誰も書かないから俺が書いた

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結束バンドvsDMC

 

 

 

 ライブハウス『STARRY』は下北沢に存在する。別に有名というわけでもなく、事実こぢんまりとしていて広くもない。ありふれた地下型のライブハウスに過ぎないが、今日は少々趣が異なっていた。

 

「ねえ……お姉ちゃん」

「なんだ、虹夏」

「今日さ、何だかお客さん、いつもと違くない?」

 

 疑問を口にしたのは伊地知虹夏という少女だった。対するは伊地知星歌という、このSTARRYの店長である。二人が見つめる先には、先程口にした『お客さん』事、奇抜な格好の男女が多数屯していた。

 

「せっめえライブハウスだなぁ~ここ」

「ほんとに来るのかよ? ここ下北沢だぜ?」

「ばっかお前。じゃあ何のためにチケットを手に入れたって話になるじゃねえか」

 

 粗暴な言動に、それ以上に粗暴な外見。殆どが肌にタトゥーを刻み、ギラギラとピアスを輝かせている。普段のSTARRYの客層とはまるで異なっている。虹夏が不安そうに口にするのも無理からぬ事だった。

 

「……まあ、目当てのバンドがいるんだろ。そう邪険にすることじゃない」

「でもお姉ちゃん! ぼっちちゃん滅茶苦茶怖がっちゃってるんだよ! このままじゃ何時かみたいに段ボール被ってギター弾くことになっちゃうよ!?」

「いや、まあ、そうだろうなあ……。ぼっちちゃんには悪いけどなあ……。でもお客さんだしな。チケット買ってくれた以上は、追い出すわけにもいかないだろう」

「それはそうだけどぉ……」

 

 虹夏と星歌は共に一人の少女を思い浮かべた。ぼっちちゃんこと後藤ひとりという少女は、虹夏がリーダーを務めるバンド、『結束バンド』のギター担当である。バンドのギターと聞けば明るくチャラチャラした人間を思い浮かべるかも知れないが、後藤一人はその真逆、引きこもり一歩手前の所謂『陰キャ』であった。

 

「ぼっちちゃん、完全にビビっちゃってたよ……。『殺される殺される私は今日ここで殺されるうううう』って震えちゃって可哀想だった……。ほんと、なんでこんなに集まってるんだろ……。今日やる人、有名な人居たっけ?」

「心当たりはないな。人気も、客層も。まるで、そうだな。デスメタルのライブだな、これじゃあ」

 

 はあと溜息を吐いて星歌は彼らを見つめた。彼らは先程から、ステージに立つバンドには目もくれず、ただつまらなそうに『誰か』を待っているようである。現状は迷惑行為をしているわけでもないので追い出すことは出来ないが、しかしあからさまにつまらなそうにしている大集団は、ステージに立つバンドの心を挫くには十分だった。

 

 拍手もされず、演奏を終えたバンドがステージを去って行く。その表情は暗く曇っている。その後ろ姿を見て、額に『殺』と文字を刻んだ男が「チッ」と舌打ちをした。

 

「クソみてえな音楽だったぜ。せめてメタルをやれっつうんだよ。クラウザーさんの前座としてもよお」

「……クラウザー?」

 

 その名前に、星歌が何かに気付いたように呟いた。「どうしたのお姉ちゃん?」と虹歌が聞こうとしたその瞬間、ステージにまた人影が現れた。

 

 一人だった。ソロでライブというのも珍しくはないが、どうにもその男は奇妙だった。何せ彼はステージライトが点灯した瞬間、こう言ったのである。

 

「みんなぁ~~~~! おまたせぇ~~~~っ!」

「うわっ」

 

 虹夏が思わず不快そうに眉を顰めたのも無理はない。何を勘違いしているのか、そのゴボウのような男はぴょいとステージ上に跳ね、ギターを片手にくねくねと踊って手を振り始めたのだ。

 

 これが慣れたライブハウスでのこと、つまりそのノリを理解してくれる場ならまだ良いのだろうが、生憎彼、根岸崇一はここSTARRYで初めてのライブであった。何が『おまたせ』なのか。控えめに言って気色が悪かった。

 

「なんだあのゴボウ」

「キモッ」

「チッ……クラウザーさんはまだ出ねえのかよ」

 

 観客が口々にそう言うのを耳にしてしまったのか、根岸はひくりと眉を顰めさせた。しかし直ちにギターを手にし、意気揚々と語り始めた。

 

「みんな~~っ! 僕の名前は根岸崇一っ。今日は僕のことを知らない皆に、ラブとピースを教えちゃうよんっ。それじゃあいくよ、まずは一曲目、『甘い恋人』っ!」

 

 そう言って根岸が歌い始めた曲は、酷かった。くねくねうねりながら歌っているのが凄まじく気色悪かった。一見して軽薄な歌詞は軽薄そのままで、軽薄なまま歌われていた。ポップもクソもありゃしなかった。

 

「あー……まあ……そういう時期は誰にでもあるよね……」

 

 虹夏はドン引きしながらも、少しは気持ちが分かると思った。楽器を練習して、さあライブに出演するぞとなる時分は、誰だって調子に乗っている物なのである。あんなキショキショのパフォーマンスも、自分なりに考えた個性なのだろうと。

 

 もっとも、根岸は初めてのライブどころではなく、音楽歴もそれなりに長いので、虹夏の共感は全くの的外れであるのだが。

 

 対して星歌は短く呟いた。

 

「……酷いな」

「お、お姉ちゃん!? お姉ちゃんがオーディション通したんでしょ!? それ一番言っちゃいけないのお姉ちゃんだからね!?」

「その時は何か滅茶苦茶急いでて、ギターだけ弾いて終わったんだよ。終わった後もすぐ帰ってった。確か、D……? なんとかのライブがどうとか言ってたな。ファンなんだろ、そのバンドの」

