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芸術は漠然だ!~斉と公平太のムダに考えすぎ~

徒歩旅行? 7時間35分、約35km 時間について考えるために名古屋駅から矢作橋駅まで歩いてみた。

2022年12月21日

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2022年12月某日朝6時36分の名古屋駅周辺


今回は名古屋駅から矢作橋駅まで約35km歩いたことについて、歩く前と後に分けて書いていきます。

名古屋駅ー矢作橋駅ー東京駅 (地図として正確ではありません)


<歩く前>

このコラム、これでも一応は美術のコラム、「美術」といえば、やはり「美術史」、そして美術史といえば「美術の歴史」、「歴史」といえば「時間」ということで、この「時間」というものについて考えるために歩くことにしました。

なぜ、名古屋駅から矢作橋駅なのかと言いますと、

もともとは「名古屋から東京まで歩いて行く」という企画で、構想自体は10年くらい前からありました。しかし、なかなか仕事を長期間休む機会がなく月日が過ぎていき、来年2023年こそはやろうと思っているのですが、そこで実際に歩けるかどうか、1日だけ試してみようと思いまして、グーグルマップで調べました。

徒歩を選択して

「名古屋駅」から「東京駅」

国道1号線 経由 74時間 350km


と出てきます。

計算しやすいので350を10で割って、1日35km歩けば10日で行けるということで、名古屋から35km地点で、東京行きのルートに含まれる矢作橋、さらに帰り電車で帰るために矢作橋近くの矢作橋駅をゴールに設定しました。

ネットで調べると、長距離を歩くなら1日20kmが妥当と書いてあるものもありましたし、逆に1日50km歩いたという人もいました。確かに1日目だけ35km歩けても残る9日間同じペースで歩けるかどうかわかりません。

比較として適正ではないですが、フルマラソンで走る距離は42.195kmで、35kmより長い距離です。下の記事によると、『フルマラソンの男性の平均タイムは、「4時間36分49秒」です』と書いてありました。
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フルマラソンの平均タイムは?初心者の目標完走時間の目安は?
更新日:2019年1月29日 著者:RUNNAL編集部
https://runnal.com/4586
___

まあ、歩くのと走るのは違いますが、

僕は普段全く運動していないので、もしかしたら途中でリタイアもあるかもです。50年生きてきて初めての試みです。

数日前に4km歩いてみたのですが、かかった時間は55分。
4km歩いて5分休憩するとして、4km進むのに1時間。

35km÷4km=8.75時間 

となります。

グーグルマップだと、名古屋駅から矢作橋駅は7時間28分かかると出てきました。

_____________

と、ここまでは歩く前に書いています。つまり頭で考えてるだけの状態です。

ここからは実際に歩いた後に書いてます。

名古屋駅から1号線に出るまでの手書きの地図(寸尺はめちゃくちゃ)


<歩いた後>
名古屋駅から1号線に出るまでは手書きのメモ程度の地図(上の画像)を見て、それ以降はひたすら1号線を真っ直ぐ進みました。グーグルマップ等を見ながら歩くことはしませんでした。音楽を聴きながら歩くこともしてません。

どちらも時間を考えるのに妨げになるような気がしたからです。特に、音楽には音楽の時間が流れているので、それに影響されないようにです。

名古屋駅から線路沿いを1号線に向けて歩いている時に撮影した風景


以下、行程です。時間は撮影した写真の記録から、距離は歩き終わった後にグーグルマップで調べて書いてます。

12月某日

●6時36分 名古屋駅発

●7時30分  休憩 ハムカツたまごドッグを食べる。麦茶を飲む

●7時45分 熱田神宮公園でトイレ 1時間9分経過 4.7km

●7時55分 国道1号線に入る  

●8時05分 地下鉄伝馬町駅

●8時11分 新堀川で1号線の左側(自分の進行方向に対して)を歩いて新熱田橋を渡ろうとしたら、戻って迂回し熱田橋を渡らないといけないことがわかる。ここで大幅なタイムロス、最初から反対側を歩いておけばよかった。(下の画像参照)

迂回指示の看板


●8時30分 休憩 メロンパンと麦茶を食す

●9時02分 笠寺駅前  2時間26分経過 10km

●9時42分 緑区鳴海町のコンビニでピザまんとカレーまんと速攻元気ゼリーを購入して食べる。2度目のトイレ 3時間6分経過 13km              


●10時43分 東邦昆虫センター前通過 4時間7分経過 18km

東邦昆虫センターの看板


●10時52分 コンビニで麦茶とウイダーインゼリーのプロテインを買って食べる。麦茶2本目 トイレ3回目 (この後休憩なしで歩く)

