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第一部:Tamer's Mythology
第二十六話:アネットさん度胸ありすぎ

 グラエルグラベール王国は大国である。

 広大な領土に肥沃の大地、種族を問わず招き入れる国風に、国内に三つのS級を含む十二の迷宮(ダンジョン)を抱えていることもあり、探求者のレベルも周辺諸国と比較しても際立って高かった。

 故にギルドの建物の大きさも、聖都に存在する総本部を除いて最大級の大きさを誇っている。

 敷地面積はおよそ二十万平方メートル。それはもはや一つの建物の域を越えていた。内部施設についても、依頼受領用のカウンターや買い取りカウンター、ギルドショップなどの一般的なものから探求者向けの図書館や、医療施設、申請することによって一時的に借りることのできるミーティングスペースまでありとあらゆるものを網羅している。


 依頼カウンターの一つ、S級以上の依頼のみを取り扱うカウンターに集団がいた。

 老若男女、多種多様の装備をした一団である。防具も、武器も、種族も、何もかもがちぐはぐなその集団の共通点はたった一つ、心臓の位置に誂えられた剣の模様をしたカフスボタンのみ。

 クランの規模、討伐ランク、累計ギルドポイントを元に、ギルドが選出するクランランキングで第三位を誇る最大手クラン


 『剣の団』


 メンバーの平均ランクがA級を超える、そのクランの名を知らぬものは探求者ならばいないだろう。

 人数こそ多くはないものの、そのメンバーはまさに一騎当千。

 一勢総集合しているその様子に、依頼を受けに来た探求者が遠巻きに何事があったのかその様子を見ている。

 カウンターに座る猫人種(ワーキャット)の女性が硬い顔で答えた。胸元に付けられた名札には『サリア・ウィドマン』と記載されている。ギルドのカウンターを任されて八年目のベテランであり、ギルドの顔に相応しい美貌を持った少女だ。だが、表情こそ平然としているものの、猫人種特有の瞳孔が目一杯広がり、見る人が見れば動揺している様子は明らかだった。


「ですから、シィラ・ブラックロギアの討伐は恐らく失敗しています。今日の朝八時で有効期限切れです。依頼を受けた探求者の命ももうないと思われます。上層部で、探求者の『生者の炎』の反応が消失している事を確認済みです」


 『生者の炎』とは、探求者の生存を確認するための魔法だった。特定の探求者の魂を検知し、生存している限り燃え続けるというSSS級の探索魔術だ。それ自体が貴重な魔道具だったが、S級以上の第一線級の探求者については依頼を受ける前にその魔術を受ける権利があった。


 カウンターの前でサリアの前に立つのは、白銀の長髪を後ろでくくった身長二メートル弱の偉丈夫だ。

 有機生命種(ヴィータ)種族ランクSS、数ある種族の中でも最強種と呼ばれる一画、『(ドラゴン)

 それは、俗世に興味を持たない傾向の高い竜種の中で、人に化身し探求者となった稀有な個体だった。

 探求者の間では知らぬものがいない最高の探求者であり、同時に伝説に最も近い男。


 『リード・ミラー』


 探求者ランクSSSの銀鏡竜、剣の団のクランマスターである。人化のスキルで人の形をとっていても、なお隠し切れない圧倒的な威容を振りまく男が、サリアのその答えに、顔をしかめる。


「解せないな。ただのL級の討伐依頼……いや、確かに経緯を見る限りでは油断ならぬ恐るべき相手ではあるが、SSS級の上位探求者ならそう易易と敗北を喫する相手ではないはずだ。しかも、今回の依頼を勝ち取ったのは確かーー」


「SSS級探求者、魔物使い(ブラッド・ルーラー)のフィル・ガーデンさんですね」


 サリアの言葉に、リードは眉をぴくりと動かした。噂では聞いていたが、自分の耳で聞くとそれが如何なる大事かわかる。

 L級の依頼は数が少ない。そのため、複数探求者がその依頼を受領する意志を見せた場合は早い者勝ちではなく、ギルド側が吟味し、最も的確な探求者に依頼を送ることになる。

 魔物使い系のクラスの最上位の位、支配使い(ブラッド・ルーラー)。そのクラスにつく者の中でもその探求者の名は、王国近辺では知らぬものがいないくらい有名な名前だった。

