満たす煤者達の太神楽~アンドフリームニル・パニック


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作:転生したらアメリカザリガニだった
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原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか
タグ:R-15 残酷な描写 ベル・クラネル ヘイズ・ベルベット

巷でよくある、行間を膨らませた妄想の産物。

内容は原作19巻から20巻あたりの時系列。
フレイヤ・ファミリア解散後、酒場で働くことになったヘイズ達のお話にしれっと原作小ネタを入れたなにか。

(V)o¥o(V)考えるな感じろ



満たす煤者達の太神楽~アンドフリームニル・パニック


 『派閥大戦』と名付けられた戦争遊戯(ウォーゲーム)。【ヘスティア・ファミリア】を旗頭に集った派閥連合と最強派閥(フレイヤ・ファミリア)との真剣勝負。

 

 空前絶後に掛け値なし。迷宮都市オラリオ史上、大いに盛り上がった歴史に残る世紀の一戦。

 

 その戦いが集結し、時は流れ――――。

 

 【ロキ・ファミリア】と共に並び立つ、あの【フレイヤ・ファミリア】の眷族達。

 

 滅茶苦茶、強くて滅茶苦茶に怖いと(オラリオ)で有名な『強靭な勇士(エインヘリヤル)』。そんな彼()彼女()を支えていた『満たす煤者達(アンドフリームニル)』は、戦いに明け暮れていた本拠(ホーム)から追い出されて新たな日常を送ることになっていた。

 

「あぁーむりむり~もう、動けませんー気絶してもいいですかぁ?」

 

 『豊穣の女主人』にて、そんな愚痴が一つ。

 

「まだ正午を過ぎたばかりです、ヘイズ様!? 起きてください!」

「まだ時間はあります! 頑張れば言いつけ通り、夜中の営業に間に合います……多分!」

 

 もうダメだー、と酒場に帰還するなりテーブルに頭を突っ伏して項垂れる女性――――ヘイズ・ベルベット。満たす煤者達(アンドフリームニル)の顔役であり、都市最高位の治療師(ヒーラー)の一人として名高い、女の子である。

 

 【ファミリア】が健在であった頃は毎日、毎日、飽きることなく仲間同士で殺し合い同然の『洗礼』をしていた。脳筋達を癒して癒しまくっていたヘイズ。そんな戦うことしか知らない連中の家事全般も万全対応していたヘイズ。有能であるが故に多忙を極め、酷使された結果、死んだ魚のような目をしていると男神連中に笑われ、杖でド突き回すヘイズ。

 

 近頃では某【ファミリア】の女性団長とどっちが摩耗しているのかで賭けが行われているらしい。

 

 いつか二人で賭博場を見つけて戦いの野(フォールクヴァング)してやるのだと、どこぞの【万能者(ペルセウス)】と固く誓った。そんな彼女は長年の経験から並大抵のことでは心が折れない。しかし、そんな彼女もたまにはメンタルにクリティカルヒットすることがある。

 

 正に今がそれだ。

 

「久しぶりに受け止めきれないんですけどぉー」

 

 彼女の呟きがテーブルにこぼれる。励ますのはヘイズと同じく満たす煤者達(アンドフリームニル)であり、副官であった二名の女性。妖精(エルフ)のイルデとヒューマンのロナ。その二人が必死になって慰めてくれている傍らで、恨めしいとばかりに後悔の記憶が脳内で駆け巡った。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)に敗北し、ありとあらゆる財産を没収された結果、居場所を失って、どういうわけかこの酒場――――『豊穣の女主人』の従業員として働くことになった。

 

 超絶強い女将に拉致られて、強制的に就職(コンバージョン)。勿論、異を唱える者達が多かったが、全員が初日にミアの恐ろしさと強さを知ることになり、不承不承ながらの納得。今では気持ち半分ほど、この現状を受け入れている。

 

 酒場で働くことになってからというものの、『お使い』という名の迷宮探索が日課となった。地上では安易に手を出せない値段で売られる、希少な採取物の入手。ダンジョン産の薬草や香草、果てには果実といった具合でバチクソにこき使われることになった。

 

 ドチャクソに強い女神の眷族達による安定した食材の供給により、過去類を見ないほどの盛況をぶりをみせている酒場は連日、大繁盛。休みが欲しい。

 

 勿論、迷宮探索による報酬なんて存在しない。従業員としての給金を除いて、全て無給である。雇用条件? 労働基準法? 冒険者依頼(クエスト)報酬? なんですかそれ、知りませんよ。

 

 そういった具合で、今日もミアから拒否権なしの強制任務(ミッション)発令。

 

 場所は24階層。

 

 中層域、最下層と呼ばれる領域であり、19階層から24階層まで続く、この階層域を『大樹の迷宮』と呼び、樹木で覆われ、天井から壁に至るまで木肌で構成された層域である。

 

 ダンジョン――――地下世界に相応しく、奇妙奇天烈な草木と花々といった植物に満ちた、緑あふれるこの場所はヘイズ達、癒し手である治療師(ヒーラー)薬師(ハーバリスト)達にとって馴染み深く、切っても切れない場所であった。

 

 日々多くの冒険者依頼(クエスト)が途切れることなく発注される中、この階層域で調達できる採取物が多くを占めている。

 

 所かまわず生え散らかしている雑草一つ手に取っても、れっきとした薬草の仲間であり、素のまま食べても即効性の体力回復や解毒効果をもたらしてくれる。地上に持ち帰れば、その価値は上がり回復薬(ポーション)類の原材料として、高値で売買されて更に富を生む。まさに金のなる草。

 

 と、そんな感じでなにかと重宝される『大樹の迷宮』。その場所であろうことか、常識(セオリー)から逸脱して、この辺り一帯で調達可能な採取物を食材として活用するため、収集業務に勤しんでいた。

 

 具体的には夜中の営業開始前までに間に合わせるよう、必要量の香草(ハーブ)香辛料(スパイス)を死んだ魚のような目をして、地面から引っこ抜いて集めていた。しくしく。

 

 そして事件は起きた。

 

 『お使いリスト』の要求の半分以上を満たして、好調だったあの時の私達。バックパックに夢はないけど食材をいっぱいに詰め込んで一度、地上に向けて帰還している道中。

 

 ……唐突ではあるが、敬愛するフレイヤ様、改めシル様は依然として敵が多い。

 

 主神として降臨してくださった【フレイヤ・ファミリア】は解体されたが、それでも多くの者達が悪感情を抱いている。

 

 元【フレイヤ・ファミリア】の眷族が『豊穣の女主人』で馬車馬のように働かされて、連日連夜ダンジョンに潜っては食材調達をしている。そんな、お前なにを言っているんだ。みたいな与太話も一部の耳聡い、冒険者が利用して嫌がらせ、あるいは仕返しに及ぼうとするには条件が色々と整っているといえた。

