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エイリアン使いの異世界探索侵略譚 作者:右左 一奥

第一章 最果ての島に咲いた狂愛[闇世編]

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0037 9氏族陥落作戦(3)


 ル・ベリが乱入し、ソルファイドなる「竜人の剣士」と打ち合い始めるや、周囲の小醜鬼(ゴブリン)達も戦闘態勢を取り始める。しかしソルファイドの剣技と体捌きは、見るだに凄まじいものであり





・迎撃の裂け目戦

 → 西部2氏族の数を減らすのが目的

 → 落とし穴

 → わざと崩していない場所

 → 隠身蛇の暗殺班

 → ゴゴーロ氏族の掻痒の呪い(混沌属性)

 → ★伏線:ゴブリンに魔法学の知識があるのか?


・オーマと名無し達vs2氏族のゴブィザード衆戦

 → 迎撃の裂け目が主戦場

 → 北東から南東の各班が戻るまで耐えるか、守れなければ放棄してさらに内部へ誘い込む

 → あらかじめ「領域化」していたことによる【情報閲覧】無双

 → 多様なエイリアン達を繰り出し、ゴブィザード衆に対抗

 → オーマ自身の火への恐怖が潜在的にあることが判明する。そして掻痒も弱点としよう

 → 有利に進めるがソルファイドの【火】により形勢が崩れる


・ル・ベリvsソルファイド

 → オーマの火への嫌悪により、ソルファイドに追いつかれる

 → ★エイリアン達もまたその影響を受けて火を恐れる

 → 大恩を果たすためル・ベリが討って出る

 → 「崩落」への時間稼ぎ

 → ル・ベリとソルファイドの対比は重要

 → ★「人」に戻ったル・ベリと「人」であることをやめようとしているソルファイドという対比!!!

 → ル・ベリの多数の触手に対して、自然ヒュドラ戦を連想し、固結びをしてしまおうとするソルファイド

 → 旧作の模擬戦をここに持ってくる

 → ル・ベリが自らの異形を断ち切って逃れ反撃し、ソルファイドの足を止めたところに崩落

 → 深傷を負ったソルファイド

 → ル・ベリが人を超えながら人であろうとしている姿に様々な焦燥と混乱を掻き立てられるソルファイド

 → 【竜の憤怒】により、その混乱を焼べてしまう

 → アルファの咆哮

 → デルタ、ガンマに自らを投げ飛ばさせるベータがいち早く帰らずの丘に

 → イータの測量により、そして中継班の測量により、彼らはオーマの【精密測量】の影響を実は受けている、それによりデルタガンマに大岩を投げさせて樹幹回廊の一部を破壊して連鎖崩落させて――「道」を開ける

 → そしてそこに、自身がボロボロになるのを厭わずに投げ飛ばさせて丘まで帰還していたベータによる渾身の「酸爆弾」

 → ★★ソルファイドの目がそれで潰されたとしよう!!!!もろに顔面に浴びて

 → テルミト伯の地団駄


・坑道での捕獲

 → 火の化身となり坑道を焼き払いながら追いかけてくるソルファイド

 → 凝固駅落とし穴は火気によって炙られて溶かされてしまい役に立たない

 → ル・ベリが弔いの魔眼によって足止めを試みる

 → 小醜鬼の遺骨には事欠かない

 → ★ソルファイドへは効果が限定的。苦痛を竜の憤怒に焼べられてしまうため

 → 坑道の崩落か、名付き達の突撃による犠牲覚悟の相討ちか

 → ★オーマの意地。ああいう死ぬ気でなんでもできると思っているやつにこそ、説教せずにはいられない

 → 冷静な判断での賭けでもある。将棋の喩え。手駒を手に入れにいかねばジリ貧



 → ★火竜骨の剣!!!弔いの魔眼によってレレイフの死因の苦痛がソルファイドに流れ込む!!!かつての竜同士の本気の戦い!!!

 → 【情報閲覧】によりあらかじめ「骨」と理解していたオーマの策。ソルファイドが竜人とはわからなかったため、有効かどうかはわからなかったし、オーマは侵入者が魔人だと考えていた

 → ★同じ種族の死因でなければ効果が激減するという弔いの魔眼の制約があるため。ヒュドラに対する切り札にむしろしようとしていた


 → そのための時間稼ぎ

 → 追いついてきたゴブィザード達ごとソルファイドに焼き払われるランナー達という死闘

 → その中のでル・ベリの時間稼ぎ

 → オーマがその間に、最速でレレイフの吐息を取って来させていたということ


 → 「望み通り、竜の死をお前に味合わせてやる」

 → ソルファイドの心を折るにはこの上ない苦痛であるか。なぜならギルクォースの戦死した息子の骨であり、ソルファイドにとっては大々々叔父のようなものであり、種族どころか火竜としての系統まで同じである遺骨の死因なのであるから




・ル・ベリは鋳蛹身ガチャによって回復するとしよう




動くまで回復したとはいえ、まだ力の入らない左腕。

視野と視界の奥行きを単純に制限される隻眼。

体調が万全に戻ってから、という発想はソルファイドには無かった。

どのみち、一族伝来の火竜骨の剣は双剣一対であるべきところ、片振りのみではその真の力は発揮できない。


ならばもう数日休息を挟んだところで大差は無く――征く目的は、迷宮領主(ダンジョンマスター)に必勝することなどではないのだから。


万全の状態の半分に達すればマシだという程度の状態だったが、ソルファイドは迷い無く樹冠の枝道を渡り、ゴブリン達が畏れる岩の丘へ。

その央に、入り口のように開いた大地への裂け目の前に立っていた。


遅れてゴブリン達が続いて来る。

まずは『使徒』の護衛とかいう戦士達が20体ほど。続いて老ゴブィザードの煽動で各氏族から2〜30体ずつの戦士達。

合わせて200を越えるゴブリンが押し合いへし合い、集う様は枯れ木も何とやらというところ。しかし、最果て島のゴブリン11氏族の歴史から見れば、これは一つの転換点であるべき快挙だったろう。


普段であれば、激しく憎み合う氏族同士の戦士達までもが、共に武器を並べている。無論、彼らが問題を起こさないのは、ソルファイドが何をせずとも「竜」としての気配を放っており、それに威圧されてのことだ。


ソルファイドから見て、ゴブリンという種は個々で見れば竜人よりは脆弱そのものだ。

かといって例えば50体ほどが己と仲間の死を一切厭わずに刺し違える覚悟で飛びかかり、ゴブィザードの支援があれば、さすがに引き倒され惨殺されるだろう。

全滅させるまでにソルファイドが単純に剣を50回振るわねばならないのに対し、ゴブリン達は一体一太刀ずつ、ソルファイドに合計十数太刀も食らわせればそれで良い。最初の10体を切り殺す間に取り囲まれ、次の10体薙ぎ殺す間に四方八方から飛びかかられ、といった具合に。


無論、【人界】出身者からすれば、通常の生物同様ゴブリンにそのような連携ができそうには全く見えなかったが。それで、さほどの警戒もせず、ついてくるに任せていたらこれだけの数となっていた。


――そして反対に、迷宮領主(ダンジョンマスター)の恐ろしさは、その眷属達の「連携」にこそあるといえる。

個々の眷属が己自身の生存ではなく、彼らの主人のために命を燃やし捧げるのだ。下手をすればゴブリンにすら劣る魔物であっても、自らと仲間の死すらも手段と化すことのできる軍勢となる。


ヒュドラは「生まれたて」などと言ってはいたが、ソルファイドはテルミト伯の下で迷宮抗争(ダンジョンバトル)を経験し、そこで最後の戦友達をも失っている。

そのため、この最果て島に"生まれた"迷宮領主(ダンジョンマスター)を毛ほども脅威を過小評価する気は無かった。


ソルファイドが個の武勇によってゴブリンを数百体従えようとも、畢竟(ひっきょう)それは10から20体を一息に斬り殺せる程度の実力差により、恐怖を喚起して動揺を引き起こしたものに過ぎない。

そしてその程度の"優位"などというものは、主への忠誠が生存本能に遥かに優越する「迷宮の眷属」達の献身と連携の前には容易く霞む。


【人界】における、一人一人が自分自身の命を惜しむことが前提となるような「戦い」とは、根本から性質が異なっているのである。

わずかな期間に里の仲間を全て失ったソルファイドは、その事実を否が応でも思い知らされていた。

……だからこそ、迷宮(ダンジョン)へ挑む以上は、罠避けや露払いとしてこのゴブリン達は役に立つだろう。

通行の邪魔になるなら斬り捨てれば良い。

体調さえ万全ならば、敵の主力ともみくちゃになっている間に【火竜の息吹(ブレス):微】でもろともに消し炭と化せたものを。


「誰か中を見てこい」


ぶっきらぼうに告げる。

すぐに、いつの間にか従者のように側に控えていた老ゴブィザードが、ゴブリン戦士団に向けて何事か怒鳴りつける。

指示に応えるように、今回の「遠征」に馳せ参じたゴブリン6氏族から1名ずつの斥候が前へ出てきた。

老ゴブィザードが高圧的に中への潜入を命じ、6体のゴブリン斥候は、先を争うように洞窟へ駆け込んでいった。


   ***


【眷属心話(テレパス)】を通した『エイリアン語』の解析は順調に進んでいる。

領域外を広く広く探索させている間は、伝令役の走狗蟲(ランナー)達を護衛を兼ねて常に周囲に侍らせるなどしていたが――防衛戦となったため"名付き"達を含め大半が領域内に戻っている。

個別に【眷属心話】で指示を下し、あるいは情報を受け取りつつ、俺は『司令室』で全体の状況を管制していた。


『エイリアン語』の解析は鋭意進行中であるが、その中でも「ダンジョン防衛」を想定した、いくつかの単語などは優先して解析済みである――ゴブリンとかの動植物と、あと数字と方角、その他前進後退といった概念といったところか。


