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令和版浅井武勇伝への淡い期待

沖浦氏にしては珍しく拙稿の内容を踏まえたコメントを残している。いわく、神戸市だけで男子部員が一万人いた、と。さらにコメントがあって、どうやら一万人は結集できる人数らしく、名ばかりの人間を含めればその倍はいたとのことである。全国では百万人、もしくは二百から三百万人、これが男子青年部の人数らしい。

顕正会では長いこと、八百万創価学会、と呼んでいた。それが昨年あたりから六百万に変更された。これはごく単純に選挙での得票数を当てはめたものと理解できる。

沖浦氏は少子化が進んでいることを承知しつつも、現在でも同じくらいの男子部員がいると言っている。しかし、選挙での得票数からすると客観的には男子部も弱体化しているのではないか、失礼ながらも後期高齢者が長生きして頑張っているからギリギリの線で組織が維持できているのではないか、それでも得票数は二百万も減ってしまった、と見るのが妥当ではないかと思うのだが、いかがだろうか?

さて、次は大沢氏のコメントである。

いなかったはずの人物が佐々木理事に怪我させられたとして、警察や労働基準監督署に申し立てを行っている・・・

労災保険の申請を出している・・・

以前にも同様のコメントを頂戴していたが、取り上げた記憶がない。多忙ゆえか、そのまま素通りしてしまったらしい。

気になる話ではあった。わたくしには労災保険云々が解せないのだ。もし怪我をさせられたのであれば、それは傷害罪に相当するはずで、警察の仕事である。その上で民事訴訟を起こしていわゆる慰謝料を求めることは考えられるが、労災保険が適用になるとは思えない。それとも単にわたくしが世間知らずなだけなのだろうか?

しかもである。妙観講側の言い分からすれば、それは完全なる虚偽らしいのだ。すると例の尻餅オジサンみたいな話であり、警察が相手にしてくれるとも思えないし、ましてや労災保険の申請などは言語道断であり、場合によっては詐欺罪にも相当することになるだろう。ヤブヘビというかボケツというか、何のメリットもなさそうな話である。

考え得ることは、浅井先生にとってはバカバカシイコトイウデナイ動画がどうにも我慢ならず、それゆえに佐々木氏に対する憎悪がハンパなくあって、どうにかして氏を失脚させようとしている、ということくらいだろうか?

わたくしの思うにそれは逆恨みだろう。もし汚名を返上したいのならば、法論に出るしかない。そこで令和版浅井武勇伝を作るのだ。我々が知る武勇伝は過去のことであり、紙媒体でしか知ることのできないものである。今ならば映像を残せる。映像での浅井武勇伝こそが汚名返上の唯一の手段となる。なぜならば昨年九月二十六日夜のブザマな映像を上書きするためには、それ以外に方法がないからである。

さて、顕正新聞である。

選挙活動にも嫌気が差した私は、高校を卒業したころから勤行をしなくなり・・・

創価学会から入会してきた女性男子部員だが、上掲はいかにもツッコミたくなる文章である。これでは高校生の時から選挙活動をしていたみたいに思えてしまう。

 その後、私と息子がコロナに感染したので、葬儀が二週間後になりましたが・・・

婦人部多摩支区総班長(首都圏)の夫は、難病・カルチノイドに罹患し、五十九歳で亡くなった。まさか喪主不在で葬儀をするわけにも行かなかったのだろう。コロナの療養期間が終わるのを待って葬儀を行なったらしいのだ。

いよいよ五月の連休明けからコロナの扱いが変わる。上掲のような措置は必要なくなる。しかし、葬儀には多くの人が会葬に訪れる。そこで感染拡大が起こる。どうなることやら、である。

今、コロナのニュースはほとんど報じられなくなったが、今週は少しブリカエシの兆候が出てきたようである。早くも第九波が始まったのかもしれない。マスク自由化から二週間でこの兆候は、要注意である。

浅井先生は昭和六二年に「第一回沖縄大会」を、その翌年には「第二回沖縄大会」を開催して下さり・・・

女子部第三百四十二区長(沖縄県)は、八十四歳で亡くなった母親のことを発表している。その記事の中でわたくしが注目したのは上掲である。浅井先生も若くて元気だった。

百名集まれば日本全国どこにでも行く

これは記憶のままに書いたので正確ではないが、一時期はこんなようなことをよく言っていた。やはり若かった証拠である。もちろん顕正会の組織そのものが小さく、百名の結集がどれほど大変だったか、という意味でもあるだろう。顕正会もそれなりに大きくなった。ゆえに今は上掲のようなことは言わない。同時に浅井先生自身も高齢となり、昔のバイタリティーはなくなった。

つまり、令和版浅井武勇伝を期待するのは無理なのだ。


同日追記:今朝も両氏からコメントが寄せられたようである。本稿はそれらのコメントには目を通さずに書いていることを付記しておく。

Commented by 大沢克日子 at 2023-03-26 11:46 x
>気になる話ではあった。わたくしには労災保険云々が解せないのだ。もし怪我をさせられたのであれば、それは傷害罪に相当するはずで、警察の仕事である。その上で民事訴訟を起こしていわゆる慰謝料を求めることは考えられるが、労災保険が適用になるとは思えない。それとも単にわたくしが世間知らずなだけなのだろうか?

いいえ、巌虎氏は正しいのです。
H氏は、労働基準監督署への「第三者行為災害」の申請を行いました。簡単に言えば、第三者行為災害とは、通勤災害または業務災害が当事者以外の第三者に起こされたことを意味します。つまり、「労災保険で受診したけど、本当はその責任は第三者が負うべきものです」という申請です。
例えば顕正会に雇用されている本部職員が職務中、本部会館内で転倒して怪我をした場合、労災保険によりカバーされますが、職務で産業道路を横断しようとして車に轢かれてしまった場合、その法的責任(補償義務)は運転手が負います。
後者は第三者行為災害です。
そのH氏は、公的制度を通じて佐々木理事をハメようとしたのでしょう。
さらにH氏は、警察にも被害届を出しているようです。

>警察が相手にしてくれるとも思えないし、ましてや労災保険の申請などは言語道断であり、場合によっては詐欺罪にも相当することになるだろう。

捜査機関や労働基準監督署に対し、虚偽の申告をした場合は犯罪に該当する可能性があります。
H氏の申告のうち、労災保険(第三者行為災害)については取り下げたそうですが、総幹部会、班長会の発表や顕正新聞の記事で、どのように伝えられているのでしょうか。

>つまり、令和版浅井武勇伝を期待するのは無理なのだ。

無理なのでしょう。
それだけに、顕正会はありとあらゆる方法でハメてこようとしますので、注意が必要です。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-26 12:17 x
 嚴虎さん、今日は。

 少子化の影響は創価学会にも当然ございます。
 ですが、選挙で650万票しか取れないから、実数がそれではありません。
 現在、創価学会員の有権者で公明党へ投票する人は半数いません。
 私はこれでも内部の人間で、以前一緒に活動した同輩後輩が沢山副会長クラスになっていて、正しい情報が入ります。
 男子青年部の最高の人数は300万人でした。
 当然掌握されていたのは半数程でしたが、実際にそれだけの名簿はございました。
 現在少子化の影響で減少していますが、今でも150万から100万の部員数はあると思います。

 創価学会員が日顕退座要求の署名活動をした時、1600万以上が集まりました。
 私も当時の私の家族も、誰一人そういう署名をしていませんので、当時の創価学会員の実数は恐らく2000万人を超えていたと思います。
 日本の人口の減少と同じ比率で減少していると思いますが、近年創価学会への入会者はかなりの割合で増加していますので、現在もその程度の会員数があると思えます。
 6人に一人が何らかの形で創価学会に所属しています。
 何らかの形とは、私は日本人ですが普段は認識していません。
 海外に試合に行くと強烈に意識致します。
 創価学会員も所属している事への温度差が当然あります。
 国内は2000万人がいるならもう問題はありませんので今後の微増で良いと思います。
 創価学会の有権者数は、1500万票ほどでしょう。
 43%程の有権者が公明党を積極支持しています。
 国政選挙の平均投票率もこんなものですから、妥当な数字でしょう。
 ですが、後の56%は何かあるなら公明党に投票する予備軍です。
 近年創価学会の社会的評価が高くなっています。
 箱根駅伝、ワールドベースボールクラシックなどが後押ししています。
 私の友人の大学教授もクリスチャンですが、最近お題目を唱えると言っています。
 穏やかにじんわり拡大するのが今後の創価思想でしょう。
 対して、日蓮正宗や顕正会は、拡大の機会を取り逃がした観がございます。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-26 12:26 x
 大沢さん、おはようございます。

 私は一度として、神戸市役所退職の経過が嘘といったことがありません。
 事実なのです。
 大事な事は、誰にも過ちがあってそのために、法華経にも御書にも、転授軽授、変毒以薬、宿命転換が説かれ、創価学会では人間革命として、信心の目標としています。
 
 『日蓮も過去に念仏者にて』

 有名なご文です。

 ナザレのマリアの逸話が聖書に説かれています。
 ある時、キリストが女性が石を投げて処刑される現場に行き合わせました。

 何故この人を殺すのか?

 この女は罪を犯したからだ。

 それでは、これまで罪を一度も罪犯した事がない人だけが石を投げなさい。

 誰も石を投げず女性は救われました。
 この慈悲の精神は仏法と同じです。
 所が、貴方は一度過ちを犯すとそこでその人間はお終いとしています。
 仏法ですらなく、外道以下です。
 良くないですね。

 『「若し復是の経典を受持する者を見て其の過悪を出せば若しは実にもあれ若しは不実にもあれ此の人現世に白癩の病を得ん」等云云、』
 (開目抄)

 事実であろうがなかろうが、怨嫉謗法が大謗法である事が、御書経文に明確です。
 同じ御書に、舎利弗の因位の修行中、乞眼の婆羅門を怨嫉し地獄に堕ちた教えが説かれています。

 何時まで経っても怨嫉謗法が止まりませんね。
 貴方は本気で御本尊を信じ、御書を生活の指針とする事が出来ません。
 日蓮正宗という悪知識に支配されています。
 方法は二つあります。

 桁違いに優れた身延に行ってやり直す。
 日蓮正宗にいて本気で御書を学び祈って打開する。

 何方でも貴方の御自由です。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-26 12:39 x
 何やら、顕正会と妙観講が世法で争っているみたいですね。
 基本的に、慧妙は恥知らずの嘘つき集団ですから、私は信じません。
 以前、アップ致しましたが2004年、私が不徳故神戸市役所を退職した時、慧妙は許可も無く私信取りあげ、私と創価学会の信心を非難しました。
 私はどん底でしたが、3年先に神戸市役所時代を遥かに上回る境涯になると宣言し、創価の信心、創価の祈り、創価の闘いでそれを成し遂げ、間に立った妙観講員を通じ、慧妙に取材に来るように伝えましたが、なしの礫です。
 ああいう卑劣な連中を信じる事が出来ないが当然です。
 然し、相変わらず法の正邪、功徳のある無しでの勝負が出来ませんね。 
 
