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第二章【秘匿の消えた世界】
217『共闘』

 その時のことを、今でもよく覚えている。


 小学校の、屋上。

 フェンスはなく、人が落ちるにはあまりにも呆気ない。

 そんな場所で。

 僕は、ただ必死に右手を突き出していた。


 頬に感じる冷たい風。

 1月の、雪が降りしきる銀世界。


 ……今にして思えば、なんであんなことをしたのか、よく分からない。その動機を覚えてない。

 それでも当時の僕は、必死だったんだ。


 好きで、好きで。

 その人のことを愛していた。


 だから、手を伸ばした。




 その先で。


 僕の好きだった人は、屋上から転落死した。




 ☆☆☆




「……はぁ、今日は、懐かしい人達とよく出会う」


 その言葉に、その姿に。

 シオン・ライアーは直感した。

 本能の部分で理解した。

 せざるを得なかった。

 それだけの力が、その場所に存在していた。


「……てめぇだな。妄言使いってのは。ビシバシ来たぜ」

「こちらこそ。初めまして死地の紅神。君……聞いていたより強そうだね。まあ、僕ほどじゃないみたいだけど」

「抜かせ、クソ雑魚ッ!」


 シオンは叫ぶと、一気に駆けだす。

 その光景に六紗は目を見開き、妄言使いは瞼を閉ざす。

 相反する反応。

 そして二人は、ほぼ同時に異能を行使した。



「【妄言此処に極まれり(フレーバー・テキスト)】」



 妄言使いが、目を開く。

 既にそこは、妄想の世界と化していた。


「な……っ!?」


 シオンが大きく目を見開いて。

 次の瞬間には、はるか後方へと移動していた。

 その隣には六紗優の姿があり、彼女はその光景を見て歯噛みした。


「……聞いていた通りの、異能ですね。妄言使い」

「おいおいおいおい……異能を見て、理解したくねぇと思ったのは初めてだぜ! なんだこの反則の権化みてーな能力は!」


 その空間は、控えめに言っても常軌を逸していた。

 揺蕩う水に、床を覆い尽くす新雪。

 曇天の空に、燦々とその空間を照らす黄金の光。

 そんな空間が、室内に広がっていた。


「……最強は界刻、最恐は杯壊。一般的にはそう知られていますが……私が思うに、真に強きは、極め尽くされた個の力。……その事実を前に、異能種別など関係ない」


 六紗は告げて、シオンは笑った。


「極めたものが強ぇ。なるほど、シンプルじゃねぇか!」


 目の当たりにしたのは、一種の極致。

 異能の完成度だけで見れば、おそらく世界最高峰。

 常軌を逸したその力。種別はおそらく、【久理】だろう。

 魔法でもなく、超能力でもなく。


 その力の本質は――()()()()()()()()()()


