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第42話


 邪霊との契約に失敗した翌日、あまりの疲労に普段ならばしない講義中の居眠りを何度もかましてしまっていた俺は今日の学位戦の観戦は止めて帰ろうと思っていたところをリリーに捕まった。


「………なに?」


「今日は私の番だから。応援よろしく」


「いや、今日は疲れ——」


「応援、よろしく」


「……………」


 結局、リリーの眼光に負けた俺は放課後、ガレスを誘って闘技場へと向かうと一緒に空いている観戦席に腰掛けた。


「眠そうだね」


「眠そうじゃなくて、眠いんだよ」



 俺が欠伸混じりに答えていると闘技場の入り口からリリーが姿を現した。



「アイツって本当に緊張しないよな」


 気後れする訳でも気張る訳でも無く、普段通り自然体で入場してきたリリーの姿を見た俺は感心しながら呟く。俺なんて当日は飯が喉を通らないし、何なら緊張で腹は下すし気持ち悪くなるのにアイツと言えば普段通りでピクリとも表情を変えない。メンタル強過ぎる。


「君は少し緊張し過ぎな気はするけど………確かにリリーが焦ったりするところはあまり見ないね」


「ルナの遺跡でやらかした時ですらしれっとしてたしな……」


 そう考えるとメンタルが強いというより神経が図太いと言った表現の方が合っているのだろうか?


 とそんな話をしているとリリーの対戦相手である褐色肌の可愛らしい容姿をした女子生徒、リンダ・カーランが現れた。


「確かリンダって前回の学位戦で順位上げてたよな?」


「うん、今は14位だった筈だよ」


「うわ、俺じゃなくて良かった〜」


「君の序列、彼女より上の筈なんだけどね」


 ガレスのツッコミを無視しながら俺はリンダに視線を向ける。例え相手より序列が高かろうと怖いものは怖いのだ。


「始まるね」


 ガレスの呟きと共に試合開始の合図が鳴り響き、リリーとリンダが同時に精霊を呼び出す。


「ミノタウロス」


「来いッ!エンシェントガーゴイルッ!!」


 主人の声に応じて巨大な戦斧を手にした牛頭人身の怪物と青く輝く鉱石で形成された身体と翼を持つ怪物がそれぞれ闘技場にその姿を現した。


「相変わらず物々しい姿をした契約精霊だね」


「確かに精霊師本人と比べるとより際立ってるな」


 どちらも使役している精霊師が美人なこともあり、より二体の精霊の放つ威圧感が増している。


「行け」


「薙ぎ払えッ!!」


 俺達がそんな呑気に感想を述べている間にも二人は精霊に指示を出し、二体の精霊達は闘技場に響き渡る雄叫びを上げながら襲い掛かる。


「ォォォオオオオオオッ!!」


「グォォオオオオオオッ!!」


 戦斧を振り上げながら迫って来るミノタウロスに対してガーゴイルも霊術で地面から盾と三叉槍を生成して応じる。ミノタウロスの振るった戦斧がガーゴイルの盾に衝突し、甲高い音を響かせながら大気が振動する。


 かなりの力で振り下ろされた一撃だったがガーゴイルは悠々と盾で受け取め、更にはお返しとばかりに三叉槍の矛先をミノタウロスの胴体を目掛けて刺突を放つ。けれども硬い獣毛に覆われた肉体は三叉槍を受け止め、逆に三叉槍の矛先を砕くに至った。


「ッ!!」


「ブォォオオオッ!」


 バチリとミノタウロスの角に雷が走る。その様子を見て危機を察知したらしいガーゴイルが翼を広げると素早く後退する。


 直後、ミノタウロスの身体から周囲に雷が放たれ闘技場が眩い光に覆われた。あまりの眩しさに思わず対戦相手のリンダは勿論、観客席の人々も目を瞑ったり腕で目元を覆う。


「やっぱりミノタウロスは硬いね」


「ガーゴイルもあの巨体の割に素早い。それにミノタウロスの一撃もしっかり受け止めてたし、ここからだな」



 雷光が消え、荒々しい二人のファーストコンタクトが無事に終わる。互いに相手の精霊の力量を確認できたことで今度は精霊師がそれぞれ動き出すだろう。




「いいね、殴り甲斐がある!」


 ミノタウロスの強靭さを確認したリンダは好戦的な笑みを浮かべると地面に手を当て、霊術を発動させる。


「グランドガントレットッ!!」


腕に地面を利用して生成した手甲を纏うと霊力で身体強化、一気に駆け出す。手甲を纏った拳を握り締めたリンダはそのままミノタウロスの懐へと入り込むとがら空きの腹部を目掛けて思いっきりぶん殴った。