 法の勝負は先ず義(道理)次が文献(文証)です。
 顕正会と宗門は、戒壇本尊本懐を採用していますから、その戒壇本尊をおさえられている弱みが顕正会にあります。 
 本来なら、創価学会の様に、否定してしまえば良いのですが、内部事情があって出来ないのでしょう。
 否定すると会員の多くが宗門に移行してしまうのではないかと思います。
 この点は創価学会にとっても深刻な問題でした。
 クリアーするのに、1989年の破門から、2014年の教義改定まで、25年を要しています。
 池田大作と言う、卓越した指導者がいなければ不可能でした。
 端的に言うと、戒壇本尊の魅力より、池田大作の人間的魅力が上回った結果です。
 浅井さんには、この点が欠けているのではと思います。

 ともあれ、顕正会と宗門は既に世界への道は絶たれています。
 今からでは、所詮創価学会の二番三番煎じ。
 ですので、適当な所で和解するべきに思えます。
 世間の法で揉め続けても印象が双方悪くなるだけですから。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-26 15:48 x
 日顕退座要求について、ネットの第三文明から何方でも全文が閲覧出来ます。

★ 追い詰められてきた日顕は、1991年11月7日、創価学会に「解散勧告書」を送りつけた。
 宗教法人の認証を得る際に、学会は「日蓮正宗の教義を信奉する」旨を表明している。その日蓮正宗に従わないのなら、宗教法人を解散しろというのである。
 全世界の学会員は、〝日蓮正宗の教義を勝手に変えてしまったのは日顕ではないか。学会は一貫して広宣流布に励んでいる〟と一笑に付した。
 11月28日、ついに日顕は、創価学会に対して「破門通告書」を出した。だが16ページにも及ぶ通告文のなかには御書の一片もない。日蓮仏法に照らして、宗門が学会を破門できる理由など何ひとつないのだから当然である。
 日蓮大聖人は「経文に明ならんを用いよ文証無からんをば捨てよ」と、文証なく邪義をかざす者たちを指弾されている。
 同じ頃、全国の創価学会の会館では、記念幹部会が開催された。
 全国1000を超す各地の会館には、この日ばかりは手に手に鳴り物やポンポンを持った会員たちが、笑顔を抑えきれない様子で続々と集った。まるで、ひいきのチームの優勝決定戦にでかけるサポーターのような、文字どおりの嬉々とした顔だった。
 日顕が、どうしても理解できていなかったのは、この庶民の逞しさと賢さなのだ。
 時代錯誤甚だしい〝破門通告〟なるものを受けた直後の記念幹部会は、そのまま「魂の独立記念日」祝賀の幹部会となった。秋谷会長から破門の一件が語られると、どの会場も場内は爆笑と歓声の渦になり、人々は鳴り物を鳴らして喜び合った。
 そして、学会員は明確に法主・日顕こそがすべての謀略を主導した張本人であったことを確認した。
 1カ月後の12月27日――これは、日顕が池田SGI会長を罷免してから1年後にあたっていたが――全世界の創価学会員が「阿部日顕法主退座要求書」に署名して、大石寺に送りつけた。その署名の数は、1624万9638人に達していたのである。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-26 16:02 x
 署名の数は、1624万9638人に達していた。

 これは事実ですが、私も家族も署名しませんでした。
 理由は簡単です。

★縁を切って他の宗派になったのですから、人事に関与すべきでない!!

 こういう人は沢山いました。
 やっと彼方から破門してくれて自由を得たのだから、宗門には勝手にやらしておけば良い。
 以前も書きましたが、昭和37年入会で、1年程経った時先輩が私に問いました。

 沖浦君、池田先生が日蓮正宗を退転したらどうする?

 答えに窮していると先輩が言いました。

 一緒に退転すれば良いんだよ。

 何だぁそうかぁ・・・・

 以来、私にとって宗門などはその程度の存在でしかありませんでしたし、回りの男子部も同様でした。
 破門後、心の中では、宗門がわびて創価学会が受け入れる事だけを恐れていました。
 周りも同じ思いでしたね。

 ですから、宗門や法華講員が思うほど、破門など大した事ではありませんでした。
 私は昭和56年から戒壇本尊本懐を嘘と見破り、嫡嫡一人等は相手にしていませんでしたし、子供にもそう教えていました。
 宗門は愚かな事をしたものです。
 後20年もすると、戦前の勢力に戻ってしまうでしょう。
 退座要求には、

★宗門など相手にせず立ち腐れさせておけば良い、その内立ち腐れから、腐れ立になってそのまま細々と続くのだから相手にしないでおくべきだ。

 日顕がいてくれてこその宗門の没落でした。
 折角相手が人事で一大失態を演じているのです。
 横やり入れて助けて上げる義理が何処にありますかね。
 
 
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-26 20:10 x
>それでは、これまで罪を一度も罪犯した事がない人だけが石を投げなさい。
誰も石を投げず女性は救われました。
この慈悲の精神は仏法と同じです。

いえ、仏法の慈悲とは全く違います。
これこそ、慈悲魔の正体であり、克治が何十年経っても成長しない理由でもあります。

「これまで罪を一度も罪犯した事がない人だけが」云々という外道の考えは、一見慈悲深く見えるかもしれませんが、実はとんでもない悪です。
前記事のコメント欄に述べたように、世間的にも仏法上も、「これまで罪を一度も罪犯した事がない人」は一人として存在しません。
願兼於業の菩薩でさえも、業が無ければ末法の悪世に生まれることはないのだから、「これまで罪を一度も罪犯した事がない人」しか罪を裁けない、悪事を糾弾できないということ自体、外道の与太話なのです。そして、仏法の信仰者でありながらそれに踊らされる者が居るならば、その者はボンクラです。

仏法でいう慈悲とは、例えば日達上人が池田先生や浅井先生、そして問題を起こしたその他の僧俗について、この御本尊を受持しているのだから、いつかは必ず…と、その信心に信を置かれる御姿のことをいいます。そして、克治の旧知の人が、「沖浦克治氏は悪人ではない」・「沖浦克治氏はあの事件について反省している」と、克治の善なる部分に信を置く姿勢も慈悲なのでしょう。

克治が何十年経っても成長しない理由は、他者からの指摘や批難を、全て「本仏だから」という理由で受け流しているからなのです。
つまり自分への指摘・批難を「怨嫉謗法」と自ら聞き流している限り、克治に成長はありません。
例えば大沢は、一閻浮提第一の究竟中の究竟の御本尊を拝していますが、世法上も信仰上も大小様々な過ちを日々犯しています。ところが、唯一の正系門家の信徒であることを理由として、過ちを犯した時の指摘を全て「怨嫉」云々と受け流したらどのようなことになるのでしょうか。世間でも信仰上でも、信用を失うに決まっています。克治は、それを何年も何十年もやっているのです。故に莫迦なのです。
自己正当化のために信心利用・組織利用すると、ロクな結果になりません。克治はそれをしているのです。だからダメなのです。
「一回失敗したからダメ」などとスリカエ・ゴマカシてはなりません。
いい加減、弁えなさい。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-26 21:26 x
 大沢さん、今晩は。

 どうしても湧き上がる怨嫉の念をおさえる事が出来ないようですね。
 真剣に祈るしか打開策はございません。

 『何の兵法より法華経の兵法を用い給うべし』

 今こそこの御文を身で読む時です。
 
>いえ、仏法の慈悲とは全く違います。
これこそ、慈悲魔の正体であり、克治が何十年経っても成長しない理由でもあります。
 ~引用終わり~

 又又呼び捨てです。
 私はキチンと貴方にさん付けしてますでしょう。
 少し大人におなりなさい。
 私は日々成長しています。
 故に優秀なスタッフがドンドン集まっています。
 ですが貴方には分かりませんでしょうね。 
 
>「これまで罪を一度も罪犯した事がない人だけが」云々という外道の考えは、一見慈悲深く見えるかもしれませんが、実はとんでもない悪です。
前記事のコメント欄に述べたように、世間的にも仏法上も、「これまで罪を一度も罪犯した事がない人」は一人として存在しません。
願兼於業の菩薩でさえも、業が無ければ末法の悪世に生まれることはないのだから、「これまで罪を一度も罪犯した事がない人」しか罪を裁けない、悪事を糾弾できないということ自体、外道の与太話なのです。そして、仏法の信仰者でありながらそれに踊らされる者が居るならば、その者はボンクラです。
 ~引用終わり~

 感情論ですね。
 普通の感受性のある方なら、ナザレのマリアの話は納得なさいますが、貴方は既にその普通の感受性まで失っています。
 良くないですね。
 
 『悪鬼入其身して無明の悪酒に酔いしれるらん』

 この御文身で読んでどうなさいますか?

>仏法でいう慈悲とは、例えば日達上人が池田先生や浅井先生、そして問題を起こしたその他の僧俗について、この御本尊を受持しているのだから、いつかは必ず…と、その信心に信を置かれる御姿のことをいいます。そして、克治の旧知の人が、「沖浦克治氏は悪人ではない」・「沖浦克治氏はあの事件について反省している」と、克治の善なる部分に信を置く姿勢も慈悲なのでしょう。
 ~引用終わり~

 益々世法のみですね。
 御書お嫌いは日蓮正宗の常ですが、それにしても醜いです。

Commented by 沖浦克治 at 2023-03-26 21:26 x
>克治が何十年経っても成長しない理由は、他者からの指摘や批難を、全て「本仏だから」という理由で受け流しているからなのです。
 ~引用終わり~

 一昨年の本日、私は右肩の手術を控え、パワーリフターとして引退を覚悟し、その旨家内にも周りにも伝え、フェイスブックにも書きました。
 ですが昨年6月、デッドリフトとトータルの日本記録を出して復帰致しました。
 周りから、大成長として誉められています。
 貴方が私を知らず、印象操作で成長しないと書きますが、それは貴方自身が成長せず退化しているからですよ。
 私の事より、ご自分のご心配をなさいませ。

Commented by 沖浦克治 at 2023-03-26 21:27 x
>克治が何十年経っても成長しない理由は、他者からの指摘や批難を、全て「本仏だから」という理由で受け流しているからなのです。
 ~引用終わり~

 一昨年の本日、私は右肩の手術を控え、パワーリフターとして引退を覚悟し、その旨家内にも周りにも伝え、フェイスブックにも書きました。
 ですが昨年6月、デッドリフトとトータルの日本記録を出して復帰致しました。
 周りから、大成長として誉められています。
 貴方が私を知らず、印象操作で成長しないと書きますが、それは貴方自身が成長せず退化しているからですよ。
 私の事より、ご自分のご心配をなさいませ。

