第一章 わかれみち
エピローグ
悪魔との邂逅より一ヶ月。
マレウスとジャンヌは未だ眠り続けるマリーの介護を行っていた。
「……これで良し。ジャンヌ、次は腋を拭きたいから手を挙げて」
「分かりました」
ルークスの手により外に弾き出された一行。
帰還の手段がなかったのでありがたいと言えばありがたかったが、そこで一息とはならなかった。
ダンジョンの外に戻ると同時にマリーが意識を失ったのだ。
ルイン曰く、
『自己防衛じゃろうな』
竜の力を受け過剰に強化された五感。
極限の戦いに身を置いている最中はまだ耐えられていた。
しかし、安全圏に辿り着き緊張の糸が切れてしまった。
そうなれば際限なく押し寄せる情報により自壊するのが自明の理。
そうなる前にマリーの肉体は自ら意識を断ったのだと言う
『ちょ、ちょっとそれ大丈夫なの!? 何時目覚めるのよ!?』
『力を制御せん限りは眠りっぱなしじゃろうて』
『はぁ!? マリーさんは眠ってるんですよ!? どうやって制御しろって言うんですか!』
『まあ落ち着け。外部から制御用のアーティファクトを装備させてやれば問題は無い』
ポチは最強のドラゴンである。
とは言え分け与えられた力は彼の総量からすれば極々僅かなもの。
それならば人間の手でどうにか出来ない事もない。
『わしが用意してやるから案ずるな。ギルドの協力もあるから一月二月程で用意出来よう』
『ギルドの協力……?』
『うむ、あのバエルなる存在。報告せん訳にはいかんじゃろう』
バエルはモンスターの上位種と目されている魔族である可能性は高い。
よしんば魔族でなかっとしても報告しない訳にはいかないだろう。
高度な知能と強大な力を有する未知の敵対種なぞ無視出来るはずがない。
『あ奴の口ぶりでは同種の存在が居るらしいし、放置すれば人類の滅亡に繋がりかねんからの』
『人類の……滅亡……』
『まあ、今はまだ眠ってるようじゃから今日明日でどうにかなるとは思えんが』
対策を立てる時間は残されている。
だがそれは一冒険者の領分ではない、ギルドや国の役目だ。
『情報を持って行けば討伐の報酬と口止め料がお主らに払われるじゃろうて。
そして討伐の立役者たるお嬢ちゃんの現状も伝えればギルドの協力を得られよう』
そして実際、その通りになった。
エデに帰還しルインがギルドのお偉いさんにメモリアも用い事情を説明するとギルドは即座に動いた。
報酬と口止め料の支払いは額が額なので後回しになったがマリーについての動きは迅速の一言
エデで一番環境が整っている医療機関への移送し万全の看護・介護体制が築かれた。
と言っても病気や怪我ではないので実質、高級宿の一室を占有したのと変わらない訳だが。
医療機関に運んだのは万が一に備えての事でありマレウスらが介護を買って出たのもあって以降は殆どノータッチだった。
「ついでに豊胸を願って胸でも揉んでおきますか?」
「私ら貧乳同盟に喧嘩売ってんの? あんま調子に乗ってると足腰立たなくしてやるわよ」
「足腰を立たなくだなんて……イヤらしい」
「何がよ!?」
会話をしながらも作業に淀みはない。
最初こそ不慣れな介護で四苦八苦していたが今ではもうすっかり介護が板についていた。
「それじゃ次はご飯を食べさせてあげましょうか」
「そうね」
服を着させ終えると今度はジャンヌの番だ。
ルインの見立てでは力が活性化しているのでしばらくは飲食不要との事だが、前例がないので確実ではない。
なので二人は出来る限り栄養を摂取させるようにしていた。
「それじゃあマリーさんを支えてあげてくださいね」
「了解」
「ん……ッ」
水を口に含んだジャンヌはマリーの唇に自身の唇を重ねる。