「はぁぁッ!!」


「グオッ!?」


 ガーゴイルの一撃を物ともせず受け止めたミノタウロスはリンダの一撃に苦悶の表情を浮かべながら一歩、後ろへと後退する。



「あのミノタウロスをパンチで仰け反らせたね」


「怖過ぎるだろ…」


 剣精霊を使用すれば俺でも問題ないが、純粋な自身の力だけでミノタウロスを怯ませるのは恐らく無理だろう。


「相変わらず彼女は恐ろしいね」


 俺はガレスの言葉に頷く。彼女の戦闘スタイルは印象的だったのでよく記憶に残っている。


 精霊と共に相手を物理で叩き潰す。これだけである。


 もう少し詳しく言えば彼女自身が精霊を相手にして倒し、精霊に精霊師を倒させるというセオリーを無視した破天荒な戦い方をする。こんな無茶苦茶で脳筋な戦い方は、けれども結果的に多くの精霊師の虚を突く形となり、リンダは学位戦において好成績を残していた。


 その最たる理由の一つが高位精霊とさえも渡り合える彼女自身の実力によるものだ。


 純粋な身体能力だけで言えば俺やガレスに勝るとも劣らない実力を持つ彼女は文字通りその拳を持って相手の精霊を殴り倒す。仮にリンダが倒し切れなくても相手の精霊を自身に釘付けにすることで大抵の相手はガーゴイルを相手し切れずに降参、若しくは力尽きるので結果的に彼女が勝利するケースが多い。



「ガーゴイルがリリーに向かったな」


「これで普段のリンダの必勝パターンに入ったね。しかもリリーは典型的な精霊師だし、危ないかもね」


 基本的に精霊師は近接戦を苦手とする。

 多くの精霊師は主戦闘を契約精霊に任せ、自身は精霊のサポートまたは防御に回ることがオーソドックスな戦い方とされているからだ。


 無論、契約している精霊の種類や能力によって戦闘スタイルは分かれてくるが、それでもエンシェントガーゴイルのような直接戦闘を得意とする精霊と契約していながら精霊師自身も戦うリンダのような戦闘スタイルは非常に珍しい。


 そして逆にリリーはガレスが言ったようにミノタウロスに戦闘を任せて自身は後方から支援を行う典型的な戦闘スタイルを取る。故に今の状況はリリーからすれば非常に厳しいだろうが…………。



「ガァ!!」


「むッ」


 先端の欠けた三叉槍を捨て、今度はハンマーを生成したガーゴイルはその柄を握り締めるとリリーの頭上に振り下ろす。迫ってくる鈍器を回避するべくリリーは素早くその場から跳躍、ガーゴイルが先程まで自身がいた地面を砕くのを確認しながら指先をガーゴイルへと向ける。



「サンダーピアス」



 リリーの指先から放たれた雷閃が空を切り裂き、ガーゴイルの頭部を目掛けて一直線に突き進む。そのままガーゴイルの頭部を貫くかに思えた雷閃はけれども、その石の頭部に触れた瞬間に弾けて消滅してしまった。



「やはり厄介だね」


「……………」



 ガーゴイルの中でも長くこの世界に留まった一部のガーゴイルはその石の肉体をより強靭である一定以下の霊力を無効化する特殊な鉱石へと変質させる。彼らはエンシェントガーゴイルと呼ばれ、他のガーゴイル達とは区別して扱われる。これを突破するにはエンシェントガーゴイルが無効化できる出力以上の霊術を放つか、ガレスや俺のように物理的な戦闘を挑む他無い。


 これがリンダの持つ二つ目の強みだ。リンダが精霊を抑えることで相手は必然的にエンシェントガーゴイルとの一騎討ちになるが霊術が無効化される為、大抵の相手は碌な抵抗もできずに敗北する。 


 恐らく二年生でさえ無ければ余裕で十位内も狙える実力の持ち主だと思うが悲しいかな、この学年は王女様を筆頭にやたらと強い学生達ばかりで溢れている為、未だ十位内に入ることすらできていない。