「ギターだけ!? 歌とかなかったの? というかよくそれで合格出したね……ギターだけって……」

「その時は……いや、これは……」

 

 観客の不愉快そうな愚痴と共に、星歌の表情もまた険しくなっていた。非常に不愉快そうにステージ上を見つめ、はあ、と大きく溜息を吐いた。

 

「なあ、虹夏」

「なあに? お姉ちゃん」

「お前、次が出番だろ。あんなもの見てないで、さっさとぼっちちゃんを励ましてこい」

「あんなもの呼ばわりは流石に酷くない……? でもそうだったっ! じゃあねお姉ちゃん!」

 

 ばたばたと去って行く虹夏を他所に、星歌はステージ上でくねくねと踊る根岸をじっと見つめ、再び大きく溜息を吐いた。

 

「あんなふざけたもの、ぼっちちゃんにだけは……いや、誰にも見せたくはないな」

 

 

 

「ぼっちちゃーん! 調子はどうー? ……って、あー……」

「い、伊地知先輩……! ひとりちゃんさっきからずっとこの調子で……!」

 

 そう言って喜多郁代が指し示すのは小刻みに震える逆さになったゴミ箱だった。見れば端からはピンク色のジャージが見え、誰かが隠れていると分かる。

 

「ぼっち、大丈夫。バンドマンがライブで死んだら伝説になるよ」

「リョウ先輩! 流石に今は縁起でもないことを言わないで下さい!」

 

 その横で悠々とベースを構えていた少女、山田リョウの発言に、常ならば尊敬の念を送るであろう喜多も慌てて突っ込んだ。しかしゴミ箱はびくりと震え、先程よりも更に細かく早く震え始めた。最早、人体で起こしているとは思えないほどの速度である。

 

「こ、殺される……! 今日私はここで死ぬんだぁ……っ! ごめんねお父さん、お母さん、ふたり、ジミヘン……っ! 私、伝説になる……!」

「ならないからっ!? ちょっと怖いお客さんが多いだけだから! そ、それに他のバンドの人達だって、何にもされなかったんだよ!? ちょっと見た目が怖いだけで、本当は礼儀正しい人達で……」

『ふざけた演奏してんじゃねーぞゴボウ!』

「ひっ!?」

 

 三人は一斉に声の方へと目を向けた。彼女らが控える楽屋の遠くから罵声が聞こえたのだ。いや、それは一つに留まらず、次々と投げ掛けられた。

 

『てめーレイプしてやろうかゴボウ野郎!』

『サツガイしてやるぞテメエ!』

『さっさと引っ込め! 俺達はテメエの曲なんか聞きたくねえんだよ!』

 

 一瞬で楽屋は静まり返った。先程までは健気にひとりを励ましていた虹夏も、今は『やっばぁ……』とでも言いたげに表情を硬くしている。ゴミ箱に隠れたひとりは人体の速度を超え、そのまま地震でも起こしそうな速度で震え始めた。

 

「ひえええええ」と涙目になり縋り付く喜多を抱き締めながら、山田は言った。

 

「……虹夏」

「な、なに? リョウ……」

「ここは逃げよう。戦略的撤退だ」

「うっ……! わ、私も一瞬そう思っちゃったけども! で、でも、折角チケットを買ってくれたお客さんのためにも……!」

『──いえ、全然大丈夫ですっ。いや、やめませんよ! どうしてそんなにやめさせたがってるんですか店長さん!? ……じゃあみんなっ、二曲目、いっくよ~~んっ!』

「……おお」

 

 山田は感心したように呟いた。この状況で演奏を続けるとは中々の胆力である。或いは端から観客などどうでも良いと思っているか。いずれにせよ、曲調に反して中々骨のあるバンドマンだと山田は思った。

 

「──前言撤回。伝説は、私にはまだ早い」

「流石リョウ先輩! 格好いいですっ! ……あれ? ということは、このままステージに上がるんですか? 私達も? このまま?」

「当然。ほら、ぼっち。準備して」

「むむむむむ無理です出来ません死にます死にます死ぬうっ! 私まだ死にたくないいいいい……!」

「う、うん。あんな初心者の人も頑張ってるんだから、私達だって……! 行くよっ、ぼっちちゃん! ファンの子も居るんだよ! さあっ!」

「う……。ふぁ、ファンの……私のファン……」

 

 高速の振動はその言葉で弱まった。

 

 後藤ひとりは、他人から求められることに弱かった。或いは、強かった。行き過ぎた承認欲求と人見知りがそうさせるのだろうが、それは時たま勇気となって、陰キャのひとりを前へ前へと突き動かすのである。暴走することもあるが。

 

「わ、分かりました……。怖いですけど……でも怖いのは何時もだし……うん。何時も怖いなら、ちょっと怖い人が居ても同じ……いや、やっぱり怖いっ!」

「あれ? これ本当に行く流れですか? え? 本当に行くんですか?」

「喜多ちゃんも覚悟を決めよう! さあみんなっ、結束バンド、ライブに出陣!」

「……確かに出陣って気分がする」

 

 セットリストに定められた二曲目が終わり、結束バンドの四人は楽屋を出、ステージへと向かった。少女達の顔に浮かぶのは緊張感と、それでも向かおうとする勇気である。自らの音楽で以て期待に応えようとする気概が溢れている。

 

 ……しかし、まだ曲が聞こえていた。

 

「えっ?」

 

 虹夏が困惑したように呟き、舞台袖からそっとステージを覗けば、そこでは件の根岸がまだ歌っていた。観客達の罵声もいよいよ高まり、ステージ上に掴み掛からんばかりの勢いである。そんな奇抜な集団以外の観客も、予定にない勝手なアンコールに不愉快そうにしていた。

 

「なに? あのゴボウ。くねくねして、『じゃあアンコール、いっくよぉ~~ん!』って、誰も頼んでないっての」

「マジで意味不明だよね。なんなの? 拍手も何も無かったのを勘違いしちゃった?」

「それは呆れてただけだって。お前の歌なんか誰も求めてないっての!」

 