「僕の力は現実の汚染、空間の侵食。想力でこの空間全てを支配する力。この空間では、僕の発言がそのまま現実として具現する」

「……おいおい、いーのかよ? 異能を簡単に教えちまってよ」


 妄言使いに、シオンは笑みを浮かべた。

 されど、その挑発は無意味と化した。

 妄言使いが、右手を二人へと差し向けたから。



「――無論。教えたところで何も変わらない」



 瞬間、その空間が彼女らへと伸びた。

 2人は咄嗟に後方へと下がるが、あまりの速度に一瞬にして空間へと飲み込まれた。


「くっ……!」

「忘れていたよ、【そこは針地獄だった】」


 六紗が歯を食いしばり、妄言使いが告げる。

 瞬間、二人の居た空間が変質する。

 まるで、最初からそうであったように、四方八方、全方向から膨大な量の針が産み落とされる。

 それらは無慈悲に二人へと襲いかかるが……またも二人の姿は掻き消える。


「……厄介だね、その力」

「……貴方ほどじゃ、無いわよ」


 妄言使いは、背後へと視線を向ける。

 そこには息を荒らげる六紗と、その隣に転がるシオンの姿があった。


「【我が前に刻は要らず(ブレイブ・オクロノス)】……時間停止は伊達じゃないわ」

「て、てめぇら! 時間停止とか空間支配とか! さらっと反則的な異能使ってんじゃねぇ!」


 シオンにしては、珍しく常識的な発言だった。

 時間停止の【我が前に刻は要らず】。

 空間支配の【妄言此処に極まれり】。

 いずれも、単体で見れば最強と言って差し支えない力だろう。ただ、今ばかりは時代が悪すぎた。


 この時代には、反則の限りが集い過ぎている。


 能力を無条件に強奪する者。

 攻撃全てを無慈悲に反射する者。

 時の全てを停止させる者。

 妄想の存在へと成り代わる獣。

 破壊兵器の限りを生み出す者。

 妄言を現実へと替える者。


 ――肉体ひとつで、それら全てを壊す者。


 あまりに多くの反則者(チーター)

 故にこそ、反則も一般へと成り下がる。

 ここにあるのは、反則同士の潰し合い。

 反則の限りを尽くし、互いの最強を押し付け合う。


 その様相は……泥仕合と言って差し支えない。


「悪いけれど、押し通ります。行きますよシオン」

「うるせぇ! 言われなくてもわかってらァ!」


 2人の体から、膨大な想力が吹き上がる。

 それらを前に、妄言使いは表情一つ崩さない。


「……君たちは強いよ。ただ、僕の強さは異質。君たちとは、覚悟も想いも桁違い」


 妄言使いの体から、想力が溢れ出す。

 彼は両手を広げ、空間を拡大する。


「ここを通せば、彼女に危険が及ぶ」


 その言葉に、2人は小さく反応した。

 されど、妄言使いに交渉するつもりはなく、2人にも、交渉の余地はなかった。



「悪いね。君たちには、ここで眠ってもらう」


「やれるもんならやってみやがれ!」

「力技で押し通ります。……そちらこそ、痛い目を見る覚悟は出来てるんでしょうね」



 かくして、三人は大地を蹴って走り出す。

 その瞬間から、その戦いは目にも追えないものへと変化していた。




 ☆☆☆




「いいじゃない! とてもいいわカイ! あんた、これで合コン行ったら間違いないわ!」

「えっ、そうかな……、えへへ」


 体育館。

 外から爆発音が響いてくる中。

 僕らは特に、変わらなかった。


「おいお前、ちょっと外の戦闘音とんでもないことになってきたぽよ。大丈夫ぽよ?」

「大丈夫だろ、シオンと六紗だし」


 あの二人が揃って負けるとは思えない。

 だから僕は、エニグマ先生の持つ手鏡で自分の髪型を見ていた。

 今僕は、生まれて初めてのワックスを使っている。

 髪型はエニグマ先生にセットしてもらった訳だが……ほんと、見れば見るほど凄いな、これ。不思議と自分がイケメンに見える。


「私の手にかかればこんなもんよ! 一体誰が成志川の髪型をセットしてると思ってんの、この私よ!」

「おお! あの遊〇王みたいな!」


 すげぇなエニグマ先生!

 リアルにあの髪型を作れるだなんて……尊敬します!

 あと妄言使いの野郎、お前には失望したよ! 彼女に髪型作ってもらってるなんてなァ! 僕らに謝れ! 全国のぼっち全員に謝れお前!


 だけど……そう考えると、さっきの妄言使いにも納得できる。

 どこかげっそりとした顔に、髪型は以前に見たものよりもずっと大人しくなっていた。

 いや、今の大人しい状態でも十分うるさいんだけど。


 それは、エニグマ先生が人質に取られて、しばらく会えていないから、なんじゃなかろうか?


