私は「池田さん」と呼びかけられても、もう1回、つまり2度呼びかけられないと振り向かないことがある。なぜかというと、幻聴体験があるからだ。その体験は精神疾患によるもので、当時はまず不眠症を患った。次いでパニック障害に陥り、重篤な双極性障害へ移行し、時は過ぎて、今となってはようやく寛解している。
なぜこういったことを話すかといえば、本稿で扱う「Hellblade: Senua's Sacrifice」が精神疾患を大いに取り扱い、主人公セヌアが精神疾患を患っているという設定、それに準ずる演出、物語があるからだ。そして最初に表示される警告が以下のものとなる。
この時点で開発陣が真摯に取り組もうとしていること、精神疾患をゲームで再現し、そして物語を紡ごう、という志がどことなく見えてくる。
本作のチャレンジと精神疾患というチャレンジ
精神疾患を扱うにあたり本作は北欧神話の体系にそれを落とし込んだ。ゲーム内で行われることは神話的世界での試練(チャレンジ)としてして扱われる。つまり精神疾患をチャレンジとして扱っている。この、精神疾患をチャレンジとして扱うことは、実際海外圏では精神疾患に罹っている者を"mentally challenged man"と呼ぶこともあるから妥当かつ的を射た表現だろう。ただし、この言葉は使う者によってニュアンスは異なり、侮蔑的に使う者もいればポリティカル・コレクトな表現として使う者もいる。
チャレンジに関してだが、落下すれば死んでしまう一本橋を渡るシーンや戦闘、謎解きパズルなど多くのチャレンジシーンがある。これは精神疾患をチャレンジとして暗に描いていることを裏付ける。また、プレイヤーはセヌアを動かす意思のようなものであり、彼女にとってはただの、幻聴と認識を司る一部である。
否定的にも肯定的にも描いておらず、美しく感じるか、醜悪に感じるかをプレイヤーに委ねている
精神病それ自体を素晴らしいと言いたいわけじゃない。それはゆがんだ選民思想だ。しかし、この作品は否定的にも肯定的にも描いておらず、美しく感じるか、醜悪に感じるかをプレイヤーに委ねている。このフェアさには胸を打たれるものがある。または、美しい瞬間もあれば醜悪な瞬間もある、という示唆であり、それは精神病者と非精神病者分け隔てなく通底するものではないか、という問いかけでもある。それは重要なことなのだ。なぜなら精神病への理解はまだ始まったばかりで、本作はその理解を深める機能がある。あなた自身が精神病を患っていなくとも、この病は理不尽なのでいつなんどきあなたが精神病になるか分からないし、また、あなたの近しい人が精神病になるかも分からない。
極めてリアルな幻聴表現
作品全体に通ずる呼び声、幻聴の多くは360度あらゆる方向、あるいは頭の中から聞こえるようサウンドデザインされており、幻聴体験者にとっては非常にリアルな表現といえる。仮に体験者でなくとも、これを不気味にとらえるであろうし、幻聴とはこういったある種“理不尽な”ものなのだという点が伝わるとよい、そう思う。私が経験した幻聴は右後頭部から聞こえたものだった。しかし、やや矛盾するが、明確な定位感があったわけでもなく、どこか脳内で鳴っているようにも聞こえた。
ゲーム全体を通して左から聞こえてくる声は超越的な発言が多く、しばしば過去形で語ることから幻聴ではない可能性がある。この判断はプレイヤーに委ねられているが、役割としてはセヌアとプレイヤーを繋ぐ存在として読み取れる。
内心の戦いを模しているので、その過程において逸脱するほど傷を負うと本当に死ぬ
また、本作における幻聴にはよりゲーム色の強い機能が伴っている。戦闘中、自身からは見えない背後に敵がいると、幻聴は力強いが小さな声色でこうささやくのだ。"behinds you!(後ろにいる!)"や"go back go back go back(戻って、下がって)"と。これによって敵からのダメージを受けないよう戦い抜く。本作は死亡数が一定数に達するとゲームの進捗が初期化され、最初からプレイするしかなくなる仕様があるので死なないことは重要だが、相当な死亡数を経てもそうそう一定数に達しないようデザインされているので大きく念慮しなくとも良いだろう。
肝心なのは、戦闘は内心の戦いを模しているので、その過程において逸脱するほど傷を負うと本当に死ぬ、そういったメッセージとしての役割を担っているという点だ。
幻覚体験と深い没入感
本作における幻覚体験は、妄想が可視化したもののように描かれている。まさにそれこそが幻覚かと言われると、確かに妄想から発露する幻覚は存在する。しかしながらこと現代(前代でもおそらくあり得たが)においては処方薬による幻覚体験もあり得る。また、何もないところに何かや何者かを見るのも幻覚だが、タイトル画面でアニメーションするセヌアの顔の泥のように、既にあるモノの形がぐずぐずと歪んで見えるのも幻覚のバリエーションだ。