「お母さん、ありがとう」羽生結弦が一番最初にメダルをかけた女性…母親からの「お誕生日おめでとう」は世界中からの「お誕生日おめでとう」に
目次
「お母さん、ありがとう。」羽生選手篇
羽生結弦と共にある人々は憶えていても、世間の多くはもう、忘れていることだろう。
羽生結弦は2017年、世界最大の生活用品メーカー、P&GのCMに出演した。 ※1
CMは『「お母さん、ありがとう。」羽生選手篇』と題されたものだった。
平昌2018冬季オリンピックのキャンペーンの一環でもあったが、羽生結弦はCM内で「17歳の時、トロントへ。」というテロップとともに、このように語っている。
当たり前のように、僕の夢を後押ししてくれている
「仙台からトロントに拠点を移した時、もちろん、不安もありました。母が一緒に来てくれて、食材を探して和食を作ってくれたり、練習に専念できるように毎日洗濯をしてくれたり、当たり前のように、僕の夢を後押ししてくれているので、すごく感謝しています」
「お母さん、ありがとう。」
羽生結弦にとっての、たったひとりの生みの母。
息子が羽生結弦という存在になってしまった。いや、歳を重ねるごとに羽生結弦という存在になってゆく。そして、みんなの羽生結弦になった。そうした気持ち、喜びと苦労、私ごときが推し量ることなどできようはずもない。想像を絶する。
間違いなく歴史上に名を残す羽生結弦という子を持った母という存在
ただ「母親」ということなら、私にも母親はいる。わかる。あえての私事で恐縮だが私の中学時代、ペンキ屋で職人気質、学に理解のない父親に歯向かって高価なワープロや、たくさんの書物を買い与えてくれたのは母親であった。
父親と喧嘩して、それでも買ってくれた。本を買う金も内緒でいくらでもくれた。舞踊家でもあったが彼女は貧しかった故に中卒で学がなかった。それを悔しがっていた。そうした育ての恩、私は返す術を知らない。
市井の私ごときでそうだ。羽生結弦と母親の二人三脚、五輪2大会連続金メダルという偉業、国民栄誉賞、スーパースラム、間違いなく歴史上に名を残す羽生結弦という子を持った母という存在。
羽生結弦はそうした母親を、「当たり前のように、僕の夢を後押ししてくれている」と語る。母親の愛だ。こうして「母親の愛」と語ると笑う者もあるだろうが、冷笑でなく、捏造でもない、愛だ。母親の愛、これもまた、世間の多くが忘れていることのように思う。 ※注1
母親の愛は偉大だ。それは返しようがない
母親の愛は偉大だ。繰り返すが、それは返しようがない。いくら返しても返しきれない。だから私たちは、その受け取った愛を自分の子や、自分が愛する人や、自分と共にある人に贈る。そうして世界はまわっている。
冒頭のCMでは「世界でいちばん大変な仕事は、世界でいちばん素敵な仕事です。」というテロップもあった。これは「自分が携わる」と頭につけてもいいだろう。誰しも自分の仕事がいちばん大変、それはいちばん素敵な仕事、これは「母親」という仕事(定義として)もそうだろうと思う。
羽生結弦と共にある人々にとっては旧知の事実ばかりかもしれないが時期も時期、良いことは何度書いても、繰り返しても一向に差し支えないと思う。ご容赦願いたい。
一番最初にメダルをかけたのは母でした。母は、そばにいてくれるだけで十分な存在
羽生結弦は平昌で2大会連続の金メダルを取り、オリンピック選手とその家族のために特設されたP&Gファミリーホームでこう語っている。
「一番最初にメダルをかけたのは母でした。母は、そばにいてくれるだけで十分な存在です」 ※2
これほどの栄光に至るまでの母子の道程。これも繰り返すが、私などに窺い知ることは不可能だ。県営住宅で育ったごく一般的な家庭の羽生結弦とその母親。フィギュアスケートは本当に金がかかる。それでも家族として、母親として子の背中を見守り続けた。日本代表になっても、金メダルをとっても、世間に出ることはなかった。詮索され、ときに心ない言葉をメディアでばら撒かれることがあっても。 ※注2
「私が親です」とタレントどころか国会議員にまでなってしまう親もいる
有名スポーツ選手の親の中には「私が育てた」「私が親です」とタレントどころか国会議員にまでなってしまう親もいる。それはそれで構わないが、羽生結弦の母親はそうではなかった。ただそれだけの事実だ。「そばにいてくれるだけで十分な存在」という羽生結弦の語る、事実だ。
母親の愛を素直に語ることは多くの国で「素晴らしいこと」とされるが、日本ではどこか気恥ずかしいというか、文化的な違いもあるのだがあまり好まれない空気があることもまた事実だ。しかしそれは誤りで、やはり母親の愛は素晴らしいものだし、称えるべき愛だ。
母の愛はある。それは羽生結弦にとっては「当たり前のように」「そばにいてくれる」存在ということなのだろう。私もそう思う。
羽生結弦が自分のだけでない「お母さん」という命題で語った言葉
「僕は「僕」です。人間はひとりとして同じ人はいない十人十色です。僕にも悪いところはたくさんあります。でも悪いところだけではなくて、いいところを見つめていただければ、(子どもは)喜んで、もっと成長できるんじゃないかと思います」 ※3
これは先のCMに前後すること2014年、グランプリファイナル連覇後に問われた言葉だが、羽生結弦が自分のだけでない「お母さん」という命題で語った言葉だ。
本当に、そういうものなのだろう、と思う。
誕生日を迎え、羽生結弦も29歳。その29年には多くの人々の力と、応援とがあった。しかし何よりも大きく、偉大だったのはやはり、「当たり前のように」「そばにいてくれる」、母親という最高の愛だった。
いまや母親からの「お誕生日おめでとう」は世界中からの「お誕生日おめでとう」に
その最高の愛は、母親から羽生結弦への「お誕生日おめでとう」は、いまや世界中からの「お誕生日おめでとう」になった。
我が子が成長して世間に必要とされる、世間様のお役に立つ、母親としてこれほど誇らしいことはないように、思う。
お誕生日、おめでとうございます。
●出典
※1 共同通信PRワイヤー『P&G新TV-CM「『お母さん、ありがとう。』羽生選手篇」を11月17日(金)から全国放映開始!』,毎日新聞デジタル,2017年11月15日配信.
※2 オリコンニュース『五輪を終えた羽生結弦、家族への感謝語る 「一番最初にメダルをかけたのは母でした」』,2018年2月27日配信.
※3 羽生結弦『羽生結弦語録』,ぴあ,2015年,p2-3.
■脚注
※注1 「そうした愛などなかった」という人もあるかもしれないが、本稿の主題は「羽生結弦」とそのお母様なので、それは残念ながらご自身の問題である。また「母親とはそういうものと決めつけるな」「父親はどうした」という人もあるかもしれないが、それもまた主題ではない。どうかご自身の界隈で論じていただきたい。念のため記す。
※注2 赤の他人が親を誹謗してその子の人格を否定する、親をあげつらってその子を下げる。ましてや憶測かつ匿名原稿とするならそれは表現の自由とか、言論の自由などではない。非実在ではない実在の子どもが児童ポルノで被害に遭う映像作品でも彼らは「表現の自由」だと守るのだろうか。理屈ではなく、人間社会の物事には「限度」というものが存在する。仏教とするなら「法爾の道理」だろうか。転じてそれを「社会倫理と」呼ぶ。また、親と羽生結弦は独立した一個の存在として別に成立している。その関係性の目的外利用を「評」とは呼ばない。