迷宮のミニチュア立体図を前に、適当な石ころを駒に見立てて、適宜動かしながら状況を更新したりしなかったりする。ちなみにこのミニチュア迷宮立体図は、スレイブ数体を3日ほど拘束して、俺監修の下に作成した渾身の力作である。

んで、今朝方から洞窟の入口付近にゴブリンどもを引き連れた『使徒』様が集結しつつあったが――先ほど動きがあったようだ。


『ゴブリン』を表す波紋と『6』を表す信号が、エータから心話(テレパス)されてくる。

これはつまり6匹ほどが先行して中に入ってきた、ということだ。斥候ということだろう。


「……ゴブリンにしては(さか)しいことをするな、一度に入ってきたら楽だってのに」


入ってから天然の洞窟道が5分ほど続いた先には、元は『詰め所』である最初の『広間』があり、そこに間引き予定の奴隷ゴブリン達を置いているが――このパターンならば一時撤収だ。

現場を指揮させている【戦線獣(ブレイブビースト)】のガンマに「後退」と「群れ」のイメージを心話(テレパス)で送る。


【眷属心話】は地味に発動する毎にMPが1消費されるため、意外と乱発はできない点が絶妙なところ。

複雑な指令を出せるようになるほど「エイリアン語」を解析できたわけでもないので、要点を押さえた短い指示を多用するしかないが、仕方がない。

魔石片手に、MPの回復を早めるしかあるまい。


「ル・ベリ、連中は思ったより小賢しい動きをしたぞ。第二案でいくから、準備してこい」


そばに控えていたル・ベリが触手ごと一礼し、部屋にいたランナー数体を伴って出て行った。


   ***


半刻ほどしてゴブリンの斥候が5体戻ってきた。

1体は功を焦ってさらに奥へ進んでいったようだが、老ゴブィザードのブエにとってはどうでも良い情報であった。

入り口をしばらく進んだところで少し広い場所があったようで、そこからさらに道が分かれているという。


『使徒』はいつの間にか、手頃な岩を背に剣を抱いてあぐらをかき、また眠りについてしまっていた。

だが、油断の無い気配は相変わらずであり、そこにいるだけで身がすくみ上がる。シャガル氏族にもはや狼藉者はいないが、他氏族の愚鈍なゴブリン戦士が邪心を起こさないとも限らない。


これ以上荒くれ者どもをここへ待機させておく意味はほとんど無いに等しい。

『使徒』があの洞窟の領有を望んだこと、そのための兵を結集することが今回の檄文の主旨である以上は、撤退の選択肢は無い。

『使徒』を満足させた後は、その足でレレー、ムウド両氏族を攻撃する予定であった。

――不肖の弟子の一人であるグ・ザウがレレー氏族にはいたはずだが、近頃全く連絡がないため、切り捨てる心づもりをブエは固めていた。


それはそれとして、一体あんな洞窟に何があるのかブエにはよく分からなかったが、危険なものがいるとしてもせいぜいが根喰い熊(ルートイーター)程度であろう。

多少深く入り組んでいるようだが、こちらには空前の数の戦士がいる。そしていざとなれば『使徒』の力に頼ることもできる。


内部の探索と制圧も、すぐに終えられるはず。

そう考えて、ブエは戦士達に突入の合図を下した。

総勢200体近いゴブリン達が、列になり、我先に押し合いへし合いながら洞窟へ侵入してゆく。


その様子を、ソルファイドは瞑想しつつ無関心に見送るのみ。


   ***


挿絵(By みてみん)


『第一の広間』は小学校の校庭ほどの広さがあり、適当な大きさの岩をいくつか切り出している。

机代わりに使ってくれても良いし、あるいは俺の眷属を影に潜ませても良い。

そこから主要な道が五路に分かれているが、どれも直接は主要な施設へ続いてはいない。おおよそ20ほどの小部屋が、さらに2~4路の道で繋がる迷路となっており、環状となっている。

一度迷い込めば、部屋に印をつける等工夫しないと、延々と堂々巡りをする羽目になるだろう。


本命の道はそれらではなく、小部屋を繋ぐ道の一つの天井にあり、岩柱の影に隠れて見えづらい位置にある。ル・ベリが移動する時は触手で器用に登り降りし、俺が移動する時は護衛の戦線獣(ブレイブビースト)の誰かに運んでもらうようにするか、SAS◯KEチャレンジとなる。

まぁ、ここしばらくの拡張作業中は、特に外へ出る理由も無く、ずっと引きこもりだったわけだが。


それにもうすぐ――岩丘からの出入り口なんて、関係無くなるからな。

ひとまずの防衛体制構築への"拡張"が一段落し、スレイブ達の大半を振り分けている作業があるんだが、まぁ、今は目の前のダンジョン防衛に集中しよう。


『使徒』の襲来を受け、急遽立案した作戦は第一案と第二案の二つだ。

ゴブリンと『使徒』が足並みを揃えて迷宮に侵入してきた場合が「第一案」で、ゴブリンを先行させて来た場合が「第二案」。

今回は第二案となったわけだが、この場合は"囮"はゴブリン部隊にはぶつけない。

まぁ、相手の数にもよるが――想定の半分ほどのゴブリン戦士しか入ってきていない。

これならば本命の道の奥、『駐屯所』に一時詰め込んだままで良いだろう。


俺やル・ベリが出るまでも無い。現有戦力で十分殲滅可能だ。

やはり本命は、例の『使徒』とやらか。

エータの監視によれば、ゴブィザードの一団と『使徒』の護衛のゴブリン戦士が迷宮には入ってきていないらしい……やはり面倒くさいな、一度に来れば良いものを。ゴブリンが小賢しくしたところで、殲滅までの時間がかかるだけなんだがなぁ。


迷宮のミニチュアを眺めながら、断片的に届けられるゼータ班や機動偵察分隊の心話(テレパス)情報を元に、ゴブリン戦士団の分散状況を更新していく。


――ふうむ。

各小部屋をぐるぐる回るうちに、いい具合に均されたのか、部屋ごとに同じぐらいの数になっていったようだ。

まぁ、ゴブリン程度の知性じゃ、こんなものなのかもしれない。元から統一的な指揮系統も無いような烏合の衆で、普段は森に住んでおり洞窟と言っても仮住居代わりの洞穴暮らし。

慣れない環境で疲労も溜まってきた頃合いじゃないかな?


「そろそろかな。ガンマ、デルタ、祭りの始まりだ」


まぁ、余興なんだけどな。

『使徒』に動きは未だ無し、と……寝てるのか? こいつ。


   ***


ゴゴーロ氏族の『祭司(ドルイド)』であるミグ・ゴゴーロは、氏族長の息子である。

だが、兄達と比べて筋力で劣っていたため、虐げられ続ける日々を送った。

やがて自らにゴブィザードとしての才能があることに気づいたミグは出奔し、シャガル氏族の高名なゴブィザードであったブエ=ゼジャルの下へ弟子入りし、そこで実力を急速につけていった。

今ではゴゴーロ氏族へ出戻り、かつて自分を侮ったゴブリン達に【火魔法】による焼き印をつけることが趣味である。


師であるブエが『使徒』を旗印にゴブリン氏族の連合を呼びかけたことは、ゴゴーロにとっても大きなチャンスであった。

師と他の兄弟弟子達が『使徒』の傍らに侍る中、戦士団と共に先行して洞窟へ入っていったのは、そうした功名心が高じた結果である。

ここで『使徒』が求める"宝"を発見すれば、自らの声望は他の兄弟弟子達……いや、ひょっとすると師のブエをも越えて、『使徒』に重用されるようになるかもしれない!