Commented by 沖浦克治 at 2023-03-26 21:40 x
>つまり自分への指摘・批難を「怨嫉謗法」と自ら聞き流している限り、克治に成長はありません。
 ~引用終わり~

 『彼が為に悪を除くは是即ち彼が親なり、慈無くして偽り親しむは即ち彼が仇なり』

 貴方が怨嫉謗法から抜け出せない事は、周知の事実ですが、私は慈悲をもって諫めます。
 末席ながら地涌の菩薩でございます。

>例えば大沢は、一閻浮提第一の究竟中の究竟の御本尊を拝していますが、世法上も信仰上も大小様々な過ちを日々犯しています。ところが、唯一の正系門家の信徒であることを理由として、過ちを犯した時の指摘を全て「怨嫉」云々と受け流したらどのようなことになるのでしょうか。世間でも信仰上でも、信用を失うに決まっています。克治は、それを何年も何十年もやっているのです。故に莫迦なのです。
 ~引用終わり~

 『見壊法者不置呵責、日蓮が門下で恐れるべき文字あり、置の字なり、日蓮この字を恐れる故』

 『法を破る者を見て置いて責めすんば。師檀共に無間地獄は疑いなかるべし』

 貴方が怨嫉謗法を犯す、私は慈悲を以て諫める。
 仏法者として当然の行為です。

>自己正当化のために信心利用・組織利用すると、ロクな結果になりません。克治はそれをしているのです。だからダメなのです。
 ~引用終わり~

 そういう事はした事がありません。
 何故同じご文に違背されますか。
 過悪を責めるなら、実であれ不実であれ無間地獄との大聖人の御指南です。
 今の貴方は情けない限りです。
 
>「一回失敗したからダメ」などとスリカエ・ゴマカシてはなりません。
いい加減、弁えなさい。
 ~引用終わり~

 私は貴方を見捨てませんよ。
 何回でも失敗なさいませ。
 そしていよいよどうしようもなくなった、桁違いに優れた身延に行ってやり直しなさい。
 頑張るのですよ。
 期待しておりますから。
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-26 22:16 x
>過悪を責めるなら、実であれ不実であれ無間地獄との大聖人の御指南です。

それを自らの失敗の正当化に使ってはならないということです。日常生活で宗教を利用して自己正当化を図れば法を下げ、宗教バカ、宗教キチガイなどと言われることになる。顕正会幹部にもそういう輩が居ます。
私は克治が失敗したから言っているのではない。また、無知だから莫迦と言っているのではない。自分を守るため、失敗を取り繕うために創価学会を利用し、誤魔化しに誤魔化しを重ねるようなことを繰り返すから莫迦であると言っているのです。

>私は貴方を見捨てませんよ。
何回でも失敗なさいませ。

何を寝惚けたことを言っているのでしょうか。
克治が勝手に「所が、貴方は一度過ちを犯すとそこでその人間はお終いとしています。」と作り話を言いはじめて(前記事のコメント参照)、そして「私は貴方を見捨てませんよ。何回でも失敗なさいませ。」と言う。
まるで自分で放火して「火事だ、大変だ!!」と騒いだ挙句、自分で消火して見せているようなものです。単なる莫迦です。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-27 07:23 x
 嚴虎さん、皆様おはようございます。

 WBCテレビ中継、日本では9446万が見たそうです。
 栗山さんの事も多くの日本人が知った事でしょう。
 一昨年の箱根駅伝での創価大学の健闘。
 今回のWBC・・・・・・
 
 『弘決に云く「礼楽前に駈せて真道後に啓く」』
 (災難対治抄)

 『仏法は摂受・折伏時によるべし譬ば世間の文・武二道の如しされば昔の大聖は時によりて法を行ず雪山童子・薩埵王子は身を布施とせば法を教へん菩薩の行となるべしと責しかば身をすつ、肉をほしがらざる時身を捨つ可きや紙なからん世には身の皮を紙とし筆なからん時は骨を筆とすべし、破戒・無戒を毀り持戒・正法を用ん世には諸戒を堅く持べし儒教・道教を以て釈教を制止せん日には道安法師・慧遠法師・法道三蔵等の如く王と論じて命を軽うすべし、釈教の中に小乗大乗権経実経・雑乱して明珠と瓦礫と牛驢の二乳を弁へざる時は天台大師・伝教大師等の如く大小・権実・顕密を強盛に分別すべし、』
 (佐渡御書)

 時に応じた布教の方法があるとの御指南です。
 
 『是くの如き高貴の大菩薩・三仏に約束して之を受持す末法の初に出で給わざる可きか、当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す。』
 (観心本尊抄)

 折伏には社会的な力量が必要ですし、摂受の時人間的魅力で衆生を引きつけよと御指南です。 
 私共は、その立場立場で地域の灯台とならねばなりません。

 『然るに在家の御身は但余念なく南無妙法蓮華経と御唱えありて僧をも供養し給うが肝心にて候なり、それも経文の如くならば随力演説も有るべきか、』
 (松野殿御返事)

 僧を供養する事も大切だが、自分自身で力に随って演説せよ。
 最後の布教は在家に依るのです。
 何故ならば、この当時の僧侶は既に消滅していますから。
 こう思うと、1991年の破門程素晴らしい出来事はありませんでした。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-27 07:42 x
 創価学会の大興隆を見るに、顕正会は未だ戒壇本尊を捨て去れません。
 人質をとられているのと同じです。
 何故サッサと捨てないのでしょう?
 時はドンドン過ぎ去って行きます・・・
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-27 09:11 x
参考資料:厚労省「第三者行為災害」
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040324-10-03.pdf

第三者行為災害につき、厚労省よりわかりやすく説明した資料が公開されていますのでご紹介します。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-27 16:44 x
 『天台云く「金光明経に云く一切世間所有の善論皆此の経に因る、若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり」等云云、』
 (開目抄)

 日蓮正宗のカルトは、常に他の宗教を認める事が出来ない狭量性に端を発しています。
 
★他宗の人々の功徳を認める事が出来ない、矮小極まりない境涯・・・

 『修羅の驕り帝釈に責められて無熱池の蓮の穴に小身となって隠れしが如し』
 (佐渡御書)

 法主からして臆病なのでしょう。
 故に法華経も御書も理解すら出来ません。

 『臆病物憶えず』

 ご文の通りです。
 日蓮正宗は、せいぜい30万人程の弱小宗派です。
 世界人口の70億と比較すると無しに等しい程の存在です。
 その弱小宗派が、他の宗教の方々の功徳も幸せも認める事が出来ない事実は、それ自体が、全人類を否定する魔の存在である事を証明して止みません。
 ですから、信徒がキリストの慈悲の行為を、慈悲魔などと貶めて平気なのです。
 ですが、信徒に罪はございません。 
 悪いのは坊主共です。
 私は日蓮正宗信徒として、1962年から、1991年まで29年間、単独の創価学会員として、その後32年間、同じご本尊に同じお題目をとなていますが、双方の期間で御本尊とお題目の力用に変化がありませんでした。
 ですから、日蓮正宗が邪であっても、信徒が覚醒して、私共と同様に唱題に励むなら、私共と全く同じ功徳を出す事が出来ます。
 法華講諸氏の奮起を望みます。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-27 16:57 x
 日蓮正宗の法主は、以下のご文を心肝に染める事!!

 『此れはこまごまとかき候事はかくとしどし・月月・日日に申して候へどもなごへの尼せう房・のと房・三位房なんどのやうに候、をくびやう物をぼへず・よくふかく・うたがい多き者どもは・ぬれるうるしに水をかけそらをきりたるやうに候ぞ。』
 (聖人御難事)
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-27 21:05 x
>ある時、キリストが女性が石を投げて処刑される現場に行き合わせました。
何故この人を殺すのか?
この女は罪を犯したからだ。
それでは、これまで罪を一度も罪犯した事がない人だけが石を投げなさい。
誰も石を投げず女性は救われました。
この慈悲の精神は仏法と同じです。

>感情論ですね。
普通の感受性のある方なら、ナザレのマリアの話は納得なさいますが、貴方は既にその普通の感受性まで失っています。
良くないですね。

克治は何を言っているのでしょう?
罪を犯し処刑される女性を救いたいなら、そういう時こそ、「あらゆる生命には等しく仏性が具わっている。どんな悪人であっても生命を奪ってはならない」と、仏法の「一切衆生悉有仏性」が相応しい。

キリストが言ったという「これまで罪を一度も罪犯した事がない人だけが石を投げなさい。」では、人間はあらゆる犯罪を裁けなくなり、社会そのものが成り立たない。彼らは「創造主・神」という人間を超越する存在を別に立てなければならなくなる。
そして、「神」に造られたのが「人」であるから、神を信じない異教徒はそもそも人ではない。
普段は「愛」を説くキリスト教徒は、異教徒に対しては人間に非ざる存在として虐殺も厭わなくなる。十字軍もしかり、アフリカ、アメリカ、アジアへの植民地開拓でも散々虐殺・虐待・奴隷化・差別が繰り返されてきたのが史実である。

対して仏法は、人種の差・文化の差を超えて、一切衆生に仏性が具わるとする。そして草木・国土も仏性を有し、等しく成仏し得る対象とする。仏様は迷いの衆生を救うため仏種を植えて、衆生を教化し成仏に導く。
愛・憎ともに具え生命を差別する外道と、仏法の慈悲の精神が同じなどと言うのは笑止千万。
克治は何のために衆生本仏を唱えてきたのでしょう?
肝心な時に役に立たず、外道に感化されるとは情けない限りです。その場限りで、何も考えていないのでしょう。
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-28 13:41 x
追記:
克治は、「所が、貴方は一度過ちを犯すとそこでその人間はお終いとしています。」と言う作り話をしましたが、キリストが言っていることはまさに「一度過ちを犯すとそこでその人間はお終い」、つまり善人だけしか他人を裁くことはできないと言っているのです。

仏法においては、どう説かれているのか。
『法華宗の心は一念三千、性悪・性善は妙覚の位に猶備われり』
『法華経の心は当位即妙・不改本位と申して罪業を捨てずして仏道を成ずるなり』

「仏法は体・世間は影」であり、仏法と世法は而二不二であって、仏法を通して世間の真の理が示されます。
キリストの言っていることと、仏法で説かれることのどちらが生命の実態を顕しているのか明らかです。
聖と俗が隔絶しているのが外道。実態に合わない、人間にはできないことを説くから神の存在、聖の存在を仕立て上げる。「愛」を説きながらも、従わぬ者には「憎」を剥き出しにして怒りを顕わにし、人間を人間扱いせず虐殺・虐待する。その根本原因は道理に叶わぬ外道の教えにあります。
キリストが処刑されようとする女性を救おうとした咄嗟の一言にも、外道の外道たる所以が示されています。

克治は、仏法信仰者を名乗っているのだから、外道の表面上の慈悲もどきに惑わされて内外に迷うのではなく、仏法に基づいた思考ができるようになれば一つの成長かもしれません。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-28 15:55 x
 大沢さん、今日は。

 反対のための反対で邪義を唱えるとダメですね。
 更なる邪義で上塗りが必要になりますから。

★過ちを認めるに憚る事なかれ!

