富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ株式会社
エンタープライズソリューション事業部 マネージャー
柏木仁美さん
2013年4月入社以来、自衛隊向けの開発プロジェクトに一貫して従事。主に調達・補給業務に関連するタブレット用アプリケーションの開発や既存システムの更改を担当。24年4月からは管理職として航空自衛隊の後方支援系のシステムを担当し、システム基盤環境の刷新に伴い、新環境の規約に沿った業務機能の適合化を推進している
【PR】 NEW! ITニュース
約37万8,000平方kmの領土と、その周囲12海里(約22km)までの上空ーー。国連海洋法条約で定められている、日本の「領空」だ。
その境界を守る最前線に立つのが、航空自衛隊である。
領空侵犯や不審機の接近といった脅威に備え、戦闘機は24時間365日の即応体制を維持。令和5年度は669回の緊急発進回数を実施。操縦士、航空管制官、整備員といった航空自衛隊員たちが、今日も空の安全を守っている。
しかし、国防を担っているのは人の力だけではない。隊員や戦闘機が安定した稼働を維持するための後方支援をつかさどるのは、国を挙げて構築されたクラウドシステムだ。
刻一刻と変化する世界情勢の中、航空自衛隊の即応体制を守るのは、一体どのようなシステムなのだろうか。航空自衛隊向けのシステム開発を手掛けている富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ(以下、FDNS)のエンジニア・柏木仁美さんに、国防を支えるシステム開発の舞台裏を聞いた。
富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ株式会社
エンタープライズソリューション事業部 マネージャー
柏木仁美さん
2013年4月入社以来、自衛隊向けの開発プロジェクトに一貫して従事。主に調達・補給業務に関連するタブレット用アプリケーションの開発や既存システムの更改を担当。24年4月からは管理職として航空自衛隊の後方支援系のシステムを担当し、システム基盤環境の刷新に伴い、新環境の規約に沿った業務機能の適合化を推進している
航空自衛隊が使用するシステムは、大きく「正面系」と「後方系」に分かれる。前者は戦闘機の運用や指揮統制といった直接的な作戦遂行を後押しするシステム、後者は物資や部品の補給・人員管理など、全国72基地にいる約4.5万人の隊員の活動を支えるシステムだ。
柏木さんは、後方系の支援システムの開発に携わっている。
「戦闘機の部品が不足した際に、どこに在庫があるのか、いつ補充できるのかを把握する。そのデータをもとに発注をかけ、部隊が滞りなく運用できるようにするのが、私が手掛けているシステムの役割です」
航空自衛隊の活動を支えるシステムとして、近年その重要性はさらに高まっている。背景にあるのは、世界情勢の変化に伴う「スクランブル発進」(※)の増加だ。
「年々、諸外国の軍事活動が活発化しており、日本の防空体制の強化が急務です。戦闘機を常に出撃可能な状態に保つことが、航空自衛隊の優先事項の一つになっています。
ただ、それは決して簡単なことではありません。戦闘機の部品の中には、製造に2年以上かかるものもあります。突然の不具合で部品交換が必要になったとしても、すぐに発注すれば済むという話ではない。供給が途切れないように、組織全体で物資の流れを最適化する仕組みを作ることが重要なのです」
しかし、従来の後方支援系のシステムには大きな課題があったと柏木さんは明かす。
「これまでは、調達、補給、整備といった業務領域ごとに異なるシステムが存在し、それぞれが独立したオンプレミス環境で運用されていました。現場の裁量による迅速な対応が可能になる一方で、システム間の連携が十分に取れず、情報の分断が課題となっていたのです。
後方支援の精度を高めるには、どの部隊がどのタイミングで部品や補給品を必要としているのかを組織全体でリアルタイムに把握し、最適に分配する仕組みが不可欠。複数のシステムを統合した共通のプラットフォームを構築し、業務領域ごとのデータを一元管理する形への移行が求められていました」
(※)他国の軍用機などが防空識別圏内に侵入してきた際に、防衛上の目的で自国の戦闘機を緊急に発進させること。
かくして防衛省が2017年より着手したのが、「クラウドを活用した統合基盤上で稼働するシステム」の構築だ。本プロジェクトには複数の大手ベンダーが参画しており、FDNSは「後方支援系領域」を担当した。
システムの刷新にあたり、柏木さんは要件定義から設計、プログラム作成、運用試験まで、一貫してプロジェクトに携わった。航空自衛隊の隊務運営を担う航空幕僚監部、基地で任務にあたる自衛官など、多くの関係者と調整を重ねながら、システムの全体像を固めていったという。
「通常の防衛システムの改修では、既存の業務フローを踏襲することが多いのですが、今回のプロジェクトでは業務の標準化とシステム統合を同時に進める必要がありました。また、法改正に伴う要件の見直しにも迫られていました。単なる機能の追加や改修ではなく、システムのアーキテクチャーを設計する段階から運用の最適化を考慮しなければならなかったのです」