……というのはさすがに夢を見過ぎだとしても、ゴゴーロ氏族の氏族長となるぐらいはできるはずだ。

『祭祀』はそれなりの地位ではあるが、ゴブリンの社会ではそれなり(・・・・)でしかない。

そうした力の強さで氏族長が決まる風潮を変えようという、師ブエの野望はミグ・ゴゴーロにとっても都合の良いものだった。


火魔法によって簡易な松明を制作し、明かりを確保しつつ戦士達を先導する。

周囲には青と白の不気味な明かりが明滅しており、ゴブリン達は徐々に『使徒』のためにという高揚が薄れ、疲労が目立ちつつあった。


もういくつ目かも数え忘れた「小部屋」を巡る、その道中でのこと。


ミグは()から何かが焼けるような、微かだが妙な音を聞いた気がした。


「ナンダ?」


疑問に思い、足を止めた時のことだった。

ただの岩だと思っていた壁がどろり(・・・)とまるで泥沼のように歪んだかと思うと、次の瞬間には激しい白煙と共に空気を焦がすような音が辺りに充満する。


――そして壁に空いた大穴から、長大な剛腕と太い爪を左右に広げた悪夢が飛び出してきた。

運悪く【戦線獣(ブレイブビースト)】の正面に立ち止まっていたミグは、横薙ぎに振り払われた剛腕によって吹き飛ばされ、岩壁の突起部に後頭部を打ち付けて絶命した。


ゴブリン達には知る術すら無いことだが、数カ所ほどの隠し通路が、スレイブの【凝固液】によって固め隠されていた。

そこを【噴酸ウジ(アシッドマゴット)】が最大まで溜めた酸を吐きつけて溶かし、こじ開けた穴からエイリアン達が飛び出してきたのである。


【戦線獣】に続いて十数体のランナーが壁を跳ねるように這い出し、前足と足爪で器用に天井に壁に飛び移りながらゴブリン達を翻弄する。

洞窟内でこのような未知の生物と戦うことなど、ゴブリン達にとっては完全に想定外であり、奇襲は完璧に決まったと言えるだろう。


ランナー達は捕食者の眼で以って獲物を見定め、特に、あまり混乱していない比較的冷静なゴブリンから鋭い足爪の一撃を叩き込んでいき、集団としての混乱を助長していく。

さらに、壁を這いながら拡散し、ゴブリンらが逃げられないように天井からも威圧。戦線獣がいる方へ強制的に追いやっていく

そして狭い空間で戦線獣が腕と爪を振り回し、文字通りゴブリン達をすり潰していく。

反撃で槍を受け、戦線獣自身も傷を負うが、その闘争本能はゴブリンを殴り殺し尽くすまで止まるところを知らなかった。


この「第二案」に投入されたオーマの迷宮側の戦力は、実に【戦線獣】10体に【走狗蟲】80体。

それから隠し通路を「開ける」役として【噴酸ウジ】が6体ほど。

『小部屋』群とそれらを繋ぐ通路は瞬く間にゴブリンの阿鼻叫喚が響く地獄と化し、ほうほうの体で一部のゴブリン達がめいめいに近くの『小部屋』まで逃げこむ。


オーマがこの場にいれば、

「悪手だよそれは、汚物ども」

とでも呟いただろう。


所詮は袋のネズミであった。

小部屋の天井には、爪ある獣か壁登りが得意な存在にしか渡れない箇所に、岩柱に隠れるように配置された【走狗蟲(ランナー)】用の通路が無数に張り巡らされていた。

瞬く間に増援のランナーが小部屋へ這い出し、ランナーに紛れた【隠身蛇(クロークスネーク)】と共にゴブリン達の頭上から襲いかかる。

隠身蛇の爪に頸動脈をかっ切られるのが、この中では一番マシな死に方だっただろう。


類まれなる幸運に恵まれた数匹のゴブリン戦士以外は、オーマの宣言通り四半刻も経たずに「鏖殺」されることとなった。


オーマは監視役のエータから、ソルファイドは洞窟から逃げ出したゴブリン達の気配から、それぞれ緒戦が終了したことを知る。


「さて、本番といきますか。あまり手強いのだと困るんだがなぁ」


「どれほどのものか試してやるぞ、迷宮領主(ダンジョンマスター)


両者の呟きは互いには届かない。



『竜神の使徒』動く、か。

エータから知らされた情報に、俺は改めて気が引き締まるのを感じる。


ゴブリンも野生動物的な意味で決して貧弱というわけではないし、実際、2氏族殲滅作戦では事前の準備が無ければ、俺の行動は割りと危ないものだっただろう。特に氏族長の系譜に多い大柄なゴブリンを、手負いの身ながら一太刀で斬り殺せる実力は、力も技も兼ね備えていることを伺わせる。


本当は俺自らが前線に出て【情報閲覧】してしまうのが、一番対策を立てやすいのだが――敵の実力が分からない以上はリスクが大きすぎるし、それではなんのための迷宮(ダンジョン)かというところだ。迷宮領主(ダンジョンマスター)はやはり深奥でどっしりと構えていなければ、な。


「というわけで、まずは一当てするかな」


幸い、ゼータとエータの存在が気づかれていないのが非常に大きい。

監視がてら、ゼータ班には優先して周辺の氏族ゴブリンどもを狩らせるようにした。

そのおかげかはわからないが、位階が1上昇しており、【擬態強化】のランク4まで上げている。

ランクアップ直後、試しに【擬態強化】を発動させてみたところ、目の前でカメレオンの如き体色変化を見た時は微妙な気持ちになったが……これが意外なことに、遠くから見ると劇的に見分けがつかなくなったのだ。


そして【気配減衰】の効果と、移動時の高い無音性のため、十分な距離を取れば、少なくとも視覚的聴覚的手段では探知は困難を極める。

何か魔法的な手段とかがあるとすればわからないが、『使徒』は武闘派だし、ゴブィザード達もしょせんはゴブリンに過ぎないため、警戒心の割きどころはそっちじゃあない。


「広間へ入った、か。よし、ル・ベリ。まずは奴隷ゴブリンどもをぶつけろ」


迷宮のミニチュア地図上で、侵入者に見立てた駒を『第一の広間』へ動かす。

ここから先は複雑な指令が多くなる可能性も高いため、【眷属心話】をル・ベリと繋いで最初の指示を下す。

さて、お手並み拝見。


   ***


迷宮領主(ダンジョンマスター)を要する迷宮(ダンジョン)では、魔法的な力の源とされる「魔素」や武技の源などとなる「命素」が、そのままの形で色濃く存在するという。

正確には【人界】にも「魔素」や「命素」という概念はあるのだが――そこまで魔法学的な素養をソルファイドは身につける機会があったわけではない。ただ、道を進むにつれて岩壁や天井等からそうした力が"染み出す"のが肌で感じられた。


(【肉と鎖の城】よりも"濃い"な……だからといって、実力と比例するものでもないだろうが)


青や白の光の明滅の中を歩き、後方に「護衛」のゴブリン達をぞろぞろ引き連れて、辿り着いた部屋は広間であった。


部屋内には血と死が満ちている。

なんとかここまで逃げ、力尽きたゴブリンが数体、ゴミのように転がっていた。

その先では道が5路に分かれており、いずれからも濃厚な"血"のにおいが風に漂ってきており、鼻が曲がりそうな不快さを感じる。

侵入していった200体近いゴブリン達がどうなったのか、窺い知れるというものだろう――ゴブィザード達はまだ事態を十分に把握はしていないようだったが。


正解(・・)の道自体は右手の愛剣【レレイフの吐息】が教えてくれるから、まだマシだと考えて一歩を踏み出そうとする。

だが、道の先に複数の気配を感じて立ち止まり、ソルファイドは剣を構えた。


どんな異形の魔物を操る迷宮領主かと思ったが、意外なことに、5路から這い出してきたのは、粗末な武器を持っただけの貧弱なゴブリン達だった。

戦士ではない老個体に雌個体、幼個体に至るまでが、血走った目でこちらを睨みつけている。


「いや、囮か……?」


予想外の展開に、老ゴブィザードのブエと彼の弟子達は顔を見合わせたが、ソルファイド護衛のゴブリン戦士団は武器を構え、好戦的な笑みを浮かべ始めた。

知らない間にレレー氏族とムウド氏族はこんなじめじめした場所へ潜むようになったとでも言うことだろうか、と。島のゴブリン11氏族が皆畏れて近寄らなかった岩丘に、よもや移住していようとは。

何体かのゴブリンが【悪罵の衝動】に耐え切れず、そういった主旨の罵詈雑言を浴びせる。


だが――眼前の貧弱なゴブリン集団の後方。

異様な気配と共に、空を鋭く叩くような"裂音"がしたのソルファイドは聞き逃さなかった。それは獣調教師(ビーストテイマー)達が鞭を振るう音に似ている。


しかし裂音を聞いた途端、数十ものゴブリン達が絶叫しながら突っ込んできた。


「くだらん!」


哀れなるは、ゴブリンの強烈な生存本能といったところであろう。

彼らもまた、眼前の竜人(ドラグノス)ソルファイドに「ヒュドラ」に近しい竜の気配を感じ、気絶しそうなほど恐怖していたが――だからこそ(・・・・・)、鬼気迫るかのごとく突進するしかないのである。

彼らの背後では、【奴隷監督】ル・ベリが「監督」していた。

【鞭術】の乗った触手と、蔓を編んだ手製の鞭で痛烈に叩かれ、痛みという原始的な肉体感覚によって生存本能が刺激され、恐怖を上回ったのである。


あの集団を突破してここから逃げ出すことができれば、解放してやる、との甘言を信じて玉砕するしか彼らに道は無い。

こうした「感情」の枠組みを超越した「本能」の操作すら容易にすることが、ル・ベリの後援神たる【嘲笑と調教の女王オフィリーゼ】の真の権能であり、オーマをして「拷問士みたいな職業が相性良い」と思わせた所以である。


地を蹴って真正面から奴隷ゴブリンの集団に突っ込むソルファイド。

彼に一呼吸遅れて護衛ゴブリン戦士団が後ろに続き、さらに遅れてゴブィザード達が支援呪文の詠唱を始める。


接敵すると同時にソルファイドが愛剣を一閃。

奴隷ゴブリンの先頭2体を戦闘不能にし、返す刀でさらに1体の首を刎ねる。

彼らが並のゴブリンであればそれだけで怯み、ことによっては士気を崩壊させて逃げ出しただろう。

だが、奴隷ゴブリン達にとっては、まさに逃げ場は前方にしか無かった。

ソルファイドが圧倒的実力差で彼らを殺せば殺すほど、恐怖が刺激され、それが生存本能に変わり、奴隷ゴブリン達は必死に突破を試みる。


仲間の死骸を踏みつけ、地べたを這いずるように突っ込んでくる奴隷ゴブリンに足をとられ、ソルファイドが体勢を崩しかける。

突き出された木槍を強引に避けつつ、一歩後退して踏みとどまるが、さらに短剣を持ったゴブリンが踊りかかってくる。


「チィ!」


舌打ちしつつソルファイドは己の"苛立ち"を【竜の憤怒】に焚べる。

身体能力を一時向上させ、驚異的な反射で短剣ゴブリンを袈裟懸けに切り捨てる。

剣を振り下ろしざま足に組み付いたゴブリンの腕を付け根から切り飛ばし、両足に力を込め全身をバネのようにしならせて大きく跳躍。

ゴブリンの身長よりも高く跳躍し、落下の勢いに任せて奴隷ゴブリン集団の中心へ突っ込む。


――その光景を、ル・ベリは洞窟の道の先から観察し、『第一の広間』での戦いの様子を【眷属心話】によって主オーマへ伝えていた。


『御方様、あの侵入者は手強い。葉隠れ狼(リーフルフ)のように機敏で、剣はボアファントの牙のように危険です……その上、根喰い熊(ルートイーター)のように獰猛ときた!』


奴隷ゴブリン集団との接敵からわずかの間に、10体近くがたった一人の侵入者に斬り捨てられている。

同じことは主の【戦線獣】でもできるだろうが、身のこなしが違いすぎる。巨体で力任せにすり潰す【戦線獣】の戦い方では、反撃によって少しずつ傷を蓄積することが避けられない。


(一旦引け。引き込んでゴブリンどもと分断しろ)


(ゴブィザードどもはどうしますか?)