 

 大きく開けた巨大な十字路に差し掛かった瞬間、見計らったかのように三ヵ所から同時に怪物進呈(パス・パレード)。冒険者の間では緊急避難的措置の一つとして、ある程度の理解を払うという不文律があるのだが、今回は違う。

 

 気に入らない者達に悪意をもってモンスターの大群を押し付ける、嫌がらせの十八番(おはこ)

 

 開けた通路とはいえ、広間(ルーム)でもない閉所での強制戦闘。当然、ダンジョンが見過ごすわけもなく、壁面に罅を刻んでは追加のモンスターを生産(オーダー)。背中を見せればモンスターにバックパックを攻撃されて、ミアに特大の拳骨を頂戴する羽目になる。それは嫌だ。なにより、先に逃げ出した連中を追いかけるような行動はシル様の名誉を傷をつけることにもなるので、もっと嫌だ。

 

 結論、完膚なきまでに迎撃。

 

 悪条件が重なっているが、ぶっちゃけ余裕で対処できた。

 

 ギルドが定める24階層の到達基準はLv.2。アビリティ評価はCからSと公式発表されている。Lv.4であるヘイズは勿論のこと、副官であるイルデとロナも公式基準を十分に満たしている上級冒険者。後れを取ることなどありえなかった。

 

 杖でモンスターの脳天をカチ割って、イルデとロナが歌を紡いで炸裂し、ちょっとの傷は癒して即復帰。そんな流れ作業で終わるかと思いきや、終わらなかった。むしろ、襲ってくるモンスターの数が減らない――――どころか、増えていることに気づく。

 

 更に群がるモンスター共の大群。

 

 ヘイズ達が瞬時に悟ったのは怪物の宴(モンスター・パーティー)

 

 上層域――――10階層以降で発生する、迷宮の陥穽(ダンジョン・ギミック)。『ダンジョンは生きている』その言葉を思い出させるように、時にダンジョンは悪意を持って冒険者を陥れようと仕掛けてくる。それがコレだ。

 

 十字路、見渡す限り跋扈跋扈跋扈の怪物共。

 

 雄鹿のモンスター剣鹿(ソード・スタッグ)が剣角を振るい、空中を我が物顔で飛び回るガン・リベルラが強襲。大昆虫(マッド・ビートル)の鋭いカギ爪が切り裂こうと迫り、ゴブリンの上位種であるホブゴブリンは体当たりを仕掛けてくる。トドメに茸型のモンスター、ダーク・ファンガスが鬱陶しいと毒の胞子を放出。

 

 ダンジョンにもあったんですね、戦いの野(フォールクヴァング)

 

「――――!?」

 

 愚痴を胸中に落として同時に、苦し紛れに伸ばされたモンスターの歯牙がヘイズの腕を掠める。薄っすらと滲む鮮血。後方、地響きとイルデとロナの呻き声が届く。振り向きざまに紅黄金のヒールロッドをお見舞い。突進してきた大型級(バトルボア)を粉砕。

 

 じりじりと狭まるモンスターの魔の手。それでも依然変わらず問題なし。

 

「【アース・グルヴェイグ】――――立ちなさい、二人とも。此処はあの(、、)神聖な庭と同じくする領域! モンスターの下卑た眼差し、汚臭、その一片たりともシル様に届かさせてはならない! 背に刻まれた『栄光』を傷つけさせてはならない!!」

「「っ!?」」

 

 この迷宮を――――原野を怪物の血で真っ赤に染めろと叱咤する。

 

 自身を含めて、既に施していた魔法。ヘイズの精神力(マインド)が続く限り、対象の損傷(ダメージ)を癒し続ける。自動治癒(オート・ヒール)の恩恵を受けた二人が、倒れた体を起こし、眦を決した。

 

 今ばかりは強靭な勇士(エインヘリヤル)であれと。

 

 激昂、発散した威圧にたじろいでしまう怪物の群れ。もう、遅いと宣言するように三人の少女が雄叫びをあげて開戦の狼煙を上げた。

 

 大いに猛ける。怪物とぶつかり合い、踏みつぶされても、切り裂かれても、真っ赤に染まろうとも、あの原野に咲き誇る花々のように輝いて、感情を剥き出しにした彼女たちの突撃は一匹残らず『殲滅』されるまで続いた。

 

 ――――そして。

 

「どうしましょう、ヘイズ様ー!?」

 

 全てが片付き、真っ赤な十字路に悲鳴が一つ。

 

「どうしたんですうーロナ、そんなやっちゃったみたいな……うわぁ」

 

 ダンジョンがこれ以上モンスターを産まないよう、阻害するため壁面を杖でバチクソに破壊していたヘイズがヒューマンの少女の呼びかけに反応する。

 

 ロナの隣にいたイルデに至っては茫然自失。そんなエルフの視線と同じくするヘイズが見ちゃったのは見るも無残な残骸。具体的にはバックパックだった成れの果て。

 

「……あばばばば」

「「ヘ、ヘイズ様、気をしっかり!」」

 

 受けれ難い現実にヘイズのメンタルにヒビが入って爆散。施した治癒魔法は流石に心までは癒してくれないのだ。がびーん。

 

「ああ……あんなに集めた白樹の葉(ホワイト・リーフ)が真っ赤に染まって……ふふ、ワンチャン希少素材と偽って……」

「絶対ッ無理です! 私達の頭が、ぱっかーんして真っ赤になります!」

「ミアお母さん怖いミアお母さん怖いミアお母さん怖い」

 

 現実逃避するヘイズと涙目のロナ。そして最後に心的外傷(トラウマ)となっているのか、初日にぶん殴られて分からされた記憶を蘇らせた(フラッシュ・バック)イルデ。

 

 24階層でしか取れない希少素材を含めて、全てが怪物に踏み荒らされて台無しの惨状。

 

 つまりである。

 

 日の出を見るよりも朝早くからダンジョンに潜り、えっほえっほとうら若き乙女達が調達していた香草、果実、茸、諸々が丸っと無駄。一日の半分を費やした時間も全部無駄。ついでにいうと看護衣(ナース・ワンピース)を連想させるような戦闘衣(バトル・クロス)はボロボロで半裸だし、血と泥で汚れている。もう嫌だ。

 

 ふふ……24階層の悪夢ですね。だって仕方ないじゃないですかーと、誰にいうわけでもなく心の中で吐き散らす。

 

 満たす煤者達(アンドフリームニル)治療師(ヒーラー)薬師(ハーバリスト)で構成された救護部隊。その戦術的役割(ポジション)は後衛職である。『遠征』でも、三人ともが後方支援が主な仕事。純粋な前衛職(アタッカー)が存在しないチグハグなパーティーで『お使い』をかましてきたミアが悪い、絶対に。

 

 でも、そんなこと口が裂けても言えない。お叱りを頂戴することになるから。

 