 少なくとも、依頼を受ける意志を見せ、選ばれなかったリードが納得できる程度には。


「馬鹿な。コラプス・ブルーム……あの怪人が、たかがL級の幻想精霊種(テイル)におめおめと殺されるだと……いや、敗北するだけならともかく、生き延びる事すらできないなど、それこそ……ありえない」


 生き延びることに長けた探求者である。

 強運も勿論その通りだが、その脆弱な肉体、吹けば吹き飛ぶようなHP量しか持たないその探求者は、今までリードが見てきた者達の中でも極めて優秀な判断力を持っていた。


「ですが事実フィルさんは帰ってきていません。そのスレイブも。彼は依頼を達成したら即座に……少なくとも翌日には連絡に来る勤勉な探求者でした」


 淡々と述べられるその単語に、リードはそれが真実だと言う事を実感する。もとより、ギルドの職員が嘘をつく意味もない。

 リードは歴戦の探求者だった。信じがたい事実を一瞬で飲み込み、思考を再開する。

 生者の炎は絶対だ。生きている限り、魔術を解かない限り、その炎は燃え続ける。


 王国最強の魔物使いも人の子だったということか……


 それを飲み込める程度に、リードには経験があった。


「では、討伐依頼はまた受託者待ちか?」


「はい。リード様もご存知の通り、ギルド上層部はSSS級探求者であるフィル・ガーデンさんの失敗を受けて、クランランクがSSS級以上の大規模ギルド全てにシィラの討伐依頼を通達しました」


「全てだと……大事だな」


「はい。私が職員を始めてから……こんなのは初めてです」


 サリアが瞳孔が開ききった瞳でリードを睨みつけるように見る。


 気が立ってるな……と、内心で考える。

 とはいっても、リードもリードで冷静ではいられなかった。

 フィル・ガーデンはプライマリーヒューマンの魔物使いだ。本体の戦闘能力こそなかったが、それを補って余りある力のあるスレイブを連れていた。それこそ、L級討伐も易易とこなせる戦闘力を持つ超次元のスレイブを。だからこそ、脆弱すぎる肉体を持ちながらも王国最強の魔物使いと呼ばれたのだ。


 調査・探索を担当するマスターに、討伐を担当するスレイブ。その二本柱で恐るべき速さで探求者のランクを駆け上がった正真正銘の怪人であり……SSS級探求者の中でも上位ランカーだった。


 最強の探求者と名高いリードとは別の意味で王国全土に名前を馳せるビッグネーム。その敗北は王国に取って大きな痛手になるだろう。


「もうどこかが受託したのか?」


「いいえ、通達はしましたがどのギルドも未受託です。フィルさんの敗北が尾を引いているようです」


「それはそうだ……フィルが負けたということ……奴はもはや『餌』ではなく、明確な脅威だという事だ。……シィラ・ブラックロギア……何かあるな。フィルはいつも通りアリスを連れて行ったんだろ?」


「はい。アリス・ナイトウォーカーを付随して討伐に向かったようです。……討伐依頼の執行直前に、挨拶に来たので、間違いありません……」


 サリアが泣きそうな表情でリードに訴える。

 フィルはソロでの活動を専門とする探求者だった。だからこそ情報収集にはクラン単位で活動する他のメンバーよりも力を入れており、ギルドの職員とも他のクランメンバーとも仲が良かった。現にサリアと下らない探求に関係ない会話をしているのをリードも何度か見ている。

 思考していたほうが楽だろう。リードが呟いた。


「アリス・ナイトウォーカーのスキル……生命操作(ライフ・コントロール)は強力なスキルだ。分かっていてもどうにもならない、知恵や策謀で安易に対策できるようなスキルじゃない……」


 高い種族ランクに希少で極めて汎用性に富んだ種族スキル。

 基礎能力も、有するスキルも、アリス・ナイトウォーカーという個体は極めて強力なレイスだった。

 もし仮にフィルのスレイブにならずに探求者になっていたとしても、SSS級まで上り詰めることができるだろう程に。

 極めて脆弱で、優秀な魔物使いがその右腕として選択する程に。


「……はい、リード様の仰る通りです。アリス・ナイトウォーカのスキルは極めて強力です。が、事実フィルさんもアリスもギルドに戻ってきていません。実際に敗北した以上、シィラに生命操作(ライフ・コントロール)を打ち消すようなスキルを持っていたと考えられます。王国ギルドはシィラの情報調査のため、黒の森に調査団を派遣しました」


