オラリオに至る病


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作:ヤン・デ・レェ
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原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか
タグ:オリ主 アンチ・ヘイト

融通の利かない現人神エルフがオラリオに至るまで。



オラリオに至る病


オラリオは肺にたまった水のように淀んでいる。自浄作用を失くした都市の成れの果てがこの小さな世界の正体だ。素朴な冒険心に触発されてこの街を目指したことのある誰しもが通る道であり、失望に打ちのめされた者に突き付けられる冷厳なる現実だ。ここで一つ、冒険者は篩に掛けられるのだ。

 

篩に掛けられて、残ったのは才能と狡猾である。天性の才能と生まれ持っての狡猾さが身についている者だけが、この腐った都市で隣人を何食わぬ顔で蹴落としながらのし上がることができるのである。

 

この都市には秩序というものがない。混沌が支配している。実力行使によってのみ治安は維持されており、嘘を見抜けるという神の特性を生かして略式裁判のみが信奉されている。この地に哲学は存在しないのだ。生命倫理も存在し得ないのだ。すべては神の存在に依る。

 

神が地上に顕現して幾星霜。人間社会、国家、文明、そういったものは何らの進化を見せず。引き換えに偏った進歩を遂げた。主にその軸にはダンジョンの存在があり、ダンジョンが生み出す諸々の産物がもたらすものがあり、そう言ったものを除けば世界は緩やかに、しかし明々白々に、停滞の渦に巻き込まれていった。

 

神の顕現が人間から奪ったものは計り知れず、その最たるものこそが哲学であり、倫理であった。人間は悩む営みを半強制的に放棄させられたといってもいい。真実、善、美。この三つをいかに追求すればよいのか、という問題に対して向き合うことの重要性は、答案である神の存在が天から降ってきた時点で形骸化されたのだ。

 

一見、答えが出ることは素晴らしいことであるように思われた。だが、地上の子らがまざまざと教え込まれたことは、神々が我々を彼らに似せて作った、というところまでであった。唯一正確に伝承された神に関する言説は、これに尽きた。神々は奔放であり、傲慢であり、品性に欠き、そのうえ恥知らずだった。彼らはまんまと我々の内側に入り込むと、その本性をあらわにして思い思いにふるまいだした。恩寵を与えるという甘い罠を使い、また真実と虚偽を見抜く特権を自分の恣意に振りかざして。

 

こうして地上に降り立った神々は地上に生きる我々の隣人として居座りだした。その存在は重たく、とてもではないが取り除くことのできないほどである。彼らは極めて有害であり、人心を惑わし、時には直接的に出血を強いる。悪魔よりも恐ろしいことに、その契約は極めて一方的であり、神々が究極的に失うもの、失うことなど端から何一つないのが現実である。

 

神々は時に人間の上に君臨して王侯君主の真似事に耽り、時に人間の真似事をして人の限りある生の営みをかき乱し、剰えそのことにかけて全く罪悪感を抱いていない。彼らが自ら課した枷など、所詮は一方的な宣言に過ぎない。不履行であったとしても、その不履行を責め苛む為の手段も何も、地上の子らには与えられていない。その振る舞いに運命を乱されて、儚くも本来の無事な道筋から剥落し、時に卑屈の内に下賤に身をやつして生き、老いさらばえて落涙するもの、或いは時に無念の末に淀んだ海に身を投げた子らは数限りない。その総数は数えるまでもなく膨大である。

 

悪辣非道にして邪知暴虐ここ極まれり。神という異物が地上を、どこかおかしくしてしまった。

 

 

 

 

 

 

私が最後に神を見たのはアレス戦役の時だった。当時の私は権力の絶頂にあり、肉体的にも最高の状態を維持していた。

 

私が神を最後に見たアレス戦役において、戦神アレスはラキア王国の軍勢を起こし我らが森へと侵略を開始し、我々はこれを総力を挙げて迎撃したのである。

 

戦争は初めてではなかった。以前からエルフや精霊を狙う不届き者は数知れずいたからである。私の仕事はそのような不届き者が、私の大切な森の宝に指一本触れることがないように、そのためにありとあらゆる手段を講じることにあった。

 

私は若木の折に森の外を旅したことさえあったが、それでも故郷を愛していた。私はこの故郷を守るために旅から帰るなり、あらゆる方面において改革を断行した。

 