そして舌で口をこじ開けつつゆっくり水を流し込む。
意識がない以上、口移しでやるしかないのだ。
最初こそ照れがあったものの、これはあくまで介護。
今更あたふたするようなものでもなかった。
とは言えそれはあくまで二人だけの話。目覚めたマリーがどう思うかは別だ。
「(……他の人には口止めしておかなきゃね)」
色事に疎いとは言えファーストキスが女同士、それも姉妹のような相手となれば流石のマリーもショックを受けるかもしれない。
マレウスとジャンヌはこの事を墓まで持って行くつもりだった。
「……しかしこれ、毎回思うんですけどホントに栄養あるんでしょうか?」
器に満たされた流動食を見つめジャンヌが首を傾げている。
「味も殆どありませんし。食べ物って感じがしないんですよね」
「そりゃ身体が弱ってる人や赤ん坊が食べる物だもの。味云々についてはしょうがないわ」
だが栄養に関しては問題ないはずだとマレウスは答える。
「そんなもんですかねえ」
怪訝に思いつつもスプーンで流動食をよそい自身の口へと持っていく。
そしてそれを口移しでマリーへ。
中々に手間のかかる食事はこの後、一時間程続いた。
「「……」」
一通り世話を終えた二人はベッドの両脇に腰掛け何を語るでもなくマリーの髪を撫でていた。
「……もう、やる事なくなっちゃったわね」
「……そう、ですね」
「……多分、もう少しであのお爺さん達が来るでしょうし」
「……行きましょうか」
「……そうね」
最後に一度だけ。
院長先生が皆によくやってくれていたように、マリーの額にキスをして二人はベッドから離れた。
そして部屋の隅に置いてあった旅道具を担ぎ上げ後ろ髪を引かれながらも部屋を出る。
「何も言わずに行くのかい?」
部屋を出た二人を迎えたのは壁に背を預け佇むリーンだった。
「ええ、顔を合わせて言葉を交わしてしまえば……決心が鈍りそうだもの」
「マリーさんには申し訳ないですけど、これが私達にとっては一番良い選択肢だと思うんです」
マレウスもジャンヌも好んで別の道に行きたい訳ではない。
だけど、このままでは駄目なのだ。
マリーは決してそうは思っていないだろう。
だが二人からすればずっと隣に居たはずの彼女が今はもう随分と遠くに思えてしまうのだ。
心の中にある引け目を何とかしない限り、並び立って歩く事は出来ない。
「……」
「あの子は、こんな私でも無条件に信を置いてくれるでしょうね。でも、駄目なのよ」
このまま傍に居たって良い事は何もない。
妬み嫉みとそれに起因する自己嫌悪で泥沼に嵌って行くのが目に見えている。
マレウスはそんな惨めな自分にはなりたくはなかった。
マリーやジャンヌが好いてくれている自分で在り続けたいのだ。
「強くなりたいんです。心も、身体も。マリーさんに負けないぐらい」
対等だった。
護って、護られて、互いの足りない部分を補い合って生きて来た。
そしてこれからもそう在りたいと願っている。
だけど今の自分ではそれが叶わない事をジャンヌは思い知らされた。
何時かまた三人肩を並べて同じ道を歩くために今は一時の別れを。
あんな事があれば心が折れていてもおかしくはない。
だと言うのに前を――未来を見据えてそんな選択が出来る時点で二人は十二分に強い。
そう思うリーンであったが、言ったところで気持ちは変わらないだろうと口を噤んだ。
「マリーに伝えて。あの子の事だからギルドから貰ったお金全部孤児院に回しちゃいそうだけど自分の分も残しておくようにって」
二人が別離を選んだのはギルドから支払われた報酬と口止め料の額が莫大だったからと言うのもある。
孤児院を援助するためにと三人は冒険者になった事を覚えているだろうか?