 あと誘っても来ない男衆も悪い。特に猪。

 

 長丁場の泥仕合を制した勝者の報酬はなんともあんまりな有様で幕引きされた。

 

 

 

 

「あの~いくら何でも吹っ掛けすぎだと思うんですけど~」

「あぁん? 俺様が付けた値段が気に入らないってなら、素っ裸で帰りやがれ【女神の黄金(ヴァナ・マルデル)】」

 

 杖でド突きたい、この眼帯の男。

 

 殆どを着の身着のままで帰還し、辿り着いた此処は18階層。通称、『迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』。モンスターの産まれない安全階層(セーフティポイント)であり、天井を埋め尽くすように生えた青水晶群、中心には巨大な白水晶が時間と共に発光する光量を変化させ、地上とは違うサイクルでありながらも『朝』『昼』『夜』を作り出している層域。

 

 そんな迷宮でありながら存在する、冒険者にとって楽園のような場所でヘイズと眼帯の男は言い争いをしていた。

 

「どうせ全裸で出歩くのは初めてじゃねえんだ、嫌なら売り物を返しな!」

「……リヴィラの大頭は銭ゲバ強欲助兵衛なんですねえー」

「おう、褒め言葉として受け止めてやろう。ガハハハッ!」

 

 嫌味を嫌味で返されて、イラっとした。でも、我慢我慢。そんな自制心を働かせて、仕方なく言う通りに支払いを済ませたあと、着替えを終えて店を出る。実に質の劣る衣類をまとって、二度と利用するかと肝に銘じた。

 

「すみませんでした、ヘイズ様ー!」

「貴女の落ち度じゃありませんよ、ロナ。悪いのはここの業突く張り連中なんですから」

 

 小柄な体を更に縮こませる副官のヒューマンになけなしの励ましを送って立ち直らせる。仕方ないのだ、此処はそういう街なのだからと。

 

 18階層に辿り着き、湖沼と断崖の上に建つ『リヴィラの街』にて服を見繕うよう頼んだのは他でもないヘイズ。三人の中で一番、衣服の損傷が軽微だったのでお願いした。そしたら、帰りが遅く、迎えに行ったらカモにされていたのだ、あの迷宮の宿場街の大頭であるボールスに。

 

 24階層での騒動。

 

 手に入った山のように積み上がる『ドロップアイテム』をヘイズとイルデの千切れた衣服で縛ってまとめ上げ、『魔石』は今後の禍根にならぬよう――――取り込んで強化種になるモンスターを生まないよう徹底的に破壊した。

 

 疑いようもなく、間違いなく、こんな相場で取引される代物ではない。少なくとも地上で売買する相場のン十倍の法外の値段で替えの服を掴まされた。

 

 なにより、痛手なのは表向きには解体されたことになっている【フレイヤ・ファミリア】。

 

 リヴィラの街は地上と違い、常に買い取り手が有利。その取引も基本的には今のように物々交換で売買される。取引可能な現品がない場合は証書を――――記入者の姓名と所属する【ファミリア】のエンブレムを書いた羊皮紙を用いて取引が完了するのだ。

 

 その後者である【ファミリア】の証文が使えないのが実にきつかった。身分の怪しい者は取引不可なのである。今のヘイズ達は世間一般でいえば、無所属(フリー)であり、改宗(コンバージョン)待ちの冒険者。交渉の余地はなかった。

 

 とはいえ、『派閥大戦』の祝賀会で酒場を利用して顔を合わせているのだから、ある程度の事情を把握していてもおかしくないはずなのに、あの高圧的かつ余裕綽々の態度が実に腹が立つ。

 

 本当ならば、ここで一度体制を整えて再度の迷宮探索をするつもりだったのだが、バックパックの値段を吹っ掛けられ、断念。思い返すだけで、杖を握る力が増す。

 

 しかもである。あの男は自身の立場を利用して他店でも似たような値段設定をして、阻んだのだ。やっぱりド突き回したい。

 

 以上、回想終了。

 

「――――という訳でして、三人のお力添えを頂けたら私、すっごく助かるんですが」

 

 えっちらおっちらと酒場に戻って、テーブルに突っ伏したヘイズ。その極まった死んだ魚のような目と疲れ切った表情を持ち上げて、今までの経緯を話した同僚達に助力を請うた。

 

「ニャハハハハハ、クロエ様は昼休憩で忙しいニャ! 頑張れ子分達!」

「そうニャ! ミャー達は忙しいのニャ、せんぱいとしての特権ニャ!」

「……あーこのアホ二人は無視していいよ。私は手伝いに参加したいんだけど、うーん……やっぱ、今日の当番で難しいかも。ごめんね」

 

 ヘイズとLv.4を同じくするアンポンタン二人組、クロエとアーニャの台詞を聞き流してルノアの平謝りに再度ヘイズ、テーブルに頭をダイブ。古株三人組の参戦叶わず、ゲームオーバー。

 

「立ち直ってください、ヘイズ様ー!」

「あ、諦めたらそこでお使い終了ですよ!」

 

 ゆさゆさと肩を揺さぶるロナとイルデの励ましの言葉。しかし、その程度では癒されぬ。頭の中でテンカウントが点滅。

 

「ヘイズさん、私の方からミアお母さんに頼んで今日のお使いはパスして貰うよう頼んでみましょうか?」

「シル様!?」

 

 がばっとテーブルから頭と体を引っぺがして立ち上がる。薄鈍色の髪をした少女の呼びかけにすぐさま反応してあたふたとしてしまうヘイズ。

 

「い、いえシル様のお手を煩わせるには至りません、不肖、ヘイズ・ベルベット頑張って夜までには戻ってきます!」

「そう、本当に大丈夫? うーん、そうだなあ……じゃあ頑張って戻って来たら、今日のお泊りはヘイズさんの寝具(ベッド)にしようかなあ」

「「「!?」」」

 

 良質街娘のふっかつのじゅもん。

 

 無論、即復活(コンティニュー)

 

「わ、私も!」

「シル様、明日は私の寝具(ベッド)に!」

 

 続いて、ロナとイルデが反応して明日の添い寝権利の奪い合いが勃発。

 

「もう、喧嘩しないの。ちゃんと一緒に寝てあげるから……ねっ?」

 

 小悪魔のようなニッコリ笑顔を見せつけ、きめ細かな手のひらが頭をポンポンする。これが神々が言うところのNIKOPOとNADEPOであることを身をもって体験、奇跡体験アンビリバボーである。

 

「「「頑張りましゅうー!!」」」

 

 諦めムードから一転。街娘に、やる気スイッチを押されたヘイズ達はそそくさと予備の戦闘衣(バトル・クロス)に着替えて再度のお使い進行(アタック)に出かけた。

 