 クスクスと女二人の観客がそう嘲笑えば、根岸は歌いながらもびしりと表情を硬くした。それでもくねくねは止まらない。ギターも歌も止まらない。誰か止めてくれと誰もが思っていた。一番思っているのは覚悟を決めた結束バンドの四人だった。

 

 ふと、観客を割ってステージに昇った影があった。伊地知星歌である。彼女は歌い続ける根岸の肩をポンと叩き、冷たく言った。

 

「根岸……だったっけ」

「えっ、あっ、は、はい」

 

 星歌の声に流石に根岸も演奏をやめ、ナヨナヨと返事をした。星歌は更に視線を冷たくし、吐き捨てるように言った。

 

「──お遊戯的なことなら外でやってくれない?」

「……えっ」

 

 根岸は一瞬きょとんとして、しかしすぐさま青ざめて、とぼとぼとギターを抱えたまま去って行った。

 

 居心地が悪いのは結束バンドの面々だった。その中でも虹夏は舞台袖から抜けようとした姉に向け、問い質すように言った。

 

「ちょっとお姉ちゃん! 流石に酷くない!? お遊戯的な事って……! あの人も一生懸命やってるんだよ!? それをあんな……」

「あれが一生懸命に見えるのか?」

「……お姉ちゃん?」

「私には、それこそお遊戯にしか見えなかったよ。わざわざこんな場所に来てまで、『お前達がやっているのはこういう事だ』と、馬鹿にするようなパフォーマンスをして……」

 

 はあ、と大きく星歌は溜息を吐いた。頭さえ抱えていた。

 

「居るんだよたまに。ああいうふざけた奴が。プロレベルのギターテクを持ってる癖に、アマチュアを馬鹿にしたような事を……。ああいう手合いはさっさと追い出すに限る。……流石にプロでもトップレベルが、ここまでやるとは思ってなかったけど」

「た、確かに……あの人のギター、凄かったです……」

「そうなの? ひとりちゃん」

 

 珍しく自分から感想を口にしたひとりに対し、喜多は意外そうに言った。しかしひとりは意外なほどに真剣な表情で、根岸が去って行った通路を見つめていた。

 

「凄い……本当に凄いと思います……。でも、何だろう。何だか噛み合ってない感じが凄かった……。ギターは私よりもっと上手いのに、曲に全然合ってないっていうか……」

「確かに。あの人のギター滅茶苦茶派手だった。ポップスって言うよりも、メタル? 歯ギターとか似合いそう」

「いやギターの形の話じゃないからっ。……でも、ぼっちちゃんがそこまで言うぐらいかぁ……。何者だったんだろう、あの人」

 

 しかし言っていても始まらないと、押している時間に急かされるようにして結束バンドは準備を始めた。幸い奇抜な観客達も今の痛快な下ろし方に溜飲を下げたのか、元の通り、大人しく『誰か』を待つようになった。

 

 

 

「うう……酷いよぉ……あの店長さんもあんまりじゃないか……! いくら何でもお遊戯だなんて……。折角、下北沢にも活動を広めようと思って、下北沢らしい小さなライブハウスからスタートしようと思ったのに、酷いや……」

 

「DMCファンのみんなだって、あそこまで言うことはないでしょ……。仮にも僕のファンなんだから、僕の音楽だって好きになってくれるって、ライブ終わりにチケットばらまいたのは失敗だったかなあ……」

 

「大体、何だよ、ゴボウって……。どこがゴボウなんだよ僕は……。こんなにオシャレなのに……どうして分からねえんだよ。目ン玉腐ってんのか?」

 

「ああいう奴等は下北沢には相応しくねえ。下北沢ってのは、こんなしみったれたライブハウスで、ちっぽけな観客相手にヘコヘコ腰振ってやがる奴等のための街なんだよ。ふざけてんのか? オレには相応しくねえ……!」

 

「このヨハネ・クラウザーⅡ世が、下北沢を地獄に変えてくれるわ……!」

 

 

 

 結束バンドの一曲目は、先の異様な状況を打ち消すように始まり、そして見事に打晴らして終わった。帰りかけていた観客達も、このバンドが終わるまでは見ていこうかなと思わせるほどには見事な演奏で、殆ど名が売れていないバンドとしては十分すぎる物だった。

 

「へえ……中々良いじゃねえか。『ギターと孤独と蒼い惑星』……」

「ああ? 何だテメエ。今のメス豚共の演奏なんてクラウザーさんに比べればハナクソ以下だろうが」

「そりゃクラウザーさんに比べれば何だってそうだろ。それともお前、メタルじゃなくてもクラウザーさん以外の音楽は認めないのか?」

「いや、ラルク大好き」

「そ、そうか……」

 

 奇抜な観客達の中にも結束バンドの演奏に耳を傾けた者はいたようで、その反応も悪くなかった。もっとも、その中でも一際濃い面々は一切曲に耳を傾けず、ただひたすらに『誰か』を待っていたが。

 

「えー、じゃあ次は、『あのバンド』っていう曲をやります! これも私達のオリジナル曲で……っ!?」

 

 ボーカルの喜多が観客達に向けていた声を切り裂くようにそれは聞こえた。

 

──ギャリギャリと、引き裂くような、人を引き千切るような異音。

 

──ギュイギュイと、踏みにじるような、全てを冒涜するような異音!

 

 しかしそれらには流れがある。一つの音楽となっている。地獄の底から響くような、悪魔の断末魔のようなその音は、ざわめく観客達の中から一つの声を絞り出させた。

 

「──来た」

 

 音楽は響く。響き続ける。「あっ、え?」と困惑する喜多を他所にして、更に大きく高まり続ける。星歌が異変を察して止めようとするもどうにもならない。何せこれはCDではない。この異常なまでに研ぎ澄まされた音楽は、何度も繰り返して録られた物などではない。

 

 音源は今、ここに在る。ここに存在している。今、ここでやっている!