(何体かは生け捕りにしたいな、因子を絞りたいし。だが、それはゼータとエータに任せるから、戦士団の殲滅を急げ。使徒様を孤立させてやろうじゃないか)


御意、と心話を通して念じ、ル・ベリは『使徒』に気づかれぬうちに洞窟の奥へ引き返した。


   ***


老ゴブィザードのブエは焦りを隠せずにいた。

洞窟が想定外に深く、しかもかなり広かったこともそうだが――周囲を漂う"魔力のような何か"は、彼の一生で初めて遭遇する現象だった。

氏族の中で、いや、島の中で自らこそが史上最高のゴブィザードであると信じて疑わない彼にとって、魔法的な「未知」が存在することはそれだけで脅威である。

そして洞窟の奥から這い出してきた、レレー氏族ムウド氏族と思われるゴブリン達の存在が、混乱に拍車をかける。


(一体ナンナンダ!? 何ガ起キテイルンダ? コノ洞窟ノ奥ニ何ガアルトイウノダ!?)


そもそも先に入った連合戦士団はどこへ行った?

まさか目の前の、見るからに戦士ですらない弱ゴブリンどもに斃されたというわけはあるまい。

床に転がるゴブリンの死体を作ったのは何者なのか?


戦場の高揚と『使徒』の後に続くという高揚感から、護衛ゴブリン戦士達は異常に気づいていない。

そういう細かい点に注意の向くゴブリンは珍しく、それはブエの弟子達にしても同じだ。目の前にあっさり殺せる手頃な獲物がいて、普段戦士達に筋力不足だと罵られる鬱憤を、ここぞとばかりに弱者に向けてぶつけている。


(未熟者ドモメ!)


自分のことを棚に上げて心の中で弟子達を罵るブエだったが、彼自身、この状況下でどうするべきか判断に迷っていた。

『使徒』が滅茶苦茶な動きで敵ゴブリン集団を蹴散らし、かき分けるようにして5路のうち真ん中の方へ突っ込んでいった。

護衛のゴブリン戦士団はまだ「生き残り」達と戦っており、ブエの弟子達が風や火の魔法で支援を行う。次々に敵ゴブリン達は戦士に斃されていくが、鬼気迫る反撃によって反応の遅れた味方戦士が傷を負う。


進むべきか、退くべきか。

生存本能と野心の狭間で揺れ動くブエを尻目に、護衛ゴブリン達と弟子達が敵の掃討を完了させつつあった。

一部の血気にはやる戦士が『使徒』の後を追って洞窟の奥へ走り去って行く。

怪我の重い者はそのまま捨て置かれ、悩むうちにブエは孤立していた。

果たして弟子達が薄情であったのか、それともゴブリンという種族の知性の限界であったのか、オーマがこの場にいればたっぷり数十分は考察していることだろう。


ブエの肥大しすぎた野心が無ければ、そもそもこの『使徒』を旗印にしたゴブリン氏族の連合も成立していなかっただろう。

だが、結局その野心が彼の命運を決めることとなる。


オーマの命によって何日もの間『使徒』を監視し続けた【隠身蛇】の一体エータが、音も無くブエの背後まで這い寄っていたのである。


反応する隙すら与えず、エータが長い身体でブエを締め上げる。

悲鳴を上げようとしたブエの口と喉に鎌鉤爪の両腕を突き付けて黙らせ、エータがさらに締め付ける力を増す。


隠密部隊としての能力を高めるために、生きたゴブリンを使って何度もオーマによって練習させられた「拉致術」である。

ゼータと共に、ゴブリンを失神させるコツをエータは十分に会得していた。


結局、シャガル氏族の梟雄ブエはゴブィザードとしての実力も、称号【合従の形成者】の本領も発揮することなく、運命の暗転を迎えたのである。


ずるずると引きずられ、天井に隠れたいくつもの小通路の一つにブエが引きずり込まれてゆくのを見た者は、重傷のために地面に倒れていたゴブリン戦士が一人のみ。


   ***


なかなか悪辣な罠だ、とソルファイドは嘆息する。

「宮殿」としての役割も強かった【肉と鎖の城】と比べ、侵入者を必ず殺すという強い意思と悪意を感じる。

【ガズァハの眼光】の鼓動を追って小部屋をいくつか巡り、いくつものゴブリンの死体を踏みつけたところで、小部屋が回廊になっていることを察した。


通路でところどころついさっき(・・・・・)くり抜かれたような穴が出来、その「隠し通路」の先から、ゴブリンとも島の生物とも思えない不快なにおいが濃厚に漂っていた。

あえて近いにおいを挙げるとすれば、シャガル氏族に居座った初日に献上された青い果実の酸っぱいにおいというところか。今は一時撤退したのか姿を見せないが、先行したゴブリン戦士団をこの隠し通路から奇襲した集団が、この迷宮の主の眷属と見て間違いない。


(魔獣使いの類か?)


ゴブリンの殺され方が、あまりに凄惨であった。

力任せに牙や爪を振るう魔獣の類を操る迷宮領主だろうか、とソルファイドはあたりをつける。

テルミト伯の傭兵として、彼の元部下にして不倶戴天の敵たるリッケル子爵の眷属達と戦った経験を思い出す。リッケル子爵――【樹木使い】の軍勢は、爪や牙を持つ獣とはまた異なる類の存在達であった。


通路の天井、岩柱の影になった一角を見据えるソルファイド。


(あそこか)


【レレイフの吐息】を持ったまま、ゴブリン、ひいては魔人族をも上回る身体能力で以って跳躍。

登攀の要領で岩壁の突起をつかみ、重力を感じさせない身軽さで天井の隠し通路へ辿り着く。命綱無しに崖を登り降りする、という修行もまたソルファイドにとって懐かしい記憶の一つである。


   ***


あっさり見破られてしまったか。

だが、今回はしょうがないのかもしれないな。何せ、GPS発信機よろしく、居場所を告げるアイテムが存在しているんだからなぁ。


『使徒』の見張り役を交代したゼータからのテレパシー情報に、俺は腕を組んで首をひねった。幸か不幸か『使徒』様の移動が早すぎて、取り巻きのゴブリン達と距離が離れすぎている。

また、良い知らせとしては、エータから老ゴブィザードをほぼ無傷で捕獲することに成功したとのテレパシーが届いた。

いいね、いいね、『練習』の甲斐があったというものだな。


「ともあれ、これで他のゴブリンは用済みっと。ベータ、適当なタイミングで全部始末しとけ」


約200体のゴブリン戦士団を隠し通路からの奇襲で屠った後、ベータ、イプシロンらの率いる【噴酸ウジ(アシッドマゴット)】達は後退させ、ランナーらと合流させている。

また【戦線獣(ブレイブビースト)】は全員、本ルートへ戻らせている。

ル・ベリと【隠身蛇】達にも、退路を断つようなタイミングで合流するように指示を出している。

『使徒』の力は、ある程度は過大評価していた方が良いと思う。『駐屯所』でこちらの最大戦力を以って迎え撃つ考えで――先日誕生したばかりの「第三世代」エイリアン第一号となったデルタも向かわせていた。


ここが勝負どころになるというわけだ。


巨体の割に筋力が弱めな噴酸ウジは筋肉ダルマの戦線獣と違い、一度小部屋と通路の回廊に出させると、正規ルートの『駐屯所』へ戻すのに苦労する。

今は呑気に通路の改良計画なんぞやってる暇は無いけどな。

スレイブの数自体は50を超えたんだが……先にも言った通り、今は『別件』で大量に労働力を割かれているんでな。


だから、分断したゴブリン達の始末には噴酸ウジ達を当てることとする。

大群相手では酸を吐く間隔が長すぎて、殺しきれなかったゴブリンに接敵され襲われる可能性があるが、少数相手ならば、この狭い洞窟でウジ6体の酸による面制圧だけで撃退できるだろう。


手元の『火竜骨の剣』を眺めながら、そこから『使徒』へ発されているであろう、魔力の気配に意識をやる。実は【魔素操作】と【命素操作】を使って、使徒へ向かって発される魔力をちょっとだけ助長してやったのだ――場所が最初からバレているならバレているで、分断に利用してやるまでよ。

これでベータ達を捨ておいて、こっちに急行してくれると良いんだがな。

ゴブリン達を始末した後にはベータ、イプシロンら噴酸ウジを第一の広間に陣取らせ、酸の池で足止めする作戦だった。


……足止めじゃなくて、遮二無二、たとえば噴酸ウジで囲んで強酸で焼き殺してしまえば良い、というのも手段を選ばなければ対処法としては一つ有り得るだろう。

だが、俺は可能ならば『使徒』は捕らえたいのだ。

島の外の情報を持っている可能性が高いんだよ。どのような勢力があるのか、そいつらは互いにどんな情勢なのか、そういった情報は俺の次の一手に直結する情報で、リスクを取る価値があるわけだ。


目の前の脅威を排除するだけでは、いつか対処不能なレベルの敵が襲来することを察知することも、備えることもできない。かといって先のことばかり見据えて、目の前の脅威を過小評価していると足元を掬われかねないんだが、そこのバランスが難しいというところか。


ひとまずは、『使徒』が強すぎて捕らえられないような事態には、ランナーか場合によっては戦線獣等の上位個体を使って足止めしてから、噴酸ウジ達の酸でもろともに溶かしてしまうしかないだろう。

それでも倒せなかったら?

