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第一章【エンドロールの向こう側】
110『シオン・ライアーの大切なもの』

 奪われるのが嫌だった。


 どれだけ殴られても、どれだけ傷付いても。

 いつか治るなら、それでいい。

 少なくともオレは、耐えられる。


 けど、オレは。

 何かを失う痛みにだけは、耐えられない。

 失うのは、この右眼が最初で最後だ。


 そう、思ってたんだけど……な。




 ☆☆☆




 冥府の王、イミガンダ。

 この冥府の頂点に君臨する、最強の存在。

 霧矢は「冥府の王に一切会わずに冥府を攻略する」と言っていたが……。


「出会っちゃったじゃん! しかもなんであんな武器持ってんだよ! 勝てねぇじゃん、勝てねぇじゃん!!」

「ははは、解くん。時に不意の遭遇(バッティング)ってのはあるもんさ」

「知ってるけど……知ってるけども!」


 僕だって、あの時阿久津さんたちと会ってなかったらこんなところ来てないもの!

 僕は背後を振り返る。

 冥府の王イミガンダは、僕らを見据えていた。

 されど、その赤い瞳は僕のことを見てはいない。

 ただ、平等に塵芥を見るような……どこか遠くを見ているような、見ていてイラッとくるような瞳だった。


「……ッ、シオン!」


 イミガンダは剣を僕らへとかざした。

 瞬間、僕はシオンの腕を引っ張って緊急回避し、一拍遅れて僕らのいた場所を巨大化した剣が刺し貫いた。


「――っ! 巨大化……やっぱりデスパイアか!」

「……ほう。この剣を知っているとは。貴様、何者だ?」


 ここに来て、初めてイミガンダが僕を見た気がした。

 上空を見上げれば、高いところに浮かんでいる冥府の王イミガンダ。

 しかし、奴は次の瞬間には僕の眼前まで迫っており、僕が反応するより先に、今度はシオンが反応する。


「チィ……ッ!」


 影が、僕ら三人を包み込む。

 直後、凄まじい慣性が僕らを襲う。

 どうやら、影の移動能力でイミガンダの攻撃範囲から回避したようだ。

 イミガンダは振り下ろしていた剣をピタリと止める。

 それだけで風圧がつきぬけて、下手をすれば風圧だけで中層守護者の一撃よりも強烈に感じた。

 というか、この男……!


「お、お前……! 何者だ? とか聞きながら斬りかかってくるか普通!」

「あぁ、多少気になったが、所詮は塵芥。妙な形をしているが、まぁ、片付けることには変わりない。その程度の心情しか持たぬ」


 く、クソッたれ……僕ぁ嫌いだこの男ォ!

 他人が塵芥にしか見えないって何! 眼科行けてめぇ!

 近所に行きつけの眼科あるから紹介してやろうか!

 えっ、なんで行きつけなのかって?

 中学二年生の時『この魔眼の扱い方を教えよ』とか言って通ってたんですぅ! すいませんねどうもその節は! ご迷惑をおかけしました!


 僕はギリギリと歯噛みしていると、イミガンダは剣を肩に担ぐ。

 なんの装飾もない、無骨な剣。

 その色はどこまでも深い暗闇色。

 柄の先から刃の先まで、全てがひとつの金属で出来た魔剣。


 ――それが、深淵剣デスパイア。


「おい、カイ……なんか知ってんのか?」

「……思い出したくもないけどな」


 未解の王にして純然たる深淵の闇。

 彼が保有していた深淵古代兵器(アーティファクト)は二つある。

 ひとつは、阿久津さんが地図(ノート)を片手に探し回ってた【至高の暗淵】と呼ばれる宝玉。

 これは、家の近所に埋めた綺麗な石のことを言っているんだが……たぶん、これもマジなやつになってるんだろうなぁ。気が重い。

 でもって、もうひとつが、あの剣だ。


「アレは……解然の闇! ディュゥェアルノォーゥトの執筆者が生み出した概念の剣。【そこに在って、然れど無い。形はなく、姿もなく、それでも剣としての機能を発揮する深淵古代兵器(アーティファクト)】……っ! あの剣は、所有者の能力を飛躍的に向上させる……!」

「ブッフォ!」

「笑ってんじゃねぇぞ霧矢!」


 背後から霧矢が吹き出した声がした。

 こ、この野郎……やっぱり知ってやがるな!