 

「来たんだ……!」

「やっぱり現れた……!」

「待った甲斐があったぜ……!」

 

 顔面にタトゥーを刻んだ男が笑みと共にそう呟いた隣で、額に『殺』という文字を刻んだ男が、感極まったように叫んだ。

 

「──クラウザーさんが、このライブハウスに降臨なされたんだ!」

 

 その声と共に、舞台袖から悪魔が現れた。

 

「『俺は地獄のテロリスト 昨日母さん犯したぜ 明日は父さんほってやれ I am a terrorist straight out of hell』!」

「ぎゃあああああああっ!?」

 

 舞台袖に一番近くに居たひとりが叫んだのも無理はない。その男の風体は奇妙を通り越していた。顔面を真っ白く塗り潰し、目元口元を黒く歪め、額には『殺』の文字。黒色のタイツの上には鎧のような衣装を覆い、長い金髪を振り乱し叫ぶ異常な姿。

 

「『俺に父さん母さんいねえ それは俺が殺したから 俺にゃ友達恋人いねえ それは俺が殺したから』!」

 

「なんですかこれっ!? 何なんですかこの人っ!?」

「お姉ちゃん!? お姉ちゃん! この人何!? まったく聞いてないんだけど何!?」

「……本物だ」

 

 しかしそのギターテクニックは異常を通り越している。絶技を通り越して殺人に至っている。音楽で人が殺せている。マントを翻し、悪魔的デスボイスで血みどろの歌詞を歌い上げる様には、確かな『格』があった。

 

「『殺せ殺せ親など殺せ 殺せ殺せすべてを殺せ』!」

 

 伝説的インディーズデスメタルバンド、デトロイト・メタル・シティのクラウザーⅡ世がそこに居た。

 

「『サツガイ サツガイせよ サツガイ サツガイせよ』!」

「『KILL! KILL! KILL! KILL!』!」

「『思い出を血に染めてやれ サツガイ サツガイせよ サツガイ サツガイせよ』!」

「『KILL! KILL! KILL! KILL!』!」

「『未来など血に染めてやれ』!」

 

 場の空気は完全に変わった。或いは終わった。終わって始まった。クラウザーⅡ世による地獄の宴が完成した。

 

 代表曲『SATSUGAI』を歌い上げるその様に、最早誰も手出しが出来ない。盛り上がる今までつまらなそうにしていた奇抜な観客達──DMCファン達がステージを囲む壁となっているのもそうだが、クラウザーはその演奏だけで、容易に踏み入ること叶わぬ一つの世界を完成させていたのである。

 

 始まったのがクラウザーの世界なら、終わったのは結束バンドの面々である。虹夏と喜多は完全に混乱してしまっているし、山田は何故か感嘆したようにクラウザーを見つめている。

 

 そしてひとりは……。

 

「く、クラウザーさんがなんでSTARRYに……!? ま、まさか、私達の演奏が儀式の生け贄として相応しいと認められてご降臨なされたんですか……!?」

「えっ、なに言ってるのぼっちちゃん」

「ひとりちゃんがいつもと違う方向でおかしくなっちゃった!?」

 

 ひとりはDMCを知っていた。というかファンだった。

 

 中学時代、デスメタルに大ハマりした彼女は、当然のようにデスメタル界の頂点であるDMCに行き着き、直ちに虜となりCDも購入したのである。そのCDを給食の時間に流してドン引きされた事は思い出したくもない黒歴史だが……。

 

 いきなり人が現れたことに腰が抜け、悲鳴を上げたのもすぐに忘れ、ひとりは目の前で本物のクラウザーⅡ世の演奏が聴けていることに感動していた。本物は演奏を聴けばすぐに分かる。人を感動させるようなギターなどありふれているが、人を殺せるようなギターなど数少ない。そして目の前にある物は、数少ない本物の中でも頂点と言って然るべき物だ。

 

「まさに殺人メタル……流石、クラウザーⅡ世。ジャギとカミュは居ないのかな」

「リョウさん! クラウザーⅡ世『さん』ですよ! それとジャギ様には『様』を付けて下さい!」

「ご、ごめん」

「いつものぼっちちゃんじゃない……」

「カミュって人には何も無いのね?」

 

 喜多が素朴な疑問を口にするのを他所に、観客側から更なる歓声が響いた。彼ら彼女らは歓喜に喚き叫びながらも、統率されたかのように二つに割れ、ステージへの道を作った。

 

「えっ、な、なに?」

「まさか……!」

 

 何が起きたのか。その答えはすぐにやって来た。割れた観客の間を悠々と進むは二つの人影。双方共に、異様な風体。しかしその異様さこそが今この場には酷く相応しい。

 

「ジャギ様だ! ジャギ様が来たぞ! 今日もトランプマジックが冴え渡ってるぜ!」

「カミュー! 俺を殺してくれー!」

 

「DMC!」「DMC!」「DMC!」熱狂したDMCコールが鳴り響く。長身の男、ジャギ。ずんぐりとした男、カミュ。共に顔面を白塗りにし、悪魔的なメイクを施した二人は、観客の声を当然のように受け止めながらステージ上に昇った。

 

 DMCメンバー三名がこの場に揃った。場の雰囲気は瞬間に変化した。血みどろの叫びが木霊し、残虐な熱狂が迸る、悪魔の殿堂が打ち立てられたのだ。

 

 ……しかし、演奏を終えたクラウザーは、どうしてか困惑したようにジャギへと耳打ちした。

 

(えっ、ど、どういう事なの和田君!? なんで皆がここに居るの!?)

