*サ ン ク チ ュ ア リ..06* はじめカドワキは、少しだけ困ったような笑みを浮かべてみせた。 「そりゃ、どこにいるかは知ってるけどね」 突然保健室を訪れて、サイファーとセルフィの居場所を問いかけたスコールに、カドワキはまず保健室にはいないことを教えてくれた。 「で、知ってどうするんだい? 確か今あんた達は接触禁止だっただろ?」 いつもの椅子に腰掛けて、冷静に問いかける。 その質問は予想はしていてもやはり上手く答えづらくて、スコールは少し口ごもった。 カドワキに言われるまでもなく、スコールはセルフィに会うことを禁じられている。 ましてサシュリナがセルフィに攻撃した直後なんかに接触して、万一サシュリナ側に知れた場合、最悪の結果を招く可能性ももちろん認識している。 けれど。 「……わかりません」 どうしても、今この瞬間もセルフィの傍にサイファーがいることが耐えられない。 繰り返し思い出すのは、あの日驚くほどの変貌を遂げていたセルフィの姿だ。 まるで小さなモンシロ蝶が、突然妖艶なアゲハ蝶に進化してしまったような、あまりにも唐突で劇的な変化だった。 向けてきた笑顔はいつも通りの、陽だまりのような邪気のないものだったが、ほんのりとかすかに色香さえ漂わせていたその姿は、数年後の彼女自身を垣間見たようなそんな気分にさせた。 きっとあと何年かすれば、少女めいてはいても健康的な色気のある、いい女になるのだろう。 万人を圧倒するような美貌の持ち主ではないけれど、思わず眼を惹きつけて離さない、可愛らしくてコケティッシュな女性に。 けれどそれが、他人の手で引き出されたことが何よりスコールには許せなかった。 成長し変わってゆくなら、自分の腕の中で変わっていってほしかった。 「でも……嫌なんです」 呟いて、なんという我が儘だろうとスコールは思わず苦笑いを浮かべてしまった。 結局はそういうことなのだ。 自分以外の誰か――男の手で、セルフィがわずかでも変化することが許せない。 それを強引に変貌させて、新たな面を彼女から引き出したサイファーだから、彼女の傍にいてほしくない。 これ以上セルフィに変わってほしくなかったし、変わるなら自分の手による変化でなければ嫌なのだ。 「問題が起きたら……責任は自分で取ります。先生に迷惑はかけません。……ですから」 子供じみた独占欲。 今自分を突き動かしているのは、ただそれだけだった。 「教えてください」 真剣な眼差しをまっすぐに向けてそう言うと、カドワキは少しだけまた困ったような、けれどどこか温かな笑みを浮かべて、ごくわずかに首を傾げてみせた。 *** あんなに具合の悪そうな人を見たのは、生まれて初めてだった。 本当に、今すぐに倒れて死んでしまうのではないかと思った。 わざわざ夜遅くまで帰りを待っていたというのに、声をかけることさえできなかった。 「彼女が殺されてしまうのは、お嫌でしょう?」 問いかけられて、サシュリナは知らず眼を見開いていた。 このガーデンは、兵士養成学校だ。普通の学校ではない。 そしてあの少女はサシュリナの愛するスコール同様、SeeDと呼ばれるプロの傭兵なのだ。 同じ軍人でも、サシュリナの父親とは違う。戦場の最前線で、危険と真向かって殺し合いをするのが仕事なのだ。 (きっといつか死んでしまう……) あんなふうに、身を削るようなことばかりしていたら。 世間知らずのサシュリナだって、人の死に触れたことくらいはある。 魔女イデアがガルバディアに君臨し、パレードを行ったあの日、サシュリナは貴賓席にいた。前大統領ビンザー・デリングが無惨に殺されたあの瞬間を、一部始終目撃した。 直後にボディガード達の手でサシュリナはその場を脱出してしまったので、その後現れたリノアやスコールの姿を見ることはなかったのだが、ともかくあの一瞬の光景は、今でも眼に焼き付いている。 たとえばあれが、スコールや、セルフィだったら。 アルファの言葉でふとそんな想像をして、サシュリナはぞくりと背筋を震わせた。 「嫌……ですわ」 思わず呆然と呟いてしまう。 自分のいない場所で、スコールやセルフィがあんなふうに息絶えてしまうことは、絶対に許せない。 「……喪えないと思うのは、彼女がお好きだからでしょう?」 優しい言葉に驚いて、サシュリナは呆然とアルファの顔を見た。 (好き?) よりにもよってあの少女を? ぽかんと自問して、けれどすぐに自分の内に、それを否定する材料などないことを自覚する。 陽だまりのように笑いかけて、当たり前に名を呼んで、身分の差を踏み越えて話しかけてきて。 自分の機嫌を窺うようなこともなく、どこまでも自然体で接してきた、初めての少女。 「そう……ですわね……」 ぽつんと呟いたサシュリナに、アルファはかすかに眼を細めて優しく笑う。 が、続く令嬢の言葉は少々予測を超えていた。 「確かに、あの娘の好意は嫌ではありませんでしたわ」 「…………」 本当なら全力で「は?」と聞き返したいところだったが、そこはアルファもプロである。ぐっとこらえた。 眼の前ではサシュリナが、何やら勝手に全身に活気をみなぎらせている。 