 僕がそんなクソイタい設定の執筆者だって!

 分かってんだよ、イタいってことくらい!

 でもしょうがないじゃん! 中学二年生だったんだもの!

 なんだよ【そこに在って、然れど無い】って!

 結局どっちなわけ!

 その場のノリと台詞のカッコ良さだけしか考えてねぇだろ!

 国語の勉強しろ、中学二年生の僕!


「……? よくわかんねぇけど、結局なんなんだ? 小難しい単語を並べられてもわかんねぇよ。分かりやすく言えよ」

「小難しい単語並べてて悪かったな! よーするに、剣が巨大化する上に、使用者をめちゃくちゃ強くするってことだよ!」

「なるほど!」


 シオンは前を向き、僕もデスパイアへと視線を向けた。

 僕らの視線の先で、冥府の王イミガンダは薄笑いを浮かべた。


「あぁ、昨日のように思い出す。これは2ヶ月前のこと」


 イミガンダは語り始めた。

 何故、その剣を手に入れたのか。

 どうして、その剣がここにあるのか。


 僕はゴクリと喉を鳴らして。


 イミガンダは、剣を振り上げた。




「なんか、冥府に落っこちてきたから、拾ったのだ」




「薄っぺれぇなッッ!」


 斬撃が振り落とされて、僕らはそれを回避する。

 なんとなく察してたけどお前ら!

 総じて薄っぺらいよ!

 なんか、なんだろうね!

 とても薄っぺらい!

 そもそも始まりからしてペラッペラなんだよ!

 なんだ、黒歴史ノートがフリマに売り出されるとかいうイカれた状況! それを手にしたのが10人の異能使いとかいうご都合主義!

 これは『特に設定も考えずに描き始めた見切り発車作品』か!

 ふざけんな!


「で、霧矢! どうするのが得策だ!」

「逃げるに徹しよう! ()()()()()()()()()()!」


 ……ッ! そういう事か……!

 僕は歯噛みすると、シオンの腕を引いた。


「逃げるに決定! 間違っても歯向かうなよシオン!」

「……わかってらァ! さすがに、異能無しでアレをどうこうできるとは思ってねぇよ! くそが!」


 僕らは一気に走り出す。

 冥府で、コイツに見つからない場所……。

 そんなもの、拠点以外に思い浮かばない。

 あそこは、僕と霧矢、シオンの3人がかりで遮断を施した場所。

 今日この瞬間、これだけ大きな行動を起こすまで冥府の王が動かなかったってことは、あのエリアにいる間はどこにいるかも分からなかった、ってことだ!

 というか、全員が塵芥に見えてて、区別もつかないってんなら、いっその事低層に逃げ戻るのもアリだ! 番人に紛れちまえば絶対に分からなくなる!


「霧矢! 低層と拠点、どっちが近い!」

「て、低層かな……? な、なるほど! そういうことね!」


 納得した霧矢と、首を傾げるシオン。


「とりあえず低層だ! そこまで逃げ切れば……!」


 僕はシオンへと声を上げて。


 その直後、ゾクリと背筋が粟立った。




「――させると思うか?」




 その声は、すぐ後ろから聞こえてきた。


「……ッ!?」


 咄嗟に後方へと裏拳を放つ。

 深淵剣が振り下ろされたのは、ほぼ同時の事だった。

 咄嗟に拳の速度を調節。

 剣の横っ面へと拳を叩き込んで斬撃を逸らすが、触れた一瞬で拳が粉々に砕け散った。鮮血が吹き上がり、痛みに顔を顰める。


 そして、更なる痛みが、腹へと突き抜けた。


「ぐは……ッ!?」

「――ふむ。弱い」


 深々と腹に突き刺さった、イミガンダの右足。

 気がつけば、はるか遠方の岩壁へと叩きつけられていた。

 バケモノめ……。どんな速度で吹き飛ばされたのか……、痛みと衝撃がほぼ同時に襲ってきたぞ。どんな威力してやがる……!