ギルドからマリーに支払われた金銭は一生遊んで暮らせるだけの額があった。孤児院への支援としては十分過ぎる。
物欲がない訳ではないが自分のそれより家族を優先するマリーの事だ。
目が覚めてお金の事を知れば即刻孤児院への仕送りに使う事だろう。
三人が冒険者になった目的はもう果たされたと言っても過言ではない。
「ああ、分かったよ」
「リーンさん、マリーさんの事、よろしくお願いしますね」
「…………僕程度に何が出来るとも思わないけどね」
リーンらしからぬ自嘲を滲ませた物言い。
彼もまたバエルの一件で思い知ったのだ。
自分と言う存在がどれだけシンに依存していたかを。
姉が居なければ立ち上がる事さえ出来ない惰弱で脆弱な腑抜け野郎。それがリーンの自己評価であった。
「あなたも自分の弱さを自覚したのでしょう? それとも何? そのまま腐ってるだけなの?」
「諦めて全部放り投げちゃうんですか? それが出来る程、リーンさんは要領の良い人間じゃないと思いますけど」
「……手厳しいな」
リーンの顔に苦笑が浮かぶ。
実際、その通りだ。
今日に至るまでの間にもう全部放り投げてしまおう、楽な方向に流れようと思った事は幾度ある。
でも結局、諦め切れなかった。だが二人のように再出発を果たせずにいるのもまた事実だった。
「二人はこれからどうするんだい?」
「私は西に向かおうと思います」
「私は東。路銀がヤバそうになるまで旅を続けてからどこかで一旦腰を落ち着けるつもり」
「こう言う時、冒険者は食いっぱぐれる心配がないから良いですよね」
明確な目的地がある訳ではない。
とりあえず色々な場所に足を運び、色々なものを見て聞いて体験してみようと言うのが二人の大雑把な方針だった。
「それじゃ、そろそろ行くわ」
「何時かまた何処かで会いましょう」
迷いの足取りで二人は去って行った。
リーンは眩しいものを見るような目でその背を見送った。
二人の背中が見えなくなってもその場を動けずに居たリーンだが、
「ん? 小僧、こんなところで何をしとるんじゃ」
「! ああ、サイファー先生……」
ルインの声でハッと我に返る。
「例の物は?」
「出来上がっとるよ。今、入っても大丈夫かのう?」
「ええ、問題はないかと」
「結構。ではさっさと済ませようか」
ノックの一つもなく扉を開けたルインはそのままズカズカと部屋に踏み入りマリーの下へ。
「その首輪が……?」
「ああ、と言ってもこれだけで力を抑える訳じゃないがの」
中央に白い宝石が埋め込まれた首輪をマリーの首に嵌める。
するとこれまで何をして無反応だった彼女の身体がピクリと反応を示す。
と、同時にこれまで左肩から突き出していた竜の翼が消える。
「後はこれで……どうじゃ?」
次いで取り出したのはベルトのような装具が幾つも取り付けられた紅いロングコート。
ルインがそれを着せると自動で前が閉じ各部のベルトが引き締められた。
「う、うぅん」
「よしよし、上手く行ったようじゃの。もうしばらくすればお嬢ちゃんも意識を取り戻すじゃろうて」
「良かった……」
「これが拘束具のマニュアルじゃが、一応口頭でも軽く説明しておくかの。後でお嬢ちゃんにも教えてやってくれ」
「分かりました」
「先ず大前提として力の大部分を抑え込んでおるのはこのコートじゃ。寝る時もコイツを着用する事になる」
かなり不便だが、規格外の力を得た代償としては軽いものだろう。
「体温調節、洗濯要らずの自動浄化効果も付与しておるからずっと着ておっても問題はないが……」
「入浴とかはどうするんです?」
「そう急かすでない。ちゃんと考えておるわ。どうしてもコートを脱がねばならないと言う時に役立つのがこの首輪よ」
首輪自体もコートと併せて十三の封印を担っているが、それ単体でも短時間ならば完全に力を抑え込む事が出来る。
コートを脱ぐと同時に首輪の出力が上がりこれまでコートが担っていた封印の分も首輪が担うようになるのだ。
「中央の宝石がバロメーターになっておる。コートを脱いでおる間、徐々に宝石が赤く染まって行く。
血のように赤くなればその時点で首輪は崩壊するから気をつけい。
コートを着れば徐々に宝石も白くなるから次また脱ぐ必要があるのなら完全に漂白された状態で脱ぐ事をお勧めする。