 サリアが虚ろな眼で、しかし事務的に答えた。


「なるほど……生命操作(ライフ・コントロール)の対スキルか……予想もつかないが……フィルも運が悪かったということか……。調査結果が出たら連絡をくれ。結果次第では剣の団がその依頼、受けよう。一応フィルにも……世話になったしな」


「はい……よろしくお願いします……」


 探求者の殉職率は他の職の比ではない。本人も唐突な死は覚悟していたはずだ。

 リードは朋友のために数秒黙祷し、自身のクランメンバー達に向き直った。

 SSS級探求者を尽く返り討ちにする魔竜。種族は違えど、同じ竜種だ。ある種のシンパシーがあった。


 もしかしたら、これが最後の討伐依頼になるかもしれないな。


 そんな漠然とした恐怖と迫り来る脅威に対する高揚を覚え、竜の瞳が一度強く輝いた。


 油断したな、フィル。

 いつか俺が冥府に沈む時までゆっくり休め。

 またいつか会ったその時には、みやげ話をしてやろう。





**********





 リンが頭を深く下げた。


「アム……ごめんなさい。私が悪かったわ。今更謝っても仕方ないかもしれないけど……」


 アムはそれを見て、寂しさと喜びと恨みが入り混じった表情を浮かべた。

 僕の方を一瞬見てきたので、頷いてやる。

 頭を下げ続けるリンの後頭部をじっと見つめる。


「いや、いいんですよ……リン。私も悪かったんです……スキルの制御が甘かったから……。頭を上げてください。私は……もう気にしてません」


 あんなに吐き出しといてよく言うよ。

 と思ったが、口には出さずにアネットさんが持ってきてくれたコーヒーを飲み込んだ。

 アムの言葉に、リンが顔をゆっくりと上げる。目が真っ赤になっているのは、先ほどの広谷の暴走のせいだけではないだろう。

 見たところ、リンはヘマはしたが屑ではない。


「……ありがとう。ありがとう、アム。……アム、少し変わった?」


「そうですか……? 自分では……分からないけど……」


 リンがアムの眼を見る。その瞳の中に答えがあるかのように。


「ええ……なんというか……強くなった?」 


「もしそう思ったならそれは……フィルさんのお陰ですね。私のマスターになって色々教えてくれた……」


 アムが負の感情のない純粋な眼で僕を見る。

 確かに、アムは変わった。だがそれはマイナスがゼロになっただけであって、僕に言わせてもらえれば、そこまで言われるようなものではない。


「フィル・ガーデン……」


 リンの顔がこちらを向く。その眼は存外に険しい物だ。

 自分の友人を、しかも元々契約する予定だった友人を取られた場合、いい感情は浮かばないはずだ。

 まぁ、僕には関係のない話……契約は早い者勝ち。恨みっこなしだ。


 僕はにへらと砕けた笑みを作って、リンに右手を差し出した。


「二回目だけど、初めまして、かな。僕は魔物使いのフィル・ガーデン。元々は北側……境界の外で探求者をやっていた。三日前からは、アムと短期契約を結んでマスターをやってる。今後ともよろしく」


「……私はリン・ヴァーレン。つい三ヶ月程前にクラスを得たばかりの魔物使いよ。アムとは……友達よ」


 差し出してきた手をしっかりと握る。

 手の平から体温が伝わってくる。何度も契約を試みて失敗したと聞いた時から分かっていたことだが、内在する魔力の量は僕の比じゃない。確かに優秀な魔物使いになれる素質を秘めているようだ。

 魔力がなくても魔物使いにはなれるが、あればスレイブの戦いが楽になる。僕は何一つ使えないが、アクティブ系の付与スキルが豊富に揃っているからだ。広谷の眼は確からしい。

 まぁ、魔力量だけで力量は決まらないので、是非とも精進していただきたい。


 ちなみに、その広谷は、大人しく椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。先ほどの暴れっぷりが嘘であるかのように大人しい。てかさっきまで大暴れしていたヘルフレッドにコーヒー持ってくるとか、アネットさん度胸ありすぎ。


