、国際市場を意識する韓国

日本型コンテンツのようなやり方(国内向けの比較的小規模なコンテンツの集まりという産業形態)が成立する理由として、日本が国内需要の大きな国であることも指摘するべきかもしれません。

日本は、人口一億人を超える大きな国でありながら、基本的には全国で似たようなテレビ番組をやり、どの地方にも同じように出版物が届く、というような同質性があり、そのマーケットが大きかったゆえに、自国民のみを相手にするガラパゴスなビジネスがここまで盛り上がった(海外向けの大規模な制作を意識せずとも十分にやっていけた)という側面があると思います。

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一方、同じアジア圏でも韓国のような国は、日本とは違って内需が弱く、外需に大きく頼っている国です

そのため韓国は、グローバル市場に打って出ようとするモチベーションが非常に高い国で、そのような意識が日本とは対照的です。

日本も、もちろん競争は激しいですが、国内市場で多くが成り立っているぶんだけまだ牧歌的で、色んなユニークなことやニッチなことを試せる余地が生まれやすいです。

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一方で、韓国は、「海外で評価されなければならない」というプレッシャーが日本よりもずっと強いので、競争がより激しくなりやすく、TOEICの点数や体脂肪率の低さなどのような定型的なスペックが求められる傾向が強いです。

ゲーム産業に関しても、オンラインゲームやeスポーツは韓国が得意な分野で、競争の激しさがコンテンツに反映されているとも言えます。

また、エンタメにおいて韓国が強いのはKpopアイドルですが、日本で活動している韓国のアイドルが日本語を勉強してきて日本語で歌を歌ったりするのは、日本人が驚きやすいところだと思います。

ようはローカライズにそこまで力を入れてやっているということで、国外で評価されようとする熱量が日本とは全然違います。

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ちなみに、平成以降の日本のアイドルは、日本型コンテンツの特徴に似ているところもあり、国外でも通用するような定型的なスペックの高さよりは、プロフェッショナルではない親しみやすさのようなものが重視されてきました。

例えばAKBのオーディションは、ルックスや歌唱力などの総合点が高い順に選ばれるわけでは必ずしもなく、誰かひとりが「いい」と言えば、他の人があまり評価しなくても合格することがあったらしいです。

誰かひとりに強く刺さるなら、同じように良さを感じるファンが一定数出てくるだろう、という戦略です。

そういう、プロ集団というよりは素人集団的な、ニッチな需要をも汲み取ろうとするのが日本的なアイドル文化の厚みであり、そういうものが成り立つだけの内需の強さが日本にはあったということです。

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一方でKpopアイドルは、もとは日本のアイドル産業を参考にしたものかもしれませんが、日本のアイドルと比べて定型的なスペックが重視され、グローバル展開を目指そうとする傾向があります。

そして、グローバルに通用したかどうかという点では、結果的にKpopが大きく成功しました。

日本はそもそも、内需が強いゆえに海外市場に打って出ようとする切実さがあまりなく、それに対して、韓国は外需に頼るゆえに海外市場を強く意識し、結果的には、アイドル産業のグローバル展開に関しては韓国の圧勝で、もちろん必ずしも両者が海外シェアを競い合っているというわけではないのですが、先に「グローバル展開が苦手」であることを日本型コンテンツの「弱み」としたのはこういうことです。

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また、マンガのような産業にしても、韓国は、「ウェブトゥーン」のような、同じマンガでも日本と違って分業体制が組まれ、ローカライズを意識して国際市場を狙うコンテンツを展開することが多いです。

もちろん日本国内のマンガ産業とはやり方が全然違うので、単純に比較してどうこう言えるものではないと思いますが、日本のマンガは国内の消費者向けに描かれているものが大半であるのに対して、海外のシェアを取ろうとする意識の差が顕著にあると言えます。

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携帯電話(ゲームの小規模化)によって国産ゲームが再び盛り上がる

ここまで、日本のコンテンツ産業は、「ジャンルを横断するメディアミックス」が強みになりやすい一方で、「専門性による分業・大規模化・グローバル化」が苦手になりやすいことを述べてきました。

そして先ほど、コンピューターの性能の向上に伴ってゲーム制作が大予算化していくほど、日本メーカーの優位性が失われていきやすくなることについて説明してきました。

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ただ、ゲーム産業に関しては、ゲーム制作の規模がリセットされるようなことが起こりました。携帯電話・スマートフォンの普及です。