中でも難航したのが、全国に分散する拠点の業務をクラウド上で統合しつつ、有事の際に特定の拠点が機能しなくなっても他の拠点で業務を継続できる体制を構築することだった。
「防衛関連のシステムでは、単なる業務効率化ではなく、あらゆる状況下で機能を維持することが最優先されます。そのため、データを単純に一元管理するのではなく、拠点ごとの運用を考慮しながら、相互に補完し合える仕組みが求められました」
この課題を解決するため、柏木さんのチームは、拠点間のデータ同期の仕組みを最適化し、システム全体の耐障害性を高めるアプローチを導入した。
「後方支援系のサービスには、即時性が求められる作戦関連のデータもあれば、比較的長期的な管理業務向けのデータも含まれています。それらを一律に同期すると、かえって運用負荷が増す可能性があります。そこで、データの特性に応じて同期のタイミングや手法を調整し、実際の運用に最適な形で反映する仕組みを構築しました」
また、航空自衛隊の業務特性上、一般的なネットワークから遮断された環境での運用を実現しなければならない。この点も、クラウド移行の大きなハードルだった。
「防衛関連のシステムは、厳格なセキュリティー基準のもとでプライベートクラウド上に構築されています。そのため、スケーラビリティーの確保が難しく、運用面での工夫が求められます。例えば、新しい技術を導入しようとしても、セキュリティーの要件をクリアするために時間がかかることが多いですね。
また、パブリッククラウドのように簡単に分散処理できる環境ではないので、負荷分散の最適化も簡単ではありません。そうした制約の中で、安定した運用を実現するのが、大きなミッションでした」
国が求める厳格な要件のもと、システム担当者の立場から、現場のオペレーションの改善から効率化まで含めてシステムを提案し要件定義を行う。そのために、柏木さんは現場を直接訪問し、実際の業務フローを細かく把握していった。
「長年使い慣れたシステムの変更には、抵抗感が生まれて当然です。とはいえ、一つのシステムに統合するためには各拠点の全ての要望に対応することはできません。なので、システムの制約上対応が難しい部分は丁寧な説明を行い、理解を得ることが重要でした。
要件定義の段階から、たとえ簡単なものでも画面でのイメージを示すようにする。現地に足を運び、拠点ごとの慣習の違いを直接理解し、最適解を模索する。地道な作業ですが、よいシステムを作るには欠かせないアクションだったと感じています」
2025年3月現在、航空自衛隊クラウドシステムは本番運用を実施中。定期的な維持・保守を行いつつ、さらなる機能拡充も検討されている。
後方支援系のシステムの刷新は、単なる業務効率化ではなく、航空自衛隊全体の運用を支える基盤を強化する取り組みだ。柏木さんがこの仕事にやりがいを感じる理由も、まさにそこにある。
「基地へ赴いて戦闘機や艦艇が動いている様子を目の当たりにすると、自分たちが作ったシステムが確かに現場で機能し、戦闘機の運用を支えていることを実感できます。エンジニアの仕事は画面の中で完結することが多いですが、こうして直接的な影響を確認できるのは大きなやりがいですね」
防衛システムならではの特殊な運用環境で得られる知見は、エンジニアとしての成長にもつながると柏木さんは続ける。
「国防というミッションクリティカルな領域を支え続けるには、新技術を積極的に活用することも重要です。
ただし、一般企業のシステムと比べて厳格なセキュリティー基準や独自の運用ルールがあるため、最新技術をそのまま適用することは難しいケースも多い。だからこそ、限られた環境の中で最適解を見つけ、実運用に落とし込む力が自然と養われていくのです」
防衛領域の技術革新の方向性は明確だが、新しい技術を導入すること自体が目的ではない。現場の実態に即した形で技術を活用しなければ、期待された効果を発揮できないのだ。
「重要なのは、技術の可能性をどう活かすかを考え抜くことです。防衛省向けの展示会では、新しい技術の提案が活発に行われ、それが実際に導入された事例も数多くあります。
ただ、私たちエンジニアに求められるのは、単に技術を持ち込むことではなく、現場の業務を最適化するために要件を見極め、システム全体を設計する視点です。そのためには、システム開発の初期段階から関わり、要件を調整しながら方向性を固めていく柔軟な発想と、技術全体を見渡せる広い視野が欠かせません」
柏木さんの目は、すでに次のステップを見据えている。より即応性を高め、戦闘機の運用をさらに最適化する仕組みを作ることだ。
「AIを活用した部品需要の予測が進めば、必要な部品を事前に確保でき、整備の遅れを防げます。また、モバイル端末による情報共有が定着すれば、現場の整備担当者がリアルタイムで情報を得られ、判断のスピードも上がる。こうした改善を積み重ねることで、より迅速かつ効率的な運用を実現できるはずです。
後方支援系のシステムは目立つものではありませんが、部隊の運用を支える欠かせないもの。一つ一つの改修が、結果的に航空自衛隊の力を引き上げることにつながると信じ、現場の隊員たちが求めるシステムを作り続けていきたいです」
取材・文/福永太郎 撮影/桑原美樹 編集/今中康達(編集部)
NEW!
タグ