三島由紀夫の書簡「卑怯者ばかりの文壇で、貴兄にだけは望み」…石原慎太郎は賛辞に涙ぐみ感謝
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石原慎太郎(1932~2022年)に宛てた三島由紀夫(1925~70年)の書簡には、三島が新たな才能の登場に期待する様子がいきいきとつづられている。三島の全集には、三島から石原への書簡は収録されておらず、見つかった書簡はすべて新発見とみられる。
1965年の書簡で三島は、石原の作品「星と
他の書簡では、三島が編集に関わり72年に海外の出版社から英語で刊行された日本文学のアンソロジーに、石原の短編「待伏せ」を、収録する相談もしていた。
このように石原と三島は親しく交流していたが、三島が自決する70年近くになると、天皇制に対する考え方の相違などから、意見に
ただ、石原は亡くなるまで三島への畏敬の念を持ち続けていた。三島の死去から20年以上が過ぎた91年に、石原は「三島由紀夫の日蝕」という三島論などをまとめた本を刊行した。石原の遺品からは、この本の創作ノートなどが見つかったが、そこからは、三島が書いた石原論に傍線を引くなど、熱心に三島の文章を読み込んでいた様子がうかがえる。石原の四男・延啓さん(58)は、石原が三島の文章を晩年まで再読し、「あの人は正確に石原慎太郎という作家を発見してくれた」と涙ぐみながら感謝していた姿が印象に残っているという。
2010年の中央公論新社のインタビューで、石原は三島をこう振り返っていた。〈三島さんが死んで日本は退屈になった。これで僕も死んだら、日本はもっと退屈になるだろう(中略)やっぱり僕にとっては、三島さんは懐かしい〉
三島から石原に宛てた書簡は、今月末に刊行される「三島由紀夫の日蝕 完全版」(実業之日本社)に収録される。