「そうですわ……どうして気づかなかったのかしら、私は初めて、誰かの好意に応えたいと思ったのですわ!」 聞いているアルファはもはや言葉もない。 「ねぇアルファ、もしかしてこれを『友情』と呼ぶのではないかしら。だとしたら、私はあの子の友達になってさしあげなくてはならないわ」 ……なんでそうなるんだろう。 アルファはちょっと遠い眼差しになった。 たとえ百歩、いや一億歩くらい譲って何の間違いかセルフィがサシュリナを好いていたとしても、あれだけ酷い言葉で傷つけたら、一億年の好意だって即座に飛び散って跡形もなく消え失せてしまうに違いない。 しかしどうやらサシュリナの頭の中からは、セルフィがスコールの部屋にいたことも、棘のある言葉で何度となく自分が彼女に牽制したり傷つけたりしたことも、見事に全部消え去って都合のいい記憶しか残っていないらしい。 揺るぎなく存在する『恋人のスコール』と、決してスコールに惚れることもなく、無条件にサシュリナに好意を向けてくれる『親友のセルフィ』という幻想に、完全に取り付かれてしまったサシュリナを眺めながら、どこで一体間違えたんだろうかとアルファは諦観に似た思いで記憶を辿っていた。 *** 「……しっかしまぁ、よく寝てやがんなぁ」 呆れたように呟いて、サイファーはひょいと眠る少女の上に身をかがめた。 「こいつこっそり死んでんじゃねーの?」 「馬鹿なこと言わないで」 くすくすとエルオーネが笑い出す。 スリプルの効果持続時間はさほど長くはない。どうやら魔法が睡眠導入剤の代わりになってしまったらしい。 あのバカは何をやってるんだか、と、サイファーは身を起こして大きく息をつきながら腕を組んだ。 ガーデンだの何だのと下らないものに利用されまくって、肝心なことに眼が向かないのは相変わらずだ。 「……でも意外ね」 まだ声に笑いをにじませながら、ふいにエルオーネがサイファーを見て言った。 「あなたとセルフィがこんなに仲がいいなんて知らなかったわ」 「…………」 無言でじろりとサイファーは横目でエルオーネを見返した。 どこまでこちらを見透かしているのか、温かな栗色の瞳は優しくサイファーを見つめている。 ぷいとサイファーはエルオーネから視線をはがし、それからキスティスの方へと視線を流した。思った通りこちらを窺っていたキスティスとまっすぐ視線が合い、キスティスが少し驚いたように視線をそらせた。 「……まぁな」 にやりと人の悪い笑みを浮かべて、サイファーはまっすぐキスティスを見つめたままそう呟くと、視線を眠る少女の上に戻した。 確かにサイファーは、この少女を嫌いではない。 自分に対して必要以上に警戒したり怯えたりすることもなければ、幼なじみだからと不必要に踏み込んでくることもない、適度な距離感を保ちながら接してくる彼女の姿勢は、むしろ好きだとも思う。 びっくり箱か何かのように、言葉をかわすたびに意外な面をみせる引き出しの多さも楽しかったし、誰に対しても態度の変わらない剛胆さも、時折ふとした瞬間に見せる危うさも、眼を離せなくて確かに自分を惹きつけた。 けれどそれは決して恋愛感情などではない。 今スコールが彼女に向けているような感情とも、かつて自分がリノアに対して抱いたような感情とも違う。 何かしてやりたいと思わせる少女だが、何もかもを捧げ尽くしたい相手じゃない。 ――――それは『スコールの彼女』だから? 先ほどのキスティスの問いかけを思い出し、サイファーは唇をねじ曲げるような尊大な笑みを浮かべたまま、PCモニタを睨んでいるキスティスの横顔をちらりと見た。 さすがにキスティスは鋭い。 確かに自分がセルフィに興味を覚えたのは、スコールが彼女を選んだからだ。 もちろんそれだけでもないが、あのスコールが、リノアの次に選んだ女がセルフィであることを面白いとサイファーは思ったのだ。 すぐに壊れてしまうだろう、とも思った。 遠巻きに眺めている限り、セルフィとリノアは似たタイプだと思った。感情が明け透けで、素直に喜怒哀楽を表現し、気まぐれのようにわがままを口にして、自覚なしに男を振り回すタイプに見えた。 恋愛感情が高まっている時はいいだろう。だが、冷静になった時スコールのプライドの高さは、彼女の性質とぶつかり合ってしまう。互いに我が強い分、妥協点すら見いだせずに結局壊れていってしまう。 リノアの時と同じ轍を踏むに決まっていると、だからサイファーは思っていた。 だがセルフィとまともに言葉をかわしてすぐに、自分の見解を改めざるを得なくなった。 セルフィの性質は、リノアのそれとはまったく重ならない。むしろよりスコールに近いタイプの人間だった。 リノアとセルフィは一見して似ているように思えるが、実際はまったく正反対だ。素直に感情表現をしているようで、セルフィは決して心のままに動いたりはしていない。相手を見てわがままを言い、相手の反応に従って柔軟に対応を変えることのできる女だ。 だからかつて故郷をこの手で破壊した自分に対しても、セルフィは誰とも変わらない笑顔を向けてきた。 距離が縮めば色々なものが見えてくる。学園祭の件で彼女が、トラビアとバラムの間に板挟みになっていることも知った。