 リンがちらちらと僕の表情を伺っている。せわしなくアムと僕の顔を交互に見ている。

 険以外の何かが混じっているような気がして、首をかしげた。


「ん? 何か僕の顔に何かついてる?」


「フィル・ガーデンって本名?」


「正真正銘の本名だよ。僕以外に同姓同名の探求者もいないはずだけど」


 リンが顎に指を当て、僕をじっと観察する。


「SSS級探求者のフィル・ガーデン? ランドガレノフの『友魔祭』で優勝した?」


「ああ、そのフィル・ガーデンだね。今はギルドカードなくしてD級探求者だし、優勝したのは第三百二十二回の大会だけだけど」


 懐かしい話だった。

 『友魔祭』とは、魔物使いオンリーで行われる武闘大会みたいなものだ。

 戦うのはマスターとスレイブの一ペアで、この大会で良い成績を収める事は魔物使いとしてはこの上ない誉とされる。

 四年に一度、北と南で交互に開催されており、第三百二十二回は北のランドガレノフ、第三百二十三回は南で開催されており、招待状は来たが第三百二十三回は結局境界の南に行けずに不戦敗で終わってしまった。

 まぁ、優勝賞品自体は大したことがないが、その性質上、いつもは群れない魔物使いが一同に会するいい機会であり、見ているだけでも楽しい魔物使いのお祭りだ。次は北で開催予定のはずなのでこのままでは参加できないだろう。

 本当に楽しいのに……


「嘘っ!? 本物……? 何でこんなところに!?」


 目を見開いて信じられないものでもみたかのような表情で全身を検める。

 何か最近、名前を言っても信じてもらえない事が多い気がする。探求者のランクが実力に見合わないせいか。

 もう慣れきってはいるが、やはり少し侘しい気分になる。


「リン、フィルさんの事知ってるの?」


「アム、まさか知らずに契約したの!? ……魔物使いの中では有名人よ。まさかこんな遠くに来ているとは思わなかったけど……。あ、今度ランドガレノフの『友魔祭』の動画見せてあげるわ。映写結晶、高かったんだから!」


 興奮したようにアムに話す。もう先ほどの湿っぽい空気は全くない。

 リンの剣幕に、アムが眼を白黒させた。

 久しぶりに僕の事を知ってる探求者にあったな……


 映写結晶とは映像を保存するための魔道具だ。量産できるので貴重品という程でもないが、需要が多いし、材料も高価なため、値段は決して安くない。元々魔道具は最低辺のものでも十万以上するのだ。