【人界】側へ逃げるというのが最後の手段かな。

まぁ、『使徒』の目的がこの『火竜の骨の剣』であるならば、逃げることさえできなかった場合でもまだ交渉という手段が残されているだろうけれど。


打つ手がある以上は、まず捕らえるという試みは、そこまで無謀じゃあるまい。


――っと。

ベータとイプシロンから、護衛ゴブリン戦士団とゴブィザードの生き残り達を"無力化"したとの心話(テレパス)が入ってきた。

同時に、ル・ベリからも『使徒』が『駐屯所』に侵入したとの報告が入った。


さて。

それじゃあ、行きますか。



「なんと醜悪な……!」


天井の隠し通路の先。

ソルファイドは、オーマが『駐屯所』と名付けた小部屋まで辿り着いていた。

そこで彼が目にしたのは、鳥とも獣とも異なり、竜や魚とも異なる。かつて、ウヴルスの里があった大陸東方の秘境においても、定期的な"魔物狩り"が必要ではあったが――そこで見たことのある如何なる魔獣とも異なる異形の魔獣達であった。


異形の爪と長い尾を持ち、機敏にして獰猛、【群体本能】によって常に位置どりを変え、一個の生命体のようにソルファイドと距離を取るは20体の走狗蟲(ランナー)

天井に壁に爪で取り付きわらわらと蠢きながら、ソルファイドに向け、この世のものとは思えぬおぞましい鳴き声を一斉に浴びせている。そしてその鳴き声を放つ口は――十字に割れ、ソルファイドの知る如何なる生物とも異なる形状。


悪趣味さで言えば「目玉」や「耳」はおろか「手」や「足」を眷属とするテルミト伯も相当のものだったが、この生物(・・)達の異様さは生理的な嫌悪感を催す――なにより【原初の記憶】が、竜の本能として、この異形の生物達の存在を嫌悪していた。


そしてソルファイドの主敵は、ランナーだけではない。

異様に両腕が発達した、筋肉の塊ともいうべき魔獣が数体、低い声で唸りながら体をぶるぶる震わせ、ソルファイドを待ち受けていた。

隘路にあって蠢く群体の圧力たるや、ヒュドラと対峙した時とは異なる緊張感である。自身はゴブリンを一太刀で斬り殺せるが、この魔獣はゴブリンを一撃で殴り殺せるだろう。トロルやオーガに匹敵するような重厚感をソルファイドは感じる。隆々たる筋肉は鎧のごとく、ソルファイドの剣技を以ってして両断できる図が浮かばない。


なるほど、ゴブリン達が時折言っていた「異常」の原因は、十中八九これらであろう――これは、ゴブリンなどの手に負える相手ではない。

発達した足爪と機敏な動きで、壁を天井を駆け回るランナーの姿を見れば、彼らが「樹冠の枝道」を自在に移動してゴブリン達を襲撃する図など、容易に想像できた。どうやら、この島の迷宮領主(ダンジョンマスター)は、ソルファイドが想像する以上に島全体に勢力を浸透させていたのかもしれない。


油断無く【レレイフの吐息】を構え、斬り込むべきタイミングを図る。

【竜の憤怒】により戦意と殺意は最高に高まっている。

知らず不敵の笑みを浮かべていた。


「相手にとって不足は無いぞ、化け物ども。押し通らせてもらう!」


語るが早いか、機先を制したのはソルファイド。

【疾風斬り】【無音三連】など低位の武技を駆け抜けざまに繰り出し、ランナーを寄せ付けない。

人族の体躯でありながらその体捌きにはキレと重さを兼ね備えており、迷宮の走狗達の連携を以ってして付け入る隙をやすやすとは与えない。


まずは正面。

ランナーの群れを掻い潜り、戦線獣を相手取ってその力を測るべく【圧撃】を放つ。衝撃を重視した太刀筋が迎え撃つ戦線獣(ブレイブビースト)の爪と衝突する。

まるで巨岩に剣を打ち込んだような衝撃が跳ね返り、ソルファイドは舌打ちしながら地を蹴った。

相手の魔獣もまた多少よろめいて威嚇の咆哮を上げる傍ら、別の一体が両腕を振りかぶりながら飛びかかってくる。


「舐めるなッ!」


出し惜しみなどすることは無い。

戦意の高揚感さえもが【竜の憤怒】へ焚べられ、全身が火の玉になっていくような焦燥感がソルファイドの身体能力をはね上げる。

獣の剛腕を最小の動きで両腕ともかわし、逆に懐に入る形となって、剣を逆袈裟に振り上げる。だが、踏み込みが浅く、【レレイフの吐息】が獣の胸に逆一文字の刀傷を作る。

ただし肉が焼けるような音を伴って。


「グギャアアルルルルゥウォォッッ!?」


ソルファイドの感覚としては、今の一撃は入りが浅かった。

しかし、赤熱した火竜骨の剣による逆薙ぎの一撃は想像以上に剛腕の獣を傷つけたようだった。凄絶な咆哮を上げ、竜火によって乳酪(バター)のように焼き断ち切られた肉が見る間に爛れていく。


("火"は効くようだな!)


獣は苦悶の表情を浮かべつつも、足を止めて踏ん張り、衰えぬ闘志をその眼に秘めて相対してくる。しかし1対1で相対し続ける気は無いようだった。

今度は割って入るように三方から走狗が踊りかかってきたのだ。

頭部、心臓、脛を同時に狙う見事な連携。一手対処を誤れば致命打を受ける。


ソルファイドは剣との共鳴を高め、武技【円舞】による回避行動を取る。

だが、その瞬間、前方の獣が数体同時に、この世のものとは思えない【おぞましき咆哮】を放った。


無論、その程度に恐怖を感ずるソルファイドではないが、呼吸をわずかばかり乱されたのは事実。

胴を狙ったランナーの足爪をかわしきれず、衣服ごと鱗を浅く切られる。

皮膚と肉にまで爪が届くのは避けられた代わりに腹の鱗を削られ、不快感に顔を歪める。お返しとばかりに回転運動を加えた蹴りを加え、走狗を一匹弾き飛ばしてから、ソルファイドは距離を取った。


なるほど、これは厄介だ。


脳裏に浮かぶのは【魔界】を訪れてから経験した、二度の大きな戦い。

その時はまだ庇護者であったテルミト伯側の一部隊として、彼の政敵リッケル子爵側の拠点に仕掛けた無謀な突破戦では、ソルファイドの傍らにはまだ戦友達の生き残りがついていた。

彼らを失った後に流刑船越しに戦ったヒュドラは、己の全力を以ってしても「生えたて」の竜首を2つ落とすのが精々の偉敵であった。

では、まだ姿も見せぬこの最果て島にて異形を操る迷宮領主(ダンジョンマスター)の軍勢はどうか?


3体でダメならばその倍はどうか、と言わんばかりに6体の走狗が飛びかかってくる。連携の猛攻をかいくぐれば、次は12体。

足並みを合わせるように魔獣が長大な剛腕を振りかぶり、突っ込んでくる。


(ほう、同士討ち覚悟か? だが、それは経験済みだ!)


脳裏によぎるは先日のヒュドラが繰り出した連携攻撃。

だが、最初からそう(・・)するつもりと分かっていれば、対処のしようは十分にある。

本気の一撃を放つには到底足りないが――【息吹斬り】を乗せて誤魔化すことで、目眩まし程度にならばまだまだ使える。

鹿の肉を焼いた時よりはやや強めの【息吹(ブレス)】を吐き出すと同時に、剣にブレスをまとわせ【息吹斬り】を円形に放った。


熱波と衝撃波が剣刃と共に乱れ飛び、ランナー達が怯んだ隙をかい潜って獣の剛腕剛爪の一撃を紙一重に避ける。

その振り抜かれた剛腕の、まさに関節を狙って【レレイフの吐息】を叩き込んだ。


肉を焼き焦がす音とともに、獣の腕が断ち切られる。

やはり"火"に弱いのだ、と肉を切り裂く感覚があまりにやわらかいことにソルファイドは気づく。少なくとも、彼の目測では、ゴブリンなど比べ物にならないほどこの剛爪の魔獣の"筋肉の鎧"は重く、硬いはずであったが故に。


剛腕を一つ失い、重心を崩した獣の喉にさらに【レレイフの吐息】を突き入れる。

数秒もがいた後、魔獣は痙攣を繰り返しつつ、力を失って崩れ落ちた。


   ***


やるなぁ。

進化させたての戦線獣が一体斃されてしまうとは、な。

アルファやガンマをぶつけなくて良かった、と言うべきかな?

