高校一年生の夏に、京都大学工学部情報学科に志望校を決めました。
主な動機は、大学で行える研究の内容が自分の将来やりたい事と一致していたからです。
長いようで短くもある高校3年間の受験期を乗り越えるにあたって何よりも重要なのは、志望校を早く決定し、それを貫き通すということです。
1年生の僕にとって京大の情報学科は手が届かないような高みにある大学でした。
それでも情熱と夢はふんだんにあり、この気持ちを3年間持ち続け、そこに向かってひたすら進むことが何よりも大切なことです。
その気持ちをずっと支えて下さったのが笠見先生です。
先生が僕のことを最後まで信じて下さったおかげで、苦しい時でも迷いなくずっと京大だけを目指して進むことができたと思っています。
先生と僕の3年間の軌跡を書いていきます。
僕はこの受験勉強の中で、大きく3つの失敗をしました。
第一の失敗は、1年生の夏のことです。
先生との受験勉強が7月にスタートした直後、「まずは英語を固めよう」ということで、夏休みの間に「DUO」と「システム英単語」の例文を全て覚えてくるように言われました。
先生としては、ここでスタートダッシュを決め、英語で圧倒的なアドバンテージを得る予定でしたが、夏休み後に行った例文のテストで僕は惨憺たる点数をとってしまいます。大げさではなく0点に近いものでした。
夏休み中、先生に対し、自信に溢れた大言壮語を散々吐いておきながらのこの結果であり、当然ながらもの凄くお叱りを受けました。
中学までやってきた暗記の仕方では詰めが甘く、大学受験では到底通用しないと思い知らされます。
何度も何度も紙に書いて覚える、といった泥臭い勉強法の大切さを学んだ事は収穫でしたが、英語のスタートダッシュは確実に遅れました。
第二の失敗は、1年生の3月から2年生の6月にかけてのコロナによる休校期間中でした。
僕はこの間、数学の黄チャートの習った範囲を3周ぐらいして基礎を定着させる、という作戦をとりました。
基礎を固めることは、受験においてとても大切ですが、京大を受ける上でこの勉強法は不十分でした。
京大数学では、誘導形式の問題が少なく、難問へのアプローチ、発想力が問われます。
僕はここで、基礎をやるだけでなく、休校中の大量にある時間を使って、難問をたくさん解くべきだったのです。
追い込みの時期になってくると、一問を数時間かけて解く、ということは難しくなります。時間のありあまるこの時期に、基礎の定着という守りに入って、難問をガツガツ解く、という攻めた勉強法をしなかったのは、怠惰でした。
第三の失敗は理科です。
地方の高校から難関校を目指す際に、理科が最大のネックになります。
中高一貫校の生徒は、高校2年生までに理科の全カリキュラムを終わらせ、高校3年生の間は問題演習ができます。
僕の場合、理科のカリキュラムが終わるのが3年生の秋頃だったため、その時点でそもそもハンデを背負っているようなものなのです。
僕はその事実を先生に聞いて、知っていたにも関わらず、学校の進度に合わせて悠長に基礎固めをしていました。
本気で中高一貫校の生徒と戦うなら、「スタディサプリ」などの映像授業でも使って、積極的に先取りすれば良かったのです。
このしわ寄せが、3年生になって過去問に取り組むタイミングが遅くなるというところに来てしまいます。
難関大学を受けるという人は、特に3つ目の理科の事例は反面教師にして欲しいと思います。
次に各科目の勉強法について書きます。
〈国語〉
1年生の9月から京大の過去問を解いていました。
京大の国語は、とにかく大量に記述させる問題なので、その長い文章を読みやすくまとめる力が必要となります。
文章力、記述力は自分で書いて添削を受けなければ成長しません。
学校で課題として出される国語の問題集もありましたが、記述量は30字程度で、京大の問題に十分な文章力の養成は見込めませんでした。
また、よく読書が効果的、と言われますが、僕は読書量が不足しており、読書時間が十分にとれない状況にありました。
そこで先生は、僕に「得点奪取・現代文」「現代文のアクセス」「現代文の開発講座」などの問題集を渡し「この問題の本文をじっくり読んで咀嚼して読書に変えろ。そうすれば短時間で濃い読書になる。」ということをおっしゃいました。
この勉強法と、文章を書いて添削してもらうことで、少しずつ記述力がついていきました。
〈数学〉
ⅠAⅡBについては、2年生ぐらいから京大の過去問を解いていました。
数Ⅲは、基礎内容が難しいので、3年生の始めぐらいまで基礎を固め、その後過去問に入りました。
過去問を解く際に「世界一わかりやすい京大数学」という本に沿って進めていきました。
この本は、どのようなアプローチでその解法にたどり着いたのか、という過程を詳しく、受験生目線で解説している、京大受験生のバイブルのような本です。
また、「京大数学プレミアム」という本にもとてもお世話になりました。
1900年代の古い京大数学の問題を主に集めた本で、青本、赤本にも載っていない年代の難問を経験でき、これによって「世界一わかりやすい京大数学」+αの力がつきました。
さらに、3年生の秋、合否を分けたと断言できる勉強法を先生が提案して下さいました。
その内容は単純なもので、一日に最低3問以上数学の過去問を解いて、紙に記録する、というものです。
数学は一日でもやらないと勘が鈍り、鉛のような頭になってしまい解法が閃きづらくなります。
僕の受ける学部では、数学が最も差のつく科目だったので、この勉強法によって本番直前まで頭の冴えを維持し続けることが出来たこと、そして誰よりも大量に過去問を解いた、という自信を持てたことは本番の結果にも大きく影響したと思います。
