内村鑑三の『デンマルク国の話』、今こそ読んでおきたい。大筋は、富山和子の中学生向けの本『森は生きている』にまとめられている。日本と似たような極地地勢にあって、最も肥沃なシュレースヴィヒホルシュタインをプロイセンに取られてからのデンマークの歴史は、残された領土を開墾し植林し、それを協同組合と教育の力で支えて行った。「取られたら取り返す」などという無益なプライドよりも、実を取った。帝国主義戦争の嵐の中、じっと耐えしのび、小国主義に徹し、他国民を殺すことなく、豊かさを実現したのは、尊敬と賞賛に値すると思うのは私だけだろうか。
日本が、単に日本帝国といわずに大日本帝国と名乗ったのは、もともと英国がGreat Britainと名乗っているのを「大英帝国」と邦訳したことから来ているという説がある。
英国がなぜGreat Britainと名乗ったかというと、欧州史をちょっとかじれば分かることだが、英仏戦争の歴史の中で、フランスの西海岸の半島部を英国が支配していた時期があって、現代フランスではブルターニュ地方という。
英国にとっては本国の支部みたいなものだから、ブルターニュと区別するために、本国を単にBritainと呼ばずにGreat Britainと名乗った訳である。その後、小ブリテンの方が、フランス領に確定してしまったため、大ブリテンという島の名前だけが残ってしまったという訳だ。
ほかの欧州諸国で、国名のアタマに「大」を付けている国があるだろうか。
そういう訳で、背伸びして「大日本」などという勇ましい命名をしたのは、日本近代史の最大の汚点と言うべきかもしれない。その名前が一人歩きして、軍部の独走を招いたのだとすればなおさらのこと。
そして今、さまざまなリスク要因を抱え込んだ日本の進むべき道は
…言うまでも無かろう。

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