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第8章 奇妙な依頼
第96話 奇妙な依頼と水晶の瓶

「……これが」


「あぁ」


 ロレーヌの家のリビングで、俺とロレーヌは腕組みをしながらテーブルの上に置いてある一つの物体を見つつ唸っていた。

 そこにおいてあるのは、赤黒い液体の入った水晶作りの瓶である。

 つまりは、先日、ラウラにもらった吸血鬼ヴァンパイアの血液だ。


 昨日、ここに帰って来た時点でラトゥール家であった諸々についてはロレーヌに説明したが、どうにも随分眠かったらしく細かいことはまた明日だ、ということになって今に至る。

 朝起きて聞いてみれば、どうにも根を詰め過ぎたらしい。

 何をしていたのかと聞いてみれば、今度アリゼに魔術を教えるための教科書を書いていたという。

 一般に販売しているもので構わない気がするが、妙なところ凝り性なので自分で作らなければ気が済まなかったらしい。

 書き終わったのか、と聞いてみれば、終わったと言う。

 ふつう、一日二日でどうにかなるものではないような気がするが、とりあえず基本的な事項だけについてのものだからそれほど時間はかからなかったらしい。

 展望を聞くに、いずれ全十部の大論文になる予定だと言う。

 全部読み切ればこれで貴方も魔術学者に!がコンセプトらしい。

 なんで孤児院の子供に魔術の基礎を教えるだけの話がそこまで広がるのか今一理解できない。

 冒険者になると言っていたのに、そのうち道がずれて学者になったらどうするんだ。

 そう言うと、別にそれはそれでいいではないか、と言われた。

 ……まぁ、確かに立派な学者になればロレーヌのぐうたら具合を見ると分かるようにそれなりに稼げる。

 少なくとも木端冒険者でしかない以前の俺のような銅級冒険者よりはずっと裕福になれるだろう。

 それを考えると悪い道ではない。

 学校だって、優秀であれば国が奨学金を出しているし……田舎国家の辺境都市で適当にやっているしょぼい学者とは言え、ロレーヌが口利きすればそういう道にも進める可能性は高いだろう。

 が、アリゼは冒険者になるのである。

 なにせ俺の初めての弟子だぞ、と言えば、私の弟子にもなるのだ、とちょっとした喧嘩になった。

 最終的にはいずれ本人に選ばせよう、ということで落ち着いたが、気を抜いていると学者の道に引き込まれてしまう気がする。

 アリゼにはこれからよくよく冒険者の夢と希望と楽しさについて教えていこうと決意した。

 間違っても、十年間銅級にくすぶっていた男の話などするまいとも。


 それはともかく、吸血鬼ヴァンパイアの血である。

 これを何のために貰って来たかと言えば、それはもちろん、俺の存在進化のためだ。

 なんとなく、これを摂取すれば、何かが変わるような……そんな気がするのだ。


「……本能のようなものなのかな?」


 ロレーヌがそう尋ねた。

 俺は少し考えつつ、答える。


「わからないが、おいしいものをたべたいとか、ねむいからねたいとか、そういうかんかくに、にているきはするな」


 全く同じなのかと聞かれると違うような気もするが、人であったころには感じたことのない感覚である。

 他に表現が見つからずにそういう風に言うしかなかった。

 俺の言葉にロレーヌは、


「……まぁ、こればっかりはな。お前の感覚を信じる以外に方法はない。しかし、大丈夫なのか? そのラウラ・ラトゥールが言ったように、吸血鬼ヴァンパイアの血液は劇薬だと言われる。実際に飲んだ者の結末もいくつか読んだことがあるが、いずれも悲惨なものだったぞ。生半可な覚悟では口にすべきものではない」