(流石だぜ根岸。こういう方法で下北沢に侵略するとはな。やっぱりお前はメタルモンスターだぜ)

(アナル)

 

 クラウザーはジャギを『和田君』と言った。対してジャギは『根岸』と言った。これは悪魔の暗号でも符丁でもなかった。これが彼らの本名だった。

 

 DMCは地獄の悪魔達によるデスメタルバンドを謳っているが、勿論その正体は悪魔ではない。人間である。そしてDMCのフロントマンであり圧倒的カリスマ、クラウザーⅡ世の正体もまた人間であった。

 

 その本名は根岸崇一。先程までここ『STARRY』でくねくねと気色の悪い歌を歌っていた男である。彼は己の意に反して、デスメタルバンドのカリスマを演じていた。

 

(ど、どういう事!? 僕はただ、オシャレな下北沢で僕の音楽をみんなに広めようと思って……)

(大丈夫だ。社長も満足げだったぜ。昨日のライブで突然チケットを配りだした時には何が狙いかと思ったが……DMCゲリラライブのハコを抑えているとはな)

(アナル)

(も、もしかして、いつものギターじゃなくて、クラウザーのギターと衣装が荷物にあったのって……。あの時は何も考えず着替えちゃったけど……)

(調整はバッチリだったろ? さあ、やってやろうぜ。DMCの音楽を下北沢に響かせてやれ!)

(ヴァギナ)

 

 ぼそぼそと小声で会話を続ける根岸は、すぐ近くで尊敬の目で自らを見つめる少女がいることに気付いていない。そんな目は見飽きた物だ。そしてこの場には無数にある物だ。

 

 故に彼は心底不満に思いつつも、眼下を埋める、とまでは行かぬ自らのファン達へ、何時ものように『褒美』を与えるのである。

 

「──貴様ら、よくここが分かったな。オレの犠牲となる処刑場を探り当てるとは見事だ」

「うおおおおお! クラウザーさんがお褒めの言葉を発せられたぞ!」

「昨日自分でチケットばらまいたのに! 血みどろの争奪戦に勝って良かったぜ!」

「く、クラウザーさん! わ、私、いや、私なんかが声をかけるなんて恐れ多いですよねすすすすみませんごめんなさい……」

「DMCの処刑を見せてくれー!」

「おねーちゃああああん! なんとかしてええええ! ぼっちちゃんまであっちに行っちゃってるからあああああ!」

 

 クラウザーの一挙手一投足にファン達は歓喜の雄叫びを上げる。それ以外の観客達は異様な自体に出て行こうとするも、出られない。扉が閉じている。「あ、開かない!?」「なんで!?」困惑の声にクラウザーも困惑した。

 

 扉はファン達が勝手に閉じていた。誰も出られぬよう細工をしていた。何せこれから行われるのは、何も知らずにいた下北沢のクソ豚共への処刑なのだから。

 

「このしみったれたハコを根城として、下北沢の全てをレイプしてくれるわー!」

「す、凄え! クラウザーさんは遂に建物だけじゃなく土地まで犯すつもりなんだ!」

「下北沢を膣中北沢にしちまうつもりなんだー!」

「そんな事っ……! おい、お前! これ以上ここで……!」

「──店長さん?」

 

 ひとりはふと気が付いた。目の前に尊敬するクラウザーがいる事で忘れていたが、ここはSTARRYで、今まで自分達はライブをしていたのだ。

 

 くぐもった声に、ひとりは観客達の中を見つめる。見つけた。すぐだった。星歌はファン達によって高々と掲げられていたのだ。異様な光景にひとりは思わずぎょっとして、しかし直ちにそれが意味する所に気が付いた。

 

「クラウザーさーん! ここの店長だー! 悪魔の魔城の生贄だー!」

「人柱を立てて地獄の地鎮祭をするんだー!」

「お、お、おねええちゃああああん!」

「て、店長さんが、酷いことに……」

「あれはもうダメだ。諦めよう、虹夏」

 

 星歌を助けようとする虹夏を羽交い締めにして、山田は悲しそうに頭を振った。可哀想だが仕方がなかった。見れば、見覚えのあるPAさんやスタッフ達まで捕まっている。いつの間にかSTARRYの全ての機器はファン達によりジャックされていた。STARRYは既にDMCの手の内に陥落していた。

 

「そ、そんな……このままじゃSTARRYがクラウザーさんに……!」

 

 ひとりは未来を思った。DMCが打ち立てた数多の伝説を知っている身からすれば、STARRYはこのまま悪魔の根城となってしまうだろう。その事に興奮を覚える自分も居る。憧れていた伝説が目の前で今、行われようとしているのだから。

 

──だが同時に、どうしても『許せない』と思うのだ。

 

「クラウザーさん……。ど、どうしても……どうしても、ですか」

 

 ぼそぼそと呟いたひとりの言葉を、クラウザーは耳に留めなかった。声が小さすぎたのだ。既にボルテージは最高潮で、こんな小声など通じるはずもない。だが聞こえたとしても止まらないだろうとひとりは思った。

 

 ひとりがクラウザーに憧れたのは、超人的なギターの腕前もあるが、一番はその破壊的な行動にあった。中学を通して自分を主張できず、承認欲求に飢えすぎて半ばモンスターと化していた彼女は、何よりもそのパフォーマンスに憧れた。

 

 伝説の武道館ライブを収めたDVDを鑑賞した時、ひとりはその姿に果てしなく憧れ、同時に深く絶望した。『こんな事は私には出来ない』当たり前の結論だ。悪魔の真似を人が出来る物か。そもそもそんな事はしなくて良いという話は置いておいて。

 

 だからひとりにとって、クラウザーは憧れと同時に諦めの象徴だった。それが嫌で、いつの間にか追いかけるのを止めていた。聞けば聞くほど、追えば追うほど、何も出来ずに居る自分が惨めに感じて。

 

──だが、今はどうだろう。

 

 高校に入り、虹夏に出会い、結束バンドを結成し、活動を通していく中で、ひとりは何かを育んでいった。それが何なのか、ひとりは未だに分からない。それはきっと、承認欲求でも、自己主張でも、パリパリしたパリピ活動に満足することでもない。

 

 だが、それはとても眩しくて、キラキラとしていて、だから大切だった。

 

「だから……いくらクラウザーさんが相手だって……!」

 

 ひとりは、自然と下りていた顔を上げた。目の前には悪魔の横顔があった。それをキッと睨み付け、ひとりはギターを手にした。

 

 悪魔に言葉が通じるはずがない。人の言葉は悪魔に通じない。

 

 だが、音ならば。悪魔さえも殺してやると、そんな思いを込めて弾いた音ならば!