そして改革を続けること数千年、私はその成果としてエルフの森全体の執政官兼軍司令官として、あらゆる権限を手中に収めていた。閉鎖的な里を開明的な城塞都市に変えることが第一の目標であり、その次は領域国家として森の周囲に緩衝地帯または衛星国家を樹立することが私の長年の目標であった。

 

全ては密猟者のような不届き者に恐れることなくエルフと精霊が安心して暮らせる楽園を作るため。そのためにも、私は王族をも凌ぐ権勢を獲得する必要があり、それを維持し続ける必要にも駆られていた。そして、そのこと自体は当時の私にとっては造作もないことであった。

 

私は辣腕を振るった。目標の為にありとあらゆる改革を断行し、進歩的な軍制を持ち込み、合理的な税制を持ち込み、住居の区画を決め、都市整備の図を描き、上下水道の整備まで手掛けた。

 

あらゆる事業は遅々として進まなかったが、それでも千年、二千年と経つにつれて徐々に成果は現れだした。エルフと精霊の森は、着実に巨大な領域国家への変貌を遂げていったのだ。自然との調和を逐一堅守しつつ、木の根を避けて配管を巡らせ、森を新たに切り拓かずに、地下空間を利用して要塞を建設した。本格的な水洗トイレ第一号を我が家に迎え入れた時、私は人生において他で味わったことのない達成感を感じていた。

 

そうして私がせっせと丹精込めて建築した理想郷を、横からかっさらおうとノコノコ攻めてきたのがアレス率いるラキア王国軍だった。

 

豊かになったエルフと精霊の森をタダで譲ってやるわけがない。我々は戦った。戦い、勝利したのだ。

 

日ごろから課した訓練通りに実戦を戦い、事前の訓練通りに民を避難誘導した。完璧だったと今でも思う。エルフにも精霊にも犠牲者は出さなかった。森が少し焼けただけだ。それもすぐに消し止められた。私は完璧に森を守り抜いたのだ。

 

奴らは魔剣なる珍妙な兵器を持ち出したが、十分に習熟した戦術戦略の前では森の一部を燃やすに留まり、対して連中は本隊を蹂躙されて三々五々に逃散するのがやっとであった。

 

森は守られた。だが、この戦争は相手の首魁が戦神アレスである限り起こり得る可能性を秘め続けていた。

 

根治が必要だった。

 

だから…だから、私は部下に捕虜に取ったアレスの処刑を命じた。

 

「百人隊長、アレスの処刑を執行せよ!」

 

ラキア王国の王位継承権者は解放したうえで、かの王国の病根たるアレスを生かしておく必要はなかった。今こそ断罪の時。アレスの死が、神々からの解放の、ひいては神々といえどもエルフと精霊の森を侵すことは許されないのだというメッセージを全世界に轟かせる狼煙となるはずだった。神々の横暴を訴求し、自助の論理でもってこの艱難辛苦を振り払うことこそが、エルフと精霊の森の、開かれた、自由な未来への最大の遺産になるはずだと、私は固くそう信じていたのだ。

 

だが……

 

「閣下、それは、できません」

 

「なぜだ!?」

 

「閣下、アレスは我々エルフともラキア王国の人間とも違います。アレスは神です」

 

「そんなことは関係ないだろう?何人兵士が死んだと思ってる!お前の部下だって死んだんだぞ!」

 

「ですが…どうかお許しを、神を殺すことなど…とてもとても。ラキア王国の王を代わりに処刑してはいかがでしょう?」

 

「それでは本末転倒ではないか!人間の国家に大義名分を与えてどうする?再び戦争にならないためにアレスを殺すんだ!」

 

結局、兵が私の命令を実行することはなかった。誰一人として、アレスに弓引く者はいなかった。

 

「ええいッ!意気地なしどもめ!私がやる!」

 

「なりません!親衛隊!閣下をお止めしろ!!」

 

「離せええええええッ!!!」

 

「閣下!落ち着いてください!閣下!」

 

「お前たちこそ落ち着け!親衛隊が私の邪魔をするな馬鹿者!さっさとアレスの首を刎ねるんだッ!!」

 

「このままではアレスが…おい!縄を解け!逃がすんだ!」

 

「なぜだ!!!なぜ!!!」

 