サードパニックの最中訪れたトラビアで受けた、生徒達の剥き出しの憎悪を思えばそれも当然だと思った。 けれど、彼女自身がサイファーを憎むことは決してなかった。 サイファーが自分のバラムガーデン復籍に尽力したのがセルフィであることを知ったのも、あの頃だった。 見事なまでの感情コントロールと人間観察力。気の向くままに生きているようでいて、実際はそうじゃない。 面倒な女だ。 けれどそれでも、いやそれだからこそ、似た部分のあるスコールは彼女を選んだのかも知れない。 キスティスのように懸命に見抜こうと努める必要も、リノアのように傍若無人に心の内側に踏み込む必要もなく、彼女は当たり前にスコールを受け入れることができるのだから。 面倒くさい者同士で、ある意味お似合いとも言える。 が。 (もうちっと器用に生きてもいいんじゃねーか?) つまらないしがらみに縛られて、こんなところで足りない睡眠をセルフィに補わせている不器用な青年に、サイファーは心の中で呟いた。 (まぁ、器用じゃねーのはこの女も同じだがな――) そこまで考えた時、ふいにピピ、とロックシステムの解除される音がして、執務室のドアが開いた。 ここのドアが開けられる人間は限られている。現在部屋の中にいる顔ぶれからして、恐らくニーダあたりだろうと見当を付けたサイファーは眼もくれなかったが、キスティスの声で驚いて顔を上げた。 「……スコール……!?」 見れば、閉じていくドアの前に見覚えのある青年が立ち止まってこちらを見ている。 ものすごく不愉快そうな顔で。 「……何やってんだお前?」 それを見た瞬間に、サイファーの不機嫌ゲージもみるみるうちに上がっていってしまう。 こんなところでこの男は一体何をしているのだろう。 「……それはこっちの台詞だ。あんたこそ何してるんだよ……」 仏頂面の上に、サイファーの眼にも明らかなほど不愉快さを露わにしてスコールがぼそりと呟く。 大方自分の横で眠る少女が原因だろう。サイファーは唇をねじまげるようにして、傲岸な笑みを作った。 「なんだ? 俺がお前のお姫さんを連れ込んでんのが気に入らねえって? 自分でほったらかしにした奴が言う台詞じゃねーな」 自分はセルフィを窮地から救ってやったのだ。感謝されても恨まれる筋合いはこれっぽっちもない。 歩み寄ってくるスコールが一瞬ぐっと詰まるのがわかって、サイファーは少しだけ愉快な気分になった。 「何をしてるだって? 俺はテメエがほったらかしてるこいつを助けてやって、死にそうな顔色してるからご親切にも寝かせてやってんだよ」 サイファーの前まで来て立ち止まったスコールがきつい眼差しで睨んでくる。 険悪な雰囲気に横にいるエルオーネがはらはらしているのを察知しながら、サイファーはスコールの眼をまっすぐ睨み返しながら手を伸ばし、眠っている少女の手をひょいと取り上げて言葉を続けた。 「お前が思うより、俺とセフィは仲良しだからな。……知らなかったか?」 スコールの眼がきつさを増した。 ぱん、と軽い音がして手をはたき落とされる。 (おーお、実力行使に出やがったぜ) 面白すぎるスコールの反応に、サイファーはますます愉快になる。もちろん顔には出さないが。 「……んだよテメエ」 「俺の許可なくセルフィに触るな」 もう少し苛めてみたくなって睨み上げたサイファーに、ものすごく大真面目にスコールが断言した。 さすがのサイファーも一瞬呆気に取られて絶句する。 「……あ?」 表情からしてギャグでもなんでもなく、本気で言っているのは明らかだ。 「なんだそれ、いつからこいつにさわんのにお前の許可がいるようになったんだ?」 「今からだ」 ずばりと一言、取り付く島もない。 サイファーは呆気に取られたのを通り越して、なんだか無性に笑い出したくなってきてしまった。 独占欲も執着心も、いっそここまで来ると見事なものだ。 「ああそうかよ」 言うなり手を伸ばしてスコールの胸ぐらを掴み、立ち上がりながら強引に引きずり寄せる。 「たかがお嬢のひとりも監視できねーで野放しにして、大事なモンに噛みつかせてる奴がずいぶん偉そうじゃねーか」 ばりっと殺気が相手の瞳に漲るのを見ながら、挑発的にサイファーは笑ってみせた。 「つっまんねープライド引っさげて、くっだらねーもんにこだわって、そんなんで守ってやってるつもりかよ? ホントはどっちが守られてんのかも気づいてねーくせに、でかい口叩くんじゃねーよ」 「あんたにどうこう言われることじゃない」 スコールが胸ぐらを掴む手を勢いよく振り払う。 だが今の言葉がなかなかのボディブローだったことは、眼を見ればわかる。 サイファーは声を上げて笑ってやった。 「みっともねーな。伝説のSeeD様ともあろうもんが、女ひとりに振り回された挙句に嫉妬かよ?」 こいつは小さい頃から何も変わっちゃいない。 リノアとの恋を経てもなお。 「こんなひらひら飛び回ってるような蝶々姫、お前にどうこうできるわけねーだろ。誰にも触られたくねーってんなら、標本にぶちこんでピン留めてしまっとけよ」 言い終わるやいなや、ぐいと今度はサイファーが胸ぐらを掴まれる。 