 

「──ほう」

 

 クラウザーは、ファン達に生贄として捧げられた星歌に手を伸ばそうとして、意外そうに振り返った。ジャギも得意の火噴き芸を止め、カミュは「ブルマ」と呟いた。

 

 一人の少女がギターを弾いていた。

 

 ピンク色の髪の少女が、今まで完全に気圧されていた少女が、壮絶にギターを弾いている。

 

 ふと、少女とクラウザーの目が合った。それでも少女は手を止めなかった。仲間達の唖然とした顔にも目をくれず、クラウザーとギターだけに意識を向けて、只管にギターを弾いていた。

 

「──面白い。レイプされていたメス豚が、このオレをレイプしてくるとはな」

 

「ぼ、ぼっちちゃん……!」

「……虹夏、郁代」

「はいっ! ……やっぱり、ひとりちゃんは凄いです!」

 

 ひとりのソロが終わると同時に虹夏のドラムが響きだした。それに続いて山田のベース、喜多のギターが響き出す。その曲調は一曲目に等しく、『ギターと孤独と蒼い惑星』のそれ。だからこそDMCファン達はどよめいた。

 

「こ、こいつら……同じ曲で……!? なんでだ……?」

「きっと最初からやり直そうとしているんだ……! あのメス豚共は、クラウザーさん達を『観客』として扱おうとしているんだー!」

「なんて奴等だ……まさに悪魔も恐れぬ所業だぜ……!」

 

 完成していた世界に罅が入った。DMCファン達が無粋なメス豚共を分からせようと罵声を飛ばしかけたその時、クラウザーがその手に持ったギターを高く掲げた。そしてそのまま地獄のような声色で叫んだ。

 

「レイプレイプレイプレイプレイプレイプレイプレイプレイプレイプレイプ!」

「出た……クラウザーさんの1秒間に10回レイプ発言だ!」

「い、いや、今のは1秒間に11回だった……!」

「つまり……クラウザーさんは本気だ! 俺達に手を出すなと言っているんだー!」

 

 クラウザーは観客の声に背を向け、ジロリとジャギとカミュを睨んだ。ジャギはニヤリと笑い、カミュはDMCファンに何処かから用意して貰ったドラムセットの調子を確かめるように叩き、ギィィと笑った。

 

「お前のパフォーマンスが突然なのは慣れているぜ」

「アナル」

「ならば良い」

「……で? どうするよ。次は『グロテスク』か?」

「いや……」

 

 響く音楽の中、マントを翻し、クラウザーは嗤った。

 

「──オレが本当のレイプのやり方を教えてやる」

 

 クラウザーがそう言ったのと、喜多が歌い始めたのは殆ど同時だった。

 

「突然降る夕立 あぁ傘もないや嫌 空のご機嫌なんか知らない」

「「『季節の変わり目の服は 何着りゃいいんだろ 春と秋 どこいっちゃったんだよ』」──っ!?」

 

 ざわりと、どよめきが広がる。喜多の表情に驚愕の色が浮かぶ。しかし直ちに前へと向き直り、彼女は歌う。

 

 一方で、らしくない歌詞を、しかし何時もの殺人的演奏でクラウザーは歌い上げていた。その『らしくなさ』が却って曲に深みを与えている。残虐なギターの響きに、綺羅星のような歌詞が燦然と輝いている。

 

「ど……どういう事なんだ……!? どうしてクラウザーさんはあのメス豚と同時に同じ歌詞を歌えているんだ……!? ま、まさかクラウザーさんは、予知能力まで手にしてしまったのかー!?」

「だ、だが、だとしてもどうして同じ歌詞で……? 何時もなら相手の歌詞をレイプして、DMC流に相手を公開処刑にするっていうのに、どうしちまったんだクラウザーさんは……!」

「違和感が凄えぜ……! あのクラウザーさんがこんなキラキラした歌詞を……」

 

 ファン達はざわめき、らしくないクラウザーの行動に困惑するが、その中でも一際に濃い面子は「バカヤロー!」と馬鹿にしたように笑った。

 

「そんな事も分からねえのか。クラウザーさんはレイプしているんだよ! 真正面から同じ歌を歌ってな! 単に歌詞を変えるよりもよっぽど残虐だぜ……!」

「あのメス豚共を徹底的にレイプするために、クラウザーさんは禁じられた未来予知の力さえも使われたんだ! あれは『地獄はこの目で見るのが一番だ』という理由で封印されたと聞いていたが……」

「それに歌詞の改変はハーメルンの規約で禁じられてるんだよ!」

「ちなみに曲のタイトルだけなら規約でも法律でも問題はないんだぜ! 知ってたか?」

「し、知らなかった……そうだったのか……! 流石クラウザーさんだ!」

 

 顔面にタトゥーを入れた男と、額に『殺』と刻んだ男の言により、ファン達は再び尊敬の目でクラウザーを見つめた。

 

 もっともクラウザー本人、つまり根岸からしてみれば、単に落ち込んでいたときにちょっと歌詞を聴いていただけである。星歌に追い払われ落ち込んでいた時にも、彼は屈辱を晴らす残虐な復讐を遂げようと、無意識の内に完璧に歌詞を覚えていたのだ。

 

 これは天性の才能である。天性のクズの才能である。DMCの楽曲の中には42分19秒もの長さを誇る『淫獣伝』という曲があるが、それは根岸が恨み辛みから生み出したものだ。単に知り合いの女性が自分以外の男と親しくしているだけで、彼はこの長さの歌詞を一言一句違えることなく歌い上げることが出来る。

 

 故にクラウザーは歌っている。喜多が歌うに被せるようにして、レイプするようにして歌うのだ。その内心は怨嗟に怨恨、恨み辛みで塗り固められていた。

 

「息も出来ない 情報の圧力」

「『息も出来ない 情報の圧力』」

 

(オレが屈辱を受けている間にも貴様らは楽しそうにしやがって! 下北沢の女だけのバンドなんて青春その物じゃねえか! 確かにピンク髪のギターは少し上手いがオレ以下だ! 青春キラキラの歌を臓物ドロドロの歌に変えてくれるわ!)