●11時39分 工業団地入り口(刈谷) 5時間3分経過 23km

このあたりから疲れてきました。
 
●12時35分 猿渡川通過 5時間59分(約6時間)経過 28km

ゆっくり行こう安城市 亀の看板 1号線沿い


ラーメン横綱安城店前 


●13時35分 ラーメン横綱安城店 通過 6時間59分(約7時間)経過 33km  

●14時11分 名鉄矢作橋駅到着 7時間35分 35km
__

6時36分ー14時11分 所要時間7時間35分

名鉄矢作橋駅 


歩く前に周りから、ケガするといけないから無理しないでくれと言われたのですが、左足小指に水ぶくれができたくらいでなんとか完歩できました。ただ今の自分の体力では35kmが限界でした。矢作橋駅に到着して、その後、本当は駅の少し先にある矢作橋に行って写真を撮ろうと思ったのですが、もうこれ以上は歩けないと諦めました。歩きでもこれだけきついのに、マラソンで42.195km走る人はすごいと思います。

帰りは電車がすいていたので座ったのですが、到着して降りようとして立ち上がろうとした時に足の腿に痛みがでてきました。歩いている時は痛みはなかったのですが、こんなに早く筋肉痛がくるとは予想外です。そして次の日も筋肉痛が残ってました。これで前日と同じスピードで歩くのは難しいです。まったく不可能ではないですが、仮に痛みが治まらないまま同じ速度で歩いて、3日目も同じように歩けるかどうかはあやしいです。

ネットで見たように1日歩く距離を20kmにするか、トレーニングで足の筋肉をつけるか、どちらかしないと、東京ー名古屋は難しいと思いました。1日歩く距離20kmにすると宿泊代がかさむのと、仕事を休む日数が増えてしまい、実現が不可能になります。やはり足の筋肉を鍛えるしかなさそうです。どうやって鍛えればいいのかが、今後の課題となります。

歩数計 35km 歩いて4万9878歩


『なんで「歩く」ことが「時間」を考えることになるの?』
と思うかもしれませんが、まあ、これは僕の個人的な考えで、なんの根拠もありませんが説明していきます。

冒頭にも書きましたが、美術史について考えるには、「時間」のことをわかってないといけないのではないかと考えるようになって、しかし、この時間というのが何なのかわからない。以前も、コラムで時間が過ぎるのが速く感じることについて書きました。このように僕個人が感じる時間は曖昧でとらえどころのないものです。

まず時間について考えようとすると、「物理学」「生物」「心理」「脳」などというワードが思い浮かびます。

「光のスピードで移動すると時間が進むのが遅くなるんだって!」とか、

「体内時計ってものがあるでしょ!」とか、

「楽しい時ほど時間が過ぎるのが速く感じるよね〜」とか

「過去の記憶と時間がね、」とか、

そういうことです。

「哲学はどうや?哲学は?」

「哲学」は除外しました。「哲学」は、僕の個人的な実感と合わなかったので、すみません。

いろいろ考えたのちに、あるとき僕は直感的に「名古屋から東京まで歩いて移動すれば、それがわかるんじゃないのか?」と思ったのです。なぜなら「時間」のことを考えていた時、頭にパッと浮かんだのが

「人類はアフリカから全世界に広がっていった」

というアフリカ起源説です。
その「広がり」歩いての移動だったはずです。馬に乗って移動しはじめたのがいつ頃なのか、正確な年代を僕は知りませんが、最初は徒歩だったはずです。このことから、物理学とは別の意味で移動するということが、時間と関係あるんじゃないかと思ったのです。

まあ、あくまでも僕のデタラメな思考なのですが。
このことを知人に話したら、
「アフリカで歩かないとダメなのでは?」とか、「裸足で歩かないとダメなのでは?」とか
と言われたのですが、そういうことではないのです。

確かに考古学的な実証実験ではそうかもしれませんが、僕がやろうとしていることはそういうことではないのです。単に、僕個人が実感として「時間」とは何かを理解したいのです。「名古屋ー東京」というのは、仕事で「名古屋ー東京」間の新幹線を利用することがあるので、それと比較するという意味もあります。

ちなみに、この長距離を歩くというのは「徒歩旅行」で検索してもらうとわかるのですが、Wikipediaに「徒歩旅行」の項目があるくらい、普通にジャンルとして既ににあるものです。「徒歩旅行」関連のHPや体験記録のブログも沢山あります!

