切り落とした右腕から、血があふれ出す。
されど、それは問題視していない。
腕の欠損程度なら、異常稼働をもってすればじき治る。
僕が今問題視しているのは――妄言使いの、その姿。
ワックスで固められた黒髪が解け、後ろになびく。
服装は具現によって一新され、神々しい衣に身を包んでいる。……それだけならいい。妙な太っちょがイカレたかっこうしてるだけ、だからな。
だけど、これは……。
「なんつー、想力だよ……」
想力の化け物、シオンが呟く。
奴の全身からあふれ出す、金色の想力。
先ほどまでとは、その想力量は一変している。
この量……間違いなく、シオン・ライアーすら超えている。
どころか、僕に匹敵する可能性だってあるだろう。
「化け物、かよ……」
「その言葉は、僕に使うべきではないよ。少なくとも僕は、僕より強い化け物を、二人知っている」
奇遇だな。僕も二人、知ってるよ。
暴走列車――ナムダ・コルタナ。
そして、冥府で出会ったあの男、霧矢ハチ。
化け物っていうのは、あいつらに使う言葉なんだろうな。
でも、なあ、妄言使い。
……いいや、成志川、景。
「……同格に見えるぜ、今のお前は」
僕が呟いた、次の瞬間。
僕の背後へと、成志川の姿はあった。
「ありがとう。君が負けるまでは覚えておこう」
「……ッ!?」
咄嗟に体をひねり、彼の拳を回避する。
僕が直前までいた場所へと、金色の拳が通り抜ける。
その距離、わずか数センチ。
それだけで風圧が全身を襲い、僕の体は大きく吹き飛ばされてゆく。
「ぐ……っ!」
な、なんつー、速さだ!
眼で追うのが精いっぱいだ。
というか、目で追えても体がついてこない。
理性が、早く逃げろと叫んでる。
コイツ、本当に強い……ちょっとシャレにならないレベルだ!
ただでさえ格上が、なんか奥の手を出してさらに自分を強化してきやがったんだ。もう勝ち目なんて無いに等しい。
「ここで、君には敗北を知ってもらおうか!」
成志川は、そう叫ぶ。
たしかに、負けるかもしれない。
僕が勝つ確率なんていくらもないさ。
だけど。
「こなくそがぁ……ッ!」
僕は奥歯を噛みしめ、一気に駆けだす。
此処で下がれば、何か、大切なもので負ける気がした。
理性が止めても、本能が叫んでいた。
――ここで逃げたら、目標になんて届かない、ってな。
僕は拳を握り締める。
消えた右腕に想力込めて、左手にはそれ以上の力を籠める。
成志川は僕の姿を見て、警戒したように拳を構えた。
その意識外を狙うように、僕は回し蹴りを顔面へと叩き込む。
「が……っ」
「うるせぇな! 敗北なんて見知り過ぎてんだよ!」
成志川は、たたらを踏みながら後ずさる。
その目は強く僕を睨みつけていて、僕は真正面からその目を受けて立つ。
「何度も何度も、自分の力の無さを呪ったよ。目の前でこぼれていく命を、どうにかできなかったのか、ってな。それでもその度に歯ぁくいしばって、前向いて歩いてきた!」
絶対にかなえたい、願いがあるから。
「辛いんだよ、過去が! お前にわかるか! ふとした瞬間にあふれ出してくる黒い過去! 忘れたくても忘れられない、中学二年生、同級生だった女の子たちのこそこそ声!」
昨日のように覚えているよ!
『ねぇ、ちょっと。あいつまた……』
『あ、知ってる。調理実習の話でしょ?』
『もう学園中で噂になってるよ。アレでしょ? 自分はなんたらの生まれ変わりだから料理なんてしない、なんて言い放って、家庭科の先生にめちゃくちゃ怒られた、って』
『それで涙目で料理して、包丁で手ぇ切ったんでしょ? あいつの邪龍が封印された右腕って、実はフツーに怪我しただけらしいよ?』
うるせぇ!
僕の右腕に邪龍が封印されていた時期はねぇ!
右腕に邪龍が封印されてたのは隣のクラスの小森くん!
それと、一年先輩だった大貫先輩!
同じ中二病だからって同一視すんじゃねぇ!