当て馬となったエイリアンには合掌を。


……この位置まで来れば、遠目にも『使徒』様の大立ち回りがよく観察できるというものだ。

アルファを背後に控えさせながら、俺は迷宮に初めて迎える強力な侵入者に向けて【情報閲覧】を何度か放つ。この技能、俺の視線が直線上で対象に届かないと上手く発動してくれない。

乱戦状態でランナーやブレイブビーストがしょっちゅう視線を遮るもんだから、多少手こずってしまった。

だが、前線まで出張ってきた価値はあった。


【基本情報】

名称:ソルファイド=ギルクォース

種族:竜人(ドラグノス)(火竜統)

職業:牙の守護戦士

位階:28〈技能点:残り25点〉

HP:552/600

MP:135/275


うわ、マジか。

位階見るだけでも俺の眷属達を圧倒してるな、こりゃ。

これは、相当の手練が来訪してきたようだ――ちらとステータスが見えただけで、ヤツの動きが速すぎてゆっくりと続きを見れなかったが、結構いろいろなスキルを取ってやがるな? 技能点の振り残し割合を考えるに、彼は結構振れている方なんじゃないかな。


それにしても【竜人(ドラグノス)】ねぇ。

いわゆるリザードマンよりはずっと人間型に近いが、なるほど、それもあって「竜人」と翻訳されたのかもしれないな。

鮮血のような赤い頭髪はざんばらに切り揃えられており、顔の半分には竜か爬虫類を思わせる"鱗"で覆われている。黄色い瞳も、人間よりは爬虫類のそれに近い。

体格も長身であるが、筋骨隆々な大柄タイプではなく、球技のエースみたいな無駄のない洗練されたバランスタイプ――だが、おそらくはその傭兵戦士の如き革鎧の下にも鱗が身体を覆っており、見た目以上に防御力はあるだろう。


そして、迷宮核の知識(・・)によれば。

【竜】と呼ばれる存在は――ちと厄介だ。

「神々の兵器」だとか「世界の調停者」だとかいったキーワードが散見される。生物としても、世界の根幹的な部分に関わっているという可能性が高いわけで、まぁそれがヒュドラを警戒する理由でもあるわけだが。


古の"真竜"はほとんど姿を消したと言われるが、その子孫だか系譜だかにある存在達もまた、相応の力を持つという。んで歴史の話に少しなるが……人界と魔界の大戦よりも昔には「竜が人を支配する時代」というものがあったようで。

「竜人」とはその時の支配者達の子孫、だそうな。


あぁ、厄介事のにおいしかしねぇ。


なんでそんな奴が、こんな場末の島になんか流されてきているんですかねぇ。

……ル・ベリの母の話を考えるに、このドラゴン男の身の上もそうだが、大陸方面がきな臭いことになりつつあるのかもしれない。ゆっくり島の開発をしたいのだが、果たしてどうなることやら。


おっと、今は目の前の闘争に集中だ。

いざとなればル・ベリとアルファを投入するし、俺も言葉で時間を稼ぐつもりだ。

第三世代(・・・・)と化した「デルタ」がここに到着するまでの時間を、な。


んー……。

ランナーの犠牲を気にしないでもみくちゃにさせれば、消耗戦でなんとか削りきれるだろうか?

HPはともかくMPはそこそこ減らすことができている。

さっきの大技には驚いたし、エイリアン達が意外と"火"に弱いことが分かったのも思わぬ収穫であるが、本調子でないことが幸いである。

これで、俺が今押収している方の剣まで二刀流で振り回されていたら、どうなっていたことやら。


   ***


仇を討たんと肉薄する剛腕を切り払い、返す刀で走狗を一匹焼き切り捨てる。

無論、一匹を切る間に他の二匹から爪を突き出され、ソルファイドは全ての攻撃をかわし切ることができなくなっていた。

だが。


「とうとう現れたか、迷宮領主(ダンジョンマスター)ッ!」


闘志と戦意は油を焚べた業火の如く、ますます燃え盛る。

いつの間にか部屋の出口側まで現れていた、異装の出で立ちの魔人族の青年がこちらを見ていた。

背後に一際大きな魔獣を控えさせ、どこが浮世離れした軽薄な笑みを浮かべている。その手には、見まごうことなき愛剣の片割れ【ガズァハの眼光】。


ソルファイドの咆哮を受け、迷宮領主が口の端を歪める。

強引に剛腕の魔獣を突破しようとした時、背後に突如気配が現れた。


「何!?」


しゃがみつつ跳びはねるようにその場を避ける。

頭上を空を切る音がし、振り返るや両腕が鎌と化した蛇の如き魔物がいた。

どこから現れたのかなどと考えるよりも早く、腕が動いて剣を横に薙ぐ。

だが、蛇は柳葉のようにぬらりと身を翻して即座に這い逃げる。刹那、蛇が置き土産とばかりに尾でソルファイドの足を絡めとっていった。


「クソッ、しまった!」


自発的に姿勢を崩したのではなく、意図せぬタイミングで体勢を崩された。

それを見逃すほど甘い魔獣達ではない。

地に転ばされたソルファイドの頭上から獣の剛腕が振り下ろされる。

かわす暇が無い!

舌打ちしつつ、動くようになったばかりの左腕を犠牲にそれ受け止めた。


骨が折れる嫌な音がすると同時に、そんな痛みなど気にならないぐらいの衝撃がソルファイドに降り注いだ。

単純明快にして原始的な暴力にさらされ、さしもの竜人の強靭な肉体も悲鳴を上げる。


(ここまでか……)


闘志がくじけた――と、竜人ソルファイド自身が感じてしまう。

そしてそれが、彼にとっての「失速」の始まりだった。


……だが、そうした内面の変化を知らないオーマには、表面上はソルファイドの「竜なる人」としての暴力性が劇的に向上したようにも見えたことだろう。

多頭竜(ヒュドラ)との戦いで、かの偉敵がソルファイドに見せた"真の"竜の闘争の本質とは。


自傷すら厭わない、全存在を賭けた捨て身の暴力にこそある。


次の瞬間、ソルファイドは無茶苦茶な動きで――降り注ぐ戦線獣(ブレイブビースト)の拳をはねのけた。感覚を失った左腕を、ほとんど直感のままに豪と振り上げて、骨砕け筋が裂けるのも一切構わずに戦線獣の拳を殴り飛ばした(・・・・・・)のである。

あまりに発達しすぎた剛腕が特徴であり、それが重心の役割をも果たしているブレイブビーストは、この手のバランスを崩すタイプの反撃に弱い。


オーマは【眷属心話】を通して伝わった戦線獣の「焦り」から、形成の逆転を即座に悟る。


「ル・ベリ、デルタの到着まで時間を稼げ!」


冷やりと緊張を孕んだオーマの短い指示。

だが、ル・ベリが【異形:四肢触手】をバネのように動かしてソルファイドの眼前に殺到した時には、既に火竜骨の剣が次の戦線獣の喉を貫いていた。


「二足歩行のトカゲ男めが……御方様の憤怒を知るが良い!」


飛びかからんとする大蜘蛛のように、四本の触手を高く広く掲げ伸ばすル・ベリ。

だが、それは囮であり――居合い抜きの如く振り抜かれた"二本鞭"が、激しくしなりながら左右から鋭く迫る。

職業技能【鞭術】の乗った会心の一撃であり、直撃すれば鱗に守られた【竜人】といえど痛撃は免れ得ないが、ソルファイドはこれまた強引に身体を捻って紙一重に避ける。


たたみかけるようにル・ベリが四本の触手で連打を浴びせるが、【因子:伸縮筋】による加速の乗った触手の鞭打でさえ、気迫によってかわされる。

ただし、無駄な攻撃となったわけではなく――一連の攻防の数秒により、ソルファイドの"牙"の範囲内にあった走狗蟲(ランナー)達に逃げる隙を与えることはできた。


刹那の応酬を通して、ル・ベリは違和感を覚えた。

左腕がぐちゃぐちゃに複雑骨折したことが外目にも分かる通り、侵入者たる竜人はどう見ても手負いである。

無論、元は【獣使い】であったこともある半魔人、手負いの獣が激しく抵抗することはよく知っていが――ソルファイドのそれ(・・)は、ル・ベリにとっては経験したこともない異様な鬼気(・・)であった。


ソルファイドの身に何が起きたか、それが半魔人ル・ベリの想像の埒外にあったことは詮無いことである。

この時、ソルファイドはまさに古の【竜帝国】が滅んだ一因を、知らずその身で体現していた。【竜】の系譜にある者が持つ種族技能【竜の憤怒】は、ひとたび発動すれば絶大な運動ボーナスを使用者に与える代わりに、その"燃料"として、使用者の「感情」を焚べる必要があった。


【人界】時代の破滅の原因たる【ミュン=セン帝国】。

【魔界】落ちした後の絶望の原因たる「テルミト伯」への復讐心。

そしてウヴルスの里の教えから開放されて暴走した「闘争心」が今この瞬間までソルファイドの憤怒の"燃料"となってきていたが――。


左腕を破壊されて、一瞬とはいえ、ソルファイドの闘志がくじけてしまった。

振り下ろされる戦線獣の豪腕に打ち据えられながら、ソルファイドは我に返ってしまったのである。

自分が何を求めていたのか、こんな自分自身の身の破壊すら厭わない捨て身の闘争が、何に繋がるのかということを、考えてしまった。


故に、くじけた闘志の代わりの"燃料"を求めて、技能【竜の憤怒】が暴走する。

ソルファイドが背負ってきたものも、抱えてきた怒りや悲しみといった感情も、幼馴染であったティレーとの愛憎も、里の親友達との思い出も、何もかもが【竜の憤怒】に焚べられ、記憶と感情が焼き尽くされていく。

斯くの如き"暴走"は、竜を祖に持つといえども「人」に過ぎない【竜人】にとっては、あまりにも代償が重いものであり――だからこそ、ソルファイドはかつての【竜帝国】がなぜ滅んだのか、その一端を悟った。


祖父の教えを、今になってようやく理解できた気がしたが、それは遅すぎたのであろう。なぜウヴルスの里が【竜の憤怒】を抑える生き方を選び、静かに、秘境に隠れ住み続けてきたのかを。


しかし、急速に冷えていく「心」とは裏腹に、心の奥底に秘めてきた様々な感情を燃料に暴走する【竜の憤怒】がソルファイドを突き動かし――武技【円舞】によって触手を回避し、続けて【レレイフの吐息】を赤熱させながら振るって、ル・ベリの鞭の片方が焼き切られる。

