「ほぉーん! スゲーな、幻術系か! つーことはなんだ、あのドラゴンも、ぜんぶお前の幻だったってことか! 先生よォ!」
べしべしと、カイの頭を叩きながらそう言うシオン。
彼女はドラゴンに倒された生徒たちの面倒を見るため、カイより先にこちらの世界へと戻ってきていた。
そのため、ドラゴンと戦っているカイは、今もまだ寝ている状態なのだが、それをいいことにシオンは様々な好き勝手を実行していた。
「コイツめ! 褒める褒めると言っときながら、今まで褒めた事ねーじゃねぇか! あ、でも朝は可愛いって言われたけど、あれ絶対笑ってる顔だった! ムカつくぜコノヤロウ!」
「お、おい。いいのかそんな……あぁっ! や、やめておくんだシオン・ライアー! そんっ、そんなこと……そんな場所まで!」
シガラミ先生が、顔を真っ赤にしてその光景を見つめている。
起きてきた生徒たちも顔を赤くして目を背けており、シオンは、カイが起きたら間違いなく怒りそうなことを実行する。
……だが。
「…………あぁ?」
ふと、シオンは想力の高まりを感じて目を見開いた。
場所は……校舎一階の方だ。
冥府の中で、初対面のカイを察知できるほど、彼女の想力察知能力は優れていた。
故に気づけた。その僅かな異変にも。
「……おい、シガラミ先生。今すぐ戦いの準備しとけ。なんか、変なのが学校に入ってきてるぜ。直感だが、こりゃ敵だな」
「敵だと? この学園は正統派の象徴とも呼べる場所だぞ。そんな場所に侵入など……」
シガラミ先生はそう呟き。
その直後、ジリリリリ、とアラームが鳴った。
【侵入者発見、侵入者発見。生徒たちは直ちに、教員の指示に従って避難してください。繰り返します。侵入者発見――】
「あるはずも…………あったようだな」
その放送に、廊下の方が騒がしくなる。
シオンは咄嗟にカイへと視線を向けたが、彼はまだ幻の中。
(相手の戦力も分からねぇ。……カイたちの幻術を先に解いてもらうべきか)
ふと、シオンは考えた。
そして、自分の思考に驚いた。
――オレはいつから、こんな弱腰になったんだ、と。
シオンは大きく頭を振った。
両手を頬へと打ち付けて、前を見た。
既に、その時点で意識は切り替わっていた。
「……おい先生。オレが出る。万一S級なんかが出張ってきたら面倒だからよ。アンタはカイたち起こして、避難してろや」
「し、しかし! 君も生徒ならば……!」
「うるせぇ! こんなかじゃオレが1番強ぇ! ならこれが正解だろうが!」
そう言って、シオン・ライアーは教室を飛び出した。
そして、飛び出したところで見覚えのある生徒が隣にいた。
「……おっ」
「……また会いましたね、シオン・ライアー」
そこに立っていたのは、正統派の王にして最強の異能力者と名高い、六紗優。
彼女は、ちらりとシオンの出てきた教室を見た。
しかし、今回ばかりは優先順位が逆だった。
「……ご助力、願えますか」
「とーぜん! 侵入者ぶっ潰すんだろ? そーいう簡単な仕事は大の得意だぜ!」
シオンはそう叫ぶと、六紗は笑った。
彼女は耳元の通信機から連絡を受け取ると、シオンを一瞥して口を開く。
「では、行きましょう。私も、さっさと終わらせて会わねばならない人が居ますので」
「奇遇だな! オレも、いい加減褒めてもらわないといけねぇカイが居るぜ!」
かくして、2人は走り出す。
今回ばかりは、廊下を走るなとは誰も言えなかった。
☆☆☆
目が覚めたら、シオンがいなかった。
ものすごい不安に襲われた。
いや、彼女が居なくて、戦力的に心配だなぁ、って話じゃなくて。
あのアホを放ったらかしにして、どれだけ被害が拡大するのか。そっちが心配だった。
「せ、先生! なんで行かせたんですか! 正気ですか、頭打ちましたか!」
「わ、私も止めたのだが……」
シガラミ先生は、困ったようにそう言った。
この学園に侵入者が入ったというのは、既に聞いた。
というか、目覚める前から放送で流れっぱなしになってたから。普通に知った。
そして、シオンが居ないことに気がついて、今に至るというわけだ。
「やばい、やばいよ……侵入者たち皆殺しになっちまうよ! 大丈夫かな侵入者たち!」
「そちらの心配か……」
当然よ!
シオンの心配して何になるって言うんだ。
彼女は異能の使える全盛状態。
常が一切の不調なく、合切が万全の絶好調。
そんな彼女に加えて……なんか、隣のクラスから聞こえたんだけど、六紗までついて行ったって?
ご愁傷さま、侵入者さん。
君たち、死んだわ。間違いない。
「南無阿弥陀仏……」
僕はクラスで両手を合わせていると、ふと、廊下の外から足音が聞こえた。
今日は月曜日。
先程の【強化神狼】の影響がまだ残っているのか、今の僕は常人よりも嗅覚、聴覚ともに秀でている。
だからこそ、誰も気づかぬようなその足音にも、耳ざとく気づけた。
「……まさか」
嫌な予感に、席を立つ。
避難に向けてざわめいていた教室内の視線が、いっせいにこちらへと向かう。
その中で僕は……なんの躊躇もなく【神狼】技能を行使した。
「皆ッ、伏せろ!」
僕は机を蹴り、壁へと拳をふりかぶる。
僕の声を受け、生徒たちは窓際の方へと逃げ出してゆき……それと同時に、壁を突破って巨大な化け物が姿を現した。
赤黒い肉体。
暴走列車よりも、まだ大きな体。
あれほどの威圧感は感じないが、それにしたって、先程のドラゴンよりも遥かに高位。
……僕は、その存在を知っていた。
「……オーガ!」
僕は拳を振り抜いた。
と同時に、オーガもまた拳を振り抜き、僕らの拳が真正面から直撃する。
あまりの衝撃にビリビリと空気が揺れ、窓ガラスが弾け飛んでゆく。
悲鳴が上がり、生徒たちが身を縮める中。
僕は思い切り拳を振り抜き、オーガの巨体を廊下の外へとはじき返した。
「……っし!」
以前は、不意にぶん殴られて瀕死になった。
けど、分かってたら打ち勝てる。
いいや、打ち勝てるように『なった』んだ。
2年間の修行の成果! 見たかコラ!
