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07月26日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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土曜「聞く・語る」【北の文化】

なぜ個人文芸誌なのか 澤田展人

写真: 拡大

写真:現在2号まで刊行されている「逍遥通信」 拡大現在2号まで刊行されている「逍遥通信」

 ■育成の往来が前へ進む力に

 ●澤田展人 「逍遥通信」編集人

 カフカは、ごく限られた仲間の前に現れ朗読をする形で作品を発表したと聞く。朗読するカフカ本人がぷいと噴き出したこともあるらしい。難解として知られるカフカの小説がそんな風に発表されたことに、何とも言えない面白みを感じる。

 ここにあるのは、肉声を届け、肉声の反応をもらうコミュニケーションである。息づかいの聞こえるような書き手と聞き手の輪があればこそ可能になるカフカの文学表現が、そこにあったのではないか。

   ◇  ◇  ◇

 少部数の個人文芸誌「逍遥通信」を昨年から発行している。ネット上にアップすれば一瞬にして膨大な数の人の目にふれてもらうことが可能な今、ちょっと時代遅れな活字の文芸誌をどうして始めたのか、その理由を記したい。

 私は現在63歳、退職した教員である。若いころ私は、定年後、退職金と年金で趣味や旅行を楽しむゆったりとした生活が待っているはずだと、安易に夢を見ていた。しかし、現実は大違いだった。退職後しばらくは無年金状態になるため再任用で食いつなぎ、親の介護に右往左往し、子どもが自立できるのだろうかと将来を思い悩み、そうこうしているうちに精神の不安定に襲われた。

 自分はただ流されるように生きてきて、何の意味あることもせぬまま朽ち果てていくのではないか、という悲哀の感情に繰り返し襲われた。そうなると、ふだん価値を置いていたすべてが色あせたものになり、居ても立ってもいられぬ状態になった。情けないことに、夕暮れ時に己の来し方行く末を見失い立ち尽くしている旅人の心境であった。

 「逍遥通信」を発行してみようと思い立ったのは、このような場所にいる自分に今できることは、誰かにことばを届けることだけだと思ったからである。これまでさまざまな縁で知り合った方たちに直接お届けする形で発行を始めたところ、予想外に多くの方から感想をいただいた。私の悩みなど吹き飛ぶほどの苦しい体験を負った人からの便りに、居ずまいを正される思いをすることがあった。

   ◇  ◇  ◇

 また、ありがたいことに20冊、30冊と新たな読み手に小誌を渡し、感想を送るよう促してくれた友人がいる。このような小誌を媒介にしてできたやりとりは、書き手と読み手の間に互いの声が交わされる場に近いものではないか、と感じている。このように受けとめたとき、自分を前に押し出していく力が生まれるのを覚えた。

 すでに作家・ジャーナリスト・研究者として業績のある方たちにも執筆していただいたが、私同様、初老期を迎えながらいまだ闇をさまよい、生き方を模索している60歳代の無名の人たちに原稿を書いてもらいたいと願っている。現代の日本、絵に描いたような穏やかな老後を過ごしている人はほとんどいない。経済的にも、精神的にも揺れ動きながら日々をやりくりしているのがおたがいの実態である。その揺れ動きの中でつかんだことを記録し、伝えることは、後に続く人たちにとって価値あることだと信じている。

    ◇

 さわだ・のぶひと 「逍遥通信」編集人 1954年生まれ。高校教員として勤務する傍ら創作を始める。2010年、「螺旋の道」で北海道新聞文学賞佳作を受賞。著書に「魂の歌手」(共同文化社)。「逍遥通信」の入手問い合わせはメール(sawada.kn@jcom.home.ne.jp)へ。

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