 ……………本当になんで俺、学年二位になれたんだろう。



「ハァァァッ!!」



 聞こえてくる叫びに視線を向ければリンダとミノタウロスが激しい肉弾戦を繰り広げていた。リンダが腕を高速で動かして放つ拳撃の乱打の全てをミノタウロスはその体躯からは想像のできない素早い身のこなしで受け切っていた。



「ブォオオッ!!」


 連撃の最後、今まで最も強烈な一撃をミノタウロスは戦斧の刃で受け止める。戦斧越しに伝わる衝撃に僅かに怯んだミノタウロスは、けれども雄叫びを上げると今度は反撃とばかり戦斧に雷を纏わせて横薙ぎに振るう。


「くッ!?」


 バチッと音を鳴らしながら稲妻がリンダに向かって放たれ、咄嗟に彼女は両腕を交差し、手甲を盾にするようにして防御する。稲妻を受け止めた手甲こそ粉々に砕けたが、最小限のダメージでミノタウロスの攻撃を防いだリンダはすぐに次の手甲を生成して纏うと再びミノタウロスに殴り掛かる。


 迫ってきたリンダに対してミノタウロスは正確に狙いを定めて戦斧を振り下ろす。すると彼女は迫ってきた戦斧の刃の軌道を読んで手甲で一撃を受け流すと僅かに態勢が崩れた隙を突いて跳躍、その横面を思いっきりブン殴った。


「ミノタウロスの方は一進一退と言った様子だね。精霊と一進一退の攻防を繰り広げられるリンダを讃えるべきか、それともリンダの猛攻を耐えるミノタウロスを誉めるべきか」


「どう見てもリンダが異常だろ」


 今もカウンターでミノタウロスにぶん殴られたのに嬉々とした笑みを浮かべながら再びミノタウロスに立ち向かっている。普通じゃない。



「リリーの方は………やっぱりガーゴイルに押されてるね」


「けど上手く躱してる」



 霊術の効きが悪いこともあって防戦一方に追い込まれているリリーだが、幾度となく振るわれるガーゴイルの一撃をギリギリで見極めて回避していた。


「でもこのままだと彼女の体力を考えれば何れ押し切られるよ」


「確かにこの状況はリリーが圧倒的に不利だが、この状況をアイツが想定してない訳がない。何かしら考えがあるんだろ」



 先程の霊術を最後に一切攻撃を行っていない辺り、リリーは攻撃の回避に徹して何やら時間稼ぎをしている印象を覚える。尤も回避自体にあまり余裕は無いらしく、表情は険しく額からは汗が流れている。



「ゴォオオッ!」


「くッ!」


 ガーゴイルの雄叫びと共に地面から無数の棘が地面を這うようにリリーへと向かっていき、彼女の華奢な身体へと襲い掛かる。鋭く尖った石柱がリリーの白い肌に赤い線を刻み込んでいく。




「………これは」


「……霧だな」



 リリーを心配そうに眺めていたガレスがふと何かに気付いたようにボソリと呟き、僅かに遅れて俺も辺り一帯に霧が立ち込み始めていることに気付く。周囲も一年生を中心に学生達が段々と濃くなっていく霧を前にして騒ぎ始めていた。



「………なるほど」



 リリーの狙いを悟り俺が呟いた直後だった。


 ガーゴイルから大きく距離を取ったリリーの背後の地面がひび割れ、地中から硬い殻に覆われた化蛤の精霊が姿を現す。



「いつの間にッ!?」



 ミノタウロスとの戦闘に意識を向けていたリンダは突如として現れたリリーの二体目の契約精霊に驚きの声を漏らした。そして瞬時に攻撃対象をミノタウロスから化蛤へと変更したリンダが拳を握り締めて向かおうとするも、進路を遮るようにミノタウロスの巨体が彼女の視界に入る。


「くッ!」


 リンダが顔を顰めると同時に今度は主人の指示を受け取ったのであろうガーゴイルが化蛤へと襲い掛かるが、リリーの霊術による氷壁によってこちらも一時的に動きを止められる。



「蜃、ラビリンス」



 リリーの指示を受けた化蛤は更に白い霧を吐き出し、闘技場は瞬く間に濃霧に包まれた。

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