「……こいつの性格や、他の奴の話はしていない」 普段は青灰の瞳が、鮮やかな蒼へと色を変えていた。 「……俺は、あんたに言っている」 低い声がぼそりと呟いた言葉の意味を、完全に理解するのに数秒かかった。 自分に、とあえて言うからには、つまり自分がセルフィにアクションを起こすことが不愉快だと言っているわけで。 「……あ?」 意味を理解したとたん、サイファーは今度こそ発作的な笑いに襲われて、胸ぐらを掴まれたまま豪快な笑い声を上げていた。なかなかの大傑作だ。 スコールの瞳がきつさを増すのを間近く見ながら、サイファーは笑いをおさめ、勢いよくスコールを突き飛ばしながら嘲りの色も露わに言い放つ。 「バッカじゃねーのかお前? この俺が、こんな色気もねーガキに惚れたりするわけねーだろうがよ」 言いながらすぐ近くまで来ていたキスティスの腕を引き寄せて、驚く彼女にかまわず肩を抱く。 「女はこういう胸とケツがある方が好みなんだよ、俺は。てめーみたいなロリコンと一緒にすんじゃねえよ」 ぶち。 スコールの脳の血管がすごい勢いでぶち切れる音が聞こえるかのようだった。 サイファーはにやりと笑って抱いたキスティスを無造作に突き放し、身体ごと向き直る。 ここ数日で相当ストレスを溜めていたスコールは、近年稀に見るほど『キレやすい』状態にあった。 いつもの無表情はどこへやら、八つ当たりもあって完全に殺気漲っている青年の顔に、いい顔だとサイファーは満足する。 少しは楽しめそうだった。 何やらとんでもないことになったと、傍で見ているエルオーネはオロオロする。 「ちょ……ちょっと二人とも、ケンカはだめ……」 止めに入りたくとも膝上のセルフィを放り出すわけにいかないし、遠くからこんな声をかけたところで、すでに罵り合いに忙しい男二人の耳には届かない。 スコールが相手なだけに口喧嘩がそう長く続くわけもなく、そのうち当然手が出て足が出て、執務室はぎゃあぎゃあどたんばたんと恐ろしい騒ぎになってしまっていた。 ああぁとエルオーネは途方に暮れる。一体どうしたらよいものか。 「……すっごいわねぇ」 突然耳の傍で声がして、びっくりして横を見ればシュウが感心したようにセルフィを覗き込んでいた。 「こーんなうるさいとこで、よくまあ寝られること」 「え……あの……」 身体は自由だし女性SeeDとして彼らを止める実力のあるシュウの、落ち着き払った態度にエルオーネは少しばかり面食らう。 「あの……止めなくていいんですか」 「え? あ、あれ? いーのいーの、どうせサイファーは本気じゃないし、まあじゃれ合ってるみたいなもんよ。ほっといても殺し合いにはなりゃしないから」 「そ、そういうものなんですか?」 しかし周囲の物やら何やら、被害状況が刻一刻と酷くなっているような気がする。 困った顔をするエルオーネに、シュウはにっこりと微笑んで肩をすくめた。 「大丈夫大丈夫、ヤバくなったらキスティスが何とかしてくれるから」 「…………」 眼を向ければ、確かに少し離れた所でキスティスが状況を見守っている。 なるほどこの二人はこういうことに慣れているのだと、エルオーネにも理解出来た。 (まぁ……男の子ですものね……) 女のエルオーネには理解出来ないが、ひょっとしたらスキンシップの一環なのかもしれないし。 恐ろしく間違った発想でエルオーネは納得し、とりあえず弟達のことはキスティスに任せてしまうことにした。 「にしてもホントに、なんで寝られるのかしらねぇ」 頭上でこんな会話をかわしていようと、物が壊れる音が響き渡っていようと、全然起きる気配のないセルフィにシュウはすっかり呆れ果てている。 エルオーネはあぁ、と言って小さく微笑んだ。 「セルフィは物音とかより、人の気配とかの方に敏感なの。気を許している人の気配しかしない時は、どんなにうるさくても平気なんだけど、知らない人とか、あまり親しくない人の気配がする時はすぐに眼を覚ますんですって」 「……へえ?」 任務中ならいざ知らず、普段からそういう習性が出来上がっているということは、けっこう見た目によらず、ドライに友人を区別している少女だということか。 そんなことを思いながらシュウはちらりとサイファーを見て、少しばかり肩をすくめる。 スコールには少々気の毒な話だが、今の話からいくと、セルフィにとってサイファーは充分『気を許せる人』の範疇に入っているということだ。サイファーの『仲良しだ』という発言は嘘ではないらしい。 まぁむしろ、サイファーより自分がセルフィにとって『気を許せる』相手であるらしいという事実の方が、シュウにとっては意外だったりもする。言葉をかわした回数はあまりないのに。 そんな会話をのんびりかわしていると、急に部屋の中が静かになった。 「?」 驚いてシュウとエルオーネは同時に顔を上げる。 スコールに馬乗りになった姿勢でサイファーが、サイファーを蹴り上げようと脚を上げかけた体勢でスコールが、そして二人の横でキスティスが、それぞれ凍りついてドアの方を見つめていた。 「……えー……」 小太りな赤ベスト親父――もとい学園長シドが、少しだけ困ったような穏和な笑みを浮かべて、執務室の面々を見回した。 