 日蓮正宗の貴方には、御書は無理でしょうが、諺なら理解できますね??
 ですが、折角ですが御書もお教え致します。

 『涅槃経に云く「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説なり外道の説に非ず」と、止観に云く「若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり」と、弘決に云く「礼楽前に駈せて真道後に啓く」と、』
 (災難対治抄)

 釈迦も天台も外道の教書は仏説だと示し、特筆するべきは、仏説として、仏が仮の姿で説いた教えとしている所です。

 愛を説きながら憎をむき出しにする??
 日蓮正宗はね。

★慈悲を説きながら憎をむき出しにしています。
 
 日顕は、阪神大震災の時、犠牲者の冥福を祈るどころか、

★創価学会員が多かった長田区兵庫区で一番人が死んだ!!

 こういう発言を繰り返しました。
 仏法でも外道でもなく、恨み宗です。
 端的に言うと、

★日蓮正宗は怨嫉謗法宗!!!!!

 今後はキチンと弁えなさい。
 何時も貴方に言いますが、怨嫉謗法程割にあわない事はありません。
 日蓮正宗にいる限り、貴方の怨嫉謗法は停まらないようですから、サッサと桁違いに優れた身延へ行ってやり直しなさい。
 頑張るのですよ。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-28 17:05 x
 既にここが全く駄目ですね。

>「仏法は体・世間は影」であり、仏法と世法は而二不二であって、仏法を通して世間の真の理が示されます。
 ~引用終わり~

 仏法を通じで世間の真理が示されるのでは無いのです。
 反対なのです。
 世間の真理が仏法を証明するのですよ。

 『真の道は世間の事法にて候へ~~彼彼の経文はいみじき経文なれどまだ浅し~~法華経はさにあらず、世間の法が仏法の全体と釈し給えり』 

 御書を本気で拝するのは、邪教の日蓮正宗では不可能です。
 1日も早く桁違いに優れた身延へお行きなさい。

>キリストの言っていることと、仏法で説かれることのどちらが生命の実態を顕しているのか明らかです。
 ~引用終わり~

 今キリスト教と仏法の浅深を論じていません。
 日蓮正宗が、他宗の信徒の皆様方の功徳を全く認める事が出来ない事実があります。
 ここが問題であって、一切衆生を貶める怨嫉謗法宗であると御書に基いて指摘しています。
 
★一切衆生の敵なのですから、ナザレのマリアに見られるキリストの慈悲の行いをせめて見習え。

 こういう指摘をしています。
 すり替えて逃げられる問題ではございません。

 『深く世法を論じればこれ皆仏法なり』

 『外典を以て正見を得るものあり』

 大沢さん、貴方を見ていると、御書をキチンと拝する習慣を身に付ける事は、日蓮正宗では不可能の様ですから、身延に行ってやり直しなさい。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-29 06:29 x
 嚴虎さん、皆様おはようございます。

 ユニセフ大使の、オーランド・ブルームさんが、ウクライナに赴き、ゼレンスキーさんを池田先生の指導を紹介されて激励なさいました。
 アドレスをアップしておきますが、ここで見られるかどうか分かりません。
 私のフェイスブックでアップしていますので、是非ご覧下さいませ。

 https://l.facebook.com/l.php?u=https%3A%2F%2Fyoutu.be%2FI4fJWTWB2sI%3Ffbclid%3DIwAR13496HQD2Ag32B0T7oYDdvttETxvDTF8K0X-D-Y4s9twWehLXzBaDYoFE&h=AT0i7RoIfynoEK7ztz8NaPeecnrUWDrxrPjZz1GqzLO0lmyRMjI9d2j-2NGcUdozzybHlaOGQlzttm1aAYUTcmYYkBlmYI_TLN4UimWZ9LB_J6NtRPCnWHK7bVw5_zJvwq8Qtm-_M5-nOxlqETs3&__tn__=-UK-R&c[0]=AT3xLggC9JvLwSbUjjh3CY64z_3JSNndbdDBn9lrfnINAY99tHkarIpmNdfmx5o7QwRZBVB3Erdt7-ZKXNhILyK9PmTjOZUc_0blzS4n1SwicxSrK69DMSydgBikzNw3SPKeTasp2pwAGR8yQzsMI07g1ODbedHOxxnFMiLA_swdrxwesJ3zgSssXhedZkpC0WzGOCuE6R6x8en_1gT29Q
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-29 08:25 x
>元も子もないことを言ってしまえば、これは「論点のすり替え」に他ならない。なぜなら、「女が罪を犯したこと」と「石を投げようとする人々が別の罪を犯していること」は、直接的には関係がないからだ。たとえ周囲の人間に問題があったとしても、それが女の罪を非難してはいけない理由にはならない。
「罪なき者のみ石を投げよ」は論点のすり替え
https://blog.gururimichi.com/entry/bookreview/sophistry

レトリックの研究者・学者である香西秀信氏(故人)の著書『論より詭弁(反論理的思考のすすめ)』の書評の引用です。「論理的思考は弱者の護身術に過ぎない」という宣伝文句が書かれていますが、確かに論理的脆弱性を持つ人ほど、やたらに「論理的」を口にするようです。

克治が力説していたのは、ヨハネによる福音書の「姦通の女」という一節で、当時の律法では姦通者は石打ちの刑で処刑されることになっていたとのこと(イスラム教国では今でも姦通は石打ちの刑らしい)。

元も子もないことを言ってしまえば、キリストの言葉は仏法上も世の実態から見てもおかしく、「詭弁」ということになりそうです。「姦通の女」の一節は、スリカエ克治がキリストの詭弁に踊らされ、衆生本仏論も忘れ、飛び付く内容だったのでしょう。

この書評の評者は、下記のように結んでいます。
>ところで、この『論より詭弁』を読みながらずっと頭の片隅にあったのは、Twitterのいわゆる「クソリプ」の存在だった。いや、クソリプに限らず、それまでは「この人の考え方、すっごく論理的だ……!」と共感していたツイートですら、「詭弁」的な要素を多分にはらんでいたことに、本書を読んで気づかされた。
 第1章のタイトルからして「言葉で何かを表現することは詭弁である」と断言する本書は、普通ならば「論理的」だと判断されそうな主張すらもその正当性を疑い、新しい視点を授けてくれる1冊として、なかなかに有意義な本だと思う。おなじみの「ロジカルシンキング」に食傷気味な人は、ぜひ手に取って読んでみてください。

最近、私にとって仏法や職務関連の書籍以外でなかなかおもしろそうなものが無いのですが、「論より詭弁」は購買意欲をそそる一冊になりそうです。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-29 12:35 x
 大沢さん、今日は。

 すり替えばかりですね。
 キリストの言葉がおかしいという貴方は、日蓮正宗以外の全人類の功徳を認めない存在です。
 そういう魔に魅入られた姿の人が、天下のキリストの行為を責めている。
 身の程知らずの典型です。
 論より詭弁??
 日蓮正宗そのままです。
 仏法に詭弁などありません。
 真正面から人を仏と認める方が仏法です。
 貴方は既に戒壇本尊本本懐、唯受一人、嫡嫡一人を証明出来ず論から敗れ去っている身。
 日蓮正宗の常として御書より己義を重んじます。
 良くないですね。
 言い訳と愚痴を書けば書く程、本性があらわになります。
 御書拝しなさい。 
 そのためにも桁違いに優れた身延へお行きなさい。

 『孔子が此の土に賢聖なし西方に仏図という者あり此聖人なりといゐて外典を仏法の初門となせしこれなり、礼楽等を教て内典わたらば戒定慧をしりやすからせんがため・王臣を教て尊卑をさだめ父母を教て孝の高きをしらしめ師匠を教て帰依をしらしむ、妙楽大師云く「仏教の流化実に玆に頼る礼楽前きに馳せて真道後に啓らく」等云云、天台云く「金光明経に云く一切世間所有の善論皆此の経に因る、若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり」等云云、』
 (開目抄)

 ご本尊に唱題ししっかり拝しなさい。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-29 13:16 x
>「姦通の女」の一節は、スリカエ克治がキリストの詭弁に踊らされ、衆生本仏論も忘れ、飛び付く内容だったのでしょう。
 ~引用終わり~

 大沢さんは、何故ここまで世の礼節を弁える事ができないのでしょう?

 『礼楽前きに馳せて真道後に啓らく』 
 (開目抄)

 仏法を行じる人間は礼儀作法を弁えねばなりません。
 端的に言うなら、創価学会員の私には、

★あの沖浦が創価学会の信心をしているのだから、創価学会の信心は間違いない。

 この様に社会で評価を受けねばならない責務があります。
 同じく、大沢さんには、

★あの大沢が日蓮正宗の信心をやっているのだから、日蓮正宗は間違いない。

 ここを目指して生きて行かねばなりません。
 社会で認められることは、仏法者の原則なのです。
 ですから、私は今年も5年ぶりに世界王者を目指します。
 末席ながら地涌の菩薩です。

 『天晴ぬれば地明らかなり、法華を知る者は世法を得べきか』

 『法華宗の四条金吾四条金吾と、鎌倉中の上下万人、乃至日本国の一切衆生の口にうたわれ給え。』
 
 有名なご文ですが、大沢さんに見られる日蓮正宗の方は、眺めているだけです。 
 
★御書は眺めてもダメ!
 拝す!!!

 拝すとは隋力演説の事です。
 身で読んで功徳の提示で社会を納得させる事。
 知識ではなく、知恵として身に付ける事を、拝すると言います。

 依智不依識!!

 今の怨嫉謗法路線マッシグラでは何のための御本尊、何のための御題目でしょう。

 勿体ないねぇ・・・・
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-29 13:45 x
>怨嫉謗法

「論理的思考は弱者の護身術に過ぎない」…「怨嫉謗法」は弱者・克治の護身術に過ぎないようです。

>天下のキリスト

ヨハネによる福音書の「姦通の女」は、実際のところは創作・伝説の類かもしれませんが、そのキリストの「罪なき者のみ石を投げよ」自体、論点のスリカエです。また、(当時の)法の執行者がそういう詭弁の類に惑わされて処刑をやめたのであれば、益々問題です。
現在、日本で死刑執行に当たる刑務官も、生命を奪う罪悪感等に苛まれ・悩みながらも職務を遂行されています。それを考えると、執行者が詭弁に迷わされ執行せずに立ち去ったのは非常におかしいことです。当時の律法では、そんな形で職務放棄したら、刑の執行者の方が処刑されたのでは?
私は「姦通の女」は、非常に出来の悪い作り話ではないかと思います。

ちなみに私は、信仰する前は死刑賛成派でしたが、特に最近では死刑反対に傾いています。もちろん、死刑を望む被害者家族等の心情も理解できます。その意味で、迅速・確実な検挙と、極悪犯罪に応じた、生命刑・身体刑以外の刑罰制度改革を望みます。

処刑をやめさせるためであっても、教えを堂々と説かずに詭弁を弄すしかなかったキリスト。それに惑わされて立ち去った執行官も莫迦ですし、今日、その詭弁にハマって踊らされた克治も愚かなのでしょう。

キリストと比べること自体誤りですが、見てご覧なさい、大聖人様の御振舞を。克治の好きな詭弁・ゴマカシ・スリカエの類など微塵もありません。あの龍ノ口で御自身が処刑されようとした時の堂々とした御姿。詭弁ではなく、現証を御示しになられました。
克治は、龍ノ口御法難の光り物に難癖をつける癖に、キリストの詭弁にはコロッと騙されてしまうんですね。
情けない限りです。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-29 19:05 x
 大沢さん、今晩は。

 何故ここまでダメになってしまっているか、解りますか?
 魔に魅入られた怨嫉謗法故です。

>理論的思考は弱者の護身術に過ぎない。

 御書に違背して何故気付きませんか?