「あはははは、あんな昔の映写結晶見てくれて光栄だよ。あ、サインあげようか?」


「サイン!?」


「え!? サインくれるの!? いや……いただけるんですか!? お母さん、色紙! 色紙、あったっけ?」


「リンっ!? サインほしいの!?」


「確か二階の私の部屋にあったはず……」


 「ちょっと待っててください!」と言って、色紙を取りに足音高く二階に駆け上がっていった。

 アムも広谷もアネットさんもあっけにとられる。

 呆然とリンが消えていった扉の向こうを見ながら、アムが呟いた。


「魔物使いってまさか……変な人ばっかり……?」


 広谷も同じようにうんざりした表情をする。


「奇遇だな……俺もちょっと、やっていく自信がなくなったぞ……」


「フィルさん、そんなに有名人だったんだねえ……」


 アネットさんが呑気な声を上げる。


「僕の経験則で言わせてもらうと……リンは腕はともかく、まともな方かな……性格は……」


「ええ!?」


 リンはまだ言葉が通じるからマシな方だ。魔物使いの祭典にはもっととんでもないのが腐るほど集まってきていた。

 契約時の印象が大切なので、魔物使いはただひたすらに濃い性格のものが多い。一瞬で印象を強烈に焼き付けるためだ。

 しかも優秀であればあるほど変態だ。中には平然と虫系のヴィータと交合を行う者さえいて、僕も真似できなかった。

 そして哀しいことに、それこそが、スレイブとさえ契約できればギルドランクを上げるのが非常に簡単な『魔物使い』の数が少ない理由でもあった。

 リンは勿論、僕もどちらかと言うと正常な部類に入る。


 出て行った時と同じ速度で、リンが飛び込んできた。

 足元に白い術式光がまとわりついている。付与魔術の『スピード』だ。身体能力もどうやら僕よりも高いらしい。

 無駄に魔術まで使って取ってきた色紙とペンを差し出してくる。顔は真っ赤だった。


「お、お待たせしました! あの……これ……」


「ああ、構わないよ……」


 ペンのキャップを外して、さらさらっと色紙にサインを書いていく。

 魔物使いにはミーハーが多いから、狭い世界の有名人である僕でも時たまサインを頼まれるのだ。

 アムが何とも形容できない表情で僕の手つきを見ていた。


「……手慣れてますね」


「慣れてるからね」


「あ……あの、できれば……『リンちゃんへ』って書いていただけますか?」


「……いいよー」


 リンが照れるように言う。

 テンション低めでお願いに応えた。

 アムの視線が氷点下になる。リンは、自分の株がどんどん下がっていっているのに気づいていない。

 ちゃんと箒のマークまで書き終え、サインをリンに手渡した。

 リンは、アムと仲直りした直後にも見せなかったくらい嬉しそうな表情でそのサインを抱きしめる。

 ちょっとそれはどうかと思うよ?


「……リン、それ、嬉しいの?」


「今日という日を、私は忘れないわ……」


 まるで恋する乙女のように、うっとりした表情で眼を伏せた。

 度し難いものでも見るかのような表情でそれを確認するアムの眼にはもはや昨日見せた涙はない。あるのはまるで豚でも見るかのような冷酷な瞳のみだ。

 夢現の表情で色紙を抱きしめるリン。ちょっと現実を思い出させてあげないと、このままどこかに飛んでいってしまいそうだ。


「リン」


「ひゃい!」


「広谷との契約の更新、できるね?」


 僕の言葉に、リンが不安げに広谷の方を見る。向けられた側も、不安そうな視線に顔をしかめる。

 違う違う違う。そういうのが……よくないんだ。

 ため息をついて、両手を伸ばしてリンの両頬を摘んだ。


「ひゃ……!」


「マスターが不安そうな顔をしていたらスレイブも不安になるだろ! そんなんじゃ成功する契約も成功しないよ! まったく……、なってないな。ちゃんとするんだよ」


「ひゃ……にゃ……わかひ、まひは!」


 リンの頬から手を離す。強くやったつもりはないのだが、頬がヒリヒリするのか自分の頬をさすっている。

 だが、実際の所、この契約は成功しているようなものだ。元々契約の魔法は初回のみ使用するものであり、更新の際は特に苦労しない。

 だから、肝はスレイブ側の意志なのだが、今回のスレイブ側ーー広谷の意志はさっき僕が『恐怖の唄(アフレイド・シーン)』で確認している。

 まぁ、新参の魔物使いを先輩が補助するのはそれなりにある事だ。

 今はできなくても生きていればいつかは……できるようになるだろう。重要なのは折れない心を持つ事だ。

 続いて広谷の方を向く。


「広谷、頼めるな? リンは新米だ。助けてやれ。それもスレイブの役目だ」


「……はぁ……ああ、わかった。……それもスレイブの役目、か。そうか、なるほどな……」


 広谷がため息をついて、しかししっかりと頷いた。

 これなら再度鬼に転ずる事もないだろう。僕も手を汚さなくて済むってもんだ。

 最後にアフターフォローまでしてやる。僕程きめ細かい魔物使いはそうはいるまい。


「リン、アネットさんから聞いたかもしれないけど、しばらくここにご厄介になるから。契約を更新したら内容を確認してあげるから持ってきなよ」


「へ? ええええええええ? 厄介って、フィルさん、うちに泊まるんですか!? なんで?」


「迷惑?」


 面白いくらいの勢いで、リンが首を横に振った。


「いえいえいえいえいえいえ、とんでもないです。こんな所でよければ、いくらでも泊まってってください。あ、部屋、掃除しなくちゃーー」


「……別にリンの部屋には行かないですよ……」


 アムが面白くなさそうな顔でひとりごちる。

 そんなスレイブの頭を、撫でてあげた。


 しかし……予想以上に聞き分けが良くてせっかく買った手錠も鞭も、使わなかったなあ。

 腰の重みを感じつつ、手錠の耐久テストの機会が失われたことに少し残念だった。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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