「いや、ちょっとそれは分からないが」
「だろうね! お前は二年前の時点でも中二病真っ盛りだったもんな! どーせ今もまだ中二病患ってんだろナルシスト野郎が!」
「な……!」
成志川は目を見開き、やがて僕を睨みつける。
その様子……中二病は卒業したようだな。
自覚がある時点で、お前はもう中二病じゃないらしい。
そうこう考えていると、彼は叫ぶ。
「う、うるさい! お前にこそ分かるか! 僕達が……どれだけの過去を生きてきたか! どれだけ辛い思いをして、今を生きているか!」
成志川は、僕へと向かって殴り掛かる。
その姿を見て、僕は拳をにぎりしめる。
……知らんよ、お前らの事情なんざ。
僕は、僕の人生に精一杯だ。
今を生きるだけでキツキツだ。
もう、一生懸命生きてんだよ。
他人の人生を気にする余裕は、正直ない。
だからこそ、勝手にしろ。
僕は他人に興味無い。
僕は僕の目的のためだけに生きてんだから。
時に他人を蹴落とすし、目的のためなら情け容赦なく人の想いも踏みにじる。
その道中で、どれだけ憎まれ、恨まれようと。
僕は、絶対に過去を改変し、今を変える。
そういう覚悟で、ここに立ってんだ。
「覚悟決まってんのが、自分だけだと思ったか」
僕は、拳を振り被る。
その拳に何を見たか、成志川は大きく目を見開いた。
「――ッ!?」
彼は何かに脅えたように、その場を跳ねる。
瞬間、僕の拳がその空間を撃ち貫き、強烈な風が周囲へと撒き散らかされた。
「な……! なんだ、その威力……!」
驚き、十数メートル先へと着地した彼へ。
僕は、ただ、何となく思ったことを口にした。
「……所詮、他人は他人で、僕は僕だ」
「……っ!? そ、その言葉……!」
僕の言葉に、成志川は異常な反応を見せた。
だけど、僕は彼の事情を知りはしない。
ただ、彼の言葉を聞いて、こう思った。
「お前の過去には興味無い。だから、知ろうとも思わない。お前が言うなら辛かったんだろうし、それならそれでいいんだ」
お前が辛いなら、それは辛い過去なんだよ。
他人はもっと辛かったからと、自分はまだマシなんだと。そういう辛い考えは、僕は嫌いだ。
他人がどれだけ不幸でも、今の自分が自分で不幸だと思うのならば、それは不幸にほかならない。
まぁ、簡単に言ってしまうと。
『こら! 隣のタケシくんはもっと勉強してるのよ! あんたも見習って勉強しなさい!』
『クソ喰らえ! 僕は僕だクソババア!』
ということだ。
全国の親御さん。
○○もそうなんだから、という単語はやめましょう。息子がこんな風に育ちますよ。
閑話休題。
「だから、僕のやろうとしてることも、お前に否定される筋合いはない。僕は辛い。それはもー、本っ当に辛い。死にたくなるくらいに辛い。だから消す。消去する。全てなかったことにする」
僕は息を吸い、僕の持論を叩きつけた。
「過去は、消すために存在する」
願望器なんて無ければ、最初から破綻しているようなその言葉に。
成志川景は、真正面から言葉を返した。
「……過去は、乗り越えるために在る」
あれっ、なんだろうこれ。
もしかして、主人公逆転してない?
