科学誌編集者ら、AI編集とコスト問題に異を唱えて集団退職

オランダの大手学術出版社エルゼビアが発行する科学誌『Journal of Human Evolution』で昨年末、編集者が集団辞職した。AI編集がミスを生んでいること、著者への高額掲載料、人件費削減、そして編集の独立性の危機が理由だという。
Photograph: Andriy Onufriyenko

年末年始の休暇中、エルゼビアの『Journal of Human Evolution』(JHE)編集委員会(共同編集長、名誉編集者、編集部員で構成)のメンバーのうち、1名を除く編集者全員が退職した。編集委員会の声明全文のPDFを掲載したRetraction Watchによると、メンバーは「深い悲しみと大いなる悔い」とともに去ったという。同サイトによると、これは2023年以降さまざまな要因によって科学誌編集部で起きている大量辞職の20例目だという。その多くが、科学出版界を舞台にした議論を呼ぶビジネスモデルの変化によるものだ。

「わたしたちひとりひとりにとって非常に苦しい判断でした」。編集者たちの声明の言葉だ。「このジャーナルを育んできた編集者たちは、JHEが古人類学研究の分野で先頭に立つ雑誌であり続けるよう、この38年間、多大な時間と労力を割いてきました。そして、任期を終えた後もずっと著者とジャーナルに誠実であり続けました。編集部員たちも同様に献身的でした。わたしたちはみなジャーナルと学問、学術コミュニティを大切に思っています。しかし、良心に照らし、これ以上エルゼビアで仕事をすることはできないと結論づけました」

編集者に負担強いる変化

編集委員会はこの10年に起きたいくつかの変化をあげ、これらはジャーナルが長年守ってきた編集規範に反していると批判した。変化とは例えば、コピーエディターや特別号編集者への支援を打ち切り、編集委員会にその代行を求めたこと。編集委員会がコピーエディターの重要性を主張すると、エルゼビアの返答は「編集者は言葉や文法、読みやすさ、一貫性、適切な学術用語の正確さや体裁について注意を払わなくていい」というものだった。

加えて、編集委員会の再編も進んでいた。編集部員を半分以下にすることを目的にしたもので、「少ない編集部員がより多くの論文を取り扱うことになり、専門外のテーマまで扱わせる」ことになるものだった。

さらに、エルゼビアは2023年に編集部員全員への年次契約更新の義務付けにより「一方的に編集委員会の構造を完全支配下に置いた」後、形式的な役割しか持たない第三層の編集委員会を設立する計画を立てた。これは編集の独立性と公正性を損なうと編集委員会は懸念している。

AI編集導入でミス多発

編集部内で行われていた制作作業は減らされるか、外注されるようになった。2023年、エルゼビアは編集委員会に知らせることなく、編集作業に人工知能(AI)を導入した。その結果、スタイルやフォーマットのミスが続出し、編集者がすでに受け付けて体裁を整えた論文が元に戻されてしまうことも頻発した。「ジャーナルにとって恥ずべきことであり、修正するのに半年かかりました。それが可能だったのは、編集者たちが粘り強く仕事したからです」と、声明にはある。「AI編集は続いており、提出された論文の体裁が変更されています。これにより意味や体裁が変わってしまい、最終段階で著者や編集者が大幅修正しなければならない事態が定期的に起きています」

しかも、JHEが著者に課す掲載料は、オープンアクセスの『Scientific Reports』のような雑誌やエルゼビアのほかの営利目的のジャーナルよりもはるかに高い。これが払えない著者も多く、「このことは、ジャーナル(とエルゼビア)が標榜する平等と排除しない姿勢に反する」と編集委員会は書いた。

報酬カットと高額掲載料

決定打になったと思われるのは11月の出来事だ。エルゼビアは共同編集長であるマーク・グラボウスキ(リバプール・ジョン・ムーア大学)とアンドレア・テイラー(トゥーロ大学カリフォルニア校オステオパシー医科大学)に対し、1986年の改革以降続いてきた2人編集長体制を止めると通告した。グラボウスキとテイラーが反発すると、共同編集長制度が維持できるのは報酬を半減した場合のみであると返された。

エルゼビアに対しては長らく批判の声があり(例えばクリス・リーの声もそのひとつだ)、今回の大量辞職は火に油を注ぐ形となった。「いつものことだが、エルゼビアはジャーナルの運営を誤り、質を犠牲にして儲けの最大化のためにあらゆることをやった」。ミネソタ大学モリス校の生物学者PZマイヤーズは、自身のブログで書いた。「とりわけ、エルゼビアは生身の編集者は高すぎると考えた。だからAIにやらせようとしているわけだ。さらに編集長の給料を半分にする提案までした。この会社は論文1本ごとに著者に3990ドルの掲載料を課していることをお忘れなきよう。海賊のような商売のやり方をさらに磨く必要があったに違いない」

エルゼビアは『Ars Technica』の取材に対して、次の声明で返信した。

「2024年末に任期を終える編集者が大多数を占める退任編集者の方々の、本誌への多大な貢献と献身に心より感謝申し上げます。新しい編集チームとともに、彼らの重要な業績を基盤として、本誌に期待される高い質の維持に努めてまいります。