〈英語〉
国語と同様1年生の9月から過去問を始めました。
京大の特徴として、とても複雑な構文の和訳が求められます。
「ポレポレ」「英文解釈の透視図」の2冊をリピートすることにより、英文解釈はほぼ敵なし状態まで仕上げました。
また、「速読英単語上級編」「リンガメタリカ」などの難しい文章を読む訓練を積み、単語力と未知語の類推力を同時に養っていきました。
長文読解で最も苦しんだのは、「内容説明」でした。
英文和訳は早めに仕上がり、最終的には学校の先生にも太鼓判を押してもらえるぐらいになりましたが、「内容説明」は最後まで不安定でした。
直前に、京大模試の過去問の内容説明問題を笠見先生とノックのように解きまくり、本番までには完成させました。
英作文は「ドラゴン・イングリッシュ」「竹岡の英作文」「英作文のトレーニング必修編」「例解・和文英訳読本・文法矯正編」の4冊の本を復習しながら終わらせ、とにかく数をこなし、経験を積むと同時に英訳のストックを増やしていきました。
早めに英作文に取りかかったからこそ、大量の問題に当たることができました。
そして、英語と国語で大切なのは、1、2年生のうちに志望校の過去問で合格点がとれるぐらい完成させておくことです。
数学・理科に専念するためにも、英語と国語を安定させることが重要です。
〈物理・化学〉
進研模試の理科の点数が伸び悩み、8割の壁がなかなか越えられない状況が続きました。
まずは、3年生の秋ごろ、物理を打開するために「物理のエッセンス」で基礎を固め直し、「名問の森」で発展問題を大量に解くよう先生に勧められました。
それまで、他の問題集を何周かやっていてこの時期に問題集を変える、というのはリスキーな選択だったと思います。
しかし、これによって模試の点数が安定し始めました。
自分の演習量不足が解消された故か、それとも新しく使った問題集がうまくはまったのかは分かりませんが、作戦は成功だったのです。
化学もこの成功体験をもとに、学校で全カリキュラムが終わった11月頃「化学の新演習」を新しく始めました。
全てを解いて復習する時間は無かったため、それまで使っていた問題集で難問が不足していた平衡分野の補強と、習って間もなかった有機化学の演習を行いました。
有機分野の構造決定は元々自分が好きだった上に大量の演習をしたことで、超得意分野となり、入試本番でも得点源となりました。
京大の理科は全てを時間内に解けるようには作られていないので、自分の得意分野を作り、そこで確実に点を稼ぐほうが、点数も伸びるし心にも余裕が出ると感じました。
〈京大模試〉
京大模試は当然、他のどの模試よりも大切です。
通常の模試は、大学固有の問題とは毛並みが全く違うので、判定は正直そこまで当てになりません。
実際に僕の判定も、京大模試とその他の模試で大きく異なっています。
また、京大模試は慣れない環境で受験し、実際の入試さながらの緊張感の中受けられるので、1つの大きな目標として、また自分がこれまでやってきた勉強が正しい方向に進んでいたかを確かめる目的でも効果的に活用できます。
全国の京大を目指すライバルと競い合って刺激を受ける又とない機会です。
〈本番直前期〉
笠見先生の作戦により、配点の低い共通テストは地理以外を捨てて、家や塾ではほとんど対策を行いませんでした。
その分浮いた時間を二次の対策、特に数学と理科の過去問に充てていました。
結果、共通テストはこけてしまい、8割ありませんでしたが、二次対策はずっとやってきており、自信があったので、京大に出願しました。
また、私立大学の受験の重要さも痛感しました。
僕は慶應義塾大学に合格することができ、強力な後ろ盾を得た気分でした。
国公立入試の前に入試の緊張感に慣れておくというだけでなく、「落ちたら浪人かもしれない」という選択肢が消えたことは本番のメンタルに大きな影響を与えました。
本来かなり緊張していたはずの本番で、ある程度リラックスして実力を出せたのは、これまでやってきたことに対する自信と慶應の後ろ盾のおかげでした。
最後に笠見先生について。
僕はUS塾に小学6年生の頃から通いました。
当時US塾は先生の体調もあり大学受験をやっていなかったので、僕は高校入学後、塾を去りました。
しかし、高1の7月、先生から一緒に大学受験を戦おうとお誘いいただきました。
大げさに思われるかもしれませんが、この瞬間、僕の未来は変わりました。
笠見先生の力なしでは、僕の京大合格はあり得ませんでした。
そして、先生は身体に大きな病気を複数患っておられ、週に何度も病院に行って透析を受け、闘病しながら塾をやって下さいました。
本当に執念の如き熱意で、休日も返上して僕と一緒に本気で戦って下さいました。
さらに、笠見先生に教えていただいたことは、勉学に限りません。
熱のこもった文章を書くこと、目上の人に対して受け身ではなく、積極的なコミュニケーションをとることを何度も厳しく指導していただきました。
先生は何度も「お前を普通の京大生にしたくない」とおっしゃっていました。
この指導は僕が大学生、大人になってからのことも考えてのことでした。
まだまだ未熟ですが、このことは今後の人生で必ず僕を助けてくれるはずです。
これ程熱く、卒業後まで真摯に考えて下さる先生はどこを探しても見つからないと思います。
世界最高の塾講師だと僕は信じています。
大学受験をする人は、入試直前に「これだけ勉強して落ちるならもうしょうがない」、入試後には「これ以上の答案は書けない」と思えるぐらいまで努力して下さい。
一世一代の勝負に悔いを残さないように。