オーマの意思を受けて数体のランナーが頭上から牽制に飛びかかるが、右腕の筋を痛めるほどの豪速で剣を上に薙ぎ、3体のランナーをまとめて切り飛ばす。


心臓が跳ねるように鼓動し、体全体が溶岩にでもなったかのように熱く、今なら【火竜の息吹】を何発でも、望むだけ吹けそうなほどの高揚感。


だが、反比例するかのように、感情と心は急速に冷えていく――。



こいつは武闘派で、直情的な戦士で、馬鹿野郎だ。

しかもただの馬鹿じゃあない。

捨て身の大馬鹿者だ。


『こいつは勝利なんか求めちゃいない』


【眷属心話】でル・ベリに語りかけながら、俺は両者の攻防を油断なく見守る。

念のため持ってきていた、旧レレ―氏族のゴブリンの槍を構え、護衛のアルファにも必要に応じて介入する覚悟を決めたことを伝える。


んで、ソルファイド君に話を戻すが――。

これは、凄まじいな。

だが、勝利だとか、栄光だとか、そういうのを求める起死回生の大暴れなどでは決してないのだ。潰れた左腕を構わず振り回しているのがその良い証拠。


ル・ベリに【奴隷監督】として、廃棄予定ゴブリン奴隷達の「生存本能」を刺激させてやったような、そういう「生き汚さ」の発露としての大反撃などでもない。


自棄だ。

活き活きと躍動して手負いの獣真っ青に俺の可愛い眷属達を蹂躙し、ル・ベリを苦戦に追い込んでおきながら。

絶望のあまり感情が抜けきった青白い顔で、一番死にそうな顔をしているのは、当の竜人野郎本人だとは……とんだお笑い(ぐさ)だ!


迷宮核の知識によれば、俺みたいな「融合型」の迷宮領主は、誰かに殺された時に体内の【迷宮核】が、その殺した当人に移る。

そういうことをこのトカゲ男が知ってるかどうかはさておき、さっき「迷宮領主!!」とか叫んでやがったから、周囲のエイリアン達の親玉が俺であると、明確に認識してはいるだろう。


――どうして俺の首を獲ろうと突っ込んでこない?

それも、自棄状態だから、か?

ありがちに「死に場所を求めている」とかいうタイプだったか? 付き合わされる側からしたら良い迷惑というもんだ。


ル・ベリを妨害に差し向けたとはいえ、あの戦闘力なら、それこそ両腕両足すら犠牲にする勢いで突っ込んでくれば、ヤツの剣は俺にだって届くだろう。あそこまで大暴れしている瞬発力をギリギリまで隠していたならば、アルファの妨害だって抜ける可能性はある。

必ずしも"個"の傑出した武勇が万能な世界システムではないようだが――あれだけの戦闘力があるのならば、条件さえ整えてやれば相当の戦力にもなるだろう、特に少数対少数の局面では。


だが、勝利を目指しておらず闘争のための闘争を自棄的に振り回している。

むしろ自分からランナー達の群れに飛び込み、自分から囲まれにいって全身を徐々に切り裂かれながら満身創痍になり、それを壮絶な動きで振り払うという、ちと理解し難い闘いを繰り広げている。


ふつふつと苛立ちにも似た怒りが自分の中に湧いてくるのを感じる。


あぁ、そうだよ。

そうだった。

俺はこういう(・・・・)ヤツが嫌いなんだ。


死にたがり野郎だったってわけだ。

死を恐れぬ――ではなく、死が「どうでもいい」というタイプか?


それなら真に「死を恐れない」のがどういうことか、見せてやろうじゃないか。


   ***


結末の見え透いた闘いに引導を渡したのは、オーマの容赦無い戦術変更だった。

迷宮に残った全ての戦線獣3体を緊急招集し、ランナー30体と共に、策など不要と言わんばかりに全方位からソルファイドへ飛びかからせたのである。

戦線獣はオーマから「決死」で動きを封じるよう厳命されており――1体は脳天を貫通されながらも、豪腕で覆いかぶさるようにソルファイドに掴みかかり、もう2体は片腕を斬り落とされながらも壁の如く巨体そのものでソルファイドを挟む。

それでも激しく抵抗する竜人に対して、ダメ押しの如く30体ものランナーが、スズメバチを包んで温め殺すミツバチの如く群がり――密着することによって、【竜の憤怒】によって暴れ狂うソルファイドの行動の自由を奪ったのである。


組み伏せる過程で3分の1のランナーが斬り殺され、残りも重傷軽傷で、さながら刀傷の見本市の如く。ル・ベリも触手の幾本かから血を流しており、ソルファイドの抵抗の激しさがうかがえる。


だが、ひとたび組み伏せられた竜人は、まるで自失したかのように、呆然とした表情を浮かべていた。

駆けつけた戦線獣のアルファとガンマ、そして――戦線獣にさらに【因子:強筋】を組み込んだ「第三世代」の凶獣【螺旋獣(ジャイロビースト)】と化したデルタによって、完全に制圧された状態である。


「傑出した武勇、なんてものは無い。どんな大型の獣だって、機敏な戦士だって、囲まれれば死ぬ。そう思わないか? 侵入者の"竜人"さんよ」


オーマはル・ベリを脇に控えさせ、ソルファイドを傲慢に見下ろす。

その表情に、彼が常に浮かべている口の端を釣り上げたような笑みは無い。


「俺の負けだ。殺すなら殺せ、迷宮領主(ダンジョンマスター)


「口を慎め! 御方様が許した時にのみ、貴様には命乞いが許されるのだ! 死すら自由になると思うなよ?」


ル・ベリが鞭でソルファイドの頭部を一撃。

だが、竜人の頑丈な頭蓋骨に阻まれ、衝撃は脳震盪を引き起こすには至らない。

ただし「痛み」は、ル・ベリに加護を与える【嘲笑と調教の女王】によって増幅され――感情をもはや失い廃人になりかけていたソルファイドが、歯を軽く食いしばり顔を歪めた。


そして、本能的に「感情」が全て【竜の憤怒】に焚べられた結果、今の自分は何も残っていない"抜け殻"かという認識に囚われていたソルファイドは――「痛み」を感じたことに、軽い驚愕を覚えていた。


「ほれ。得物が呼んでるぞ? 俺から取り返さなくて良いのか?」


オーマが【ガズァハの眼光】をソルファイドの前でぷらぷらと振る。

愛剣をわずかばかり一瞥したソルファイドは、諦めたように言葉を紡ぐ。今度はル・ベリが鞭打とうとするのはオーマにやんわりと止められた。


「その剣は我が一族の誇りだ。見ての通り、お前に奪われた。俺にはもはや、何も残っていない。好きにしてくれ」


カラン、と金属音と共に【ガズァハの眼光】が無造作にソルファイドの目の前に放り投げられる。


「さぁ、返してやったぞ? どうだ? 用が済んだみたいだな、どうだ、帰るか? 大陸へ――ついでにヒュドラともう一戦(・・・・)してっても構わんぞ、使徒サマ」


オーマの目配せに合わせて、3体がかりで押さえつけていた戦線獣達が離れる。

しかし、それらよりもさらに二回りは巨大な筋肉の異形と化した【螺旋獣(ジャイロビースト)】のデルタが、油断なくその動きを指の一つに至るまでエイリアン的瞳で凝視している。

急にまた暴れだそうものならば、今度は制圧ではなく殴殺を以って対応することとなろう。


愛剣から伝わる慣れ親しんだ力の波動を身近に感じて――ソルファイドは、今更のように、複雑骨折した左腕から鈍痛を感じていた。

既に【竜の憤怒】が、急速にその熱を失っていっていた。


「なぁ、死に損ないの死にたがりさんよ。お前は、一体何しに俺の迷宮に来たんだ? まさか本当にヒュドラの使徒様だったってわけでもないだろうに」


「……わからない。貴様を利用しようとも考えたが、それも、全て燃え尽きた(・・・・・)


「馬鹿が」


オーマが容赦なくソルファイドの顔面に蹴りを入れる。

体を起こそうとしていたソルファイドにとっては不意討ちの形となり、仰け反るようにふっ飛ばされる。

【竜の憤怒】が消え失せ、ソルファイドを支えていた身体強化はとうに剥がれ落ちた。身体を酷使しすぎた激痛が脳を焼き、戦意はもはや完全に消滅していた。


倒れたソルファイドの隣まで歩き、オーマがしゃがんでその顔を覗きこむ。


「言えよ。何がしたくて"俺を利用"なんてしようとしたんだよ」


踏み込んでくる男だ、とソルファイドは思った。

身のこなしは戦士のそれではなく、獣調教師(ビーストテイマー)系は使い手本人が最も弱いという経験則の通り、戦意が消え失せていなければ一太刀で切り捨てられそうなほどの「弱者」でしかない――単なる個人の武勇という意味では「弱者」に過ぎないはずの男は、容赦なくソルファイドに「語る」ことを強要していた。


「……憎い仇がいる。奴らを皆殺しにする、そのはずだった。お前を踏み台にして、な」


オーマがソルファイドの赤髪を鷲掴み、無理やり上体を起こさせる。


「じゃ今やってみろ、死にたがり。良いこと教えてやる。俺を殺せば、晴れてお前は迷宮領主(ダンジョンマスター)様だぞ?」


「御方様!」


危険な挑発を止めようとル・ベリが声を上げるが、オーマは構わずにソルファイドが右手で握ったままの【レレイフの吐息】を自身に向けさせた。

だが、竜人の青年に闘志や活力が戻る様子は無かった。


「なぁ、こんなことに何の意味がある? 憎い仇がいる? 報復するための力が欲しい? だったらそれ(・・)じゃなくて、()を使うべきだろうに」


自身のこめかみを人差し指でトントンと叩きながら、苛立ちを増した調子でオーマが言葉を続ける。


「竜人。お前は、なぁんにも自分で考えることもしないで、今まで生きてきたってわけだ――別に【竜の憤怒】とかいう劇薬が原因なんかじゃ、絶対にない」


「お前……どうしてそれを……ッ?」


「なんだ、迷宮領主に喧嘩売っといてこんなことも知らなかったのか? 俺達には、何でも(・・・)お見通しなんだよ」


ソルファイドの髪を放し、オーマは立ち上がって背を向け、数歩歩いて距離を取った。語ったことの半分ははったりであるが、戦線獣が殺される前後のソルファイドの変化や、今のあまりに自失とした様子から……オーマは【竜の憤怒】のおおよその副作用について、当たらずとも遠からずな見当をつけていた。