携帯・スマホの普及で、ゲーム事業の主戦場が小規模なものに戻ったことにより、一時的にではあれ、日本型コンテンツが再び全盛期を取り戻したような現象も見られました。

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例えば、2013年のスマホアプリ市場において、日本のアプリの月ごとの売上高がアメリカを超えて世界最大になったこともありました。

このときは、「パズドラ」が流行っていて「モンスト」がリリースされ始めたような時期です。

普通に考えれば、英語圏で市場が広くGDPも高いアメリカの売上が一位になりますが、それを日本国内の売上が上回ったのは、なかなか凄いことではあります。

もっともそれはAppleやGoogleが提供しているプラットホーム上の話であり、瞬間的な売上が跳ねたからといって、日本のゲームが世界をリードしていた80年代・90年代の栄光とは比べるべくもないかもしれませんが、とはいえ、日本型コンテンツの強みが一時的に戻ってきた事例とは言えると思います。

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なぜ携帯ゲームにおいて日本型コンテンツが再び盛り上がったかというと、「パズドラ」や「モンスト」などのようなゲームにおいて、やれることが限られていたスマホアプリの制約と、「二次元」による「省力化」の相性が良かったことが挙げられると思います。

また、「ガチャ」という収益化の方法が一般化したことによって、「キャラクター」の換金性が高まり、人気の作品との「コラボ」などのメディアミックスが多用されるようになって、それも追い風になりました。

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このようにして日本型コンテンツの強みが一時的に戻ってきたのですが、スマホの性能の向上などとともに携帯ゲームもリッチ化が進んでいき、開発費が高騰していくにつれて、再び日本型コンテンツの優位性も薄くなっていきます。

ソーシャルゲーム・スマホゲームも、大予算化が進むほど、欧米や中国韓国などの企業が運営するビッグタイトルにシェアを取られるようになっています。

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「ニコニコ動画」というメディアミックス

「初動が強いけれど大規模になると弱い」という日本型コンテンツの特徴は、「ユーザー投稿型の動画プラットホームビジネス」においても同じことが言えると思います。

今となっては信じられないことかもしれませんが、国内において、ニコニコ動画の人気がYouTubeを上回っていた時期がありました。

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ニコニコ動画は、まさに「日本型コンテンツ」的な動画プラットホームで、「動画にコメントが流れる」というその特質自体が、「動画メディア」と「文字メディア」のメディアミックス的なものでした。

初期のニコニコ動画は、「2ちゃんねる」や「フラッシュ動画」や「音声合成ソフト」などの既存のカルチャーがミックスされたような内容のものが多く、「MAD動画」や「ゲーム実況」などが盛り上がり、日本におけるユーザー投稿型コンテンツの発生源になっていました。

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そのような、日本のコンテンツ産業に強く紐づいた特徴を持つニコニコ動画ですが、現状を見てわかるように、長期的にはYouTubeといったグローバルプラットフォームにユーザーを取られるようになっていきます。

Googleのような巨大グローバル企業に勝てないこと自体は仕方ないと思います。

しかし、「まだニコニコ動画を応援したい」という熱心なファンをたくさん抱えていたわりには、「もう少しやりようがあったのではないか」と思われるくらいグダグダな感じで一気に衰退していった感じもします。

ニコニコ動画の急な失速の理由のひとつとして、日本人に好かれるような牧歌的なやり方で成功体験を得てしまったことも挙げられると考えています。

この動画でここまで述べてきたように、日本のコンテンツ産業は、「専門性を評価して、分業体制を整え、グローバルな基準でやるべきことをちゃんとやる」みたいなことを苦手としやすいです。

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ニコニコ動画の適当でゴチャゴチャした感じは、まさに、むやみやたらとメディアミックスするような日本型コンテンツ的なところがあり、それが良いところでもあったのですが、単純な動画プラットフォームとしての機能的な改善がおろそかになってしまいやすい欠点もあって、どんどん快適になっていくYouTubeとの差が大きくなっていきます。

もちろん今となっては、一時的にではあれニコニコ動画がYouTubeよりも影響力を持っていたというのが凄いことだとは思いますが、日本型コンテンツは、他ジャンルと横断的であることによって初動が盛り上がりやすいという「強み」の反面として、ジャンルが成熟して専門性を重視するフェイズになると失速しやすいという「弱み」があり、ニコニコ動画の衰退はそれが顕著に出た例と言えると思います。

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なぜVTuberが流行るのか?