「賑やかですねぇ……」 「あ……」 スコールが乱暴にサイファーを上からどけて身を起こし、キスティスは困惑したようにとりあえず倒れた椅子を引き起こす。 ふとエルオーネの膝上で眠っていたセルフィの寝息が止まって、うん、と小さく唸る声が部屋中に響いた。 (あ) シドの視線がこちらを向き、ヤバイ、とシュウは反射的に思った。どうやらセルフィの『気を許せる人リスト』の中に、シドは入っていなかったらしい。 緩慢にまばたきを繰り返して眼をこすりながら、眼を覚ましてしまったセルフィがゆっくり身を起こす。 ここがどこだかセルフィは即座にはわからない。ぼんやりしながら辺りを見回して、何やら物が散乱しているが執務室らしいと見当をつけ、それから部屋の中央で立ち上がる青年の姿を認めて、驚きのあまり眼を見開いた。 (……スコール?) ずっと会うことを禁じられていた人が、数歩先の距離に立っている。 彼の姿はセルフィから感情のリミッターをたやすく外してしまう。急に胸がつまって泣き出しそうな気持ちになり、セルフィは慌てて彼から視線をそらした。 「スコール」 かわりに彼に声をかけたのはシドだった。 「説明して頂けますか?」 視線が自分に注がれているのは何となくセルフィにもわかった。 「なぜあなた方がここにいるのか、説明してください」 「……サイファーに聞いてください」 艶やかな低い声が静かに響いて、セルフィはそれだけで胸がいっぱいになってしまう。 この声を最後に聞いたのは、どれほど前だっただろう。 シドの視線があるから、もちろん表面上に出すことはしなかったけれど。 「セルフィをここに連れてきたのはサイファーだ」 「……俺はこいつに寝場所を提供してやっただけだぜ」 つまらなそうにサイファーが応じる。 シドが小さく溜息をついた。 「サイファー。今がどういう状態か、あなたも知らない訳じゃないでしょう」 「それをどうにかすんのが、大人の仕事ってやつだろ?」 学園長に対しても、サイファーの態度はいつでも変わらない。 泣きそうな気分になっていたはずなのに、セルフィは何だか少しおかしくなった。 「……セルフィと俺がここにいるのはただの偶然です。何かあれば誤解は俺が解きます。……それより」 どきどきする。 スコールの声はやっぱり心臓に悪い。 「グランディディエリのミッションを、彼女に命じたのは、なぜですか」 (え?) 話が突如意外な方向に転換し、セルフィは驚いて顔を上げた。 スコールはセルフィを振り返ることもなく、まっすぐシドの方を向いている。 「俺は以前マックス教官に、セルフィが何かしらの悪意を持ってターゲットにされている可能性について話しました。教官も可能性があることを認めてくれました。……なのに」 「今回の任務は正式なエスタ政府からの依頼ですよ、スコール」 穏やかにシドが遮り、優しい微笑を浮かべた。 「確かにエスタが後見に入ったことで、エスタからの依頼はほぼノーチェックで回されていたのは事実です。そのことであなた方に迷惑が及んだことは、我々のミスです。それについて責任を免れるつもりもありません」 それが強引なセルフィ指名の任務依頼などを指していることは、その場の誰にも理解出来た。 「今回の依頼は、新しいチェック機構を通過した、疑うべくもない正式な依頼です。もちろん特定のSeeDを指定してきたわけでもありません。彼女に命令が下ったのは、スケジュールの都合と任務の性格によるものですよ」 「でも」 「SeeDのあなたが絶対原則を忘れてしまうのは、感心しませんね。スコール」 やんわりとシドが釘を刺す。 SeeDはなぜと問うなかれ――それがガーデンにおけるSeeDの絶対原則だ。 それを盾にとられれば、スコールは言葉を失うより他にない。 やっぱり負けちゃったねと、セルフィはかすかに苦笑した。もとから詭弁を弄して事態を都合良く運ぶなんて芸当ができる青年でもないし、相手は海千山千の学園長だ。分が悪い。 それでも必死で、なんとか自分を気遣って努力してくれる姿は素直に嬉しかった。 「……だいじょ~ぶだよ」 だから、口を開いて言った。 びくりとスコールの肩がかすかに揺れる。けれど振り返りはしない。 セルフィは胸の奥が潤み出すのを感じながら、言葉を続けた。 「あたしは、だいじょぶだから。心配しないで」 振り返らない背中が、少し寂しい。 けれど振り返らないでほしい。 きっと眼を合わせた瞬間に全部崩れ去ってしまうだろうから。 「……彼女もそう言っていることですし、この話はここまでにしておきましょう。……スコール、別件で話があります。私と一緒に来てください」 シドがさらりと会話をうち切ると、くるりと背を向けてドアを開け、廊下へと出て行ってしまう。 セルフィはぎゅっと奥歯を噛みしめて、ソファに座ったまま身じろぎもせずに、シドの後を追ってドアの前まで歩くスコールの背中を見つめていた。 自動ドアが一度閉まり、スコールがそれをまた開けようとロックシステムに手を伸ばす。 そして、ふとその動きを止めた。 「…………」 そのまま無言で立ちつくす。 空気がぴんと張りつめた気がした。 (振り向かんといて) 食い入るようにその背中を見すえながら、祈りにも似た願いを投げかける。 