「なぁ、竜人。お前は、自分で何かを決めて決断したことがあるのか? 誰かに与えられた役割や、そうするべきと期待された行動以外で、何を決断してきた? お前の、望みは何だ? お前がやりたかったことは、本当にこんなことか?」


核心を突いた問いかけだった。

オーマの土足は、とうとうソルファイド自身が自分ですら踏み込まないようにしていた、心の中の矛盾を暴き立てるに至った。


滅びし【竜帝国】の皇家の末裔を、()が来るまで静かに守り続ける「守護戦士」としての役割。

それがソルファイドにとっての全てであり、父母からも師匠からも、ソルファイドは「守護戦士」として働くことを期待され、その通りに生きてきた。

里が滅ぼされた時も、生き残りを率いて【魔界】へ落ち延びた時も、テルミト伯に酷使された時も――あくまで「守護戦士」としてしか、ソルファイドは判断していなかった。

そして、幼馴染であったティレーの死と里の崩壊に際して、その主要因を作ったのが自分自身であるという罪の念からも、ソルファイドはなお一層里の「守護戦士」としてあるべき(・・・・)姿を求め、己の本心から目を背ける道を選んだ。


だが、守るべき「里の同胞」を皆失った今、「役割」はもはや意味を持たず。

それこそがソルファイドから、急速に闘志が失われた原因であった。

守るべき者達が「重し」となって存在していたことが、ソルファイドが「守護戦士」としての己を律し続ける、最後の拠り所であったのだ。

そして、その生き方がもはや叶わないことをオーマに思い知らされ……。


(要するに"燃え尽き症候群"なんだろうよ、この腑抜け面は)


心の中でオーマが毒づく。

【眷属心話】を使ってはいないので、ル・ベリの目には主が口の端を歪め、いつもの調子に戻りつつあるという程度の事しかわからない。


「なぁ? 竜人さんよ。"俺を利用する"とか大言壮語しちゃぁいるが、お前は何を期待(・・)して俺に喧嘩売ったんだ?」


「守護戦士として~」という言い訳を根こそぎ剥ぎ取られたソルファイドが、オーマに対して初めて笑みを見せた。だがそれは自嘲の笑みである。

己を嘲る後悔の笑みである。


「闘いだ。俺は、闘いそのものを望んでいたんだ」


【竜】の血を引く因果を抑える生き方を選んだウヴルスの里において――ソルファイドは、稀なる先祖返りによって『息吹(ブレス)』という過剰な力まで得ていた。

あるいは、ウヴルスの"枝"が【竜帝国】を再興し再び世の表舞台へ躍り出る野心を捨て去っていなければ、それは乱世を切り開く大いなる武器となったであろう。

予見される真竜達の"妨害"を打ち破るための、対竜種戦闘術も途絶えず連綿と受け継がれてきた……そのような類の「竜人の里」であったならば、ソルファイドの、同僚たる「翼の守護戦士」「尾の守護戦士」とも一線を画す、遥かに抜きん出た闘いの才能を活かす機会も非常に幅広く在ったことだろう。


ヒュドラとの闘いを前にして、「守護戦士」として護るはずであった里の最後の同胞達が次々に死んでいく中、己に湧き起こった感情をソルファイドは思い出す。

「護る」者ではなく、「闘う」者としての自分を、里での生き方の中では表現することのできなかった生き方を選べるかもしれない――そんな背徳的な興奮を覚えたことを、いまやオーマによって白日の下に引きずり出されていた。


「……残念だったな、迷宮領主(ダンジョンマスター)。今や、そんな昂ぶりさえも()と化した」


真に自嘲すべきは――オーマの指摘通り、目を背け続けていた「真の望み」さえもが、捨て身の【竜の憤怒】によって、既に燃え尽きてしまった後であること。


「なぁ、ル・ベリ。この馬鹿は何か勘違いしているようだが、分かるか?」


「ふうむ……話の流れからすると、御方様が何かを期待していた、と誤解しているようですが」


しばしル・ベリとやり取りをした後に、オーマがソルファイドに向き直る。

その表情には哀れみと侮蔑、そして尽きない興味の色が宿っていた。


「言っただろトカゲ頭。だから【竜の憤怒】とかいう廃人生産技能は関係無いんだよ……そんなもんは言い訳にもならない。お前、自分を俺が"道具"のように使ってくれる、とか今期待してんだろ? 誰が満足した豚を使ってやるかよ」


オーマが転がっている【ガズァハの眼光】を蹴り飛ばし、ソルファイドの破壊されダランと垂れ下がった左手の近くに剣が届く。


「名乗れ、竜人」


「……ソルファイド=ギルクォース」


「同情はしてやる。お前は望んで"燃え尽き"たわけじゃ、ないみたいだからな――望むなら、望み通りお前を使ってやる。だが、条件がある」


「御方様!?」


ル・ベリにとっては予想外の展開であったが、オーマは怒れる半異の魔人を片手で制す。表情こそ笑みているが、有無を言わせぬ意思が込められているのを悟り、ル・ベリが不承不承ながら引き下がる。


「お前の復讐の理由になった連中を弔え……あぁ、お前の文化のやり方で構わんぞ? それが最初の条件だ」


一瞬、発された言葉の意味が分からず、ソルファイドは硬直する。

しばし黙考し、この迷宮領主の青年の意図が『ケジメをつけろ』と言いたいのではないかという考えが湧いた。


正直に言うならば、この迷宮領主が自分を一振りの剣として、道具として使ってくれることをソルファイドは期待していた。テルミト伯は喜んでそうしていたし、わずかな期間ではあったがソルファイドにとって、それは気が楽な一時であったことは事実だ。

「闘い」を心の奥底で望んでいながら――里の生き残りを守るために仕方なく(・・・・)テルミト伯の命令に従って闘うのだ、という言い訳で自分をごまかすのに、とても都合が良かったのだ。


そしてその欺瞞を、目の前の青年は、テルミト伯と同じ迷宮領主(ダンジョンマスター)であるはずの青年は、散々暴き立てた挙句に一切認めようとしない態度を鮮明にしていた。


一連のやり取りの中で、ソルファイドはこの迷宮領主の青年がどのような人物かを、理解しつつあった。


彼は「考えること」に拘っているのだ。

それも自分自身ではなく、他者にもそれを執拗に求める。

考えることを止めて、他の者なり、なんらかの立場なりに依拠して少しでも楽をすることを、「人」の生き方として認めようとしないのだ。


そこまで考え至った時、ソルファイドの中で初めてオーマへの興味が生まれた。

軽薄な笑みを浮かべ口の端を歪めながらも、その目は真剣に、ここではないどこか虚空(・・)に思いを馳せているように見えた。


己がどうしたいのか。

己がどう生きてきて、そしてこれからはどう生きていくべきなのか。

ソルファイドは目を静かに閉じ、しばし語らず黙していた。

里を滅ぼされてから逃げ続け、守り損ない続けた日々の中で、とても久しぶりに正しい意味での『ウヴルスの瞑想』をすることができたような気がした。


神々の兵器として創られた【竜】が、なぜ人と交わり【竜人】が生まれたのか。

ウヴルスの里だけが、瞑想と律心により【竜の憤怒】を抑える道を選んだ理由は。

答えが出そうで出ない、堂々巡りの自己問答が心の中でぐるぐる回る。


だが、迷宮領主の青年からすれば、このような姿勢こそが「正解」なのだろう、ということだけは確信できた。


「……少し意地の悪いことを言い過ぎたかな? ってわけで、ここらで俺の配下になったらどんな特典があるか教えてやろうじゃないか」


迷宮領主の青年オーマが語る。

彼は必ず、ソルファイドに"対価"を与えるだろう、と。


「俺の眷属を散々ぶっ殺したことは、その左腕でチャラにしてやる。これが最初の対価だ。無論、俺に貢献することをやらかせば、次の対価は"善い"ものになる――考えて考えて考えぬいて、本当に『道具』になりたいんだったら、その望みだって喜んで叶えてやるぜ?」


オーマが邪悪な笑みを浮かべる。

だが……それは作った邪悪さだとソルファイドは直感していた。


なんだ、この青年もまた自分と同じで不器用なのかもしれない。

そう思った瞬間、ふっと頬が緩むような気がした。


「そうだな。俸給は――鹿を週に一頭、いや、二頭は食わせてくれれば、条件(・・)とやらは実践してやろう」


「何を言い出すか、図々しいぞ貴様!」


わかってきたじゃないか、とオーマが内心苦笑するのをよそ目に、ル・ベリの怒声が迷宮内に響いた。


   ***


斯くして隻眼の竜人ソルファイドはオーマの物語に合流し、その際に条件としてささやかな課題を与えられた。

オーマとの遭遇が無ければ、あるいは彼は自力で【人界】へ戻る道を見つけ、紅炎の殺戮者として名を残し、討たれ、歴史に風化していったであろう。


後にオーマの『牙』となる【全盲の竜人】としてのソルファイド=ギルクォースの歩みは、ここに始まったばかりである。

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  • 最終掲載日:2022/01/01 16:41