「ニャニャ、わざとニャ……」

「やっぱり、シルはシルなのニャ。ミャー達の寝床から追い出されて次の寝床を確保しただけニャ」

「お前らな……」

「二人ともひどーい、折角みんなのやる気をモリモリにしたのにー」

 

 ミアによる酒場の従業員確保による弊害か、絶賛寝室の許容量が限界突破。そのしわ寄せとしてシルは日々、寝床を求める流浪の民として彷徨うことになっていた。そんなことから計算し尽くされた行動にクロエとアーニャがシルを突っついて遊ぶ。

 

 そんな猫人(キャットピーブル)二人に言い訳をしつつ、ルノアは苦笑交じりに呆れていた。

 

「でもさ、大丈夫かな? 今日は予約が詰まってるし、ミア母さんのお使いも多いと思うよ」

「それにシルを小馬鹿にする女神連中も来るのニャ。普通に今日も大忙しなのニャ」

「付け加えるのニャら、暇とお金を持て余した神様連中ニャ」

 

 各々の仕事をこなしながら、迷宮探索に向かった彼女達の話をする古参三人娘。調達する採取物はどれも数も質も厄介なもので、それこそ時間が一番の難関(ネック)。必要量を集め終えても、夜の営業――――それも、開店準備前までには戻らないといけないのだから、のしかかる苦労は筆舌に尽くしがたい。

 

 少なからず経験のある彼女達も一応の心配を覗かせる。

 

「確か24階層だったかニャ」

「ニャ、中層の最下層だニャ―。往復するだけでも一苦労ニャ。ミャーの兄様にお願いしてみるニャ?」

「ふふ、大丈夫だよ。クロエ、アーニャ」

「うん、どういうことシル?」

「それはね、ルノア……ズバリ、私の勘でーす!」

 

 微笑むシルがビシッとVサインを向けて、謎の勝利宣言。なにをしているんだと呆れるルノア達。そんな彼女達でも分かるようにと、その細い指が別の方に向けられた。

 

 指し示されたのは空っぽの籐籠(バスケット)。そこには毎日、シルが作っている手製の弁当が収まっている。受取人は、それこそヘイズ達と入れ違う形で朝早くに訪ねて、迷宮探索に向かっている。

 

「「「ああー……」」」

「ねっ?」

 

 同時に納得の声を上げるルノア達に可愛らしい目配せ(ウィンク)。その視線を窓の向こう、白亜の巨塔(バベル)に向けた。頬を薄っすらと染めながら、小さく彼に向けて言葉を紡ぐ。

 

「お願いしますね、私の騎士さん。それに……」

 

 

 

 

「――――はい、過去最高記録で到着ですね。さぁ過労死三歩手前まで頑張りますよー」

 

 モンスターの影を踏むことなく、全速力で正規ルートをばく進して戻って来たのは18階層。記憶に新しい嫌な思い出を払拭させるように、軽い小休憩(レスト)を挟みつつ『お使いリスト』を確認。

 

 24階層で見つけることができる白大樹(ホワイト・ツリー)。そこから採取できる上質な白樹の葉(ホワイト・リーフ)を始めとした香草と薬草。ダーク・ファンガスに酷似している巨大茸から希少な銀の雫を垂らす花といった、一覧表はまごうことなき時間制限付きの無理難題。

 

 常であれば、愚痴を肴にして彼女達と死んだ魚のような目をしながら奮闘していたわけだが、今日は違う。何故ならシル様と添い寝ができるから。

 

「……うん?」

 

 『リヴィラの街』を横目に通り過ぎる道中、喧騒が耳に届いた。

 

「お、お前は【女神の黄金(ヴァナ・マルデル)】!?」

「誰かと思えば、貴方ですか……」

 

 ばったりとかち合わせてしまったのは酒場以外では顔を合わせたくない、宿場街の大頭。

 

 左目に眼帯をした大柄の男が汗を流している。先ほどとは違う、雰囲気とリヴィラの街から漏れて聞こえる喧騒に途轍もなく、嫌な予感を覚えてしまうヘイズ。

 

「た、頼む! お前ら、助けてくれー!!」

 

 大股でドシドシとやって来るなり、そんなことを言ってのけた。

 

「はぁ……つまりは異常事態(イレギュラー)というわけですか。また、こんな時に限って厄介な……」

 

 無視するわけにもいかず、というより救いの手が現れたのをこれ幸いにと人だかりが出来上がって、なし崩し的に宿場街に立ち寄ることになった。それどころではないというのに。

 

 この街のまとめ役であるボールスが話した内容、それはモンスターの異常発生と階層間の移動である。大量発生したモンスターは中層、22階層から24階層で産まれるデッドリー・ホーネット。

 

 全長は成人の亜人ほどのサイズで、見た目は蜂を大きくしたようなモンスター。空を飛び回る厄介さと好戦的で集団戦を仕掛けてくる、中層きっての嫌われ者。

 

 この巨大蜂を相手取るときに用心しないといけないのが、下腹部にある毒針。この針を一刺しも喰らうだけで上級冒険者――――Lv・2の冒険者を死に至らせる猛毒。昆虫種、特有の強固な硬殻は並の攻撃では通用しないし、強靭な顎は容易く防具ごと肉体を切断してのける。

 

 また、面倒な特性が一つ。

 

 上層域に生まれる、『新米殺し』の異名を持つ『キラーアント』と同様に、フェロモンと呼ばれる仲間同士にしか分からない匂いを発散させる。このフェロモンを浴びた標的は延々と迷宮内をしつこく狙われる羽目になることから、巨大蜂(デッドリー・ホーネット)も『上級殺し(ハイ・キラービー)』という異名を冠すことになった。

 

 このフェロモンを大量に浴びた冒険者が命からがら、ここまで逃げて――――結果は御覧のあり様。

 

 巨大蜂の軍勢と追い立てられた他モンスターも交え、何階層も跨いで18階層に雪崩れ込んで、リヴィラの街は絶賛防衛戦を繰り広げていたようだ。

 

 ともあれ、そんな厄介な蜂共は討伐された後であり、今は負傷者の手当てや損害の確認と補修をしている真っ最中。迷宮の宿場街の名物である建て直し記録を更新することはなく、その立役者となって、活躍したのが他でもない――――。

 

「うーん、やっぱり貴方でしたか、ベル。どうして、こう厄介事や面倒事に巻き込まれるんですかー? 命が幾つあっても足りませんよ」

「す、すみませんヘイズさん……治療のお願いをしちゃって」

 

 貴方の頼みを断れるわけないじゃないですかーと、言葉を投げてはヘイズ達、満たす煤者達(アンドフリームニル)はその名の由来通り、遺憾なく発揮して癒しまくった。

 

 神々がいうところの辻治癒(ヒール)である。

 