ずっと、無理なんてしてないと思っていた。 実際本当に、今まで何も感じていなかった。 ――――自分がこんなにこんなにスコールに会いたがっていたことに、今の今まで気づかなかった。 だから振り向かないで。 辛うじて残った最後の虚勢まで崩してしまわないで。 「――――」 意を決したように、くるっとスコールが振り返った。 まっすぐに、まともに青灰の瞳と眼が合った。 セルフィの心臓が音を立てて跳ね上がり、早鐘のように鳴り始める。 まるで縫い止められたように視線が外せない。 呼吸も忘れそうな衝撃の中、足早に歩み寄ってくる彼の姿を凝視する。 「!」 ぐいっと無言のままスコールはセルフィの腕を掴んで、強引に立ち上がらせた。 驚きながらソファから腰を上げ、立ち上がるセルフィを引き寄せて、スコールは数秒の間すぐ傍にある少女の顔をまっすぐ見つめる。 懐かしい柑橘系の香りをふわりと感じた。 「……体調は?」 泣き出しそうな顔を見たとたんに、抱きしめそうになる衝動が突き上げてきて、スコールは懸命にそれを抑えた。 触れている細い手首がひどく熱く感じた。 「……だいじょぶだよ」 表情こそ変わらないけれど、気遣わしげな眼差しを間近く見つめて、セルフィの胸がしめつけられるように痛む。 けれど、不思議にセルフィ自身はしっかりとしていた。 きっと眼を合わせたら張りつめたものが全部崩れてしまうだろうと思っていたのに、実際にスコールの眼を見た瞬間にセルフィの中の何かが持ち直して、強く支えてくれているような、そんな気がした。 だからセルフィはにっこりと笑顔になった。虚勢でも何でもなく。 「眠らせてもらえたし」 「…………」 スコールはちょっと眼を伏せて、自分が掴んでいるセルフィの手首を無言で見つめた。 ここまで細かっただろうかと、記憶を辿る。 腕から肩、首筋、頬のラインと視線を上げていって、スコールは彼女の手首を放すと、指先でそっと頬に触れた。 「スコールは?」 心持ち触れるスコールの手に頬をすり寄せて、セルフィは優しい声で静かに問い返した。 「スコールは、だいじょぶ? つらくない?」 どこか幼げな表情をしていたセルフィが、その瞬間にもう大人びた空気を身にまとっている。 懸命に抑えている苛立ちやストレスの数々を、簡単に見抜かれる。 こうして会うのは久しぶりだというのに。 「……あぁ、大丈夫だ」 深みを隠す翠の瞳を見つめながら、スコールはごくかすかに苦笑した。 ふわりと微笑んだセルフィに、やっぱりかなわないなと素直に思う。 「……先輩が」 もっとずっと触れていたかったけれど、廊下に先に出たシドの存在が気にかかり、スコールは言わなくてはならないことを口にした。 「マルスト先輩が……図書室で待ってる」 「…………」 セルフィはちょっと意外そうに眼を瞬いて、それから「そう」と小さく呟くと淡く笑った。 もう行かなくてはならない。 視線だけは重ね合わせたまま、意志の力で頬に触れていた手をそっと引いた。 そのまま、しばらくお互い無言で見つめ合う。 話したいことがたくさんあったはずなのに、何ひとつ言葉になってはくれない。 令嬢に何を言われたのか、そのことで何か傷ついたりしていないのか。辛いことはないのか、寂しくはないのか―― 訊ねたいことは山ほどあるのに。 「……ありがと、伝えてくれて」 改めてセルフィがにこりと笑う。 笑顔の向こうに何を抱えているのかなんて、スコールにわかるはずもない。 それでもどんな変化も見逃すまいと、スコールはセルフィの瞳を見つめ続けた。察しのいい彼女が、結び合った視線で言葉にならない感情を読みとってくれたらいいと、都合のいい願いを抱いた。 そして、口を開く。 「……気を付けろよ」 任務の無事を願う、短い言葉。 こんな一言をかけてやるしかできない自分が悔しかった。 「うん。ありがと~」 ごく自然に笑って、セルフィは大きく頷いた。 泣き出しそうに切ない気持ちは、すべて昇華して消えてしまったようなそんな気がする。 ふっと視線を伏せて、スコールもかすかに笑い返してくれた。 そのまま手を伸ばして、無造作にくしゃりと頭を撫でてくれて、「じゃあ」と短く呟いてセルフィに背を向ける。 そうして一度も振り返ることなく、今度こそドアを開けて執務室を出ていった。 「あ~びっくりした。なんか息つめちゃった」 軽い音と共にドアが閉まり、どっと息をついてシュウが大声で言った。 驚いて振り返ったセルフィに、ソファにどさりと腰を下ろしながらシュウがくすくす笑う。 「あーんな熱く見つめ合っちゃってるんだもん、このままキスでもすんのかと思ったじゃない」 「……え……」 周囲があまりちゃんと見えていなかったセルフィは、シュウから隣のエルオーネ、すぐ傍に立ったままのサイファーとキスティスと視線を移し、自分が全員の視線の集中砲火を浴びていたことにようやく気づいて、うわ~と今さらながらに全身から火を噴いた。 「も、もおお~!! 悪趣味だよ~!!」 「悪趣味って、んなとこでおっぱじめるてめえらが悪いんだろうがよ」 「お、お、おっぱじめって、何もしてないでしょ~!!」 