でなくば脱いでいられる時間も短くなるからのう。濃淡による制限時間変動の詳細についてはマニュアルに書いてあるから目を通すとええ」
「了解です」
「では次、本命のコートじゃな。見れば分かるようにこれは拘束具じゃ」
見た目は窮屈そうに見えるが全然そんな事はない。
これはあくまで身に余る力を抑え付けるためのもので物理的な動きを抑制するような効果はない。
むしろ、目を閉じてしまえば本当に着ているのか? と疑問に思うぐらいだろう。
「各部のベルトを外す事で段階的に力の解放が可能になっておる。
六つぐらいまでならまあ、問題はなかろうがそれ以上についてはあまりお勧め出来ん。
拘束具としての機能が解放による負担で劣化していくからのう」
「成る程。ちなみに、コートや首輪の耐久力ってどれ程のものなんでしょう?」
「そうさのう、お主程度の実力であれば一週間休まず攻撃し続ければと言ったところか」
”規格外”の相手であればともかく並の人間では傷一つ刻めない。
使っている素材が素材だけにその頑健さも折り紙つきだ。
「竜の力を利用した自動修復機能もあるが……万が一使い物にならなくなったらわしが個人的に何とかしよう」
「……下心ありきで?」
「当たり前じゃろ。先の一件でルークス・ステラエとお嬢ちゃんの繋がりは明確になった。見逃せるものかよ
まあ過度に干渉して魔女の不興を買いたくもないから弁えるつもりではあるがの」
つくづく正直なご老体である。
「それじゃまあ、わしはそろそろ帰るとしよう。色々仕事も立て込んでおるゆえな」
「はい……先生、本当にありがとうございました」
頭を下げるリーンに軽く手を振りルインは部屋を出て行った。
「……」
異性、それも眠っている女の子と二人きり。
以前のリーンであればドギマギしながら部屋を出ていただろう。
だが今の彼にはそんな余裕すらもなかった。
「(あの時、君はどうして立ち上がれたんだ……?)」
ずっとずっと考え続けていた。
だけど今を以ってしても答えは出ない。
問うようにマリーの顔を覗き込むリーンは気付かない、今結構ヤバイ絵面だと言う事に。
「りーんくん?」
「うぉおうぁあああわ!?」
「ひ、酷い反応だなあ……ってあれ? ルークスさんは……え? 何この格好? マレウスとジャンヌは? え? え?」
「落ち着いてマリーさん。順を追って説明していくからさ」
混乱するマリーを見てリーンも冷静さを取り戻したらしい。
軽く咳払いをして、今日までの事について説明を始めた。
「…………そっか」
全て聞き終えたところでマリーはそう呟いた。
他の情報についてはまだ完全に呑み込めていないのだろう。
だがマレウスとジャンヌの件については別だ。
二人が自分なりに最善だと思う決断をして、自分の傍から離れて行った事は完全に理解出来ていた。
しかし、理解したからとて心から納得出来るかと言えばそれは違う。
だから今、マリーはこんなにも寂しそうな顔をしているのだ。
「マリーさん……」
「あ、大丈夫大丈夫。私は大丈夫だから。それより、これからどうしよっか?」
気遣わしげなリーンの顔を見て心配をかけまいとしたのだろう。
マリーは少し無理をして明るく振る舞い始めた。
「孤児院にお金送って、ギルドの人やルインさんにお礼を言って……やる事は色々あるけど……」
それが終われば予定は完全に白紙だ。
そこから先、どうすれば良いのか。どうするべきなのか。
こう言う時、何時もならマレウスが……と思ってしまいマリーはまた凹んでしまった。
「…………とりあえず、そうだね。何時までもそのままって訳にはいかないし力の制御に努めてみるのはどうかな?」
「いやまあ、それはそうだけど……力の制御ってどうすれば良いの?」
リーンが指導してくれるのかと問うが彼は首を横に振る。
「流石に竜の力云々は僕もよく分からないし。けど、一人心当たりがある」
「心当たり?」
「うん」
大きく頷き、リーンは久方ぶりの笑顔を浮かべその名を口にする。
「――――ザイン・ジーバス、僕のお師匠さ」
一章終わらせたのでお空でゼノコロボコってきます。
シュヴァ剣全然落ちないので4凸二本、目標にします。
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