 デッドリー・ホーネットの毒の解毒を副官二人に任せて、超広域回復魔法を施した後、仮設された天幕を潜るヘイズ。そこにはベルとボールスの二人。

 

 夢の添い寝が遠のくのを実感しつつ、頭を抱えるのを我慢しながら会話に加わる。

 

「いやー助かったぜ【白兎の脚(ラビット・フッド)】! それにアンタもな!」

 

 開口一番がそんな感謝の言葉。バシバシとベルの背中を叩きながら笑顔のボールスにイラッ。

 

「それで、大丈夫なんでしょうか。今回の異常事態(イレギュラー)になっている原因がまだ残っているって話でしたけど……」

「おう、じゃあ本題に入るぜ! 上に報告するなり、どうにかしねぇといけねえわけだが――――」

 

 その先の言葉を受け止めたくなかったヘイズは軽く眩暈を覚えた。

 

 

 

「その……改めて同行までしてもらって、ありがとうございますヘイズさん。それにボールスさんも」

「いいですよーベル。どうせ、私もここに用がありましたから」

「気にすんな、今日はもう十分儲かったからな! それに、てめぇには色々と借りがある!」

 

 異常事態(イレギュラー)の発生源を潰すために辿り着いた場所は徐々に因縁が積もり始めた、24階層。

 

 大戦犯。逃げ帰った冒険者達、曰く。この階層、目的地の広間(ルーム)であるモンスターが同時に複数、産まれたらしい。

 

 そのモンスターの名は『ブラッティー・ハイヴ』。件の巨大蜂と共生する希少種(レアモンスター)。全長、七(メドル)に及ぶ松毬(まつかさ)型のモンスターであり、与える印象は腐った果実のようで醜悪かつ不気味。

 

 デッドリー・ホーネットや他のモンスターのように移動をすることはなく、産まれ場所でじっと構えている(トラップ)型モンスター。その攻撃手段も粘液を放出するだけで、浴びても粘つく位で損傷(ダメージ)を負うことはない。

 

 ただし、デッドリー・ホーネット同様に厄介な特性を有している。

 

 ブラッティー・ハイヴが持つ能力。それはデッドリー・ホーネットの量産。この巣はダンジョンの壁面そのものに直接、繋がっておりダンジョンが日々生み出すモンスターを真似するかの如く、『蜂』だけを大量に、そして凄まじい速度で産み落とす。

 

 希少種(レアモンスター)なだけあり、あまり目にすることはないのだが、遭遇してしまえば経験豊かな上級冒険者のパーティーといえど全滅を免れない場合もある危険なモンスター。

 

 巨大蜂を量産して蜂は巣を守る。まさにモンスターの城塞。それが今回の異常事態(イレギュラー)の正体。

 

「そのブラッティー・ハイヴが複数、同じ広間(ルーム)にってことですか」

「ああ、しかもその問題の広間(ルーム)ってのが、厄介なもんでな……」

 

 ボールスが天幕で語った真相。

 

 一部始終を聞いてベルが声を落とす。これはどうにもならないと天を仰いでしまうヘイズ。一度、地上に帰還して、管理機関(ギルド)に報告。正式に強制任務(ミッション)を発令して、精鋭【ファミリア】を向かわせるべき事案だ。

 

 流石のミアも許してくれるだろうか? うーん、無理そう……。

 

 そんな諦めたくないけど、諦めたくなるような現実。憂鬱な気分で沈みそうになったとき、少年がまた声を発した。

 

「――――行きます。僕がなんとかしてきます!」

「「は?」」

 

 素っ頓狂にも思わず声が揃って出てしまう。

 

「ギルドに報告して準備をしている間にも、また、モンスターの群れが上がってくるかもしれない。だから、行きます」

「おいおい、正気か? おめぇでも流石にちと堪えるぞ……」

 

 どうしようもなく向こう見ずで、真っ直ぐな視線を此方に向ける白い少年。そんな彼を見て、本当に呆れつつも、だからこそなんだろうと思えた。彼が『特別』で、あの御方の『騎士』である理由。その瞬間を垣間見て、ちょっぴり惹かれた。

 

「じゃあ、さっさと行きますかベル。一人より二人の方が捗りますよ」

「いいんですかヘイズさん!?」

「それこそ今更ですよ、ベル。私達(、、)が貴方一人に面倒を負わせるわけないじゃないですか。ですよねー?」

「ぐっ!?」

 

 ヘイズの言葉にボールスが軽く仰け反る。その言葉の根にある真意に彼は含まれておらず、本来は【ファミリア】の眷族――――団員達に向けて放った台詞である。だが、勝手に誤解して飲み込むのであれば、それもまたよし。あの宿場街のまとめ役なのだから、多少は役に立つだろう。

 

 天幕の後ろで、舌打ちが聞こえたがスルーするヘイズ。

 

「いいだろう、今日といいお前にはしこたま礼をしないといけないからな。ただし!!」

 

 ニヤリとしたボールスが太り腕を突き出して、その指で輪っかを作ってみせた。

 

「また、冒険者依頼(クエスト)ってことでいいんだよなっ【白兎の脚(ラビット・フッド)】!」

「は、はい! ボールスさん! ありがとうございます、それにヘイズさんも助かります!」

 

 そして、話しがまとまり。二度はないだろう珍妙なパーティーが誕生した。

 

 前衛(アタッカー)は勿論、ベル。中衛にはサポーター兼、後方支援(バックアップ)のボールス。最後に後衛は治療師(ヒーラー)であるヘイズ。三名の少数編制。

 

 件の事情をイルデとロナに説明をして、一時パーティーを解散。そのまま18階層に残って、引き続き治療と解毒をお願いした。

 

 他にも数少ない無事で動ける上級冒険者。顔に傷痕がある如何にも無法者の男が、どういうわけか「【白兎の脚(ラビット・フッド)】が行くなら俺も……」等と、あまりに温度差のある言葉に引いて、拒否した。足手まといだから。というか、何処かで見た覚えがあるような気がしたが今はそれどころではない。

 

 諸々ボールスを介して、防衛戦の維持に人員が必要だと納得させること数分。準備を終え、出発。

 

 道中、全くモンスターと遭遇(エンカウント)することなく実に快適で順調に階層を下っていった。

 

 正規ルートを駆けながら、首を傾げる二人の背中を眺めつつ、心の中で何時もこうなら助かるんですけどねえーっと、そんな感想を抱いたヘイズ。猪よりはマシかもしれないと評価をやや上方修正。

 

 真っ二つに貫かれた『魔石』に吹き飛んだ灰。壁面は縦横無尽に残された轍の後がモンスターを産ませないと。戦車が通った道を瞳でなぞりながら、三人は辿り着いた。

 

「あれが……発生源」

「……やべぇな」

「うわぁ……卒倒しそうですねえ。二人とも死ぬ三歩手前までなら治療が間に合いますのでー」

 