 

 根岸は結束バンドの面々に何もされていない。何もされていないのに全ての恨みをこの場に発散しようとしているのである。

 

「めまいの螺旋だ わたしはどこにいる」

「『めまいの螺旋だ わたしはどこにいる』」

 

(この場で臓物を放り出させてやる! その生意気なギターも叩き割ってやる! オレに刃向かったことを地獄で後悔しろ!)

 

 根岸はデスメタルの天才で、ギターの天才でもあったが、同時にクズの天才だった。

 

「こんなに こんなに 息の音がするのに」

「『こんなに こんなに 息の音がするのに』」

 

(……喜多ちゃん、頑張ってる)

 

 一方、ひとりはそう思っていた。喜多郁代という少女は良い子だった。だが、良い子なだけだ。ギターの腕前も、ボーカルの質も決して良くはない。カラオケで歌っているのが似合う少女。それが喜多だ。

 

(だけど、頑張ってる。クラウザーさんにも負けてない)

 

 そう、ひとりの評価は正しかった。結束バンドの演奏と、DMCの演奏は戦っている。戦えている。そう思わせるだけの物がある。

 

「変だね」

「『変だね』」

 

(それは……この歌が、この曲が……!)

 

 それは余りに差がある技量ではなく、狂気的な熱でもなく、単純な答えだ。

 

「世界の音が」

「『世界の音が』」

 

(『ギターと孤独と蒼い惑星』が、私達の曲だからだ──!)

 

「「『しない』!」」

 

──響く。

 

「足りない 足りない 誰にも気づかれない 殴り書きみたいな音 出せない状態で叫んだよ」

「『足りない 足りない 誰にも気づかれない 殴り書きみたいな音 出せない状態で叫んだよ』!」

 

(チッ……やっぱベースラインをなぞるだけじゃ厳しいか)

 

 ジャギは内心で舌打ちをした。しかし仕方がないことだった。知らない曲を前にして、腕の良いベーシストが出来る事は、曲を邪魔しない程度の演奏をすることだ。ちらと目をやればカミュも同様に流れを淡々と作っている。それだけだ。

 

(だから根岸の演奏が孤立している……! だからあいつらに勝てない……!)

 

 如何なる手段でこの曲を知ったのか、ジャギには分からないし分からなくて良かった。クラウザーⅡ世とはそういう悪魔で、根岸崇一とはそういう男なのだから。だからこそ、着いていけない自分が悔しかった。

 

 単純な話だ。『ギターと孤独と蒼い惑星』は結束バンドの曲である。何度も何度も練習し、演奏し続けた曲である。故にそれは完成している。結束バンドの曲として、四人で作り上げる曲として完成している。

 

 だからこれは4対1だ。だからこれは勝てる戦いだ。ひとりは確かにそう思った。

 

(だってバンドは……一人でやるものじゃないから!)

 

「「ありのまま」なんて 誰に見せるんだ 馬鹿なわたしは歌うだけ」

「『「ありのまま」なんて 誰に見せるんだ 馬鹿なわたしは歌うだけ』!」

 

 ファン達はどよめいている。これは絶対にデスメタルではなかった。しかし胸を突き動かす何かはあった。それがあるから目を奪われる。だから耳を傾けさせられる。

 

「こ、これは……まさか……」

「ああ、間違いない……!」

 

 何かを確認し合ったように、濃いファンの面々は頷いた。

 

「ぶちまけちゃおうか」

「『ぶちまけちゃおうか』!」

 

(クラウザーさん、私達は、貴方達に勝ちます!)

(クソがクソがジャギとカミュの奴等日和りやがって!)

 

「「『星に』!」」

 

──曲が終わった。

 

 場を満たしたのは沈黙だった。DMCのライブではあり得ないはずの光景だ。はあはあと息を荒げるのは結束バンドの面々だけで、DMCのメンバーは汗の一つもかいていない。それでもクラウザーの内心には不安があった。

 

(ど……どうなった!? 勝ったのかオレは!? いや、もし負けたとしてもこれからのパフォーマンスで取り戻せば良いだけだ。一曲だけで決まるほどDMCはヤワじゃない。これまでだって何度もそうやって勝って来た! ここは馴染みの『グロテスク』で一気に……)

 

「あのっ、クラウザーさん!」

「……っ!? な、なんだ。えー……あー……メス豚」

「め、メス豚……! ふ、ふへえへへへへへ……!」

 

 クラウザーの罵倒にひとりは喜んだ。ファンだから素直に嬉しかったのだ。これでひとりもDMCの歌によく出る『メス豚』の一員である。

 

「って、て! そうじゃなくって、ですね! え、ええと、そのですね、ええとですね」

「ひ、ひとりちゃん大丈夫!?」

「ぼっちちゃん無理しないで!」

「うん。ぼっちは頑張った」

「あ、ありがとうございます、皆さん……」

 

 今更ながらに緊張がぶり返したひとりを、喜多が慌てて抱き留めた。(喜多ちゃんは優しいなあ、虹夏ちゃんもリョウさんもこんな私に優しいなあ)といつも通りのことを考えた途端、彼女はこの状況が、まるでいつも通りじゃないことに気が付いた。

 

「……あ」

 