ここまで、「なぜVTuberが流行るのか?」というテーマであるにもかかわらず、VTuber以前の日本のコンテンツ産業について長々と説明してきたのですが、ここまでの内容を踏まえれば、すでにVTuberについても言わんとすることがわかってもらえていると思います。

ジャンル横断的である日本のコンテンツ産業においては、既存のジャンルのアセットが流れ込むような形で新しいジャンルが盛り上がります。

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もちろんそれはVTuberにも同じことが言えて、例えば今の人気VTuberの多くは、おそらくニコニコ動画などで配信をした経験のある人たちであり、その意味では現在のVTuberシーンは、崩壊してしまったニコニコ動画の残党たちが築き上げたものという側面もあると思います。

ニコニコ動画自体が顕著にメディアミックス的なものだったのですが、それらを引き継いだのがVTuberであるということです。

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VTuberにおいては、非常に数多くの既存ジャンルの蓄積が、そこに流れ込んでいるように思います。

VTuberは、「二次元(キャラクター)」と「実存」がミックスされたような存在であり、マンガやアニメやゲームのような日本型コンテンツに、アイドルや芸人、インフルエンサー、ストリーマー、歌い手、踊り手などといった芸能や配信の文脈が加わったことになります。

VTuberにおいて特筆すべきは、バーチャルな存在であると同時に、演者の人たち・中の人たちが「実態」を持っていることです。これによって、可能になるコラボやメディアミックスの係数が跳ね上がります。

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これまでのマンガやアニメのキャラは実態を持っていなかったけれど、VTuberは実態(生身の身体)を持っているので、歌や踊りができるし、雑談やナレーションができるし、飲食をしたり消費をしたり、体験や工作をしたりなど、やれることの幅がものすごく増えたことになります。

ゆえに、コラボやメディアミックスを多用する日本型コンテンツにおいて、「二次元」に「実態」が加わったこと自体がブレイクスルーと言っても過言ではないと思います。

また、「生身の人間」の方面に関して言えば、「推し」を支援・応援するような消費の仕方などを、アイドル産業が育んできました。

もっともそのような「推し」の文化も、日本型コンテンツ産業におけるキャラクターの重視などともともと無関係ではなかったと思いますが、VTuberになることでそれらがより一層噛み合うようになったと考えられます。

これについて詳しくは後編の動画で語るつもりです。

ここまでで説明してきた内容を踏まえれば、「VTuber」という「二次元」と「実存」がミックスされたような存在と、「日本型コンテンツ」の相性がいかに良いかをわかってもらえると思います。

ジャンルやメディアがミックスされるところ(横断的なところ)に日本のコンテンツ産業の強みがあるとするなら、VTuberはそれを象徴するような存在です。


「女性VTuber」の人気

コンテンツ産業としてのVTuberの盛り上がりを示す例のひとつとして、例えば、「PLAYBOARD」というYouTubeのランキング情報を見れるサイトがあるのですが、2021年にもらったスーパーチャットの金額ランキングベスト10のうち、上位9人を「ホロライブ」というVTuber事務所のタレントが独占していて、そのうち7人が日本のホロライブのタレントであることが話題になりました。

YouTubeはグローバルなプラットフォームであり、日本語圏よりも英語圏などの人口のほうがずっと多いので、普通に考えれば日本語で配信している人が上位になれることは少ないはずです。

しかし、日本語で配信している日本人のタレントがスパチャ上位をほぼ独占するということが起こり、これは当時界隈を超えて話題にもなりました。

先に、ソーシャルゲームのヒットによって日本のアプリ売上が世界一位になった例を出しましたが、ホロライブのスパチャ上位独占は、ソシャゲの「ガチャ」の例よりもさらに顕著に、日本のコンテンツ産業の商業的な盛り上がりを示した事例と見ることができると思います。

もちろん、スーパーチャット(YouTube配信上の投げ銭)というやや特殊な形態で上位になったからといって、ビジネスとして成功しているとは必ずしも言えません。

しかし、これはホロライブが公式に提示している数字ですが、ホロライブの収益源としては、YouTube上のスーパーチャットやメンバーシップなどよりも、マーチャンダイジングとタイアップ広告のほうが比率が上です。

つまり、世界ランキングを独占して世間を驚かせたスパチャ収益よりも、さらに太い収益源を持っているのがホロライブのようなVTuber事業であるということです。

この動画で述べてきたように、キャラクターの人気を収益化する経路を育ててきたのが日本のコンテンツ産業であり、VTuberは、その経路の多くをそのまま使ってマーチャンダイジングやタイアップができるので、それが収益性にとって追い風になっていると思います。