 24階層、大樹の迷宮にある広間(ルーム)。生い茂る木々と花々を覆い尽くしてしまうほどに、形成された巨大蜂の群集(コロニー)。足を踏み入れた瞬間、侵入者を感知した蜂が一斉に羽音を掻き鳴らして襲ってきた。

 

 戦闘開始の火蓋が落とされる。

 

「――――行きますッ!!」

 

 放たれた矢のように少年が疾走。真っ直ぐに白い残像が尾を引いて、突貫。瞬く間に肉薄するベルが≪神様のナイフ≫と≪白幻≫を抜き放ち、紫紺と輝白の斬撃を見舞う。

 

『ギッ!?』

 

 紙でも切るようにデッドリー・ホーネットの硬殻を切断。閃いた二振りの輝きが、十を超えるモンスターの屍を生み出す。そのまま速度を緩めることなく、跳躍。翻弄するかのように木々を蹴り上げて空中戦を開始した。

 

「はあぁあああああッ!!」

 

 裂帛の気合とともに刃を振り抜いては獲物を屠り続ける狩人。襲いかかる顎の噛みつきも硬殻による突撃も自慢の毒針も兎には掠りもしない。どころか、顎を蹴り上げて、粉砕。突撃も新たな足場として利用しながら更に加速、撃墜、穿ってくる毒針も斬撃の結界が切り裂いてしまう。

 

 加速度的に威力を発揮させていく、白兎の猛攻(ラピット・ラッシュ)。繰り出される連撃が蠢く怪物共を圧倒。負けじと、決壊した川のような激流をもって、新たな巨大蜂が産声を上げ始める。その標的はただ一匹の兎に向けられた。

 

「な、なぁ【女神の黄金(ヴァナ・マルデル)】。俺達、必要ないだろこれ」

 

 Lv.3の熟練(ベテラン)冒険者であるボールスが呆気に取られるようにして呟いた。知覚すらできない、白い残像だけが無事な右目に映る光景。太い指先の向こう、視線を飛ばしつつ、戦いの野(フォールクヴァング)で戦い続けた少年は更に強く、飛躍している。

 

「なに、呑気に現実逃避しているんですかー私達にも役割があることをお忘れなく。ほら、あそこと向こう、それにあれです。さぁ魔剣を一本貸しなさい、残りの二つは任せました」

「お、おう……」

「うっかりとあの一番大きな木には当てないでくださいよ、本番前に起きたら面倒ですから」

「た、ったりめえよ!」

 

 デッドリー・ホーネットに最大敵視(ヘイト)され、集中攻撃を浴びているベルの役割は殲滅ではなく囮。その間に無限ともいえる兵隊の供給を阻止すべく、ヘイズは目を光らせていた。蜂の群れのムラを把握し、そこに狙いを定めるよう指示。バックパックから持参してきた魔剣を取り出すボールスが怒声を放つ。

 

「これでも喰らいやがれええええッ!!」

 

 そのかけ声を受けて、ベルも射線上から離脱。

 

 放たれるは『魔法』の砲撃。

 

 ボールスとヘイズが振りかぶった『魔剣』。それは、あの派閥大戦で【ヘスティア・ファミリア】に所属している、あの鍛冶師が作製した代物。

 

 かつて、妖精の森を焼き払った逸話のある、『クロッゾの魔剣』。

 

 あの敵と味方が入り乱れては、しのぎを削って争った戦場。使用済みとはいえ、砕けていなかった『魔剣』をネコババしているボールスには流石のベルも苦笑いをしていた。それでも、こんな事はあろうかと虎の子とばかりに持ち出して来たのだから大した図太さである。

 

 身をもって焼かれた、あの『クロッゾの魔剣』。その火力は折り紙つき。

 

『――――!!』

 

 雷の槍、氷の礫、炎の矢、それらが同時に群がる巨大蜂諸共、ブラッティー・ハイヴを薙ぎ払って土煙と渦を巻かせた。

 

 倒れる巨大な樹木と地響き。地表すら焦がし、凍結させる光景に勝利の二文字は疑いようもない。

 

 役目は終えたと、今度こそ剣身に亀裂が入り砕け散る。

 

「ここからはベル。貴方に任せました、来ます!」

「はい!」

 

 地響きは依然、続いている。さらに揺れを増して、木肌――――地面が爆ぜる。まるで解き放たれるのを歓喜するかのようにソレが姿を見せた。

 

「……やっぱり、いやがったか木竜(グリーンドラゴン)

 

 ボールスの言葉を肯定するかのように目覚め、怒れる竜が『咆哮』を上げる。

 

『オオオオオオオオオオオオオォ!!』

 

 竜の原始的な恐れを呼び起こす雄叫びが、辺りの土煙を引き裂いた。そして、巨大な樹木が一本だけそびえている。ヘイズの指示のもと、巻き込まないようにしていたものだ。それが、光り輝いていた。

 

 正体は『宝石樹』。赤や青といった様々な色美しさを備えた輝く宝石の実を宿す、まさに金のなる樹。ブラッティー・ハイヴなんて消し飛ぶほど、希少(レア)で滅多にお目にかかることはない、ダンジョンが生んだ宝。

 

 冒険者が夢みる一獲千金の宝。それを守る存在と対する。彼の木竜(グリーンドラゴン)は中層域、最強の怪物。モンスターの頂点に君臨する『竜種』であり、その潜在能力(ポテンシャル)はヘイズと同じ、Lv.4。

 

 数字こそ同じだが、階層主同様に数字以上の恐ろしさを持つのが『竜種』という怪物だ。過去、多くの英雄をその牙と爪で屠ったのが、なによりの証拠。

 

 深層域、51階層に出現する強竜(カドモス)同様。貴重な採取物の前には宝財の番人(トレジャー・キーパー)と呼ばれる一線を画す、モンスターが君臨している。

 

 よりにもよって、今回の異常事態(イレギュラー)宝財の番人(トレジャー・キーパー)が居座る広間(ルーム)で発生したのだ。多種モンスターを巻き込んでの階層間移動も頷けるトラブルの親玉ともいっていい。

 

『アアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 来たる侵入者を迎え討つに十分すぎるほど、『餌』は豊富だった。アレは最早、ギルドが公式基準として発表している基礎能力(スペック)を逸脱している。

 

 モンスターの命であり、心臓。その『魔石』を取り込むことでモンスターは飛躍的に力を増す。それが『強化種』と呼ばれ、多くの悲劇を生んだ。まだ、【フレイヤ・ファミリア】が健在だった頃の話だ。あのギルドの豚が泣きついてきたことがある。

 

 多数の上級冒険者をただ一匹のモンスターが皆殺し。編制された第二級冒険者の討伐隊すら返り討ちにした、『血濡れのトロール』。その被害者は分かっているだけでも五十人を超える。

 