真っ赤になりながら恥ずかしさのあまりぽかぽか拳で殴ってくるセルフィを、サイファーが声を上げて笑いながら受け止める。 「大体なんであたしこんなとこにいるのよ~!! ブリーフィングすっぽかしちゃったじゃない~!!」 難なく細い両手首を掴み止めて、サイファーはからからと笑った。 「あんな死にそうな顔色で突っ立ってるてめえが悪いんだよ。けどおかげであのバカにも会えたんじゃねーか、ラッキーだったろ?」 「ラ、ラッキーって、ラッキーって……そりゃラッキーだったけどさ~!!」 ぷうっとふくれっつらになりつつ、本音をこぼすセルフィに、サイファーはますます愉快そうに笑った。 「だろ? せいぜい俺様に感謝でもするんだな」 言って大きな手でぐりぐり頭を撫でたりするサイファーに、こらあ髪が乱れる~!とセルフィが抗議の声を上げてじたばた暴れ、面白がったサイファーにますますいじられている。 スコールが見たらまた血管の一本や二本はぶち切りそうなその様子に、キスティスは思わず苦笑してしまった。 同じじゃれ合うにしても、スコールのセルフィに対するそれは兄妹めいたものであるのに対し、サイファーのそれは何だか猫か何かを可愛がって構ってやっているという感じがする。 「にしても、あのお嬢といいお前といい、あの根暗の何がそんなにいいんだかな」 「うも~……って、根暗ってスコールのこと?」 乱れた髪型を手で直しながら、セルフィが呆れたような瞳をサイファーに向ける。 サイファーは尊大な笑みを浮かべて彼女を見返した。 「あれを根暗と言わずに何を根暗っつーんだよ」 「…………」 う~ん、とセルフィは唸って、特に怒るでもなく淡々と小首を傾げた。 「そりゃ~確かにスコールはあんま喋んないけど、全然喋んないってわけじゃないよ。言葉が出てくるのにちょ~っと時間がかかるってだけで、ちゃんと待ってれば色々話してくれるし」 そのスコールの『話したいタイミング』を推し量るのがいかに大変なことかが、セルフィにはわかっていない。 脇で聞きながらかすかに胸に去来した切なさを、キスティスは穏やかな微笑の下にそっと隠した。 「へぇ~、じゃあ、あんた達って会話まともに成立してるんだ」 感心したようにシュウが言い、セルフィが呆れ半分の笑い声を上げた。 「当たり前じゃん~! そりゃ喋ってる回数はあたしの方が上だけど、普通に話してるし面白いよ~。スコールのツッコミ面白いし~、そのくせちょっと天然さんだし~」 セルフィに天然と言われてしまったらスコールもおしまいである。 そんなことを思いつつキスティスはサイファー、シュウ、エルオーネの顔を順繰りに眺め、全員が同じ感想を抱いていることを確信した。 「それに根暗ってこともないと思うんだよ~。だってスコール、めっちゃ笑い上戸だしね~!」 「…………」 ぴし、と執務室の空気が凍りつく。 ワライジョウゴって何か新種の生物かモンスターのことかしら、と、一瞬キスティスの思考が空白化した。 「……笑い……上戸って……お前意味わかって言ってるか?」 かすれた声でぼそりとサイファーが問いかける。 きょとんとして、セルフィが小首を傾げ、それからこくんと頷いた。 「当たり前じゃない。だってホントに、あたしと喋ってるとず~っと笑いっぱなしだったりするんだよ~。も~何がそんなにおかしいんだろ? って不思議になったりするもん~」 「…………」 キスティスは瞬間白い歯を見せて爽やかに笑うスコールなんてものをうっかり想像してしまい、うっと冷汗をかいて思わず救いを求めて周囲を見回して、全員が同じように想像力の限界に苦しんでいることを知った。 セルフィ以外の全員の視線が、同じ感情のもとに交錯する。 今執行委員の心はひとつになっていた。 「じゃ~あたし図書室行かなくっちゃ。寝かせてくれてありがとね~」 ただひとり別次元にいるらしいセルフィが、にこやかに手を振ってドアに向かう。 その細い肩を捕まえてあれこれ問いただしたい衝動にかられつつ、全員はいっせいに彼女の方を見た。 「……大丈夫?」 代表してエルオーネがその背中に問いかける。 セルフィはロックシステムを外そうと端末に手を伸ばしかけて振り返り、にこりと笑った。 「だいじょぶだよ~。心配ないない! あ、そ~だサイファ、帰ってきたら時間少し貸してね」 「……お、おう」 視線を向けると即座に尊大な表情を取り繕ってサイファーが頷く。 セルフィはにこりともう一度微笑んだ。次の任務で上手く調整を終えれば、きっとセルフィの目的は達せられるはずだ。いくつか山積みになっている問題のひとつが、もうすぐ解決できることにセルフィは少しだけ嬉しくなる。 「じゃあね!」 ひらりと手を振って、セルフィはドアを開けると、軽い足取りで廊下に出た。 *** 学園長室に向かって歩きながら、スコールは自分の右手に視線を落としてじっとそれを眺めた。 まだ、掴んだ細い腕の感触が残っている。 あの手を取ってここから連れ出したいという衝動に打ち勝つのには、相当の精神力を必要とした。 (あんたはついてなんて来ないだろうけどな……) ふっと苦笑が浮かんでくる。 