 僕は血反吐を吐いて顔を上げると、イミガンダは、シオンに一瞥をくれることも無く僕の方へと歩き出していた。


「諦めよ。貴様の判別は……既に完了した。低層に逃げ込もうと……例え、遮断の中へと逃げ込もうと、私は貴様の位置が解る。もはや私から逃げおおせる手段は残されてない」


「……ぐっ、は、は、……笑える冗談だ」


 僕は、震える膝に鞭を打って、立ち上がる。

 視線の先では、こちらへ歩むイミガンダと、奴を睨むシオン・ライアー。

 彼女は赤髪を逆立てながら、イミガンダを睨んでいた。


「てめぇ……ぶっ殺す!」


 彼女は叫び、突撃した。


「し、シオン……!」


 僕の声は、届いただろうか?

 僕の声よりも先に、イミガンダの指がシオンの額へ当てられた。



「――身の程を知れ、女」



 それは、理解不能なほどの【重さ】を含んでいたように思える。

 シオンは、たったの一言で理解した。

 骨の髄まで、恐怖したはずだ。


 ――冥府の王イミガンダ、彼との隔絶した実力差に。


 シオンは喉を鳴らして、完全に動きを止めてしまった。

 その姿を興味なさげに一瞥して、イミガンダは歩き出す。

 シオンはその場に崩れ落ち、霧矢が焦ったように彼女へ駆け寄る。


「……こりゃ、まずいな」


 不幸中の幸い?

 あるいは、ただの不幸かもしれないけれど。

 今、イミガンダは、僕に夢中みたいだ。

 理由は……なんだ?

 僕が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だろうか?

 たぶん、それだろうな。

 それ以外に、僕を狙う理由がない。


「……また、死ぬのか」


 僕は、またこんなに……道半ばで終わるのか?

 否、断じて否だ。

 もう、二度と負けられない。

 決めただろう、覚悟なら。

 二ヶ月前に、しかと心に決めたはずだ。


 僕は大きく息を吐き、胸へと拳を叩き込む。


 鼓動よ、駆けろ。

 血よ、全身を巡れ。

 回転を上げろ、限界超えてもっと先まで。


 前を見据える。

 全身の活性を……限界以上まで引き上げる。

 炸裂に次ぐ爆裂。

 全身の皮膚が裂け、弾け飛ぶ。

 されど、その端から治ってゆく。


 シオンとの戦いで習得した、超過活性。



「【異常稼働(フルドライブ)】」



 全身から、血の蒸気が吹き上がる。

 それを見て初めて、冥府の王は楽しげに笑った。



「決めた。貴様を殺す、今此処で」



 冥府の王は、剣を構えた。




 ☆☆☆




 生まれて、二度目の感覚だった。


 1度目は、暴走列車に殺された時。

 あぁ、これは勝てないと、身をもって知った。

 理解しちまった。

 だから、負けたことに悔しさや憎悪はあっても、納得はしてる。

 アレは勝てない。

 そう、骨の髄まで理解したから。


 そして、今回、二度目の『諦め』。


「く、クソ、クソッ!」


 オレは、地面を殴って唇を噛む。

 なんで、どうして……どうして今、異能が使えねぇ!

 ()()()()()()()()()()

 鍵さえ……鍵さえあれば!

 ここが冥府じゃなけりゃ、カイを助けられるってのに!


「……逃げるよ、シオンちゃん。今を除いて逃げられるタイミングは無さそうだ」


 ふと、背後から肩を叩かれた。

 オレは、頭に血が上って腕を振り払う。


「て、てめぇ……キリヤ! 自分が何言ってんのか……!」

「わかってるよ。アレはもう無理だ。助けられない。助けたとしても、せいぜい肉壁になって時間稼ぎをするくらいしか出来ないでしょ」


 キリヤは、信じられねぇほど、冷静だった。

 痛いくらいに冷たかった。

 ……分かってた、コイツはそういう男だって。

 おちゃらけていても、その根っこは冷えてやがる。

 どこまでも冷たく、冷静に現状(いま)を見つめている。


 そういう男だ。


「大丈夫。カイくんなら、無駄に死ぬなって言うだろうさ。彼も、俺がこういう性格だってのは理解してる。……なんなら、俺が君をつれて早く逃げてくれ、って願ってるかもしれないね」

「そっ、それは……!」


 ……そう、かもしれない。

 二ヶ月しか一緒に居ねぇけど、わかってる。

 カイは、優しい奴なんだ。

 すげぇ、良い奴なんだ。

 きっと、こんな状況でもオレたちの心配してる。

 自分が狙われてよかった、なんて。

 そんなことを思うような……大バカ野郎だ!