 今、ひとりの目の前に居るのは、憧れの存在クラウザーⅡ世である。彼に向けて自分は何をしたか。喧嘩を売るようにギターを弾き、喧嘩をするように同じ曲を歌い合ったのだ。剰え自分は勝つつもりだった。クラウザー相手に。地獄の悪魔を相手に。

 

「あ、あ、あ……! あばばばあびゃばysばybしゃだbだ!?!?!?」

 

 ひとりは爆発した。色々と耐えきれず爆発した。身体が言えないようなことになっていた。

 

「うわああああああ!? ぼっちちゃんが酷いことにっ!?」

「こ、これは……何時もの何倍も……!」

「いつもながら、ぼっちの身体がどういう構造をしているのか気になる」

 

 対してクラウザーは目の前の光景に戦慄していた。戦慄しすぎて内心がクラウザーから根岸に戻っていた。(えぇ……何この娘……怖ぁ……)と思っていると、観客の中から「やっぱりそうだ!」という声がした。

 

「や、やはりそうだったのか……!」

「ああ、間違いない。あの臓物を滴らせた髪色、返り血を浴びたジャージ……! そして人間ではあり得ない程に変形する身体……! 何よりも中々のギターの腕前……!」

「あのメス豚は……いやあの方は……!」

 

 びしりと自分を指差されながら言われ、ひとりは思わず硬直した。クラウザーも硬直した。何かよく分からないことが起きていた。

 

そして、いつもの『殺』の字のファンが言った。

 

「あのギタリストの正体は、クラウザーさんの私生児だったんだー!」

「えっ」

「えっ」

 

 クラウザーとひとりは、殆ど同時に困惑の声を上げた。

 

「お、俺、嬉しいよ……! クラウザーさんが東京タワーをレイプして産まれた六本木ヒルズにも、ちゃんと姉妹が居たんだな……!」

「あいつも姉妹喧嘩とかしてたのかな……。クソッ。何だか泣けてくるじゃねえか。クラウザーさんの子供達が健やかに育っていてよ……」

「六本木ヒルズは女の子なのか?」

 

 そんな会話が聞こえてきて、ひとりは硬直した。どうして良いのか分からなかった。恐れ多くもクラウザーさんの娘が自分だなんて、そんな事はあり得ない。しかし突然、クラウザーは声高に大笑し、感慨深そうに言った。

 

「まさか……オレが下北沢のヴィレヴァンを犯した時に出来た娘が、まだ生きていたとはな」

「や、やはりそうだったんだ! 六本木ヒルズに比べて身体が小さいのは店舗も小さかったからなんだー!」

「胸が大きいのもクラウザーさんの暗黒ペニスを遺伝している証拠だー!」

「いや、違うよね? ぼっちちゃん家族居るし……ぼっちちゃん?」

 

 余りにおかしな理論に呆れ果て、振り返った虹夏が見た物は、顔が段々と白くなり始め、悪魔的な紋様を刻みかけつつあるひとりだった。

 

「わ、私、クラウザーさんの娘だったんですか……? そ、そうかな……そうかも……」

「ぼっちちゃん!? 違うからね!? ぼっちちゃんは横浜生まれでしょ!? 下北沢とは縁もゆかりもないんだから!」

 

 虹夏は思い込みからDMCの一員になりかけているひとりを必死で引き戻し、何とか「そ、そうでした……」と思い出させることに成功した。

 

 結局、無理矢理良い感じの思い出話を捻りだしたクラウザーが、なんやかんやで「ではな!」と場を纏め、去って行った。後に残されたのは結束バンドの面々とSTARRYの面々だ。最早疲労困憊で、感謝の言葉も何もありゃしなかった。

 

「本当に、何だったんだろうね、ぼっちちゃん……」

「は、はい…。まさかクラウザーさんが現れるなんて……悪魔の戯れだったんでしょうか……とても疲れて、辛くて、怖かったです……本当に」

 

 でも、とひとりは自身が手にするギターを見つめた。そうしてにやりと満足げに笑った。そこにはサインが書かれていた。

 

『我が娘へ。ヨハネ・クラウザーⅡ世』と。

 

 

 

 その後、二度と結束バンドとDMCが出会うことはなかった。

 

 結束バンドはその後も色々と忙しく日々を駆け抜けていたし、DMCは相変わらず勢力を広げ、日本のインディーズ界を手中に収めるどころか、世界のインディーズ界を手中に収めていった。

 

 一つ変わったことといえば、ひとりが再びDMCを追いかけ始めたことぐらいだ。あの日の対決はひとりの胸内に今も残っており、憧れは更に強く、そして恐れ多いとは思うが、ライバル心もほんの少し。

 

 しかし、それを抱けるくらいには、自分も変わったのかな。そんな事を思って、ひとりは照れくさく苦笑した。

 

 ……いや、もう一つ、変わったことがあった。

 

「で、出た……! ひとりさんがご降臨なされたぞー!」

「ゴートゥーHITORI! ゴートゥーHITORI! ゴートゥーHITORI!」

「あはは……大人気だね? ぼっちちゃん」

「で、でででででででででですから、私はクラウザーさんの娘じゃなくて……!」

「出た……! ひとりさんの一秒間に十回『で』発言だー!」

「う、うううううううううう……」

「こ、今度は一秒間に十回『う』発言だ……! 今夜のSTARRYはどうなっちまうんだー!」

「いや、今はお昼ですよね? リョウ先輩」

「もう慣れた」

 

 STARRYのステージ上で、虹夏が眼下の奇抜な格好をした観客達に苦笑を浮かべた。ひとりは相変わらず厳ついファン達にビビっていた。喜多と山田は呆れたような顔を浮かべていた。

 

 その遠くで、星歌が物凄く嫌そうな渋面で呟いた。

 

「……私はまだ許してないからな。DMCも、ぼっちちゃんにあんなファンが付くこともな!」

 

 

 


使用楽曲コード:15059413,27659101


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