僕は拳を握りしめ、廊下の外へと視線を向ける。
「……そのオーガが、居るってことは」
僕の言葉が響いてまもなく。
廊下から、先程まで聞こえていた足音が響いた。
「……嫌な、偶然だね。君とはもっと別な場所で会いたかったのだが。運命とは、時に僕達の想像を超えて飛躍する」
「……僕は、どーせこんな感じの再会だと思ってたけどな、
その先から現れたのは、1人の少年。
以前はガッチガチにワックスで固めていた髪型は、今では普通のものになっている。
ふっくらとした体格も、今では少し痩せて、げっそりとしている。
見る影はあるが、以前とは明らかに雰囲気が違う。
それでもその姿……出会い頭に先んじてぶん殴ってきたそのイカれた思考。
僕が、忘れるはずもない。
「S級異能力者【
その言葉に、男は儚く笑った。
「……そう呼ばれていた、時もあったね」
彼の言葉に、周囲は困惑気味にしていた。
……ここ数ヶ月。
様々な情報を集めてみたが、僕の死後、妄言使い、ファントムワードの名前は一切と言っていいほどに上がっていなかった。
無論、S級の中にはその名前は記されていたが、一切の話題に上がらないため、こいつのことを知っているのは、知人か、余程マニアックな異能オタクか、いずれかだ。
「ファントムワード? おい、なんだよそれ」
「タケシ少年。そうやって相手を舐めて痛い目あったばかりだろ。ちょっと黙ってて」
「う、うるせぇな!」
ドラゴンに潰されかけてたチャラ男、タケシ少年が話しかけてきたため、視線をずらすことなくそう返した。
タケシ少年は僕の反応を見て怒ったようだが、それと同時に妄言使いに対して警戒をし始めたようだ。
チャラいけど、頭は普通に良いのだろうか。
「強いのか?」
「もちろん。2年前は相手にもならなかったさ」
僕は拳を構え、タケシ少年もまた戦闘態勢に入る。
後ろのクラスメイトたちも、僕らにつられて戦闘態勢へと入り、それらを見渡した妄言使いは、軽く笑った。
「……これは、困ったね。ねぇ、御仁。僕はあまり元気がない。正直、戦うのも面倒だ。出来れば、抵抗せずに投降してほしい」
「うるせぇな。今も昔も、いきなりオーガに特攻させてくるような相手、どこを信用すればいい?」
「……はぁ。交渉決裂、かな」
妄言使いは、疲れたように息を吐く。
そして、その目でしかと、僕を捉えた。
瞬間、自覚したのは殺意の塊。
2年前にも浴びたソレは、以前よりも遥かに強く、重く、鋭く、濃厚になっていた。
思わず胸が詰まる。
周囲のクラスメイトは殺気だけで崩れ落ちており、タケシ少年も机に両手を乗せて苦しそうにしている。
「……あまり、手加減は得意じゃないんだが、御仁。君には死んで欲しくないからね。一生懸命、手加減するよ」
圧倒的な格上だった、妄言使い。
僕は奥歯を食いしばり、両の拳を固く握る。
そして……ふわりと、新たな匂いが鼻腔をついた。
それは、血の塊のような匂いだった。
「……ッ」
「おい大先生よォ、柄にもなく手間取ってんのか」
通路から現れたのは、一人の男。
その男を見た瞬間、理解した。
間違いない、こいつ、イミガンダと同格。堂々のS級異能力者だ。
全身の細胞が、その男を警戒しろと言っていた。
……まぁ、それ以上に、妄言使いに対して騒いでいるわけだけど。
「……あぁ? おー、なんだ、異能使える奴もいるんじゃねぇか! おい大先生、ちょーど暇してた所なんだ。こいつ、俺が潰すけど、問題ねぇーよな?」
「……し、しかし」
男の言葉に、妄言使いは反論する。
しかし、直後に男の表情は一変した。
「あ? 文句あんのかよ」
それは、とてもシンプルな問いだった。
あまりに軽く、あまりに短い言葉の羅列。
されどそれは、鋭く妄言使いに突き刺さったように見えた。……少なくとも、僕にはそう見えてしまった。
「……ッ、わ、かった。好きにすればいい」
「おー、そう来なくちゃなー! おいガキ、俺が練習相手してやるよ。勝利条件は……そーだな。相手をぶっ殺したら勝ち、でどうだ?」
なにそのイカれたゲーム。
僕は思わず頬を掻き、それを見た男は楽しげに笑った。
それは、獲物を前にした狩人の笑顔だった。
「ま! 反対意見は聞かねぇんだけどよ!」
なら、最初っから聞くなよ。
そんな僕の言葉を、聞くことも無く。
その男は、凄まじい勢いで大地を蹴った――!
第1章の鍵となったのが、シオンと霧矢ハチ。
第2章の鍵となるのは、妄言使いともう1人。
次回【人質】
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