「じゃあ、それらのたくさんあるブログの歩き旅やウオーキングと、おまえのやってることと何が違うんだよ!」

と、怒られそうです。

「いや、気持ちが違うから、、」

「おまえの気持ちなんか知らねーよ!!」

と言われそうです。そうです。正直に言ってしまえば、それらと何も違いはありません。

「やっぱり!美術史だとか、時間とか、もっともらしいことを言って誤魔化してるんだよ!美術作家とか言って、詐欺師が!詐欺師が!」

そうなんですが、ここで、重要なポイントがあります。
「自分が歩くということは、自分が歩かないと、自分が歩いたことにならないし、自分が実感できない」
ということです。

まあ、だから単に歩いた、ということです。

「わかった!身体性ってやつ?もしかして?」

とか言われそうですが、僕は「身体性」という言葉の意味がよくわかりません。ので、そういうことではないと思います。

この企画「名古屋ー東京を歩く」をここ数年、いろんな美術の企画コンペに応募しているのですが、全て落選しております。

「そんなの勝手にやりゃいいだろ!」

と思うかもしれませんが、ネックなのは宿泊代です。その宿泊費を企画コンペの賞金でなんとかしようと思って出しているのです。宿泊代をクラファンで集めたりしたら、そっこうで非難!ネット炎上しそうです。

「野宿しろ!野宿!」

というご意見もあると思いますが、これはアウトドア企画じゃないので、歩いて移動すること以外に、別の要素を加えたくないのです。こういうことすると、誤解されがちなのは、体に負荷をかけてどれだけ我慢できるかを競っているという誤解です。そうではなくて、あくまでも時間を実感するために歩きたいのです。

「で、今回歩いてわかったのかよ!時間について?」

ということについて、あくまでも個人の感想ですが、
まず、歩いているときは「スタートから現在地」というような思考はできない。意識できるのは、歩いている現地点から前後数メートルと前方の風景だという、当たり前のことに気がつきました。

これは、グーグルマップを見ながら歩いていたら、もしかしたら俯瞰して見られるので違うかもしれませんが、やはり実感として、「スタートから現在地」という意識は持てないような気がします。あくまでも僕個人の感覚ですが、線がだんだん長くなっていくのではなく、点と点がすれ違っているような印象です。

そして今は歩いていない状態で全体をふりかえってみても長い線のようには感じることができないので、これはどういうことなのか考えてます。また、4km歩いて、別の日に35km歩いて、35kmは4kmの8.75倍だな、と頭で考えているのと、歩いた感覚とは一致しません。歩いて8.75倍だと思えません。35km歩いたら、歩数計のカウントは4万9878歩でしたが、1歩の4万9878倍が4万9878歩だな、とは思えないのです。

これが美術史の時間とどう関係してくるのか、まだ結論は出てません。美術史は時間ではなくて、物事の起こった順序、順番なので、時間は関係ないかもしれないというふうに思ったこともありました。もちろん、時間は未来から過去に流れないので、順序、順番も時間なのかもしれないのですが、歩いて感じたのは、感覚としては順番も関係ないかもしれない、順番も意識できないかもしれない、ということです。

それは、1、2、3、4、5という順番で歩いて移動して、現在地が「5」だとして、振り返って思い出しても1、4、3、2、5の順番でも感覚的には区別がつかない、ナンバリングされていなければ現在地より前の順番は感覚的には把握できないということです。これもあくまでも個人的な感想です。

「単に現実と感覚が違うということだけだろ!」と思われるかもしれません。確かにそういうことではあります。

時計や記録なしに正確に時間を知ることはできません。感覚だけでは、正確な時間はわかりません。しかし、わからないなりに何か思っているはずです。記録でしか捉えることのできない「記録の時間」と、曖昧な「感覚の時間」、この2つをどう考えたら良いのか、「記録の時間」を実感として捉えるには、どうすれば良いのか。美術史のような歴史的時間を、どうやって実感すれば良いのか。

『べつに「記録の時間」を実感で捉えなくても、時計を見て行けば待ち合わせ時間に遅れない、それだけだよ』

まあ、それはそうなんですが、。


2022年、今年のコラムはこれでおしまいです!お読みくださりありがとうございます!
良いお年を!

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