退任した編集者らの声明に重要な事実誤認がありますので、これに対処したいと思います。具体的には、体裁に関する不具合を、当社の制作プロセスにおけるAI使用と誤って結びつけている点です。本誌では、この研究分野特有の性質により、意図せず体裁上のミスを引き起こす制作ワークフローを試験的に導入しました。これが編集者らの指摘する問題です。すでに編集長と協力の上フィードバックに対応し、本誌のもとのやり方に戻しています」

AIとどう向き合うべきか

科学者人生を通じて17本の論文をJHEで発表してきたウィスコンシン大学マディソン校の人類学者ジョン・ホークスは、編集委員会の決断を全面的に支持すると自身のブログに書いた。同時に、エルゼビアが2023年から編集作業にAIを使っていることが(脚注で)明かされたことへの衝撃も記した。「この2年、ジャーナルで4本の論文を発表しました。そのうちの1本は今編集作業中です。共同執筆者かわたしに対してAIで編集するという知らせがあったかどうか、わたしの記憶にはない」としながら、もしそうならJHEのAIポリシーに違反していると指摘する。「論文を投稿した時点で、著者は自分の論文にAIがどのように使われるのか知らされていなければなりません。もしAIが論文の意味を変えてしまう恐れがあるとわかっていたら、わたしはほかの雑誌に投稿していたでしょう」

科学探究にAIを使うことへの懸念はもちろんある。例えば2024年2月、高名な科学ジャーナル『Frontiers』に掲載された査読済みの論文AIが生成した酷いイラストが添えられ、ネットで爆発的に拡散されたことは記憶に新しい。問題のイラストのひとつは、グロテスクなほど巨大な性器を持つネズミだった。科学者たちはショックと嘲りの入り混じったコメントをソーシャルメディアに載せた。論文は撤回され、たとえ生産性をあげようとも、AIは発表された科学研究の信用を落とすのではないかとの懸念をいっそう深める結果となった。

とはいえ、科学の進歩においてAIの応用が有益な場面もある。例えば2024年1月、科学誌『Science』を出すサイエンス・パブリッシャーは同社のすべてのジャーナルにおいて、不正に操作された画像を自動検知する商用ソフトウエアを使うことを発表した。これが導入されていたら巨大性器のネズミは引っかかっていただろう。ただし、『Ars Technica』の科学エディター、ジョン・ティマーが当時から指摘していたように、このソフトも万能ではない。「最悪の加工画像を見つけることはできるが、ソフトウエアの仕組みさえわかれば、悪賢い詐欺師は容易に検知をすり抜ける方法を見つけるでしょう」

研究者は査読前論文のアップを

ウィスコンシン大学のホークスも、科学者や科学ジャーナルがAIを使うことは避けられないだろうし、AI活用にはメリットがある可能性もあるとブログに書いている。「未来は必ずしも暗くない。ただ、すべての機械学習は平等にはできていないのです」。そして、こう続けた

「科学的インプットと研究における人間の監督をAIによって削減したり代替するのは誰にとっても良くないことです。そのインプットが、研究者、編集者、査読者、あるいは読者の誰のものであっても。会社が専門家の努力を排除して、余計な校正を重ねるためにAIを使うとしたら、愚かしいこと。同様に、科学の成果を広めるのを阻害するためにAIを使うのも愚かしいことです」

「今回の事例では、エルゼビアは良かれと思ってやったにせよ、結果としてまさしく最悪でバカなことをしました。とりわけ、論文の書き手に透明性を要求しながら、自分たちの編集作業に関する透明性を確保しなかったことが苛立たしい。(中略)論文を発表する研究者たちは、どこか別のところにプレプリント(査読前論文)をアップしておくのが賢明です。そうしておけばAIにいじられる前の論文を読者に読んでもらうことができます。退職した編集者たちは編集権を失うために、すでに発表された論文の訂正をするのは難しいか不可能になるでしょう」

新たな非営利ジャーナル創設へ

科学誌『Nature』は3月、ワイリーが刊行する言語学ジャーナル『Syntax』で前の月にすべての編集者が退職した時に、抗議の手段としての集団退職の効果に疑問を投げかける記事を掲載した(辞めた編集者たちが指摘した問題はJHEの編集委員会のものと似ている)。集団辞職が注目を集めるのは間違いないが、元Syntax編集者でロンドンのユニバーシティ・カレッジのクラウス・アベルズが『Nature』に語ったように、集団退職の目的は単なる抗議にとどまることなく、オープンアクセスで高い学術規範を持つ学会コミュニティのために新たな非営利独立ジャーナルを創立することに向けられるべきなのだ。

アベルズと元『Syntax』の同僚たちはまさにそのために動いている。『Critical Public Health』とエルゼビアの別のジャーナル『NeuroImage』の元編集者らが2023年に行なったように。

(Originally published on Ars Technica, translated by Aiko Kusaoi, edited by Mamiko Nakano)

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