以前連れて逃げようかと言った自分に、彼女は大真面目に学園祭が終わるまではダメだと拒絶した。 一度決めたら最後までやり遂げる、そんなまっすぐで前向きな頑固さをスコールは愛している。こんな下らないことでセルフィをガーデンから連れ出すなんてことはできるはずもなかった。 (……守らないとな……) せめて学園祭が無事に終わるまで、セルフィをガーデンにいさせてやりたい。 シド達は当てに出来ない。令嬢の機嫌次第で簡単にセルフィは卒業、悪くすれば放校処分にだってされてしまう。 触れることも言葉をかわすことも出来ない今の状況は非常に腹立たしく、自分の精神状態も良いとは言い難いものだったが、セルフィを守ってやれるのが自分しかいないのであれば、感情を爆発させることもできない。 ――――そんなんで守ってやってるつもりかよ? ホントはどっちが守られてんのかも気づいてねーくせに ふいにサイファーの嘲りに満ちた声がよみがえってきた。 勝手なことを言うな、と、改めて怒りがこみあげてくる。 他愛のないわがままは簡単に口にするくせに、肝心なことはなかなか言ってくれない少女が口にした、数少ない願いを叶えてやりたいと思って何が悪い? ――――スコールは、だいじょぶ? つらくない? 大丈夫なんかじゃ、ない。 今こうしている瞬間も、心の奥で灼けつくように、自分から彼女を遠ざけるすべての要因を排除して、この腕の中に奪い返したいと願っている。 自分の知らないところで、知らないうちに、知らない彼女に変化していくことが許せない。 暴走しそうな独占欲を押しとどめているのは、それが他ならぬ彼女自身の願いだから。 願いを叶えてやりたい、そしてちゃんと自分が叶えてやっているのだと思うだけで、少しだけ荒んだ気持ちが優しくなるような気がする。 そして安心する。自分はまだ、独占欲より彼女をちゃんと優先することができていると。 (執着してるだけなんだろうな) 以前エルオーネに呟いた言葉を自分に投げかけて、スコールはまた少し苦笑した。 リノアと、そしてセルフィと付き合ってきたことで、気づいたことがひとつある。 自分はどうも、人の愛し方が良くわかっていない。 愛されることはわかってきたような気がする。遠い昔のエルオーネや、リノアや、セルフィが教えてくれた。 けれど愛し方がわからない。 彼女達を愛しいと思う気持ちは確かにあるのに、それは確かに愛情なのに、それを表す方法がわからない。 だから、執着することしかできない。 遠い記憶を辿って石の孤児院時代、まだスコールの傍にエルオーネがいたあの頃も、自分はやっぱり同じように、必死で姉に執着し、独占することによってしか愛情を表現する術を知らなかった。一番過去の記憶を鮮明に持つアーヴァインも指摘した、それは事実だ。 自分はその頃から少しも変わっていない。 「…………」 左手中指に嵌めたままの指輪に、スコールはふと眼を落とす。 ラグナから預かったままの、銀色の指輪。 思えば自分の両親である彼らも、それぞれに不器用な愛し方しかできない人間だった。 ラグナもレインも、二人とも多くの人間に愛された愛され上手だったくせに、肝心な愛情表現はひどく下手で不器用で、心は確かに通い合っていたのに、結局レインの孤独な死という結末を招いてしまった。 自分が同じ轍を踏まないと、誰にそう言い切れるだろう。 今でさえこんなに、自分の中の独占欲を抑えるだけで精一杯の状態だというのに。 ただ傍で彼女が笑ってくれれば耐えられると思った。けれど今は。 会うことさえできない今は――? (なんとかしないとな……) 学園長室の前まで来て、スコールはすっかり滅入った気分を何とか立て直そうと大きく息をついた。 本当に、セルフィがどうこう以前に、自分の神経が持ちそうにない。 自分はこんなに女々しい人間だったかと呆れたくもなるが、とにかく何か手を打って、あの少女を取り戻したい。 どうしたものかと考えながら、デコーダーにIDを通す。 最悪この部屋の中にいるシドを説得して動かすような、そんな作業も必要になるかも知れないと考えるとますます気が滅入ったが、そうしなければセルフィを取り戻せないのなら仕方がない。 小さな電子音と共にロックが解除され、開いていくドアを見つめながら、スコールは瞬間ふっと、彼女が帰ってきたら何を話そうかと、そんなことを思った。 トラビアから帰ってきて熱を出したセルフィと、一日中ベッドの中でたくさんの話をしたあの日、たったひとつ、今自分を灼きつくし浸食しているこの独占欲に関する話だけは、彼女にしていなかった。 セルフィには知られたくないと、そう思ったから。 「……遅かったですね」 開いたドアの向こうで、シドが穏やかに微笑する。 もし話したら、彼女はどう思い、なんと言うのだろう。自由を誰より愛する、けれど誰より優しい彼女は。 一歩部屋に入ると、背中でドアが閉じる音がした。 「差し迫った話というわけではないのですが、あなたの耳にも入れておこうと思いまして」 デスクの前に歩み寄ったスコールに、相変わらず人の良さそうな笑みを絶やすことなくシドが言った。 「……SeeDの、今後の存続についてです」 意外な一言に、スコールの思考がストップした。 |