みたいな考えが頭を過った。
けれど、すぐに吐いて笑った。
そりゃそうだ。
僕は最初から、主人公なんて器じゃねえだろ。
僕は一般人。
どこにでもいる普通の男。
だから、特別な力なんて何も無い。
忌むべき中二に教えを乞うて。
死んでもなお走り続けて。
ひとつ、ひとつと積み重ねて。
それでも届かぬ、あと少し。
特別と普通の間にある、隔てりを。
僕は結局、忌むべき異能で埋めている。
「【
手首へと円環が浮かび上がる。
成志川は警戒したように目を細め、僕は笑った。
「さて。一体お前の何を奪えば、
「……貴様」
成志川景は、何かを言いかけて。
その直前で、口を噤んだ。
きっと彼が告げたのは、思っていたものとは別の言葉だったろう。
「……それが、君の本気だね」
僕が言葉を返すより先に、変化が起きた。
先程まで、溢れんばかりに感じられた想力が、徐々に小さく、変化してゆく。
その姿に、僕は思わず目を細め。
次の瞬間、僕の眼前には拳があった。
「が……はッ」
回避は不可能。
気がついた時には、僕の全身を拳が撃ち抜いていた。
5、6……いいや、それ以上。
瞬く間に、10発近い拳が飛んできた。
「くっ、お前……!」
僕はたたらを踏んで後ずさり。
成志川景は、まぶたを閉ざして口を開いた。
「私は弱く、私は小さく、私は何より劣るだろう。ゆえに私は忘れない。我が金色の太陽を。我が身を照らしたその神を」
「……なにを」
その言葉に、一瞬理解が追いつかなかった。
だけど、次の言葉を聞いた、瞬間。
「我が神よ。この身を捧げ、私は一時、破壊と化そう」
全身が、一気に粟立つ。
僕は察した。察してしまった。
言葉が力となる、妄言使い成志川景。
今までは、ほぼ全てが短文による能力使役。
それだけでもこの強さ。
ならば、と僕は考える。
――長文を詠唱した時、その力はどこまで大きく膨れ上がるのか、と。
「……! ま、まずい! シオン!」
「おう! 精一杯貯めといたぜ、カイ!」
後方を見れば、シオンの両腕が合体し、巨大な銃身を作り上げていた。
元より、この男に1VS1で勝つつもりはない。
というか、勝てない。
だって格上ですもの。
だから、シオンに攻撃を溜めさせて、頃合の良いタイミングでぶっぱなし、妄言使いを倒す。
それが最初のシナリオだった。
まぁ、途中で思った以上に熱くなってしまい、シオンの存在も忘れていた訳だが……そっちがその気なら僕も情け容赦はしない!
「ぶっぱなせ、シオン!」
「おうよ!」
彼女はそう叫ぶと、両腕の銃口から、超高密度のエネルギー体をぶっぱなす!
その速度は目を見張るほど。
目で追うことも出来ない超絶威力。
それは、ま正面から成志川へと直撃した。
だが。
「私は理を示す者、私は理を壊す者、私は理を超える者」
「ちょ、ちょっと! 効いてないわよあの男!」
無傷で現れた妄言使いに、六紗は叫ぶ。
僕は思わず歯噛みし、詠唱は加速する。
「声は心理なり。名は道理で、その身は定律」
「蹲うことを、善しとはしない」
「其の姿を見ることを、善しともしない」
「私は許さない。私は許しを与えない」
「愚しくも生きるその様を、私は決して許容しない」
声が、言葉が、重なってゆく。
その度に想力が小さく、小さく圧縮されてゆく。
それを知覚すると冷や汗が流れ出てくる。
まるで、いつ爆発するともしれない爆弾を前にしているような……そんな感覚。
いいや、それ以上の恐ろしさだった。
「……ちょっとあんた! これまずいわよ!」
「……わかってる! わかって、るんだ」
逃げようとしてる!
だけど……体が動いてくれない!
妄言使いが最初に定めた【不退転】のルール。それが僕らをしばりつけていた。
背後を振り返ると、シオンと六紗。
2人を前に、僕は覚悟を腹に据えた。
「私は殺す。私は潰し、切り裂き、焼き殺す」
「そこに痛みは介入せず、在るのは消滅の理のみ」
僕は大きく息を吐く。
そして、2人の前へと移動する。
「お、おい、カイ! なにして――」
「シオン、ありったけの影を僕の前に。……お前の影と、僕の杭と。ありったけの防御でも耐えきれなかった分を、僕が相殺する」
僕の技能のうちひとつ【復讐】。
耐性技能の最終進化系。
この力にはもちろん、あらゆる攻撃に対する耐性も含まれている。
……たとえ即死の攻撃だとしても、僕を殺すには1分以上かかるぞ、成志川。
僕の言葉が、聞こえたわけではあるまい。
それでも成志川は、笑って僕らを見下ろした。
「希望を持つことなかれ。……恐れることなかれ」
「その死はここに、確立された」
かくして、放たれるのは史上最大の超威力。
極めた先にある、一種の奥義。
それはきっと、異能の到達点とも呼ぶべきものだ。
「我が声を、手向けと贈ろう【
金色に太陽が、僕らへ堕ちる。
それは、滅びの一撃だったと思う。
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