なお、図を引用していますが、「PIVOT」というメディアで、ホロライブを運営しているカバーの谷郷社長が出演している回のものになります。

引用元のYouTube動画へのリンクを概要欄に貼っておきます。

また、同じ動画から図を引用しますが、カバー株式会社は、売上高と利益率の増加がものすごく、2023年には上場も果たしたように、近年の日本において著しく成功しているコンテンツ事業だと言えます。

カバーがプロダクションしている「ホロライブ」は、現在のVTuberを代表していると言っても過言ではないほどの数字と人気を持っていると思います。

ただ、ここまで、日本のコンテンツ産業全般について語るという形で「なぜVTuberが流行るのか?」の一部を説明してきた形になりますが、VTuberビジネスにおいて特徴的なのは、「VTuber」と「女性」の組み合わせです。

先に出したスパチャランキングなどを見ても、「ホロライブ」の女性VTuberが上位を独占している形になります。

もちろん男性の人気VTuberもたくさんいるのですが、ただ、「VTuber」と「女性」の組み合わせは明らかに強い影響力を持っていて、例えば、現在YouTubeやTwitchなどで活動している配信者、ゲーム実況者、ストリーマーと括られるような人たちの、男性で人気の人たちを上から順番に100人並べたとしたら、VTuberもいるけれど、8割以上はVTuberではない男性だと思います。

一方で、女性の人気配信者を上から100人並べたら、下手したら100人中100人全員がVTuberです。

もしかしたら生身の人間も2、3人いるかも……くらいの感じで、ここは明確に男女差があるところだと思います。

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というより、そもそも「女性VTuber」が流行る以前は、女性の人気配信者自体が、ほとんど見ないような存在でした。

VTuberが流行する以前のネットを思い返してみれば、男性の人気配信者と同じくらいの数字や人気を持っていた女性配信者がいたかというと、かなり珍しかったと思います。

「VTuber以前には女性の人気配信者が少なかった」という主張に反感を感じる人もいるかもしれませんが、別に他意があるわけではなく、そもそも、より多くの人に面白いと思われようとすること自体が男性性の発露みたいなところがあります。

しかしながら、「VTuber」が登場することで、ストリーマー・配信者の環境が一変して、現在は、例えばYouTubeのチャンネル登録者数の上位には、女性のVTuberが何人も並ぶようなことになっています。

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このような状況を見るに、「なぜVTuberが流行るのか?」というテーマにおいて、「なぜ女性VTuberが特に人気なのか?」を説明しないと片手落ちになってしまうと考えます。

そして、おそらくこれについては多く人が薄々と、「弱者男性ウケだろうな」と考えていると思いますが、後編ではそれを言語化していくことになります。

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ソーシャルゲーム・スマホゲームのブレイクスルーが、「努力」や「成功」という概念を日本型コンテンツに接続したことだったとするなら、VTuberにおけるブレイクスルーは、「恋愛感情」や「愛情」を日本型コンテンツに接続したことだと考えています。

後編の動画では、女性VTuberが、いわゆる「ガチ恋」と言われる存在を生み出していく仕組みについて解説していくつもりです。

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前編は以上になります。後編もそのうちアップロードすると思います。


後編↓


まとめ

  • 「マンガ・アニメ・ゲーム(オタク産業・二次元)」などの日本のコンテンツ産業の特徴は、「メディアミックスを多用すること(ジャンル横断的であること)」。

  • 「複製コストが低い」のがコンテンツ産業の性質であり、一度優れた作品を作りさえすれば、あとはそれを複製して全員に届けやすい。

  • ハリウッドやディズニーのようなアメリカの大規模コンテンツ産業は、膨大なリソースを注ぎ込み「最高級品」を作ることで競争的優位を獲得し、グローバル展開して多くの人に見せて収益を回収しようとする。

  • 日本のコンテンツ産業では、ハリウッドのように垂直的な構造において「映像作品」にリソースを集約するやり方ではなく、小規模な作品(グッズやタイアップも含む)を横展開していくようなやり方が競争的優位を獲得した。

  • 手塚治虫の『鉄腕アトム』の大ヒットなどを皮切りに、小規模に制作し、人気が出たら別のジャンルに展開(メディアミックス)して大きくしていく産業形態が、日本型コンテンツにおいて形成されていった。