 ギルドに白羽の矢を立たされ、凄惨な事件に終止符を打ったのが、猪を始めとした幹部達。その口から報告された彼のモンスターの力はLv.5。つまり、今のベル・クラネルと同じ域に達している。

 

(話を聞いた時に最悪の場合を想定していましたが、予感は的中ですねえ)

 

 逃げ出した冒険者が錯乱して見間違えた可能性、デッドリー・ホーネットの群集に打ち負かされる可能性。そんなことを考えていたが、相手はあの竜である。もしもの場合を想定したとき、間違いなく木竜(グリーンドラゴン)は強化種へと変貌しているに違いない。

 

 放たれる圧は裏付けして、鳥肌が立つ。あの竜は間違いなく、今のベル・クラネルと同じ、Lv.5の潜在能力(ポテンシャル)があってもおかしくはない。

 

 だから温存しておきたかった。切り札を最後まで忍ばせておきたかった。

 

 今も横で小さくなっている眼帯の男の言葉に同意するのは腹立たしいが、少年一人で十分、デッドリー・ホーネットの異常発生を潰すことはできただろう。

 

 自身が逃げ出した『洗礼』を逃げずに、一人立ち向かい続けた彼は『英雄候補』の階段を歩き始めた。『お気に入り』で『特別』で『騎士』の少年に嫉妬なんて抱かない。ただ、純粋に尊敬している。最悪の事態と直面して、一人であの竜と戦うことになっても負けるだなんて思ってもいない。

 

 そう、なんてことはない。ただ私は近くでその猛々しい雄姿を見たかったのだ。

 

 その全力を、彼の本域を発揮させるための舞台。今まさに英雄劇は最高潮(クライマックス)なのだから。

 

「――――勝負だ」

 

 短い決闘の合図。既に準備は完了し終えている。魔剣の発射と同時に、≪神様のナイフ≫に渾身の魔法を叩き込んだ。

 

 リン、リン、リンと。鐘の音が鳴り響く。

 

『オオオオオオオオオオォ!!』

 

 竜が、その巨躯を震わせて襲いかかる。巨大蜂の硬殻を上回る竜鱗を持って、純然たる力の塊をぶつけにかかる。巨大な顎が先端を開かせて、牙が襲う。見開く緑眼はその視線だけで相手を縫い止めてしまう光を放っていた。

 

 対する兎はまだ、動かない。

 

 恐ろしき竜の全力を真っ向から、立ち向かうように。あの猛者との一合を振り返るように、閉じていた瞼を見開いた。視線が交差する。

 

 深紅(ルベライト)の双眸が見据えるのは遥か高み。あの一撃を越えんがために。

 

 三十秒分の鐘音(サウンドベル)

 

聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)!!」

『――――――――!!』

 

 激突。猛威を具現化した、嵐を思わせる竜の嘶きが響く。拮抗は一瞬。竜が耐えれたのはその、一瞬だけ。巨躯を焼き払う聖火の一撃が断末魔すら切り裂いて、吹き飛ばした。

 

 

 

 

「あの……やっぱり、皆さんで分け合いませんか?」

 

 とてもあのカッコいい姿を披露したとは思えない少年のよそよそしい、声が届いた。

 

「なにを言っているんですかベル? 倒したのは貴方ですよ~全て貰ってもいいに決まってるじゃないすか」

「これ以上、借りを作るのはリヴィラの流儀に反する! だから、大人しく貰っとけ!」

 

 18階層、『迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』にて、そんなやり取りが繰り広げられる。

 

 ベルが口にしたのは『宝石樹』から採取した宝石の実。サポーター役を受け持っていたボールスの背にはパンパンに詰まった、バックパック。金銀財宝の山。

 

 地上で売り払えば、どんぶり勘定で計算しても3000万ヴァリスは固い。

 

 手にしている大金に冷や汗を流すベル。薄っすらと思わぬ収穫に【ファミリア】の財務担当のサポーターの少女の顔がちらつく。

 

 迷宮の宿場街に帰還し、ボールスと別れて二人きり。他の仲間達との合流があるというヘイズの後ろを追従しながら、心なしか手持ち無沙汰を覚えて会話を振ってみた。

 

「そういえばヘイズさんはどうして、ダンジョンに? 酒場の仕事だったりするんですか」

「ああ、そういえばベルはたまに、お使いを頼まれていたんでしたっけ。そうですよー馬車馬の如く摩耗されながら、あの24階層で食材調達をしていたんです」

 

 まぁ、それも蜂騒動でおじゃんとなりましたが、そう付け加えてイルデとロナと合流。

 

「ただいま戻りましたよ。その後、どうでしたか」

「はい、解毒と治療の方は完璧です。ただ……」

 

 報告するイルデと疲れ切った表情のロナ。口数少ない理由はヘイズ自身も思い当たっている。

 

「あんな異常事態(イレギュラー)が起きたら、仕方ありませんよ。一先ず、休憩(レスト)を取って、それから時間が許す限りは集めるとしますか」

 

 遠のく夢の報酬と恐ろしい女将の説教に震えながら、半ば諦めムードの満たす煤者達(アンドフリームニル)。そんな彼女達の事情を把握は出来ずとも汲み取る程度には師匠(マスター)にメタクソのバチクソに調教されてしまったベル。

 

 見過ごせるわけもなく、輪に入って声をかけた。

 

「あの、ヘイズさん。それにお二人も、ちょっと待っていてもらってもいいですか?」

「うん? ええ、まぁ……暫くは、ここで休んでいますけど、どうしましたベル」

「いえ、すぐに戻りますんでー!」

 

 意味深な言葉を残して、足早に去ってしまう少年。謎だ、また面倒事に首を突っ込む気ではないだろうかと、問いかける間もなく宿場街の雑踏に消えてしまった。

 

 天井の青水晶群から漏れる光が落ち着きを見せ始めて『夜』になった頃、ベルは戻って来た。ニコニコと山盛りの荷物を抱えて。

 

「……なんですか、その荷物。ま、まさか」

「はい、ヘイズさん達のお使いリストにあった食材です!」

 

 こればっかりは面を食らった。ヘイズもイルデもロナも全員、鳩が豆鉄砲を喰らって、催眠術を受けたような表情をして暫くフリーズした。

 

「えっと……迷惑だったり、しましたか」

「いや、いやいやいや普通に大助かりなんですどベル。一体どうやってこれだけの量を? あっ、まさかとは思いますけど、あれだけあった宝石樹の……」

「取引に使える現物がアレ位しかなくて。それに、【ファミリア】の証文を使うと、あとでリリと神様に怒られちゃうので」

 

 ……あの宝石の山を私達の為に手放した?