「でも、だけどッ!」



「――君が出ていけば、命を落とす」



 霧矢の一言が、鋭くオレの心に刺さった。


「片目なんて比じゃないよ。()()()()()()()()()()()()()。君はまた、命を奪われる痛みに、怒りに包まれることになる」


 ……奪われる痛み。

 喪われることの痛み。

 片目へと手を当てた。

 眼帯越しに、既に失われた右眼を触った。


 数年前の痛みが、蘇る。

 暴走列車に命を奪われた時の感情が、呼び起こされる。


 体が震えた。

 嫌だ、絶対に嫌だ。

 もう、死にたくねぇ!

 奪われるのだけは絶対に嫌だ!


 もう二度と、オレは何かを喪いたくねぇ!



「か、カイ……お、オレは!」



 カイへと、助けを求めて視線を向ける。

 あいつは、冥府の王(やべぇやつ)と向かい合いながら。

 それでもオレに対して、笑いかけた気がした。



 ……クソッタレが。


 お前が……お前が悪いんだからな!

 前々から、オレのことを全く敬わねぇ!

 頭は叩くし、飯を調達するのに駆り出すし!

 言うことは聞かねぇ! 命令はしてくるし!


 てめぇは、最悪の子分だよ。



 ――ここで見切られても、なんにも言えねぇんだぞ。




 ☆☆☆




「私は忙しい。故に、手早く終わらせてもらうよ」


 冥府の王は、僕と戦うつもりもなかった。

 ただ、終わらせに来た。

 最初から、戦いではなく狩りに動いた。



「【零落の黒焔(ブレイズ・ゼロ)】」



 剣から、黒き炎が吹き上がる。

 それは、敵の血肉を食らうまで消えぬ一撃。

 確実に、僕の命を屠るために用意された、最悪の一振り。


「……ふぅ」


 小さく、息を吐く。

 前を向いて心を鼓舞した。

 僕の命を奪いに来たって?

 なら、それより先に……ぶっ潰すだけだ。


「一撃だ。持ってくれよ、僕の体」


 全身全霊、今まで出したことの無い【本気の想力】を体に纏う。

 かつてない激痛が全身を駆け巡る。

 霧矢に、理解不能とまで言われた僕の想力量だ。

 なぁ、冥府の王。

 無論、格上はお前で、僕は負ける確率の方が高い。

 むしろ、勝機はほとんど見えちゃいない。

 けれど。



「油断しろよ。この牙だけは、お前に届く」



 拳を構えた。

 血のオーラが狼のように変化を遂げて、攻撃性に特化する。

 その光景に、やはりイミガンダは余裕を崩さない。


「では、別れの時間だ」


 イミガンダは、駆ける。

 僕は拳を固めて、待ち受ける。

 既に、動ける余力はなかった。

 たったの、数撃。

 それだけで僕の余力は全て奪われていた。


 天と地のほどの、実力差。


 それを前に、僕は笑った。

 ……あぁ、クソッタレ。


 また、死にそうだよ。

 死んだ先でも死ぬとか、僕は死神に愛されているのか?

 そんなことを思いながら、僕は拳を振り抜いた。


 凄まじい衝撃が、拳から一点に放たれる。

 それは、冥府の王をして目を見開くほどの一撃だった。



 けれど、それでも。


 深淵剣デスパイアの前に、一蹴された。



「実に、温い一撃だ」



 切り伏せられた、僕の渾身の一撃。

 それを前に、もはや笑う他ない。


 あぁ……クソ、やっぱり死ぬのか、僕は。


 現実世界でも。

 こんな、冥府でも。


 何度も何度も。

 格上、っていう、残酷な現実に殺される。


 僕は大きく息を吐き。

 最後の最期に、薄く笑った。



「……まぁ、せっかくだ。10冊揃えるなら……お前がやれ、シオン」



 剣が振り下ろされる。


 僕は、黒い炎に飲み込まれて。

 真っ赤な鮮血が、顔面に飛び散った。






「…………は?」




 痛みは、来なかった。


 僕の目の前で、剣は振り下ろされて。



 僕の前で、シオンは両手を広げて立っていた。


 彼女の体を……黒い剣が、貫いていた。



喪いたくないもの。

シオン・ライアーの、1番大切なもの。

それはいつしか、自分の命じゃ無くなっていた。


次回『灰村解の大切なもの』


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