時は少しだけさかのぼる。
「へっぷち!」
六紗優は、くしゃみした。
場所は某外国。
海を渡って、しばらく行ったところ。
白亜の城の、道の真ん中に、彼女は立っていた。
彼女は鼻をこすり、日本の方向へと視線を向ける。
「嫌ね……誰か、私の噂でもしてるのかしら」
「世界中のいたるところで話されているかと思いますが」
六紗優の隣に付き従うのは、一人の女性。
彼女は正統派において、最強と名高きS級異能力者だ。
無論、六紗優やポンタといった面々には(立場上、あるいは実力的に)勝つことができないだろうが、それでも、S級の中で最上位に位置する異能力者だ。
そんな彼女、名前を――シーラ・ハイフン。
現代でも珍しい、
「あら、シーラ。居たの?」
「……もう少し、緊張感を持ってください。つい先日も襲撃されたばかり。いつ、どのような事態になるかも分からないのですから」
気の抜けた六紗に、シーラは忠言する。
この少女は、もうすこし自分の立場をわきまえたほうがいい。
それも、悪い意味ではなく、よい意味でだ。
「貴方は正統派の王。六代目勇者にして……異能がすべてを支配する世界に君臨しているのです。中には、貴方さえ倒すことができれば自分が王様、などと考える輩もおります」
そう言いながら、二人は廊下を歩いていく。
六紗は「ふーん」とつぶやきながら、角を曲がって。
「――たとえば、こーゆー奴らのことかしら?」
瞬間、シーラは視覚に違和感を覚えた。
まるで、時間がしばらく止まっていたような。
驚いて目を見開くと、目の前には多くの襲撃者が倒れていた。
「な……!」
「そもそもね、護衛なんて必要ないのよ。私が一番強いんだから」
その言葉に、シーラは思わず声が出なかった。
六紗優。
最強にして最凶。
時間停止の能力を持つ異能力者。
二年前の時点ですら、特異世界クラウディアにおいて並ぶ者のいない勇者とされていた。それが、悪魔王との(幼稚な)戦いを経て、覚醒した。覚醒してしまったのだ。
もはや、手の付けようがない強さへと。
(……やはり、護衛など)
正統派異能力者、序列一位。
シーラ・ハイフンをして、守ることもできない存在。
それが、今現在の六紗優。
ありとあらゆる異能力者の頂点に立つ存在。
シーラは悔し気に拳を握り締めていると……ふと、連絡器が通知を鳴らしていることに気が付いた。
「……なんだというのだ、こんな時に」
彼女は連絡器を耳に当てる。
自分の無力さに苛立ちながら、第一声。
なんだ、と口にするより先に――連絡器の向こうから声がした。
『き、緊急! 暴走列車! 日本に暴走列車が現れました!』
「「!?」」
二人は、思わず目を見開いて連絡器を見た。
暴走列車。
二年前、秘匿の暴露を行った張本人。
今の今まで各地を転々とし、そのたびに姿をくらまし。
正統派の範囲網からも逃げおおせてきた、この時代を代表する最悪の異能力者。
それが、日本に現れた。
それだけでも大事件。だというのに……!
『現在、悪魔王が応戦中! その場には、死地の紅神、妄言使い他、学園の一般生徒までいるらしく……現在、正統派の
「ちょ、ちょちょちょ! ちょっとアンタ! 学園の一般生徒!? そいつの名前をいってみなさい! もしも『灰村解』だなんて言ったらぶん殴るわよ!」
『…………………えっと』
沈黙。
それが何よりの答えだった。
彼女は額に青筋を浮かべる。
拳を握り締め、日本を見据えた。
「シーラ。今すぐ日本に戻るわよ。加速系の能力者をありったけ用意しなさい。ジェット機を使い潰すつもりで、超過加速させて飛ぶわ」
「……! そ、そんな! それは危険で――」
「危険なんか承知よ! そのうえで行くって言ってんの! 口答えしない!」
そこまで言われては何も言えない、シーラ。
彼女は黙って頭を下げて、駆けてゆく。
その背を見送り、六紗優は歯を食いしばる。
「暴走列車……その裏についてる、万死、といったかしら?」
既に、正統派でもその存在にはたどり着いていた。
暴走列車の後ろに、誰かがいる。
ゆえに、六紗優は暴走列車に怒っているのではなく。
その、万死とやらに激怒した。
「私が居ない内を狙うだなんて……いい根性してるわね」
その瞬間、六紗優は『ブッツン』した。
手に届く範囲内で、守り切れないのは自分の落ち度だ。
だが、手に届かない範囲を守り切れないのは当然で。
その、当然を狙われた。
そう察してしまったからこそ、万死は六紗優を敵に回した。
「待ってなさい、今すぐに、
よく考えたら、アンタ、とかしか呼んだことがない。
改めて、あの男をなんと呼べばいいモノか。
そう考えて赤面した六紗は、結局は下の名前で呼ぶことにした。
「か、解! 待ってなさいよね、死んだら許さないんだから!」
何故、下の名前で呼んだのか。
それは、乙女の秘密というものである。
☆☆☆
拳をにぎりしめる。
一歩、一歩と歩いてゆく。
最初に絶望を覚えた。
死を与えられ、憤りを覚えた。
蘇り、怒りと尊敬を覚え。
今は……僅かな感謝すら覚えてるよ。
「お前のおかげで、僕は強くなれた」
お前に会っていなければ。
きっと、シオンとは会えていなかったろう。
仮に会えていたとしても……今とは違う、敵同士だったかもしれない。
僕がシオンを殺す未来も、あったかもしれない。
殺してくれてありがとう……とは、口が裂けても言えないけれど。
死んだことが無駄とも、僕は言わない。
「……立てよ。まだくたばってねぇだろ」
僕は、暴走列車の眼前へと立ちはだかる。
やつの身体が、ぴくりと反応した。
……お前の強奪は、触れることでしか使えないんだろう。
加えて、1度に全てを奪いきれない。
そういう条件付きで、あれだけの強奪速度を手に入れた。……違うか?