私は政治学を修め、修辞学を修め、軍事学を修め、武術も修めていた。私は自ら剣を抜き放ちアレスの首を叩き落そうとしたが、側近連中により阻まれた。アレスを、せめてアレスを拘禁しようと命令を発したが時すでに遅く、アレスは五体満足で私の掌中から逃げおおせた。

 

私は激怒した。

 

幕僚をはじめとした側近も、雑兵のころから手塩にかけて育ててきた親衛隊も、選りすぐりの将校たちも、誰一人として私の命令に従わなかったどころか、私の命令に反して、私の道を阻んだ。私の行動を阻止し、まんまとアレスを取り逃がした。その逃亡を幇助しただけでなく、私が追いかけられないように馬を放しておくお膳立てまでしてのけたのだ。

 

私は激怒した。激怒の勢いに任せて、私は自らの幕僚を解任し、親衛隊を解散し原隊へ帰属させ、将校たちから階級章を剝奪した。勲章は奪わなかったが、軍令違反は重罪である。そう、私が法に定めた。

 

私は一度は逃げられたものの、アレスを殺すことをまだ諦めていなかった。私は王族に掛け合い、なんとかラキア王国への遠征軍を起こそうと四苦八苦し、それがかなわないと見るや、私以外が指揮を執る遠征軍がアレスを殺すか、私が死ぬまで私に課せられたあらゆる業務をストライキするに至った。

 

このような私の勝手な振る舞いもまた重罪であった。権力の乱用を許すまいと、自ら熱心に何重にも編み込んだ法典の蜘蛛の巣に、私は自らを突き落としたのだ。

 

私はそれまでの功績を加味されて罪を一等減じられ、最終的に追放処分となった。量刑、私。審判も私。もう千年以上も前に制定したことだったが、何の問題もなく機能したことに、私は自信を深める一方で、追放処分に対する絶望感で満たされていた。私は通告を力なく受諾し、餞別代りの旅の用具一式を鞄とともに受け取った。

 

私は自ら考案した階級章と、自ら制定した勲章を剥奪されて、エルフと精霊の森を追い出された。いや、自ら追い出したに違いないだろう。私はもうほんのわずかな時間でさえこの森にはいられなかった。エルフという奴らが嫌いになりそうで、このわからずやどもを罵ってしまいそうで。だから私は身を浮かせるようにして森の出口を駆け抜けたのだ。

 

後になって王族や市民、解任した幕僚たちから私の在留嘆願があったことを聞かされたが、今となっては詮無きことである。例えもう一度執政官になれたとしても、私は謹んで辞退するだろう。

 

私はエルフと精霊の森にこの身を捧げてきた。この森の生きとし生けるものの為に、私はこの身のすべてを捧げてきた。それは時間も然りだ。

 

私の数千年は何のためにあったのだろうか…と、ふと私の脳裏を虚無感が過った。そして、次に私の肚の底から、途轍もない怒りが沸き上がってきた。

 

それは理不尽への怒りだった。

 

「ふざけるな!!誰がここまでこの森を守ってきたと思っている!!誰がこの森をここまで強くしたと思っている!!」

 

「私だ!!私が幾千年かけて育てたのだ!!」

 

「んがあああああああああッ!!!」

 

森に戻ろうとして、木の根に躓いて転んだ。森が私を拒んだのが分かった。私の足は自然とその場で立ち止まり、私は呆然とそこに佇むほかなかった。

 

「わからずや、恩知らず、間抜け、たわけ、愚か者め…」

 

私は森からゆっくりと離れた。馬はない。馬車など当然ない。片手で持てる鞄に詰められた旅の道具一式だけが、私の全財産であった。

 

何と惨めなことだろう。私はすべてを捧げたが、その答えは、全ての剥奪であった。私は最早何も持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

再び歩き始めた私には、生きるためにも、負けじと生きるためにも、何か目標が必要だった。

 

この数千年間、私は長らく自由な時間というものを持っていなかったことだし、私は自由時間が増えたと考えることにした。

 

自由時間にやることと言えば、旅だろう。私は旅をすることにした。だが、あてどない旅は嫌だった。

 

だから、私はこの目でなんでも見てやろうという気持ちで、自身が最も憎むところであるオラリオにこそ、訪れてやろうと思い至ったのである。

 

あの憎たらしいオラリオを、そのすべてをこの目で見てやろう。それから、復讐なり、自刃なりすればよろしかろうと。

 

私はそのように思い立って、エルフと精霊の森からまっすぐ、オラリオへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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