 俺は吸血鬼ヴァンパイアについてはそれほど詳しく調べたことがなかった。

 というのも、吸血鬼ヴァンパイアは魔物としてかなり上位の存在であり、強力な魔物であるため、少なくとも当分出くわす可能性がなかったからだ。

 それでも大まかな概要くらいは知っていたが、その血液を飲んで吸血鬼ヴァンパイアになろうとした人間の話までには流石に手は回っていない。

 ロレーヌはやはり学者と言うべきか、そういうことにも詳しいようだった。

 そんな彼女から、改めてその血液の危険さを語られると、覚悟がちょっとだけ揺らぐ。


「……やっぱりのむのはやめて、これであそんでようかな……」


 俺がそう言って丸い石のような形をした操縦器コントローラーを手に取り、部屋の端に宝物のように置いてあった飛空艇模型を飛ばし始めるとロレーヌは呆れたような顔で、


「本当に珍しいものをいくつももらってきたものだな……。ラトゥール家など、私も聞いたことがなかったが、これだけの品を持てる時点でどう考えても普通の家ではないな」


 空中を飛ぶ飛空艇模型を見ながら、ロレーヌはそう呟く。

 俺が意識を飛空艇模型に移し、空からロレーヌを見下ろすと、感心しているような、それでいて呆れているようなロレーヌの顔がアップで映る。

 どうにも近づきすぎたようだ。

 ここまで近づくことはあまりないからな……。

 それにしても、今日のロレーヌは随分と緩い格好をしている。

 このアングルだと色々見えてしまいそうでまずい。

 そう思った俺は、飛空艇から意識を戻して深く息を吸った。

 飛空艇の機能についてはまだ話していないため、俺が上から見ていたことには気づかれてはいないはずだ。

 しかし、


「……?」


 ロレーヌは妙に首をひねっていた。


「どうかしたのか?」


 そう俺が尋ねると、ロレーヌは、


「……いや。気のせいかな。なんでもない……」


 そう、珍しく曖昧な返答をした。

 それから意識を切り替えたらしく、


「それはともかく、現実逃避はやめてどうするか決めたらどうだ? 存在進化のために必要だと言うのなら、いずれ飲まなければならないものだぞ」


 そう言ってきたので、俺は、


「……たしかに、そうなんだが、やっぱりちょっとこわくて……ろれーぬは、おれがこれをのむことになにもおもわないのか?」


 と尋ねる。

 するとロレーヌは真面目な顔で、


「もちろん、飲まないで済むのならそうして欲しいがな。別に私はお前がずっと不死者(アンデッド)でも構わん。ずっとここにいて、適度に冒険者仕事をしながら暮らしていけばそれでいいと思っているさ」


 と言った。

 しかし、とロレーヌは続ける。


「……お前は、それは嫌なのだろう? 私はお前の夢を知っているさ。何が何でも、才能がなかろうが、何年かかろうが、神銀ミスリル級になりたいのだろう? そのために虎の尾を踏まなければならないのだとしても、お前は迷っても最後にはやるのさ。いや、迷っていることすら、ふりでしかないのだろう。そういう男だ……そうだろう? だったら、私としては応援するまでだ。なに、骨は拾って、しっかり墓に埋葬し、毎月墓参にいってやる。私が死ぬまで、墓守をしよう。葬式でも盛大に泣いてやろう。私が出来るのは、せいぜいそのくらいだ……」


 よくわかっているな、と俺はそれを聞いて思った。

 確かに今、俺は迷っている……という態度でいるが、実際はもう覚悟などほとんど決まっていた。

 これを飲んで、死んだり廃人になったりするのは当然いやだが、そうなったらそうなったで仕方がない。

 飲まなければ俺は一歩も前に進めないし、今後の人生は生きているだけの死人と化すだろう。

 ……比喩的な意味でだ。

 物理的に本当にそうだというのはなんだか滑稽だな。


 とは言え、それでロレーヌに迷惑をかけるのもいやである。

 だから俺はロレーヌに言う。


「……すまないな。もし、おれがこれをのんで……おかしなことになったら、まじゅつでもうちこんでやきつくしてくれ」


 ロレーヌはそれを聞いて、


「そうならないことを祈るがな……」


 と願うように言った。


 俺はそれを見、頷いてから、水晶作りの瓶を手に取る。

 僅かな不安に揺れるロレーヌの瞳を見ながら、俺は瓶の蓋を開け、そしてその中身を飲み干した。


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