僕は内心問いかけて。
次の瞬間、暴走列車は僕へと迫った。
【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!】
至近距離から、襲いかかる暴走列車。
僕はその顔面を殴りつけると……瞬間、鋭い痛みが拳を襲った。
それでも関せず、拳を振り抜く。
暴走列車は壁へと叩きつけられ。
僕は、右拳の手首から先を失った。
「この野郎……」
腕が使えないからって、喰い千切りやがった!
僕は右手に想力を込めて治癒に走ると、同時に眼前から蹴りが飛んでくる。
咄嗟に頬の皮1枚で躱す。暴走列車を見れば、壁を背に蹴りを放った奴の体はほぼ完治が済んでいた。
「嫌になるな……回復能力ってのは!」
【GOAAA!】
暴走列車の脚が、僕の頭へ迫り来る。
僕はその足を真正面から受け止める。
凄まじい衝撃が響くが、完全に防御できたおかげでダメージは少ない。けど。
【――――ァ】
「……ッ」
スゥっと、体から何かが抜けていった。
――奪われた。
そう理解した瞬間、僕の右手から【脚】の文字が消え、左手の【腕】の文字が薄くなる。
コイツ……脚力残りの全てと、腕力の一部を奪い返しやがった!
僕は歯を食いしばり、それでも笑った。
「助かるよ! 片手が空いた!」
半端な脚力くらい、くれてやるさ!
僕は空になった右手で、がっしりと足を掴む。
そして、ゼロ距離から発動させた。
「【
黒い円環が奴に巻き付く。
奴は僕へと拳を振りかぶり……次の瞬間、その動きがピタリと止まった。
僕の手には【空】という文字があり。
「体内の全ての空気――【酸素】を奪った」
僕の右手には、見えないけど、たぶん大量の酸素が集まっていたんだと思う。
僕はそれらを空中に捨て、拳を握る。
今、お前の体内は猛烈なまでの酸素不足。
呼吸し続ければ収まるにしても……今、この一瞬だけはお前は体を動かせない!
「もういっちょ、【禁書劫略】!」
左手の腕力を捨て。
代わりにお前の【脚力】を再強奪。
奴は力なく地面に膝をつき。
落ちてきた頭へと、回し蹴りを叩き込む!
「【
やつの首が、曲がっては行けない方向へと向く。
完全に首の骨が折れた。
けど、これで終わる相手じゃない。
「お、前らぁッ!」
僕は叫んだ。
その時には、既にみんな動き出してた。
「よくやった、男!」
ポンタ達が、僕の隣を走り抜く。
動きも、思考も止めてやったぞ。
これでもう、奪われる心配なく殴っていい。
僕は笑って、3人は貯めに溜めた想力を攻撃に込める。
ポンタが殴り。
シオンが至近距離から切り裂いて。
成志川が太陽を落とす。
それら、一撃一撃が必殺の威力。
暴走列車の体が崩れてゆく。
切り裂かれ、潰れ、焼かれて。
原型をとどめることも無く、壊されてゆく。
されど、手は抜かない。
お前相手に、オーバーキルじゃまだ足りない。
やるなら確実に、殺す。
寸分超えて、息の根を止める。
……そういう覚悟でなけりゃ、きっと、お前の命には届かない。
暴走列車は、息を吸う。
かろうじて原型をとどめた体が、動き出す。
そのタイミングで、僕は『奪った酸素』を返却した。
【!?】
肺がいっぱいに膨らんだ瞬間を見計らっての、返還。
奴の体内から、何かが破裂する音がした。
それが『肺』そのものであったと察するには、あまりにも状況が整いすぎていた。
奴は両腕を胸へと当てて、苦しみ。
その姿を見下ろし、僕は拳をにぎりしめる。
「【
もう、失敗はない。
僕は酸素の代わりに、奴から【SS】の活性そのものを奪い取る。
体から、血の蒸気が溢れ出す。
赤色は、以前よりも鮮やかな朱色に変わり。
感じる力は、より強大になっていた。
暴走列車は、僕を見上げた。
必死になって手を伸ばすが……それも、金の障壁に弾かれる。
……暴走列車。
お前は、強いよ。
たぶん、ここにいる誰よりも。
だけど、強さとは1つじゃない。
孤高を貫くのも、強さ。
感情に身を任せるのも、強さ。
冷静沈着であることも、強さ。
誰かと力を合わせることも、また強さ。
僕は、男を見下ろし、右脚を蹴り下ろす。
その一瞬、僕と彼との目が交錯したが。
僕は、その一撃に迷いはなかった。
「またな、暴走列車」
僕は、もっと強くなるよ。
いつか、1対1でも、お前に勝てるよう。
そんでもって、全部まとめて終わらせて。
全ての過去をかき消して。
僕が死ぬとしたら……その後だ。
暴走列車。
その時に、お前が冥府に居たのなら。
今度は、1対1で戦おう。
僕は奴の頭蓋を蹴り抜いて。
真っ赤な鮮血が、大地に散った。
次回【ナムダ・コルタナ】
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