  • 「小規模制作のマンガ」→「省力化して制作し無料で放映するアニメ」→「企業とのタイアップ」→「グッズ展開」などといったように波及していく日本型コンテンツビジネスは、ジャンル間の上下関係が発生しにくく、「メディア横断的な小規模連合」というやり方になりやすい。

  • 日本型コンテンツにおいては「二次元のキャラクター」が重視される傾向があるが、「二次元(省力化・止め絵・静止画)」は、メディアやジャンルを跨いでも同一のイメージが担保されやすい形式になる。「日本のマンガ・アニメ・ゲームなど(日本型コンテンツ)」は、メディア・ジャンルの横断を強みとするゆえに、「二次元のキャラクター」がその主役になりやすかったと考えることができる。

  • 「ジャンル横断的な小規模連合」である日本型コンテンツは、「大規模制作・グローバル志向」のハリウッド的なコンテンツ産業と競合しにくく(共存しやすく)、独特のコンテンツ文化圏を発展させていくことができた。

  • 日本型コンテンツの「強み」は、「多様性(ニッチの開発)」「複合ジャンルの開発」「参加可能性(クリエイターの再生産)」、になる。

  • 日本型コンテンツの「弱み」は、「専門性の軽視(大規模な制作が苦手)」「クリエイターの待遇が低くなりやすい」「グローバル展開が苦手」、になる。

  • 日本のコンテンツ文化圏において、何らかの新しいジャンルが興ったとき、「初動が強い(黎明期に盛り上がりやすい)」一方で、「大規模になると弱い(ジャンルが成熟してくると失速しやすい)」、というような動きをすることが多い。

  • 日本型コンテンツ(ジャンル横断的)の新興ジャンルは、他のジャンルのアセットが流れ込むようにして盛り上がる。一方で、横断的だからこそジャンルとしての専門性が積み上がりにくく、専門性の洗練が必要なフェイズになると失速してしまいやすい。

  • 「ゲーム」のコンテンツ産業としての特徴は、コンピューターの性能の向上に伴って、一作品あたりにかかる予算が大きくなっていくことである。

  • ゲーム制作がまだ比較的低予算だった80年代・90年代は、メディアミックス(他のジャンルとのシナジー)などの力によって産業全体が盛り上がり、日本のゲーム産業が世界に対して圧倒的な影響力を持っていた。

  • 一方で、ゲーム制作が大規模化していくと、小規模制作の延長で(専門性が評価されにくい土壌で)大規模なゲームを作ろうとする日本のメーカーの弱みが目立ち始め、逆に欧米などのメーカーは、専門性の蓄積を活かしやすくなっていく。

  • 携帯・スマホの普及によりゲーム事業の主戦場が小規模なものに戻ると、ソーシャルゲーム・スマホゲームにおいて、「メディアミックス」や「二次元(省力化)」といった日本型コンテンツの強みが再び戻り、「ガチャ」という強力な収益化の方法も一般化した。しかし携帯ゲームにおいても、リッチ化が進んでいくほど日本型コンテンツの優位性が薄れていく。

  • 「ニコニコ動画」のような動画プラットフォームは、「動画メディア」と「文字メディア」がミックスされた特徴を持ち、様々なジャンルのアセットがそこに流れ込み混ぜ合わされるような形で、ユーザー投稿型のコンテンツが盛り上がった。しかし、大規模なプラットフォームを運営する専門性が求められるフェイズになると失速して、YouTubeのようなグローバルなサービスにユーザーを奪われるようになっていく。

  • この動画(記事)では、メディアやジャンルの横断に日本型コンテンツの強みがあることを述べてきたが、そのような産業形態と非常に相性が良いのが「VTuber」である。

  • 「VTuber」は、「二次元(キャラクター)」と「実存」がミックスされたような存在であり、これまでの「日本型コンテンツ」に、アイドルや芸能人や配信者などの要素がミックスされたことになる。

  • VTuberを演じる「生身の身体を持った人間」は、歌、踊り、ゲーム実況、雑談、ナレーション、飲食、消費、工作、体験などが可能であり、「二次元」と「実存」がミックスされることによって、コラボやメディアミックスの係数が跳ね上がった。

  • VTuberにおいては、「女性」と「VTuber」の組み合わせが特に強い影響力を持っているが、その理由を「後編」で説明していくことになる。


今回の内容は以上になります。

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なぜVTuberが流行るのか?日本のコンテンツビジネスの特徴と現状を解説【前編】(文字起こし)|しっきー
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