「……おい男」

「ん? なんだ」


 ポンタが話しかけてきて、僕は視線を向ける。

 すると、彼は僕の後方を見つめており、僕はその視線を追って……ポンタの真意に理解がいった。



「おいおいおい……なぁに人質同士でくっちゃべってんだよ、てめぇら」



 そこにいたのは、さっき僕のことをボコってくれた侵入者の男だった。

 さっきまではいなかったけど……この戦闘音を聞いて急いで戻ってきたのかな。

 そいつはご愁傷さま。

 お前ら、もうすぐ終わりだよ。

 六紗とシオンが攻めてきてんだからな。


 僕はそう考えると……次の瞬間、目の前へと男の靴裏が迫っていた。


「ぐっ……!」

「おい、その反抗的な目……オレが気に入らねぇって分からなかったか? 止めろや」


 思いっきり蹴り飛ばされて、鼻血が吹き出す。


「か、カイっ!」


 エニグマ先生が、咄嗟に僕へと駆け寄ってくる。

 だけど、彼女が僕へ辿り着く直前で、侵入者の男がエニグマ先生の首根っこを掴んだ。


「おおっと、そーはいかねぇよ、お嬢ちゃん。お前には、俺らの大先生、妄言使いのコントローラーになってもらわにゃ困るんでな」


 かくして、男は僕を見下ろした。



「だけど、てめぇは要らねぇよな」



 それは、どこまでも静かで、冷たい言葉だった。

 まるで、喉元に刀を突きつけられたような。

 たったの一言で、この男の力量が分かる。

 そんな言葉だった。

 男の言葉を受けて、侵入者達が僕を囲い、銃口を向けて構えてくる。


「……っ」

「気づかねぇとでも思ったか? てめぇ、さっき手ぇ抜いてたろ。だから危険だと思った。てめぇは、ここでぶっ殺しておいた方がいい、ってな」


 僕は周囲へと視線を向ける。

 360度、全方位から僕へと向けられた銃口。

 思わずゴクリと、喉がなる。

 ……もしも、もしも万が一。

 これらが、一斉に僕の体へと放たれたとしたら。その時僕は……はたして、生きていられるものだろうか?


 そこまで考えて……僕は、笑った。


「……てめぇ、何笑ってやがる」

「いんや。お前、思ったより賢かったんだな。僕ァ、手を抜いてもらって調子乗ってる、ただの馬鹿かと思ってたよ」


 僕の挑発。

 それに、男は青筋をうかべた。



「――撃て。今すぐそいつの息の根ェ止めろ」



 それが、合図だった。

 周囲から、一斉に放たれた弾丸。

 それらを前に、僕は両手の拘束をぶっ壊し。


 そして――僕の眼前で、声が響いた。






「【我、征服の獣なり(ロード・イスカンダル)】」




 光が瞬き。

 目を開いたその空間で。

 僕へと飛来した全ての弾丸が、地に落ちていた。


「……!? な、何してやがるテメェら! 撃て! とにかく撃って撃ちまくれ!」

「り、リーダー! い、いつの間にか銃がぜんぶ壊されてます!」

「アァ!? んでそんなことになってんだよ!?」


 リーダーの男が激昂する。

 その中で、僕は目の前の男を見上げていた。


 身長、およそ2メートル。

 腰まで伸びる、白い髪。

 青い瞳は空のようで、その姿からは2年前と変わらない……いいや、それ以上の風格、威圧感を感じ取れた。


 災厄の獣にして、征服王。

 自称イスカンダルの生まれ変わり、ポンタ。

 変身状態の彼が、そこには立っていた。


「……変身が、遅いんじゃないか?」

「小煩い。ボクもボクとて、変身のタイミングを見計らっていたのだ。そして、このタイミングこそ、ベストだと断じた」


 嘘つけ。僕のピンチを眺めてただけだろ。

 お前、どんだけ僕のこと嫌いなんだよ。

 まぁ、僕もお前のこと嫌いだから『おあいこ』だけどな!


 そうして僕は、彼の隣へと歩いてゆく。

 2年前は、その背に守られるしか無かった。

 でも、今は違う。


 僕は、彼の隣に並び立つ。

 拳を構えれば、彼も笑って、拳を構える。



「足を引っ張るなよ、男」


「うるせぇ、こっちのセリフだ征服王」



 僕らは互いにそう言って。

 侵入者たちは、武器を捨てて僕らを睨む。


 彼らへ向けて、僕とポンタは嘲笑う。


「さぁ、戦おう」

「死にたいやつから、前に出ろ」


 侵入者たちは、一斉に僕らへ襲いかかった。

 僕とポンタは、同時に大地を蹴り出した。



【妄言使い】VS【シオン】&【六紗】

【侵入者】VS【カイ】&【ポンタ】


虐めとしか思えないパワーバランス。

主に後者。

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