 『仏法と申すは道理なり』

 大聖人は仏法を弱者の護身術として弘められましたか?
 今、あまりに情けないです。

 貴方に代表される日蓮正宗は、自分達以外の全人類の幸せを認めません。
 他宗の方々の功徳を否定しています。
 対して、キリストは罪を犯した女性を助けています。
 何方が優れているか一目瞭然です。
 誤魔化しすり替えは日蓮正宗の貴方です。

★戒壇本尊本懐、唯受一人、嫡嫡一人が御書に無い事をすり替えて開き直っています。

 私は龍ノ口の光ものを信じますが、あくまでも個人としてです、他宗の方々にそれを押し付けません。
 対して、貴方は全く証拠のない戒壇本尊本懐等を他宗に押し付けて憚りません。
 良くないですよ。

 怨嫉謗法はどれ程言い訳しても、罰しか出ません。
 貴方が常に怨嫉謗法を繰り返し、私は御書に従って諫める。
 この図式がかなりの期間続いています。
 本当にこの期間、貴方は大損をしています。

★怨嫉謗法を正当化する理由は存在しない!!!!

 弁えなさい。
 日蓮正宗は怨嫉謗法宗です。
 そこにいる限り貴方はそれを止める事が不可能です。
 桁違いに優れた身延へ転宗すべきです。

 手遅れになる前におやりなさい。

 
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-29 20:12 x
>対して、キリストは罪を犯した女性を助けています。

では、キリストの詭弁に惑わされて職務放棄した執行人たちはどうなったのでしょう?今のイスラム国や北朝鮮を想像すれば分かりやすいのですが、その者たちは職務怠慢で解任されたり、収監されたり、或いは処刑されかねません。
そして、当時死刑相当の重罪を犯した女性は、仮にこの時処刑を免れても、次々と処刑人が送り込まれますので、結局は処刑されます。
他に累が及ぶ事に考えが及ばず、詭弁でこの場は助けられても結局女性は殺されるのだから、キリストの行為はたとえ慈悲に見えても所詮、小乗的な自己満足に過ぎません。

>龍ノ口の光もの

「此にてぞ有らんずらん」とをもうところに、案にたがはず兵士どもうちまはりさわぎしかば、左衛門尉申すやう、「只今なり」となく。日蓮申すやう、「不かくのとのばらかな、これほどの悦びをばわらへかし、いかにやくそくをばたがへらるゝぞ」と申せし時、江のしまのかたより月のごとくひかりたる物、まりのやうにて辰巳のかたより戌亥のかたへひかりわたる。十二日の夜のあけぐれ、人の面もみへざりしが、物のひかり月よのやうにて人々の面もみなみゆ。太刀取り目くらみたふれ臥し、兵共おぢ怖れ、けうさめて一町計りはせのき、或は馬よりをりてかしこまり、或は馬の上にてうずくまれるもあり。日蓮申すやう、「いかにとのばらかゝる大に禍なる召人にはとをのくぞ、近く打ちよれや打ちよれや」とたかだかとよばわれども、いそぎよる人もなし。「さてよあけなばいかにいかに、頸切るべくわいそぎ切るべし、夜明けなばみぐるしかりなん」とすゝめしかども、とかくのへんじもなし。(1060頁)
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-29 20:20 x
龍ノ口御法難で、国家権力は大聖人様の生命を奪うことはできませんでした。
執行人や兵士たちは、江ノ島の方向から飛来した「月のごとくひかりたる物」に目が眩み、倒れ伏してしまいました。処刑しようとしたが、不可抗力により処刑を執行できなくなってしまったのです。
大聖人様は佐渡へ流されることになりましたが、塚原問答における自界叛逆難の御予言的中や蒙古襲来の兆しが見えはじめるにいたり、幕府は赦免状を発し、日蓮大聖人は鎌倉にお戻りになります。
そもそも福音書の「姦通の女」は後年の創作かもしれませんが、どちらにしてもキリストの詭弁の類ではなく、経文に説かれる如く仏法上の現証により数々の御法難を乗り越えられた大聖人様。
キリストの詭弁は易々と信じるのに、大聖人様の尊いお振舞を拝しながらも光り物に対しては四の五の言う克治。情けないです。

>」論理的思考は弱者の護身術に過ぎない」…「怨嫉謗法」は弱者・克治の護身術に過ぎないようです。

論理的思考をあたかも護身術の如く振り回す弱者。
「怨嫉謗法」という言葉を護身術の如く振り回す弱者・克治。
旧ブログでも言及しましたが、克治は「怨嫉謗法」(というか仏法)を、自分を守り、正当化するために道具にしています。
どちらも我が身を守るために利用しているに過ぎません。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-29 20:37 x
 大沢さん、今晩は。

 相変わらず印象操作だけですね。
 私は龍ノ口で光物が飛んで首を切れなかった事を信じています。
 ですが、それを世の常識にするには、信頼出来る第三者の証言が必要なのです。
 法華経研究の第一人者、植木雅敏先生も同じ事を言っておられます。
 怨嫉謗法は、どういう理由を以てしても正当化出来ません。
 御書にあります。

 『詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん、身子が六十劫の菩薩の行を退せし乞眼の婆羅門の責を堪えざるゆへ、久遠大通の者の三五の塵をふる悪知識に値うゆへなり、善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし、』
 (開目抄)

 身子の件は何度も説明しています。
 眼をくり抜いて差し出し、踏み潰されたので婆羅門を怨み、憎み、軽んじた。
 結果として舎利弗は地獄に堕ちたと説かれます。
 何故か?
 不軽菩薩が一切衆生を拝んで回った事を思いなさい。
 今は大謗法人で、自分を迫害(杖と石の難)する人々であるが、本来仏である。
 故にどれ程迫害を受けても、彼は拝む事を辞めませんでした。
 そのおかげで其罪畢置(字が間違っているかも)して仏道を成じたとあります。
 舎利弗の退転と、不軽菩薩の成道。
 しっかり拝しなさい。
 舎利弗は法華経を捨て、不軽菩薩は捨てなかった。
 故に堕地獄と成道の差異が顕れた。
 法華経って何だと思いますか?

★一切衆生が南無妙法蓮華経如来と決める教え。

 ですから、どれ程言い訳を重ね、理屈を付けても、怨嫉謗法は正当化出来ません。

 大沢さん、しっかりなさいませ。
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-29 22:35 x
>ですが、それを世の常識にするには、信頼出来る第三者の証言が必要なのです。

嘘です。
克治が挙げた「姦通の女」が書かれたヨハネによる福音書、ヨハネはキリストの弟子とのことです。克治は、重須学頭・日順師の記載を第三者の書と認めなかった位ですから、ヨハネも当事者の内に入ることになりますが、別にヨハネ以外の第三者の証言がなくても、数十億の人たちはこの聖書の記述を信じて彼らの「世の常識」になっています。誰よりも克治自身、(探しても第三者の証言はないけど)ヨハネ以外の第三者の証言・証明を確認してから、「姦通の女」の一節をキリストの慈悲の事例として引用していませんよね?
今日の論理性の話と同じく、「客観的証明」も実は、主観的要素を多く含んでいると言えそうです。私たち人間は、必ずしも客観的証明を伴うから信じる訳ではありません。
Commented at 2023-03-30 06:12 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-30 06:21 x
 今年の10月に、モンゴルのウランバートルで、ワールドマスターズパワーリフティング世界選手権大会が開催予定です。
 前にこの大会で勝ったのが2018年。
 5年も経ちました。
 アスリートの世界では、5年前の世界チャンプ等は殆ど値打ちがありません。
 コロナ禍も一段落して、私も今年は復帰戦やります。
 そのためのトレーニングに、4月から入ります。
 
 私の仏道修行なもんで、厄介ですが仕方ないわ・・・
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-30 07:24 x
 大沢さん、おはようございます。

 少しだけいい所に気付きましたね。

★ヨハネの言が第三者の証言が無くても数十億人の人達が聖書の記載を信じて世の常識となっている。

 ここがキリストの弟子達の闘いの結果です。
 御書を世界の思想の根源に据える闘いが広宣流布の闘いです。
 待ち受けて来るものではありません。

 『法華経の行者と呼ばれぬる事はや不祥なり、免れがたき身なり』

 『かかる者の弟子檀那とならんものは、宿縁深しと思うて日蓮と同じく法華経を弘めるべき也。』

 『日蓮この度仏勅を蒙りてこの度に生まれけるこそ時の不祥なり。』

 これ等のご文を拝するなら、弟子が大聖人と共鳴し同じ生き様をせねばならない事が明白です。
 然るに、日蓮正宗なる邪教は、法華経を弘めず、戒壇本尊なる楠の丸太を法華経として民衆を欺き弘めている邪教です。
 社会の悪が日蓮正宗。
 ですが、

 『爰に日蓮思ふやう提婆品を案ずるに提婆は釈迦如来の昔の師なり、昔の師は今の弟子なり・今の弟子はむかしの師なり、古今能所不二にして法華の深意をあらはす、されば悪逆の達多には慈悲の釈迦如来師となり・愚癡の竜女には智慧の文殊師となり・文殊・釈迦如来にも日蓮をとり奉るべからざるか、日本国の男は提婆がごとく・女は竜女にあひにたり、逆順ともに成仏を期すべきなり』

 提婆達多としての役割なのです。
 消滅は絶対に致しません。
 正義の創価学会と、邪悪の日蓮正宗。
 何方を選んでも最後には成道致します。

Commented by 沖浦克治 at 2023-03-30 07:29 x
おはようございます。
 最近私の周りにお題目を唱える人の輪が広まり初めました。
 創価学会員じゃありませんよ。
 凄く嬉しいです。
★功德〜❗❗

 『かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり、法華経の行者といはれぬる事はや不祥なりまぬかれがたき身なり、』
 (寂日房御書)

 『日蓮生れし時より・いまに一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり、』
 (上野殿御返事)
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-30 08:43 x
>ここがキリストの弟子達の闘いの結果です。

はい。キリスト教徒らは、異教徒を人間扱いせず、多数の人間を虐殺・虐待・奴隷化し、国土を征服し、結果世界にキリスト教が広まりました。確かに「闘いの結果」です。

創価学会もそれを評価するのでしょうか?

