宮本恒靖監督解任の一報を聞き、正直驚いた。記者としては恥ずかしいが、もう少しタイミングは後、と考えていたからだ。昨季は2位と結果を残し、今季は新型コロナの集団感染で出遅れた中で、攻撃的なスタイルへの転換を図っていた。その進捗は遅れ、10試合3ゴールというG大阪史上最悪の得点力不足に陥った。クラブの決断は早かった。
クラブが会見で明かした監督交代の理由は「得点力不足に改善が見られなかった」ことだ。ではなぜ、改善は見られなかったのか。宮本監督は試合ごとにフォーメーションやメンバーを変え、最後まで最良な形を探していた。ただ攻撃面においては、今季掲げた「ボールを動かして主導権を握る」というコンセプトが、足かせになっていた。
昨季は堅守からシンプルな攻めで結果を出したが、今年は4―3―3の新フォーメーションに着手した。GKからのビルドアップ、相手の立ち位置を見ながらサイドバックが内側を取ってパスコースを作り出すなど、落とし込まれたポジショニングでボールを動かそうとキャンプから積み上げた。しかし、コロナによる活動停止もあり、その浸透は遅れた。DF昌子は「みんなに思い切ったプレーが出ず、少し安パイにボールを大事にしたいというのが、心理的にあったと思う。練習でも多々見られていたのが、(試合に)出ていた」と語った。ボールを大事にする、という指揮官の要求に応えようとする意識が、バックパスの増加を生み、攻撃の迫力を欠くことにつながっていた。
解任を受け、キャプテンのDF三浦は「もっと自分にやれることはなかったか、と考えました」と苦悩を明かした。その上で「最後の方は選手同士で話して、監督に(要求を)伝えるということもありましたけど、それをもっと数多くやってもよかった」と語った。「選手がやろうとしているところ、監督が感じているところがかみ合わない部分はあったりもした。(監督に)狙いがあっても、選手が表現できないこともあった」と、お互いのイメージにずれを解消できなかったことを悔やんだ。
私は取材の中で「宮本監督は、完璧主義者なのだろう」と感じていた。守備ではブロックにハイプレス、攻撃ではカウンターにポゼッションなど「すべてが必要」という言葉を何度も聞いた。相手の弱点を見極め、状況に応じて最も適した戦い方で試合に臨むことが、指揮官の理想だったはずだ。しかし、チームの武器、と言える部分は守備面のみにとどまった。厳しい見方をすれば、宮本監督には自らのイメージを選手たちに「伝える力」が足りなかった。または難しすぎる要求を、選手たちに求めていたように見えた。
しかし、選手の反応は少し違った。昌子は「恒さんは、ピッチでやるのはお前らやし、それ(意見)を伝えあってくれ、とよく言っていた。僕らが監督に伝えたときは、感じたことはどんどんやっていけ、でもおれのやりたいベースは忘れないでくれと。選手たちが自分たちの引き出しを開けて、やっていくことがもう少しあってもよかった」と、監督の要求をアレンジする力が不足していた、と明かした。三浦も「監督の意図する部分を、選手が理解できず、表現できなかったのかなと思います」と話した。監督解任後の取材で感じたのは、やはり選手たちは誰よりも責任を感じている、ということだ。
チームは暫定で指揮を執る松波正信監督の下で、16日には浦和戦(パナスタ)を戦う。13日の練習後に解任を告げられた宮本監督は、14日にはクラブハウスに姿を見せず、選手への別れは告げなかったと聞いた。それはすぐに気持ちを切り替え、次の試合に向けて準備することを求めた宮本監督の最後のメッセージのように感じた。
(記者コラム=G大阪担当・金川誉)