平和信じ「諦めないで」 留学生ソフィアさん 家族今も祖国に
完了しました
ロシアがウクライナへの侵略を開始して、24日で3年となった。多くのウクライナ人が日本へ逃げ、出入国在留管理庁によると、1月末現在で県内でも47人が避難生活を送る。首都キーウから一人で避難し、現在は常磐大(水戸市)に通うソフィア・マシチェンコさん(23)は、終わらぬ戦闘に絶望しながら、今にも折れそうな心を何とか保っている。いつかウクライナに平和が訪れることを信じて。(工藤圭太)
漫画やゲーム、アイドル――。ウクライナで、大好きな日本文化にまつわるイベントを開くことが夢だった。2022年9月に水戸へ避難したソフィアさんは、今も希望は持ち続けているが、3年前に比べれば確実に気持ちはしぼんでいる。「戦争は長引き、イベントを開ける日が来るかわからない。ならば、帰国して軍隊に入ろうかと考える時がある。死ぬなら、何かのためになって死にたい」
22年2月24日早朝、母にたたき起こされ、ロシアの侵攻を知った。頭の整理がつかないまま、スーツケースに防寒具と飲み物、チョコレートを詰めた。シェルターとなっていた地下鉄駅の冷たい床の上で丸一日、震えながら過ごした。
キーウを離れたのは約3週間後。ドイツの親戚を頼り、西部・リビウ経由で出国した後、ドイツで日本への留学を決意した。子供の頃、ドイツで日本のアニメなどを紹介するイベントに参加するなどして日本文化に興味を持った。日本語も、日本のアイドルの楽曲を英語訳して紹介するブログを運営するなどし、ほぼ独学で磨いてきた。キーウ大でも日本語と日本文学を専攻。「ただの避難民ではいたくない」と、前向きに日本で学ぶことを選択した。
日本でゲーム会社への就職を目指していた昨秋、心身の不調を感じて病院を受診すると、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断された。戦争体験が心に重くのしかかっていた。就職活動はいったん断念し、今は大学に通いながら今後について考える日々だ。帰国して軍に入り、ロシアと戦うことも「最後の選択肢として考えている」という。
リビウで涙ながらに別れた母や祖母、弟は今もウクライナにいるが、渡航費や安全面がネックとなり、一度も帰国できていない。テレビ電話で会話はできても、「会いたい気持ちはめちゃくちゃある」と、思いは募る。遠く離れた故郷を思うと、子供の頃、栗を拾い、イチゴを摘んだ緑豊かな町の姿が浮かぶ。今そこは戦地のまっただ中だ。
友人たちとはSNSでつながっているが、「ウクライナ人は基本的に誰かが死んだという情報をアップしている」。大学の後輩は結婚後すぐに軍に入り、1か月で戦死した。侵攻開始3年を前に、米国のトランプ大統領が停戦交渉に臨んでいるが、「侵略は絶対に止まらない」と懐疑的で、先が見えない状況に絶望感すら覚えるという。心の支えにしているのは、一冊の短編小説集。今持っている唯一のウクライナ語の書籍で、「祖国が恋しくなった時に読んでいる」という。
最近はウクライナ情勢へ関心が薄れていると感じている。それでも、望みは捨てられない。一言一言紡ぎ出すように、呼びかける。
「死んでいるのは私たちと同じ一般市民。何の罪もない人たちを助けてほしい。ウクライナのことを、どうか諦めないで」