我々妙観講員の中にも、かつて地域の創価学会員を悉く、根気強く折伏を重ねていったところ、ある夜自宅前で大勢の男たちに拉致られそうになり、担ぎ上げられてバンに押し込められるところを必死に抵抗し、大声で叫び近所の人たちが出てきたため拉致を免れた事案。同じく、地域を折伏中路地裏で顔面に傘を突き立てられ、メガネの縁に当たって額に大怪我を負ったものの、不幸中の幸いで死を免れたケース。どちらも容疑者が見つからないまま、捜査は終了してしまいました。そして、真偽不明ですが市議殺人疑惑・転落死疑惑もあります。

>これ等のご文を拝するなら、弟子が大聖人と共鳴し同じ生き様をせねばならない事が明白です。

これはその通り。その後は駄文。なぜなら、文章としてのリンクがおかしいからです。
克治の引用した「姦通の女」の一節と同様、詭弁の類です。
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-30 08:47 x
>そのおかげで其罪畢置(字が間違っているかも)して仏道を成じたとあります。

『「其罪畢已」と説かれて候は、不軽菩薩の難に値ふゆへに、過去の罪の滅するかとみへはんべり』

「その罪畢(お)え已(お)わって」です。
以前もコメントしましたが、ローマ字、キリル文字、ハングルなどは表音文字なので組み合わせないと意味ををなさないのに対し、漢字は表意文字です。ですので、御書中に引用されている経文等の漢文(白文・訓読文)は、いったん立ち止まって前後の御文の意味と併せて考えてみると、何が書いてあるのか理解することができると思います。

さて、克治の主張する「怨嫉謗法」・「其罪畢已」について。
克治の一連の主張を見ると、顕正会幹部の人たちや二十年前の現役会員の頃の私を思い出します。
当時の私は、浅井会長の予言話にすっかり嵌まってしまって、毎朝始発電車で本部会館に行って、勤行に参加してから都内の勤務先に始業ギリギリに駆け込み、業務中は顕正会のことで頭が一杯で定時ジャストに席を立って大宮に向かう。定時間際に仕事を頼んでくる上司は「闘いを妨げる魔」として一喝し、社長よりも誰よりも早く定時退社。その中で顕正会の布教をしていたのだから、当然ながら悪口中傷、女子職員からも気持ち悪がられていましたが、先輩はその話を聞いて「罪障消滅できたじゃないか!!」と褒め、私も法難と思っていました。  

『我が身は過去に謗法の者なりける事疑ひ給ふことなかれ』
『我今度の御勘気は世間の失とが一分もなし。偏に先業の重罪を今生に消して、後生の三悪を脱れんずるなるべし』

大聖人様は「我が身は過去に謗法の者」・「先業の重罪」とおおせになっていますが、我々も折伏弘教の際、悪口罵詈・杖木瓦礫を受けて其罪畢已の経文を体現することになります。
では、上記のかつての大沢のような振舞いにより、「世間の失」を現に積み続ける場合、他者から批判を受け、悪口を言われるのは即法難・即罪障消滅に当たるのでしょうか?
一切衆生に仏法がある、故に悪口してはならないというのなら、せめて世間的な振舞いにおいては、「世間の失」も少しでも無くしていくことが重要だと思います。
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-30 08:48 x
ところが克治の場合、自己防衛のために仏法を利用し、「怨嫉謗法」論を振りかざした上に自分自身も反省の必要はない、過去を振り返る必要はないのだと言ってきたのだから、顕正会幹部やかつての大沢のように、トンデモナイ話でしょう。

昔の創価学会では、「信心は一人前、仕事は三人前」と言われていたようで、かつての妙信講員も信心も仕事も真面目に取り組んでいたようですが、渡辺雄二さんのかつての著書を見ると、平成初めの頃には古くからの会員が「最近の男子部員の仕事への姿勢が違うように思う」と語っていたそうですから、昭和末期から平成にかけて、創価学会も元妙信講も悪い方向に変わっていったのかもしれません。

「中務三郎左衛門尉は主の御ためにも、仏法の御ためにも、世間の心ねもよかりけりよかりけりと、鎌倉の人々の口にうたはれ給へ。」

克治がよく引用する崇峻天皇御書の一節ですが、世間において、信仰者が仏法を振りかざして無反省に自己正当化を図るならば、宗教バカと謗られて仕方ないと思います。

「穴賢穴賢。蔵の財よりも身の財すぐれたり。身の財より心の財第一なり。此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給ふべし。」
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-30 12:54 x
 大沢さん、今日は。

 キリスト教がどれ程世界中で人を殺していて、私が全く反省しない人生で、仏法を振りかざして無反省に自己を正当化(ありませんが)していようと、最も肝心要は、

★貴方の怨嫉謗法が、それ等を以て正当化される事は絶対にない!!

 正当であって、罰が出ない怨嫉謗法というものは、この世にないのですよ。
 ですから、大沢さん、貴方はどうすれば現在の怨嫉謗法スパイラルから脱する事が出来るか?
 ここを模索なさいませ。
 常に言っていますが、日蓮正宗という宗派は魔の眷属で、怨嫉謗法巣窟宗です。
 ですから、桁違いに優れた身延へ転宗なさい。
 今のままではダメですよ。
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-30 13:56 x
★貴方の怨嫉謗法が、それ等を以て正当化される事は絶対にない!!

私は怨嫉も含め、謗法を正当化するつもりは更々ありませんよ?私が唯一の正系門家の信仰をしているから、私が全て正しいとか、学術的とか、論理的…というつもりもありません。
ただ、克治が「怨嫉謗法」という言葉を含め、仏法を道具にして正当化しているのがおかしいと言っているのです。
自分が過ちを犯しているのに、「お前が私を非難するのは怨嫉謗法」などと開き直れば単なる莫迦です。
顕正会のおかしな幹部さえも、克治のような異常な反応をする人はいませんでした。
もし克治が本当に一切衆生の仏性を重んじるのであれば、どんな者に対しても軽んじるような態度を取ることはないはずです。
克治は、自己防衛のために怨嫉、怨嫉と言っているに過ぎないし、「礼儀・礼儀」と言うなら他者への礼儀も弁えるべきです。
いくら克治が「怨嫉」・「礼儀」と喚いても、私からすれば「お前が言うな」程度の意味しかありません。
まあ、二十数年前は、大沢がいくら仏法を持ち出しても対象者は「お前が言うな」と思っていたはずですので、偉そうな事は言えませんが。
克治の反応を見るに、二十数年前の自分にソックリで大変気持ち悪いです。 
(故に、「み〜んなわかっている」池田先生程じゃありませんが、克治の心理も何となくわかります)

怨嫉謗法を利用して自己正当化を図る負のスパイラルからどうやって抜け出せるのか、ここを模索なさいませ。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-30 18:12 x
 大沢さん、今晩は。
 
 先ず貴方は全く論理的ではありません。
 御書経文で明確に否定されている、戒壇本尊本懐、唯受一人、嫡嫡一人等を唱えて憚りません。
 正系門家の信仰をしている??
 邪教ですよ日蓮正宗は。
 戒壇本尊本懐の明確な証拠も出せません。 
 唯受一人も、嫡嫡一人も同じです。

 『かかる僻事をのみ構え申し候を邪教とは申すなり』

 大聖人がご指摘です。
 
 『教外別伝は天魔の所為』

 御書経文を否定し、邪義を構える日蓮正宗が正系門家???
 既に頭破七分です。
 
 『悪鬼入其身して、無明の悪酒に酔いしれるらん』

 これが今の貴方の状態です。
 日蓮正宗という魔に魅入られた状況を何となさいませ。
 怨嫉謗法はどういう理由も正当化出来ません。
 
★止める!!!!!

 これだけです。
 私と同じご本尊とお題目。

 勿体ないねぇ・・・・・・
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-30 18:29 x
 何故日蓮正宗が怨嫉謗法宗派か?

 法華講員の皆さま方が、道を間違えないよう、御書に照らして少々書いて置きます。
 

 『法華経も又一切衆生を仏になす用おはします、六道四生の衆生に男女あり此の男女は皆我等が先生の父母なり、一人ももれば仏になるべからず故に二乗をば不知恩の者と定めて永不成仏と説かせ給う孝養の心あまねからざる故なり、仏は法華経をさとらせ給いて六道・四生の父母・孝養の功徳を身に備へ給へり、此の仏の御功徳をば法華経を信ずる人にゆづり給う、例せば悲母の食う物の乳となりて赤子を養うが如し、「今此の三界は・皆是れ我が有なり・其の中の衆生は・悉く是れ吾が子なり」等云云、』
 (法蓮抄)

 一生成仏を得るために、最も大切な御指南です。
 崇峻天皇御書に、

 『法華経の肝心は寿量品、修行の肝心は不軽品ぞかし、』

 不軽菩薩が一切衆生を合掌礼拝した理由が、この法蓮抄に示されています。
 日蓮正宗の法主能化住職という邪教の徒は、この御文に全く違背した説法を行い、法華講諸氏を欺ています。
 何故ならば、彼らば自分達以外の宗派の方々の功徳(幸せ)を絶対に認めません。
 この御文には明快に御指南です。

 『六道四生の衆生に男女あり此の男女は皆我等が先生の父母なり、一人ももれば仏になるべからず故に二乗をば不知恩の者と定めて永不成仏と説かせ給う孝養の心あまねからざる故なり、』

 一切衆生は全てが私どもの過去世の父母である。
 一切衆生の恩と言って、四恩の最初に説かれる恩です。
 一切衆生を敬う事は、父母を敬う行為です。
 その父母の功徳(幸福)を共に喜ぶ事が出来ない事は、二乗が自分達が特別に優れた存在として衆生を差別する行為と同じと御指南です。
 この差別こそが怨嫉謗法なのです。

 故に、他宗の方々の功徳(幸せ)を認める事が出来ない方は、第六天の魔王の眷属であって、絶対に一生成仏は不可能です。

 今後はここをキチンと弁え、怨嫉謗法を慎みましょう。

 

 
 
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-30 19:11 x
>自分が過ちを犯しているのに、「お前が私を非難するのは怨嫉謗法」などと開き直れば単なる莫迦です。
 ~引用終わり~

 怨嫉謗法の見本ですね。
 自らの怨嫉謗法を指摘され、相手の言動のせいにして正当化し、かえって相手が開き直るから莫迦だ・・・

 本当に良くない境涯です。
 御書を指針としないからこうなります。

 『身子が六十劫の菩薩の行を退せし、乞眼の婆羅門の責めを耐えざる故、久遠大通の者の三五の塵をふる、悪知識にあう故なり、善に付け悪に付け法華経を捨てるは地獄の業なるべし』
 (開目抄)