 

 どういうことなのだろうか。強化種へと変貌した狂暴な竜が守る財宝。よほどの浪費家でもない限り、遊んで暮らせるだけのお金の山。それが、少年にとってはなんでもないとばかりに、売り払ってしまった。あまりに釣り合いが取れていないというのに。

 

「ヘイズ様……ばっちり、今日のお使いリストの素材ばかりですーしかもリスト外の物までありますうー」

 

 おもむろに袋の中身を確認していたロナが安堵の笑みを隠さずに告げる。というか満面の笑みである。

 

「ああ、ありがとうございます貴方様は私達の命の恩人です」

「ふぁっ!?」

 

 イルデはイルデでエルフの癖にしれっと背後からベルを抱擁していた。

 

「ありがとうございますーベルさん、いえベル様ー」

「ちょっ、二人とも放してくださいー!!」

 

 追いすがるようにロナがベルの足に抱きついて感謝の意を伝えている。

 

 そんな光景にやっとこさ、意識が戻ってきた。

 

 真っ赤な顔しているベルと目がばっちり合う。なるほど、年頃の男の子なわけだから、長身で美人なイルデと小柄で可愛らしい美少女のロナに迫られたら困り果てるのも分かる。

 

 やれやれ仕方ない。咳ばらいを一つして、三人の近くに寄った。

 

「ベル~ぶちゅーしてあげましょうか?」

 

 そう素直に感謝の気持ちを伝えてみることにした。兎は逃げた。

 

 

 

 

「酷いですよベル。乙女の接吻を前に逃げ出すなんて」

「す、すみません……」

 

 中央にそびえる白水晶に体を預けながら、ベルに一言物申すヘイズ。逃げ出した兎を捕まえては連絡路まで引きずって来た。

 

「それにしても、教えてもいないのに調達内容が、なんなのかよくわかりましたね」

「ああ、それは――――」

 

 ベルが口にしたのはなんてことはない当たり前ことだった。『大樹の迷宮』内で調達する素材は既に見当がついていたらしい。それもそのはず、ベルは既に過去、何度も女将(ミア)から頼まれては運んでいた経験があったから。

 

 その経験から、今回必要なダンジョン産の素材を見繕ってくれたようだ。

 

 巨大蜂の騒動で足止めを喰らっていた上級冒険者の半数近くが、『大樹の迷宮』で受注していた冒険者依頼(クエスト)をこなしていたことから、必要量をあっという間に確保。その人手も、何故かボールスを含めたリヴィラの街の住人が協力してくれたと少年は口にする。

 

「モルドさん――――えっと、知り合いの冒険者なんですけど、一緒に集めるのを手伝ってくれて」

 

 あとはもうなんというか、「【白兎の脚(ラビット・フッド)】が、そこまで言うのなら……」みたいな、そんな流れとしか思えない、内容を聞きながら遠い目をしてしまった。

 

 幸運が、幸運で、幸運のあまり、全てが丸っと解決してしまう。そんな終わり方の内容。

 

「……私たちの時と随分、対応が違うんですけど」

「あ、ははは。街の人たちも話せばいい人達ばかりですよ」

 

 何気ない日常の会話でもするように、歩きながら地上へと向かう。

 

 あの『箱庭』で、折れることなく、真っ直ぐに貫き通した少年は彼女を救ってくれた。そして、私達も。きっと、あの荒くれ者達もそうなのだろう。『迷宮』という暗闇に灯された一条の聖火。気づかぬうちに、その暖かさを認め。知らず知らずのうちに集まっている。

 

 おおよそ、冒険者に相応しくない優しさを持ったまま、少年は階段を駆け上がっていく。まるで、皆を先導するかのように。

 

「……こほん。ベル、お礼がまだでしたね。ちょっと、お耳を借りますよ」

「え、お礼だなんて、大丈夫ですよヘイズさ――――!?」

 

 振り返るベルの足が止まった瞬間を狙って、お礼の言葉を囁いてみた。

 

「ベルちゃ~ん、しゅきしゅき~」

「ちょ! へ、ヘイズさん、急になんですか!?」

「どうしたんです、ベル? また、顔が真っ赤ですよ、熱でもあるんですかー」

「顔が近いっ!?」

 

 患者の体温でも測るように額をくっつけようとしたら脱兎の如く、離脱。くっ、惜しい。

 

「地上まで、あと何階層あると思っているんですかベル。その調子だと持ちませんよ? かかりますよーイルデ、ロナ」

「分かりました、ヘイズ様」

「はいーヘイズ様」

「!?」

 

 彼女達も巻き込んで三方向からの挟み撃ち、魔の三角形(アンドフリームニル・トライアングル)が形成される。兎は今度こそ、にげられなかった。

 

 ダンジョンを抜け出すまでの時間、延々と耳元でお礼の言葉を囁かれることとなったベル。

 

 そんな彼の右往左往する表情を堪能して、ヘイズは今回のお使いを総括した。

 

 結論、兎しか勝たん。

 






今回の陰のMVPは素直になれない都市最速さんです。

別作の執筆中に息抜きでハサミを出したら、本末転倒になってしまった。つまり、更新が遅れるということ。テヘペロガネーシャ。(V)o¥o(V)

そんな本作もザリガニの脳内妄想を削った形になりました。
形にしたのはベルとヘイズの絡みだけでしたが、本来のプロットは以下の通り。

リリとブリンガル+その他、ヴァン達。
(内容)リリを指揮官に据えて、下層、もしくは深層でめきめき指揮官としてのスキルを鍛える。外伝15巻のヘスティア・ファミリアの遠征同行の行間部分を膨らませたなにか。

ヴェルフとアレン
(内容)ファミリアの資産及び、武器がないないのアレンが鍛冶師として認めているヴェルフにオーダーメイドを依頼する話。人に頼む態度じゃない感じで「今は手持ちが少ねえ、まけろ」「……ふざけろ!」そんな掛け合いがあった。ついでにアーニャも絡ませる予定だった具体的には武器素材集め、兄様にプレゼントォ!!。

春姫、命とヘディンとヘグニ
(内容)へっぽこ狐を狙っている魔法大国と極東のアンポンタンをしばく話。妄想癖と天然とコミ障の絡みでキレる鬼畜。ヘグニのもにょもにょした言葉を命がニンジャ的隠語だと勘違いして春姫が乗っかて、ヘグニが更にどもり、ヘディンが手刀する。そんな感じでダンジョンにあるアジトを潰す話。

オッタルと皆
(内容)毎日、朝から夜遅くまで一人ひっそりと上層すみっこ鍛錬している猪レイドバトル。皆ボコボコにされて、ベルはトラウマが深まるし「まだ青い」とか猪が言って〆る内容。

ベルとヘルン
(内容)ダンジョンでデート。やべーぞ、ヤンデレだ。師匠に調教された迷宮中毒者が毎日どこかで女の子を助けては被害者の会を作り、デート中に出会う。怨速の刺突まったなしな内容。そんな感じで、お届けするつもりでした。



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