 明快に書いてあります。
 怨嫉謗法は相手がどういう言動をしていても、それによって許される事が絶対にありません。
 日蓮正宗の常として、御書を軽んじ、邪義を重んじます。
 大沢さんにもこの傾向が顕著です。

 日蓮正宗の法主能化住職等という悪知識に惑わされる姿ですが、一番悪いのはご本人。

★悪知識は見破れば善知識となる。

 仏法の基本です。
 大沢さんに最も欠けているものは、大聖人と御本尊への信。

 『信を以て本と為す』

 しっかりご本尊を信じて祈りなさい。
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-30 19:29 x
>怨嫉謗法はどういう理由も正当化出来ません。

ですので、それを自分に対して援用するのがおかしいんですよ?
克治のコメントを見ると、かつての大沢そのままで嫌になってきます。
ある日、人事部長・総務部長に呼び出されて面談。当たり前ながら注意を受けたのですが、「魔が騒いでいる」程度に思っていて、半笑いで小馬鹿にしながら話を聞いている。
まじめに仕事もしてないのに、
「仕事が忙し過ぎて勤行する時間が奪われたので、会議室を使わせてほしい」
と要求。拒絶されると「差別だ!!」と大騒ぎ。たまりかねた部長らが注意すると、大沢は逆ギレし、基礎教学書か浅井先生指導か忘れたが御書の一節を引用して「法華経の行者を軽賤する王臣万民」云々、罰で滅びるぞと部長らを一喝し、閉口した部長らは面談を打ち切りました。(当時は)「罰を言い切った」と、何とも清々しい気持ちでした。
当時はまさに頭破作七分・心破作七分ですが、今ここで克治が「★法華経の行者〜〜〜!!」「怨嫉〜〜〜!!」と騒いでいるのを見ると、当時の大沢を見ているようで恥ずかしくてたまりません。
それにしても、部長をはじめ、周囲の人々は良く我慢できたと思います。
その果報かもしれませんが、弁護士の推薦もあって、なんと今は私が現場でサジを投げるような問題職員の指導や、同じく現場で対応仕切れないようなクレーム対応もサブ業務として担当しています。問題職員やクレーマーは、本人は問題と思ってないけど、周囲の人の心身の負担になります。どこの法人でも、多かれ少なかれ頭を抱えているはずです。
今、二十数年前の自分に会ったとしたら、徹底的にお仕置きしてやります。
そして、二十数年前に遡らずとも、当時の大沢を克治に見ています。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-30 20:16 x
 大沢さん、

 いけないですね、こういう大嘘を書いては。

>ところが克治の場合、自己防衛のために仏法を利用し「怨嫉謗法」論を振りかざした上に自分自身も反省の必要はない、過去を振り返る必要はないのだと言ってきたのだから・・・
 ~引用終わり~

 私は自己防衛などしていませんよ。
 貴方が唱え私共他宗の人間に押し付けている、戒壇本尊本懐、唯受一人、嫡嫡一人は大聖人の法華経である御書に欠片も出てこない事実を指摘しているだけで、その日蓮正宗の御書以外に特別な系譜や相伝血脈があるとの邪義を、邪義だと指摘しているのです。
 何故御書を普通に拝するに、自己防衛の必要がありますか?

 『此又日蓮が私の言に非ず彼の宗の人人の云く教外別伝と云云、仏の遺言に云く我が経の外に正法有りといわば天魔の説なり云云、』

 天魔の所為と喝破されておられるではないですか。
 嘘と誤魔化しで言い逃れらるものではございません。

 

 
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-30 20:47 x
>私は自己防衛などしていませんよ。

いえ、克治は自己防衛のために「怨嫉謗法」という言葉を使ってきました。その証拠に、世間の人も含めて他者を平然と貶めてきたのに、克治自身が批判・批難を受けると「怨嫉謗法」と言ってきたのですから。つまり、一切衆生の仏性を重んじているのではなくて、自己を守るために使ってきたのです。
「論理的思考」が弱者の護身術ならば、「怨嫉謗法」は弱者・克治の護身術である、というのはそういう意味です。
そして、克治が「怨嫉」を自己のために使う限り、克治は何をやっても本心から省みることはありません。つまり、成長しないのです。
仏法は絶対でも、それを信仰する我々はまだ途上の人間だから、過ちもある。それを省みることができるかどうかで、将来の世間の評価も自分の立ち位置も変わります。そしてそれは、御本尊を仰ぎ拝す中で、ダメな自分が次第に変わっていくのです。克治がいつまでもダメな理由は、過信です。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-30 21:09 x
 大沢さん、

>いえ、克治は自己防衛のために「怨嫉謗法」という言葉を使ってきました。その証拠に、世間の人も含めて他者を平然と貶めてきたのに、克治自身が批判・批難を受けると「怨嫉謗法」と言ってきたのですから。つまり、一切衆生の仏性を重んじているのではなくて、自己を守るために使ってきたのです。
 ~引用終わり~

 先ず、克治は・・・はダメですね、軽善謗法だと指摘していますが、貴方はそれを聞き入れる事が出来ません。

 『障り未だ除かざるを怨と為し、聞くを喜ばざるを悉と名付く』

 御書に明確ですから、お気に召さねば大聖人にどうぞ。

>「論理的思考」が弱者の護身術ならば、「怨嫉謗法」は弱者・克治の護身術である、というのはそういう意味です。
 ~引用終わり~

 意味に問題があるのではなく、根底に怨嫉の念がある事がダメなのです。
 ですから、常に指摘しているように、ご本尊の前に座って真摯に唱題を重ね、その念を冥伏なさいませ。

>そして、克治が「怨嫉」を自己のために使う限り、克治は何をやっても本心から省みることはありません。つまり、成長しないのです。
 ~引用終わり~

 そういう事は全くしていませんし、現在ドンドン成長しています。 
 ですが、それが事実しても、貴方の怨嫉謗法は正当化されません。
 この点御書に明快です。

 『過悪を書かんはあるいは実にあれあるいは不実にあれ』

 何十回も引用していますが、貴方は命の障りがあって聞く事が出来ません。
 怨嫉謗法のご文を身で読んでどうしますか?

>仏法は絶対でも、それを信仰する我々はまだ途上の人間だから、過ちもある。それを省みることができるかどうかで、将来の世間の評価も自分の立ち位置も変わります。そしてそれは、御本尊を仰ぎ信仰する中で、ダメな自分わ変わっていくのです。克治がいつまでもダメな理由は、過信です。
 ~引用終わり~

 過信????

 『等覚の菩薩にても何せん』

 日蓮門下の地涌の菩薩で、久遠からの南無妙法蓮華経如来の私が、自分自身に満々の自信を持たなくて何としますか!!
 本当に情けないお方ですね。

 何時も言うでしょう、日蓮正宗という悪知識に振り回されている貴方ですから、一刻も早く桁違いに優れた身延へ行くべきです。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-30 21:13 x
 日蓮門下なら誇りと自信を持て!!!!!
 
 大聖人の仰せです。

 『又御持仏堂にて法門申したりしが面目なんどかかれて候事・かへすがへす不思議にをぼへ候、そのゆへは僧となりぬ其の上一閻浮提にありがたき法門なるべし、設い等覚の菩薩なりとも・なにとかをもうべき、まして梵天・帝釈等は我等が親父・釈迦如来の御所領をあづかりて正法の僧をやしなうべき者につけられて候、毘沙門等は四天下の主此等が門まほり・又四州の王等は毘沙門天が所従なるべし、其の上日本秋津嶋は四州の輪王の所従にも及ばず・但嶋の長なるべし、長なんどにつかへん者どもに召されたり上なんどかく上・面目なんど申すは・旁せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか、総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始はわすれぬやうにて後には天魔つきて物にくるうせう房がごとし、わ御房もそれていになりて天のにくまれかほるな。』
 (法門申さるべきようの事)

 コソコソ生きて何になる!!!!!!!!

 
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-30 21:38 x
 ビクビクする?
 私が??
 地涌の菩薩は常に威風堂々です!

 
Commented by 大沢克日子 at 2023-03-30 21:45 x


>ビクビクする?私が??

はい。ビクビクしているから、コピペ・ゴマカシ・スリカエ克治になるのです。

>日蓮門下なら誇りと自信を持て!!!!!

>コソコソ生きて何になる!!!!!!!!

そのとおり。
はじめて克治の良い言葉を聞きました。
誤魔化し、繕うことなく、ダメな部分も含め克治は克治らしく堂々と生きれば良いのです。
ゴマカシ・スリカエ・コピペや、盛った話は不要です。
「日蓮門下なら誇りと自信を持て!!!!!」
ですよね?何故取り繕う必要があるのか。

ただでさえ、世間の失が一切なくても、法を説けば先業の重き故に悪口罵詈・杖木瓦礫は免れ得ず、我々は更に世間の失も重いのですから尚更であり、他人の言葉にビクビク怯える必要もないのです。克治は、そこが全然分かっていません。だからいつまで経ってもダメなのです。将来、変われると良いのですが、三世変わらざるを性という位ですから、真剣に日蓮正宗の御本尊を拝さなければ変わりません。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-31 06:06 x
 嚴虎さん、皆様おはようございます。

 今日で本年度も終ります。
 最高の本年度でした。
 明日から、さらなる高みを目指して生きて参ります❗
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-31 07:10 x
 大沢さん、おはようございます。

 相も変わらず呼び捨てですね。
 何故衆生を敬う法華経の精神を無視なさいますか?
 貴方がここで怨嫉謗法を犯せば犯すほど、日蓮正宗の邪が社会に示されます。
 馬鹿げた行為ですね。

>真剣に日蓮正宗の御本尊を拝さなければ変わりません。
 ~引用終わり~

 ここが常にダメな部分です。
 日蓮正宗の本尊は日蓮正宗の方が拝むもので、私は他宗の人間ですから、創価の御本尊を拝みます。
 何故この極々普通の事が理解できないのですか?
 それとですが、私が日蓮正宗の御本尊を拝んだ期間は50数年あります。
 貴方の全ての期間を併せても私に及びませんよ。
 いわば日蓮正宗の御本尊を拝む事に関して、私は貴方の大先輩です。
 昭和37に入会して、平成3年の破門を勝ち得ても尚、創価学会は御本尊は暫くそのままでしたし、私の御本尊は日寛書写大石寺版のものでした。
 その後、日達書写の特別御形木御本尊を父から受け継ぎ、白馬に来て10年程で息子が独立した機会に、息子に譲りました。
 半世紀は日蓮正宗の御本尊でした。
 今は、創価の御本尊です。
 双方、日蓮大聖人御図顕の御本尊ですから、力用に全く異なりがない事を、私は身を以て知っております。
 ですから、貴方が他宗の私に自宗の本尊を勧める事は滑稽でしかありません。

 びくびくしないで、自身を以て自分所の御本尊を真剣に拝む事です。
 そして、功徳を沢山お出しなさい。
 それだけが、貴方の拝むご本尊を証明する手段です。

 頑張るのですよ。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-31 07:41 x
 ある法華講員から、私へのラインです。

★だから独占している宗派がいやなら他の宗派の御本尊をお使いください。日蓮正宗は、弘安2年の大御本尊を根本にしています。ここが、要です。そこを否定するなら他の宗派の御本尊を拝んでください!出来るならですが、、、さもなくば自作して拝んでください!それならば、沖浦さんの言うことも一理あります。できないなら黙っててください。
 〜引用終り〜

 多くの間違いがありますが、最も大きなものは、大聖人ご図顕のご本尊は一切衆生に等しく残されたもので、一宗一派が独占出来る道理が無い事を理解出来ない事です。

 次に、弘安二年の大ご本尊とは戒壇本尊を示しますが、大聖人は直接このご本尊を図顕差れておられません。
 文献による証明がなされていないからです。

 『天台大師云く「修多羅と合う者は録して之を用いよ文無く義無きは信受すべからず」等云云、伝教大師云く「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ」等云云、円珍智証大師云く「文に依つて伝うべし」等云云、』
 (開目抄)

 大聖人の仰せです。
 義の上から見ても、

 『一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を裹み末代幼稚の頸に懸けさしめ給う、』
 (観心本尊抄)

 法華経は一切衆生のために説かれた教えだと、御書に明確に示されています。
 故に、その広布のシンボルである御本尊を特定し、更に特定宗派が独占する事は義の上からもあり得ません。
 更に宗門の法主はこの本尊を書写していません。
 戒壇本尊には、法主が書写する本尊と比較して、明確な差異があります。
 先ず、次の讃文がありません。

★若悩乱者頭破七分・有供養者福過十号

 滅度後も十年異なっています。

★書写本尊は、仏滅度後二千二百三十余年。 
 戒壇本尊は、仏滅度後二千二百二十余年。

 ですから、法主は戒壇本尊を書写していません。
 今はネットで簡単に検索出来ますから、何方でも簡単に確認し理解出来ます。
 最後になりますが、私共に限らず、一切衆生が大聖人御図顕のどのご本尊を拝もうと、一宗一派が文句を言うべきではありません。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-31 17:15 x
 日蓮正宗が何故魔の巣窟となってしまったのか?

 戒壇本尊本懐論、唯受一人、嫡嫡一人を教義の根幹に据えた故でしょう。

 先ず、最初に日寛という習い損ないがいて、戒壇本尊を法華経の当体という大邪義を弘めました。
 以下、彼の観心本尊抄文段からです。

★弘安二年の本門戒壇の御本尊は究竟の中の究竟、本懐の中の本懐なり 既に是れ三大秘法の随一なり、況や一閻浮提総体の本尊なる故なり
 ~引用終わり~

 三大秘法とは大聖人の法華経の呼称ですが、その随一と書いています。 
 本当に仏法への理解がありません。
 三大秘法とは南無妙法蓮華経如来の別名です。
 随一も隋二もある道理がございません。
 
 『此の十法界は一人の心より出で八万四千の法門と成るなり、一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し、』
 (三世諸仏惣勘文教相廃立)

 この一人とは教主釈尊で、南無妙法蓮経如来の総称、当然一切衆生全体を示しています。
 その釈迦を手本として、末法の一切衆生は平等だと御指南です。

 日寛は、何故こういう愚かを書き残したか?

 簡単です、彼の前まで、大石寺には法主を務められる人材が皆無で、100年間に亘って、要法寺から法主を派遣してもらっていました。
 彼は、その影響を払拭し、日蓮正宗(名称は異なります)を独立させるため、戒壇本尊本懐論に飛びつき、その本尊が大石寺にあるので、大聖人仏法の極意である三大秘法の当体として、自宗の正当化を図ったのです。

 これは政治です。
 法ではありません。

 
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-31 17:17 x
 戒壇本尊なる物が、大聖人の時代から日目の時まで存在していなかった事は明確です。
 何故ならば、日蓮正宗は自宗の正当化のため、多くの偽書を作成しています。

 日興の言とされている御本尊七箇相承は、師匠である大聖人から御本尊について教わったことを後世に代々伝えるべく、七箇相承という形で残されたということですが、日興以下歴代法主達は御本尊七箇相承の通りに書写しておりません。
 画像は日目書写本尊二帯です。
 (ここでアップが出来ませんが、フェイスブックの私のコミュでは見る事が出来ますので、法華講諸氏はご確認下さいませ)

 左は、正中3年卯月書写本尊(小泉久遠蔵)
 右は、元弘3年10月13日書写本尊(柳目妙教蔵) 
 戒壇本尊が本懐であって、三大秘法の随一ならば、日目は当然それを書写しているはずですが、事実は全く異なっています。
Commented by 沖浦克治 at 2023-03-31 17:18 x
 以下、差異です。

1、鬼子母紳と十羅刹女の位置
 大聖人御図顕御本尊では、建治元年以降、弘安期に入り、首題「妙法蓮華経」の「蓮」の字の左右に控える位置になっていきます。
 戒壇本尊も、首題に寄り添う形で両者の勧請がされています。
 日目書写本尊では、一番外側に書かれており、弘安期の本尊の形式とも、戒壇本尊の形式とも異なっています。
 日目書写本尊で両者は「天照大神」と「八幡大菩薩」のさらに外側に配置され、戒壇本尊が当時存在していた形跡はまったくありません。
2、大龍王が書かれない。
 戒壇本尊では「大龍王」が勧請されていますが、2体の日目書写本尊には全く書かれていません。
3、「日蓮在御判」が「日蓮聖人」
 花押の部分に「在御判」と書くべきところに、日目は「聖人」と書いています。
4、「有供養者福過十号」と「若悩乱者頭破七分」の二つが書かれていない。
 「有供養者福過十号」と「若悩乱者頭破七分」の二つが両者ともに書かれているのに、戒壇本尊にはこれらの釈要文は書かれていない。
5、帝釈天の書き方が一貫していない。
 正中3年書写本尊では「釈提桓因王」なのに、元弘3年書写本尊では「釈提桓因大王」とあり、一貫していない。
 戒壇本尊の勧請は「釈提桓因大王」。
 まだまだありますが、これだけ提示するなら証拠としては十分です。

 嘘を嘘で固め、戒壇本尊と法主が不二の当体で大聖人と同じと説く人間を差別する宗派が日蓮正宗。
 冒頭に引用した御金言、
 
 『一切衆生平等なること是くの如し、』
 を全く無視し、
 
★御法主上人猊下様・・・
★御尊能化様・・・
 果ては、
★御住職様・・・

 こんな事して、同じ凡夫の衆生を奉って良い道理がございません。
 故に創価学会に去られ、日蓮正宗は魔の巣窟と化してしまったのです。
 私共と同じ御本尊にお題目。
 勿体ないねぇ・・・・
Commented by 沖浦克治 at 2023-04-01 08:13 x
 嚴虎さん、皆様おはようございます。

 新年度になりました。
 今朝は少し異なる話題を書いて見ます。
 犯罪は憎まねばなりませんが、犯罪者を憎む事には一定の限度があると思っています。
 怨嫉謗法という概念が仏法にはあって、人に対する思想的迫害を示します。
 法華経では、現在の人間としての姿は、五陰仮和合と言って、仮の姿と説きます。
 本来の姿は全ての人は仏だとされています。
 犯罪を例にとりますと、ノルエーでは原因を三あるとし、

★幼年期の愛情不足、成長期期の教育不足、現在の貧困。

 この3つの不足を補う物が社会。
 極めて日蓮思想に近い思想です。

Commented by 沖浦克治 at 2023-04-01 08:13 x
★社会は個々の人の幸せのためにある。

 『国を失い家を滅せば何れの所にか世を遁れん汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か、』
 (立正安国論)

 社会の安定が無いなら、個々の国民の平穏な生活は望めません。
 そのために社会の根柢に思想としての法華経を据える。
 立正安国の原理です。
 ここで大切な事は、社会を構成するのは衆生だと言う事実です。
 政治の腐敗、戦争、食糧危機、温暖化・・・
 現在世界は多くの問題を抱えていますが、その問題の本質は世界の構成者たる民衆にあります。
 ですから、社会を変えるには民衆の意志と力が不可欠です。

 『又衆生の心けがるれば土もけがれ心清ければ土も清しとて浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり、』
 (一生成仏抄)
 
 故に、個々の衆生が自身の考えを自由に発信する事で、言論の自由が保障された社会を実現する事が出来ます。
 日本国憲法においても、

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
 ~引用終わり~

 同じ精神が流れています。
 これからの社会の安定には、自分の考えを広く発信する人達の存在が不可欠です。
 仏法では、自分独自の考えを我見と言いますが、この我とは仏を指す言葉です。
 全ての人が自分なりの考えを持ち、それぞれの立場で御書を拝し、それを発信する。
 これまで、我見は悪とされて来ましたが、これからは我見を持つ事が仏法者の責務となります。
 以上、少々考察して見ました。
 
Commented by 沖浦克治 at 2023-04-02 05:48 x
★戸田城聖先生御命日・・・
 末法救済の大偉人に報恩感謝申し上げます・・・
Commented by 沖浦克治 at 2023-04-02 06:57 x
 嚴虎さん、皆様おはようございます。

 今朝の聖教新聞体験談は、東京都新宿区の徳江勇輝さん(26)=男子部ニュー・リーダー。
 昨年、米アカデミー賞で作品賞を受賞したのは、ろう者の役を実際に耳が聞こえない俳優たちが演じた「コーダ あいのうた」でした。
 家族で自分だけ耳が聞こえる少女が、夢へと進む姿を描いています。関心の高まったコーダ(CODA=※メモ)は、耳が聞こえない親のもとで育った聴者のこと。
 彼もその一人。

 「手話」という視覚言語の中で育った彼が目指すのは、障がいがあっても孤立しない世界。
 ~引用終わり~

 今、彼は司法試験に合格されて弁護士です。
 この体験を読んで、少々反省をし、これまでの考えを改める事に決めました。

★弁護士にも立派な方がおられる!!!

 これからは肝に銘じます。

 ありがとうございます。
Commented by 沖浦克治 at 2023-04-02 09:14 x
 戸田先生が上行菩薩、牧口先生が無辺行菩薩、池田先生が安立行菩薩、そして大聖人が上行菩薩。
後二十年でそう言う位置付になると思います。
 この栄えある末法の創価学会仏誕生の時、その中の一人として生まれあわせた身の福運を命で感じ喜ぶ日々でございます❗❗❗
by isiyamaganko | 2023-03-26 10:23 | Comments(61)

日蓮正宗系無所属信徒の日記


by Gankodokuhaku